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・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・

 

「だ〜っ！」
「弁慶様？どうされました」
「・・・あ、ごめん紅葉。
　問題が分からなくてつい」
「弁慶様、すこし休まれてはいかがです。
　もう午の刻を過ぎております」
「十二時って言い方に慣れてよ」
「あ、すいません」
「いや、謝ることでもないけど、・・・午の刻って言われても普通の人は分からないし」
「正午という言い方はのこっておりますね」
「うん。そういえばそうだね」

 

午の刻を過ぎている、って言っても昼間のことじゃない。
今俺は深夜０時を過ぎても試験勉強の真っ最中でノートや教科書と首っ引きになっている。
俺の向かいには紅葉がいて俺の勉強を見ているところ。
え？紅葉は勉強しなくていいのかって？

 

ああ、そうだな。
今の俺たちの生活について説明がいるかもしれない。

 

紅葉が天の扉を飛び越えて平成の世にやってきたからといって、
紅葉が平成の世で暮らせるような都合のいい準備が出来る訳じゃない。
戸籍がないから学校に通うわけにも行かないし、
魔法か何かで戸籍をでっち上げるわけにも行かない。
ギャルゲでよくあるように俺がアパートで一人暮らしって訳でもないし
紅葉のために部屋を借りれるほどお金もない。

 

で、結局、紅葉は俺の家に居候という形で住むことになった。
実はそこに至るまでが大変で、親と話をしている時に、
もうすこしで親父と殴り合い、てか、その先まで行きそうになったが
それで親父も分かってくれたらしい。

 

「弁慶様、親にとって子供はいつまで経っても子供なんです」
「え？なに紅葉急に」
「声が出てましたよ」
「あ、気がつかなかった」
「弁慶様疲れておられませんか？
　コーヒーでも持ってきましょう」
「いいよ、これが終わったら切り上げるから」
「そうですか。でも、まだ時間が掛かりそうです」
「・・・・それを言われると面目ない。
　じゃ、やっぱりもらおうかな」
「はい、すこしお待ちくださいね」

 

そういうと、紅葉はこたつを出て台所へ行った。
電気ポットにインスタントコーヒーだから
それほど作るのに時間が掛かる訳じゃない。

 

と、気を散らしても始まらない。
ええと、・・・、・・眠い。
てか、紅葉の方が俺より物覚えが早いのはなぜだろう。
紅葉は平成の事をよく知らないはずなのに、
俺が学校に行っている間に、俺の小学生の頃の教科書を使って
どんどん勉強を進めて、あっという間に俺に追いつき、
そして、追い越してしまった。

 

そういえば、アルジャーノンに花束を、って小説じゃ、
チャーリーゴードンがあっという間に幼稚園児レベルから
大学教授級にまでになったっけ。
紅葉って、実は、天才だったのかもしれない。

 

「はい、弁慶様、お待たせ致しました」
「 ありがとう紅葉」
・・・・・・・・・・・

「・・弁慶様、筆が進んでおられませんよ」
「・・・ここは授業中寝てたからよくわからないんだよ」
「弁慶様は難しくお考え過ぎなんです。
　とりあえずグラフを描いてみられるとよろしいですよ」
「グラフって？」
「方眼紙を持ってきましょうか？」
「あ、いいよ。方眼紙ならここにあるから。
　でも面倒だな」
「学問に王道無しです」
「・・・ごめん、紅葉の言うとおりだ」
「いえ、これは弁慶様が教えてくださったんですよ
　急がば回れとも言いますよね」
「うん、そうだね。基本からきちんとやろうか」

 

三角関数の問題を分度器で解いても解いたことにはならないし、
方程式の解を物差しで測って解いても解いたことにはならない、
なんて先生には言われるんだけど、確かにグラフを描いていると、
その計算をしている内に・・・なんていうかな、
その方程式の心が分かるような気がしてくる。
ここで変曲点が来てここで最高値になって・・・ていう奴。

 

「ああ、なるほど、だからこの交点で区切られた部分の面積を求めればいいのか」
「はい」
「交点を求めるには・・・両方の値が同じになる点を求めればいいんだから、
　なるほど、それなら簡単だね」

 

え？問題に最初から図示ぐらいしてあるだろ？
いやいや、自分の手を動かすと目で見るだけの時と違って
すっと頭の中に状況が入ってくるんだよ。
手は第二の脳って言うのは本当なんだな。

 

・・・と、

「出来た。じゃ答え合わせをして・・・うん、ちゃんとあってる」
「良かったですね弁慶様」
「じゃ、ついでにもう一問終わらせたら今日は終わりにしようか」
「あの弁慶様、もうすぐ午の刻が終わりますから・・」
「一時が近いの？」
「はい。試験勉強も大切ですけれども、寝坊しては台無しです弁慶様」
「・・・でも、これはそんなに難しくないよ。
　適当なところで力尽きたら寝ればいいし」
「弁慶様。こたつで寝ては風邪を引きますよ」
「・・・うん。そうだね。だからこれをやったら・・・」

 

あっ。

 

「うん。じゃあ今日は終わりにしようか。
　紅葉ごめん、今までつきあわせちゃって」
「いえ、私は好きで起きていただけですから・・・」
「・・・うん。じゃあ、また明日ね」
「はい、弁慶様」

 

俺は筆記用具を片づけると自分の部屋へ帰った。
そうだった、紅葉の部屋がそのまま居間だったんだ。

 

紅葉と一緒にいると、ずっとそこに自分がいていいような気持ちになる。
ここは自分の部屋のはずなのに、ただ寝るためだけの場所になってしまった。
自分の部屋に帰るんじゃなくて、行くって言いたくなる。

 

俺は寝間着に着替えるとベッドに潜り込んだ。

 

「おやすみ」

 

今でも肌身離さず持っているお守りに、そっと挨拶する。
その中には今でも紅葉の髪が入ってる。

 

いつか、きっと、寝る前に挨拶するのは・・・。

 

でも、今日はおやすみ。…俺がそうなるのにふさわしい男になるまでは。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

 

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