「起立！礼」

 

さて、これで今日の授業は終わり。
あとはまっすぐ帰るだけだな。

 

「観月ちゃん、帰ろうか」
「はい、弁慶様」
「手を貸すよ」
「はい、ありがとうございます」

 

俺は、観月ちゃんの手をとった。

 

さてと、俺と観月ちゃんの関係についてちょっと説明しようかな。
観月ちゃんがこっちに来てから、最初に困ったのは、
観月ちゃんがこれからこっちでどうやって生活すればいいのかだった。
高校生がアパートを借りて観月ちゃんと二人で生活、なんてこと
出来るわけがないし、第一観月ちゃんには戸籍がない。

 

どうしよう、って思ってたんだけど、
俺じゃなくて観月ちゃんが自分でなんとかしてしまった。

 

戸籍が無ければ作ればいい…って、妖術で「なんとか」してしまった。
だから、本当に問題になったのは、むしろ俺の家の方だった。
つまり、俺がなんとか観月ちゃんの事を親に説明しなきゃいけなかったって訳。

 

どういって説明したものか頭を悩ませたあげく、
当たってくだけろとばかりに本当のことを言った。
つまり、最初に観月ちゃんに俺が召還されるところから、
武蔵坊弁慶として源平合戦に参加したこととか、
観月ちゃんが最後にこっちに来たこととか、全部。

 

どうやら、親は俺の気が狂ったんだと思ったらしい。
すぐに病院に連れて行かれてしまった。
いや、だから俺は正気だって！

 

・・・・まあ、そういうわけで、今俺は観月ちゃんと
一つ屋根の下で暮らしている。
観月ちゃんは俺と一緒に、俺と同じクラスに通っている。

 

俺と同じクラスに通っていて、実は俺より成績がいい。
まて、観月ちゃんは俺より３つ年下だぞ。
本当は中学生のはずなのに高校で優等生、それも
平安時代から来てからなら数ヶ月にしからならいのに・・・いったいなんで？

 

「弁慶様、どうされました？」
「ああ、観月ちゃん。ちょっと説明をしてたんだよ」
「そうですか。弁慶様、お疲れ様です」
「どういたしまして」

 

あれ？説明しているって…誰に説明してるんだ俺。
いや、なんで観月ちゃんには説明している相手が分かるんだ。

 

・・・まあいいや、悩んでも始まらない。
俺は観月ちゃんの靴を下駄箱から取って、それから俺の靴を出した。

 

「観月ちゃん、はきおわった？」
「はい、弁慶様」
「じゃ、ちょっと今日は寄り道して帰ろうか」
「よろしいのですか」
「大丈夫だよ。寄り道っていっても、通り道みたいなもの。
　どこかの店の中に入ろうっていうんじゃないよ」
「買い食いはしないようにと先生はおっしゃってましたよ」
「えと・・・まあ、堅いことはいいっこなし。ね」
「はい。…弁慶様がそう言われるのでしたら」
「決まりだね」

 

決まりは決まり。確かに守らなきゃいけないだろうと思う。
…でも、何かを決められると、破ってみたくなる。
そういう、型を破るのは俺の役目。

 

楽しいことは、しちゃいけないって言われてることから出来てるんだな。

 

「人に迷惑を掛けない範囲で、ですね。弁慶様」
「もちろん」

 

規則は四角四面に適用するものじゃなくて、
丸く丸くするものだ…って、生徒の立場で言う事じゃないか。
まあいいや、今日は、観月ちゃんを連れて行きたい場所があるんだ。

 

俺は、ちょっと大回りしながら家への道を歩いていた。

 

大回りした理由の場所へたどり着く。

 

「いらっしゃいませ」
「ソフトクリーム１つお願いします」
「抹茶とバニラと紫芋と栗があるよ」
「栗とバニラのストライプで」
「はい、ちょっとまっててね」

 

・・・

 

