き〜んこ〜んか〜んこ〜ん

 

「起立！礼！」

 

あ〜やっと授業が終わった、昼休みだよ。
俺は素早く教室を抜け出すと校舎の裏へと走り込んだ。

 

よしよし、誰もいないな。じゃゆっくりと弁当を食べるか。

 

俺は弁当と水筒を包んでおいたビニールシートを広げると
その上に座って弁当を広げた。
これで、このお弁当が実は彼女の差し入れ、なんていうんだったら
ハッピーな気分になれる所だがそんな美味しい話なら何も一人で校舎の影に走り込んだりしない。

 

「いただきます」

 

中身はまあ普通のお弁当だ。
親に作ってもらっているのだからあまり文句を言うと罰が当たるだろう。
文句言うと高校生なんだから自分で作れ、なんて言われるに決まってる。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

食った。

 

なんだって？なんで弁当食うのに校舎の影に隠れなきゃいけないんだって？
そういえばそうだな。昔は校舎の影に隠れて弁当を食うなんてことはしてなかった。
いつからかな、こんな妙なことを始めるようになったのは。

 

そうだ、修学旅行から帰ってからだったな。
女湯のぞいたって噂が立って、ずっとからかわれるようになったから
人と顔を合わせたくなくなっちまったんだよ。
だいたいがあいつらが率先してネタにするんだからたまらない。
元はといえば罰ゲームなんて言い出したのはあいつらじゃないか。

 

・・・・怒っても、仕方がない。
実際のぞきに行ったのは事実だ。
でも何にも見てないぞ。楽しみはゼロなのにこの扱いかよ。

 

・・・・・大事なことを忘れていた。

 

「ごちそうさま」

 

両手を合わせて今日の糧に感謝する。

 

お腹一杯になったら、少し落ち着いた気持ちになる。
気持ちが落ち着いたところで、目を閉じる。

 

小春日和の風が気持ちいい。
もちろん風ならいままでだって吹いていた。
目を閉じて、目から入る情報が無くなると、
肌で日差しが感じられる、そんな気がする。

 

「見えないことで見えることがある」か。
そんな言葉もあったっけ。誰が言っていたのかな。

 

俺の気持ちはそのまま修学旅行で見た夢へと飛んでいった。
妙な夢だった。俺が武蔵坊弁慶になって源平合戦に参加する夢だ。
うちの担任そっくりの巴御前が出てきてみたり
陰険そのものの藤原景時が現れたり、
義経軍団が美少女ばっかりだったりで、結構面白い夢だったな。

 

なんであんな夢見たんだろうな。
京都の雰囲気に飲まれたってことなんだろうかな。
べつに源平合戦の事について調べていたわけでもないのに
ああまで詳しく夢に見るっていうのも変じゃあるよな。
それに、所々オリジナルキャラがいたのも妙な話だ。

 

「歴史は、歴史に名前の残らない人が作るんです」

 

・・・そうかもしれない。
俺が弁慶の役をしてて、じゃ何か歴史に名前が残るようなことをした気にはならないもんな。
九羅香はなにかしら歴史に名前が残ったのかもしれない。
だけど、名前が残ったって、安宅の関がなければやっぱりみんな忘れてたと思う。
そこには俺参加してないんだよな。

 

「弁慶様。心残りがあるんですか」

 

・・・・心残りか。
心残りはあるよ。

 

心残り、この言葉で俺の記憶はあの夢の中の一番思い出したくない所へたどり着いてしまう。
『弁慶様に出会うために・・・』
俺はあの子の気持ちにまっすぐ答えることが出来なかった。
その事を思い出したんだ。

 

のぞきがばれた事さえ、この事にくらべたら、俺にとって大したことじゃない。

 

夢の中でさえ、あの子との出会いなんてほとんど無かった。
夢で出会ったのか、夢の中の夢で出会ったのか、
いやそもそも現実にそんな子がいたのか、何が現で何が幻か。

 

そんな、幻想的な雰囲気があったな、観月ちゃんは。
何か現実から遊離して、何かを達観してるような雰囲気があった。
だけど、それは達観じゃなくて、あきらめの境地だったんだ。
俺は…観月ちゃんからそれを教わった、教わったのに…
最後までおれは観月ちゃんの力にはなれなかった。
あきらめるんじゃないって、そう言って、
中途半端に手を伸ばして、…肝心な時に手を引っ込めてしまった。

