「ねえ、おにいちゃん起きて」
・・・・・
「ねえ、おにいちゃん時間だよ起きて」
・・・・・・・・・
「おきんかこら〜っ」
ぶきゅる。

 

「ぐえ・・」
「起きたか？」
「・・・ああ、目が覚めたよ。
　なんだもう時間なのか」
「うん。しっかり日も暮れたよ。
　弁慶おにいちゃん夜回りの時間」
「そうか、ありがとう。じゃ今から支度しよう」

 

今日の俺は京の街の夜回りに出かける当番だ。
寒さに負けないように羽織を着込む。
なぎなたを持ってからたいまつを用意すれば準備完了。

 

いや、あと笛を用意しないとな。
いざって時に人を呼べるようにしておかないと。

 

よし、こんどこそ準備完了。さあ、これから仕事に行くぞ。

 

「弁慶様、行ってらっしゃいませ」
「ああ、紅葉、行ってくるよ」
「今夜は特に冷えますからお気をつけて」
「紅葉こそ気をつけてよ。もう遅いから寝てた方がいいよ。
　明日早いだろ。風邪引かないようにね。
　見回りって言っても、一回りしたら帰ってくるから」
「はい。 弁慶様。おきをつけて」
「ああ」

 

俺はたいまつに火をつけると、紅葉の孤児院を後にした。

 

うわ。さすがに旧暦でも師走に入ってるだけあるな。
本当に寒いや。東京じゃこんな寒い日ってまずなかったよ。
そういえば平安の世じゃ綿入れなんて便利な物もないんだな。
みんなに鍛えられてなかったらとても住めたものじゃないや。

 

そう、俺は、神機を封印した後、紅葉と一緒に京の街に住んでいる。
紅葉と二人じゃなくて、戦で親を亡くした子供達と一緒に住んでるんだ。
紅葉の実家って本当に奥州の名家らしくって紅葉が京に残るって言ったら
結構な額の仕送りをしてくれた。
それで紅葉が主のいない家を買い取って孤児院にしてるってわけ。

 

でも、紅葉はいつもの紅葉で仕送りの大半を寄付しちゃったから
孤児院を運営するだけのゆとりはあんまりない。
それで俺も市中見回りの仕事をしてるってわけ。

 

それにしても真っ暗だなあ。
ちょっと月が雲に隠れるとほんとうに何も見えない。
これじゃ泥棒とか出ても絶対おかしくないよ。
たいまつの明かりぐらいじゃ人影ぐらいしかわかんない。

 

もちろん、だから夜回りの仕事があるわけなんだけどね。

 

ちょっと立ち止まって辺りを見回す。
身体を動かしてるのに身体が芯から冷える。
うわ、もしかして雪が降るのか。
地球温暖化って本当のことだったのかもしれない。
紅葉、本当に風邪引いたりしないかな。
いくら労咳が治ったからって身体が丈夫になったわけじゃないのに。

 

そう、ずっと労咳を抱えてた紅葉はそんなに身体が強くない。
その上に平家との戦では無理を重ねてたから労咳が治っても
身体が弱いことは変わってないんだ。
無理を重ねてるっていうのも全然変わってないけど。

 

わっ。・・・あ〜びっくりした。死体かと思った・・て、死体？！

 

俺はたいまつの光を何か横たわっている物のそばに近づけてみる。
いや、死体じゃないな。普通に寝てるおじさんだ。
でも、こんな寒い中普通に寝てるって言うのはおかしい。

 

俺は、まず辺りを見回してみた。
え？声を掛けるか起こすかするのが当たり前だろう？
そういう訳にいかないよ。本当に眠っているのか
それとも強盗団の一人で下手に近づくと後ろからやられるのか判断が付かない。
まず、回りを見回しておかないとね。

 

これは、別れ際に玲奈に聞いた心得だけど。
玲奈はこういうのが得意だったらしい。

 

うん。誰もいないな。

 

「おじさん。こんなところで寝てると風邪引きますよ」
・・・・・
「おじさん。おじさんってば！」
・・・・・・・・
「こっけこっこー！」

・・・・・・・・・・・・

 

返事がない。・・・おかしいな？

 

俺はそっと眠っているはずの男の手を取ってみる。

 

はっきりと冷たい。

 

すぅ・・・「わっ！」

 

・・・・・・

 

ぺちっ！

 

