「あの、弁慶さま」
「なに？紅葉」
「今日がなんの日だか覚えてます？」
「今日？ええと…何の日だったっけ？」
「弁慶様、本当に覚えておられないのですか？」
「…ごめん。結婚記念日しか思いつかない。
　あとほかになにかあったかな？
　市中見回りの割り当ては今日じゃなかったはずだし
　探題 への報告も今日じゃないはずだし
　子供達の誰かの誕生日って訳でもないはずだし…
　紅葉、本当はなんなの？」
「・・・・あの、弁慶様。結婚記念日は覚えていらっしゃったんですか？」
「ああ、そんな大切な日を忘れるわけないだろ」
「…ふふっ。うれしいです」
「じゃあ、今日も仕事に出かけようか」

 

・・・う。なんか今日は鼻がむずむずするな。
俺はとりあえず袂に入れてあるちり紙を取り出して鼻をかむ。

 

「弁慶様、風邪ですか？」
「いや、ちょっと鼻がむずむずしただけだよ。大丈夫」
「…弁慶様。なんだか顔が赤いですよ。
　今日は一日休まれたらいかがです」
「いや、大したこと無いよ多分」
「多分ではいけません」

 

う。…言われてみればちょっと熱っぽいかも。
まあ、だからといって鼻風邪だよ、うん。

 

はくしょん。

 

幸いにも、くしゃみの前兆を感じて両手で口を覆うことが出来た。
・・・手の中は、人には見せられないので手ぬぐいで拭いておく。
これ後で洗っておかないとな。

 

「…全然大丈夫そうではないですよ」
「へーきへーき。ちょっと熱っぽくて鼻水が出るぐらいだから」
「それのどこが平気なんですか。
　ちょっとじっとしていてください」
「ちょっとって・・・」

 

こつん。

 

紅葉が俺のおでこに額を当てる。
…いや、俺は茜じゃないって。
え？茜って誰かって？
誰かって…いや、まあ俺と紅葉の子供だ。

 

ただ、今でも俺と紅葉は孤児院をやってるから
今ひとつ自分の子供っていう実感が湧かない。
ここに住んでる子はみんな俺が守ってやらないと、って気になるから
特別茜に目を掛けるってことはないな。

 

もちろん、紅葉に似ててかわいいんだが。
…ああ、これは普通に親馬鹿か。

 

「弁慶様。やはり、少し熱がありますね。
　今日は一日お休みください」
「平気だってば。紅葉も心配性・・・」

 

ごほん。…なんだよ、こんな時にのどに来なくてもいいのに。

 

「…弁慶様。１０年前と立場全く逆ですよ。
　あのころには私が大丈夫です大丈夫です。って言っていて、
　弁慶様が無理をしないようにとおっしゃっていたではありませんか」
「そういえば、そうだったね。
　あれから１０年か…」

 

紅葉に言われて、１０年前のことを思い出す。
鈴も、もう大きくなって、面倒を見られるっていうより
面倒を見る方になったんだから、
ここの子の大半は昔紅葉が病気持ちだったって言っても信じないだろうな。

 

労咳で長くないって言われてた頃、紅葉は、もう長くはないからって
走るように無理を重ねていたっけ。
でも、今は平成時代の薬で完全に治ってるよ。
その意味じゃ、観月ちゃんに感謝、かな。

 

「…では弁慶様、今日はゆっくりとお休みくださいね」
「分かった、じゃ今日はゆっくり寝てるよ」
「はい、では朝ご飯を作って持って行きますね」

 

…なんだか、本当に病人になった気がする。
やっぱりおとなしくしていたほうがいいのかな。

 

俺は布団の中に戻って一眠りしようと思った。
だが、ここは孤児院だから子供がたくさんいる。
俺思うんだけど、子供が天使のようにかわいいって絶対嘘だ。
小悪魔みたいでかわいいっていうんなら本当だけど。

 