「はい、おまたせさん。
　３００円になるよ」
「これでお願いします」
「はい・・・ちょっとごめん。…
　確かに潜像の５００があるね」
「偽金じゃないですよ」
「最近流行だからね」
「ええ、そうですね。…おばさんは見たことあるんですか」
「見たことはないね。見たくないけど」
「そりゃそうですよね。俺もです」
「はい、おつりが２００円。まいどあり」
「こちらこそ」

 

俺は、おばちゃんから買ったソフトクリームの一つを観月ちゃんに渡す。
え？寒いだろうって？
このソフトクリームなら、寒いときですら、寄り道して買うだけの値打ちがあるって。

「あの、弁慶様、これはなんでしょう」
「ああ、観月ちゃんは初めてだったかな。
　これはソフトクリームっていうんだ」
「・・これは、どういうものなのですか」
「ええと…簡単に言うと、冷たい泡っていうか・・・
　まあいいや。一口食べてみれば分かるよ」

 

俺は、おまけでついているプラスチックのスプーンに
ソフトクリームを取った。

　・・・ちょっと口を開けてみて・・つめたいよ」
「・・・なんだか、不思議な感じです。
　冷たくて、甘くて…甘い淡雪みたいな・・・・」
「美味しい？」
「はい。弁慶様」
「観月ちゃん、はい、スプーン。
　ちょっと手を貸して…スプーンで大きさをなぞるからね」
「・・・砂山のように盛り上げてあるのですね」
「うん。崩れそうなまで上に盛り上げてあるんだよ」

 

そう、だから最初に俺がスプーンで取ったんだけどね。
水平をきっちり維持しないとくずれちゃうから。

 

「観月ちゃん、今はこの高さだよ」
「はい、ありがとうございます」

 

ぱく

 

「・・・あの、弁慶様」
「なに、観月ちゃん」
「弁慶様の分がないと思うのですが」
「ああ、…さすがに、カバンを持ちながらソフトクリームを持ったら
　両手がふさがっちゃうから。
　別にいいよ、俺は前に食べたし」
「どうぞ、弁慶様もお召し上がりください」
「・・・あ、でも、スプーンが一つしかないよ」
「・・・あの・・私は、・・弁慶様が使っても、構わないです」
「・・・・・・・んーと・・・・」
「はい、どうぞ」
「・・・・・ありがと、観月ちゃん」

 

好意を無碍にするのも悪い、と思う。

 

「・・・おいし」
「・・・はい。」

 

俺たちは、一つのソフトクリームを分け合いながら、
店先に・・・あれ？普通に迷惑かも。

 

「仲がいいんだね。二人とも」
「え、ええまあ」
「ずっと一緒にいては迷惑でしょうか」
「いや、かまわないよ。
　なんなら店の中に入るかい」
「いえ、もうすぐ食べ終わりますから」

 

そういうこと。
二人で一つを食べるんだから そんなに時間は掛からない。

 

「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」

 

・・・ちょっと、遅れたかな。

 

「じゃ、観月ちゃん。帰ろうか」
「はい、弁慶様。・・・あっ」
「ちょっと寄り道が過ぎたみたいだから、走って帰るよ」
「え、でも、その・・」
「観月ちゃんは軽いから、おんぶしても走れるって」
「あの、それでも・・」
「ソフトクリームを分けてくれたんだから、ね」
「いえ、あれは・・・」
「ちゃんと捕まっててよ。片手でしか支えてないから」

 

そう、もう片手は観月ちゃんのと、おれのと、二つのカバンを同時に持ってるから
どうしても観月ちゃんを支えるのは片腕だけになる。
観月ちゃんは本当に軽いからそれでも全く苦にならない。

 

「はい・・・しっかりと捕まってます」

 

俺は、早足で（さすがに全力疾走したら危ないよ） 家へ向かった。
これは、なんと言うことはない、ちょっとした 冒険。
決まり切った毎日の枠を、ほんの少しはみ出した。

 

…こんどは、どこへ行こうかな。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

 

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