「寝るな、寝ると死ぬぞ、死ぬぞってばおじさん！」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

はっ！

 

背後に気配を感じて思わず後ろを見る。

 

後ろにいたのは野犬だった。・・・おもわずぞっとする。
犬の方は俺が振り返ったのに反応して闇の中に消えていった。
このおじさん。俺が離れたら・・・。

 

俺はこのおじさんの脈を診た。

 

・・・・・・まだ、本当の意味で戦は終わってないんだ。

 

自分の無力さにため息をつく。
市中見回りでこういう人を見るのに慣れてしまった自分に嫌気が差す。
この人も、身寄りを無くしたまま、ここで暮らしてたんだろうな。
今日は特に冷えたからかな。

 

俺はそっと手を合わせた。
そして、袂の中から干し飯をお供えする。

 

俺に出来るのはここまでだ。
簡単に葬ることさえ俺の手には余る。
後で平家の軍に届けを出して、もし気が向けば手を打ってくれるだろう、そんな程度。
九羅香ならほっとかないと思うけど、九羅香はとっくに奥州に帰っちゃったもんな。

 

幸いにというか、ほかに目立った事件には出会わずに見回りは終わった。
強盗も火事も起きてなかったからそれは良かったと思う。
でも、・・・。

 

「ただいま」
「お帰りなさい弁慶様」
「紅葉・・・まだ、起きてたの」
「はい、弁慶様のお帰りを待っておりました」
「そんな無理しなくていいよ」
「はい、・・・でも、心配ですから」
「心配しなくても大丈夫。俺は武蔵坊弁慶なんだぜ」
「はい。そうですよね。・・・でも弁慶様。顔色が悪いですよ」
「そう？・・・うん。そうかもしれない」
「なにかあったのですか」

 

「・・・・・・なんて言っていいかな。
　俺が見回りに出る事って、なにか意味があるのかなって・・・。
　今日も一人行き倒れに出会ったよ。明日は場所を届け出なきゃ」
「・・・・弁慶様が見回りに行かなければ、誰にも気づかれなかったと思います。
　それだけでも、意味がありますよ」
「そういうものなのかな？」
「そういうものです」

 

紅葉は、力強く断言した。

 

その言葉を聞いて、俺の気持ちは少しだけ軽くなる。

 

「弁慶様。飴湯を召し上がりませんか」
「飴湯？・・・そんなの作ってたの」
「はい」
「いや、明日にするよ。…一人だけじゃ後であの子達に恨まれそう」
「弁慶様？」
「なに？」
「外はずいぶん寒かったんでしょう。ふるえてますよ」
「・・・・」
「それに、私も味見しましたから弁慶様も」
「・・・分かったよ。ありがとう」

 

紅葉が俺に湯飲みを渡してくれる。
おれはその湯飲みをかじかんだ両手で持つ。

 

かじかんだ、か。紅葉も良く見てるな。
おれは湯飲みを吹きながら紅葉の入れてくれた飴湯を飲んだ。

 

飲み終わると、ちょっとだけ身体が温まったような気がする。

 

「・・・ありがとう。紅葉。じゃ、お休み」
「はい、お休みなさい弁慶様」
「・・・先に寝てよ。紅葉が寝たのを確認してから俺も寝るから」
「え、弁慶様、でも・・・」
「あのさ。紅葉って、俺が見てるときにはいつでも働いてるだろ。
　それで・・その。なんか心配で」
「・・・はい・・・では、私が先に休みますね。・・・すいません」
「謝ることないよ。俺が好きですることなんだから」
「はい」

 

紅葉は自分の部屋に行くと布団に潜り込む。
寝間着？ああ、もう夜遅いから紅葉だって着替えてるよ。
俺はまだ夜回りの格好のままだけど。

 

「では、弁慶様。お休みなさい」
「お休み、紅葉」

 

俺は湯飲みを片づけようとして、ふと気が付く。
・・・そういえば、湯飲みが一個しか出てないな。
あれ？紅葉は味見したって言ってたけど・・・それって、つまり？

 

・・・・早く着替えて寝よう。
明日は早めに行って夜回りの報告しなきゃ。

 

俺は今ちょっと幸せな気分になってる。今日はいい夢が見れますように。

 

そして、…いつか、夜回りから帰っても、紅葉が心を痛めずに済む日がきますように。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

 

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