「弁慶にーちゃん。なに寝坊してるんだよ。ほら起きて蹴鞠しようぜ、蹴鞠」
「寝坊してるんじゃなくて風邪引いたの」
「べんけーにーちゃんが風邪引くわけないよ。さぼってるだけなんでしょ」
「本当に風邪引いたんだって。嘘だと思うなら紅葉に聞いてみろよ」
「紅葉おねえちゃんは、弁慶おじちゃんをかばうと思うの」
「…紅葉はおねえちゃんで俺はおじちゃんか」
「朝っぱらから寝てるのはおっさんだろ。ほら起きろって」
「起きろって言われてもな。…紅葉に寝てろって言われてるの」
「おとうさん。今日寝てていいの？」
「茜か。…寝てないとかあさんに怒られるからね。
　…あ、いいところへ。鈴、悪いけどこの子達連れ出してくれる？
　なんとか今日一日で風邪を治すから」
「弁慶さん。風邪なんて無理して治そうとするものでもないですよ。
　ほらみんな。弁慶おじちゃんが迷惑してるでしょ。
　はい、もうすぐ朝ご飯ですからね。ちゃんと自分の席につきなさい」
「…えー弁慶にいちゃん構ってる方が面白いのに」
「かまってかよ・・・ごほっ」
「…あ、本当に風邪ひいてるんだ」
「うそだと思ってたのかよ」
「うん。馬鹿は風邪引かないっていうから」
「誰が馬鹿だ」
「風邪引いたとき弁慶にいちゃんが言ったじゃないか」
「…そんなこといったっけ。それは悪かった」
「いってないよ〜言ったのは湯冷めするから風邪引くんだ馬鹿でした〜」
「からかうなよ。っていうか俺のは湯冷めじゃないからな」
「ほら弁慶おじちゃんの邪魔しない。…では、弁慶さん。ごゆっくり」
「ああ、ありがとう」

 

ふう。…結局こうなっちゃうんだよな。
あいつら俺をおもちゃだと思ってるだろ。
…まあ、あれでも、俺以外の奴の言うことには
結構素直だからな。単純に馬鹿にされてるのかも。

 

「…弁慶様は本当に子供に人気ですね」
「ああ、紅葉持ってきてくれたんだ、ありがとう」
「病人はちゃんと寝てないとだめですよ」
「子供達が寝かせてくれないんだよ。
　食事が終わったら又来るかもな」
「みんな弁慶様の事を心配しているんです」
「そうなのかな？」
「ええ、…でも、迷惑でしたら来ないように言っておきますね」
「…そうだね、今日はゆっくり寝るよ。
　でも、ごめん」
「なにがです？」
「せっかくの記念日なのにこういうことになっちゃって」
「せっかくの記念日だからこういうのも悪くないです」
「どうして？」
「十年前は私が看病される方でしたから、
　今は私が弁慶様の看病をする番ですよ」
「…看病するほうが好き？」
「弁慶様は病気になるのが好きなんですか？」
「いや、全然」
「でしたら、そういうことです。
　…熱いお茶を持ってきますね」
「ありがとう」

 

俺は、布団の中から台所へ行く紅葉を見送った。
言われてみればその通りだ。
看病されるよりは看病するほうがいいな。
でも、紅葉にうつさないようにしなきゃ。
１０年目のプレゼントが風邪っていうんじゃ笑えないよ。

 

俺は、紅葉が作ってくれたおかゆを食べながら、
紅葉が帰ってくるのを待ってた。
多分、紅葉は子供達と一緒に食べてから来るだろうから
しばらく時間が掛かると思う。
紅葉がいるのが当たり前であっても
やっぱり、紅葉と一緒にいるんだ、って思うと
なんというか…なんとなく、幸せな気持ちになる。
そんな時間が１０年続いてるんだな。

そういう、なんでもないような幸せな時間が、これからも続きますように。

 

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

 

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