 

「弁慶様、弁慶様は、力になってくださいました」

 

…すこしはね。
でも、あれから平家の落ち武者狩りがさんざん行われたのも事実だよ。
あっちこっちに平家の隠れ里なんてのがあるぐらい。
本当に力になるんなら、そこまで俺は観月ちゃんと一緒にいなきゃいけなかった。
神機が封印されたぐらいで、帰っちゃいけなかったんだ。

 

「弁慶様、それはあまり自分を責めすぎです」

 

・・・べつに、だれかのために言っている訳じゃないよ。
自分のために言ってるんだ。
今の俺には、観月ちゃんの気持ちが分かるような気がする。
自分が生きていても死んでいても何の関係もない、
誰も俺を…俺そのものを必要としてないんだ、って気持ちになる。
俺は・・・もし、やり直しがきくなら、現代に帰って・・・
帰るんじゃないな、現代には行かない。
観月ちゃんがどう思うか、それは俺には分からない。
ただ俺は観月ちゃんと一緒にいたかった。

「どうしてなのですか？」

 

・・・・もし、誰かが・・・誰でもいいから・・・
俺を必要としてくれる人がいるんだったら、
多分、俺は、その人のために生まれてきたんだって、そう思う。
そこまで行かなくても、もし、俺が誰かの力になれるんだったら、
…俺は自分をもっと好きになれると思う。
俺は…ごめん、俺は…こんなこと言う資格ないよな。
俺は、結局、逃げ出したんだ。
偉そうなことを人には言っても、俺自身はぎりぎりのところで、安易な方に流れたんだ。
俺は・・・観月ちゃんが反対しても、観月ちゃんのそばにいなきゃいけなかった。

 

違う！観月ちゃんが反対するからこそ、そばにいなきゃいけなかったんだ！

 

「弁慶様、観月には、平安の世を捨てて失う物はなにもありません。
　弁慶様が現代を捨てたなら、失う物がたくさんあります」

 

失う物？友達とか、親とか、現代の文明生活のこと？
分かるよ、観月ちゃんがそういうことを心配して、帰るようにし向けたことは。
でも、現代に行けば俺は観月ちゃんを失うんだ。
現代にある物全部を足しても、観月ちゃん一人には及ばないよ。
…俺は…ごめん、俺が観月ちゃんを必要としてるんだな。
観月ちゃんにとって、俺はきっかけにすぎなかったんだ。

 

「弁慶様。私も、私を必要としてくれる誰かのために、生まれてきたんだと思います」

 

…もう、何もかも、手遅れだよ。
何もかも・・・・。

 

「何事もあきらめないように教えてくださったのは、弁慶様です」

 

そうかも、しれない。
言うだけならいくらでもかっこいいこと言えるからね。
どんな立派な言葉も、実行して初めて意味があるんだ。

 

「はい。実行して初めて意味があります。
　ですから、弁慶様…もし、本当に私を必要としてくれるのでしたら…
　強く思ってください。もう一度会いたいと」

 

もう一度、会いたいと、思え・・・

思うぐらいで会えるなら・・・

 

いや、俺が、自分で言ったことじゃないか。
立派なことを言うなら誰でも言える。
実行することが本当に立派なんだ。

 

一度もおきたことがないことなら、あきらめてしまうのもいい。
二度も現代から平安の世に移動出来たんだ。
三度目がないと、誰が言うことが出来る。

 

観月ちゃんに会いたい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

き〜んこ〜んか〜んこ〜ん

 

うわっ、休憩時間が終わった。
ってことは・・・平安の世に帰ることが出来なかったって事か。

 

・・・奇跡的、ってことは、おきなくて当たり前、ってことだもんな、仕方ないよ。

 

それでも、今日は観月ちゃんの声が聞こえた。
それだけでも、少し幸せな気分になれる

 

「声だけで満足なのですか」

 

もちろん、一緒にいたいよ。
だけど…それがかなわないなら、・・・

 

「弁慶様」

 

え？

 

歩き出そうとした俺を、何かが抱き留めた。

 

もしかして、本当に？

 

俺は、抱き留めた誰かを確認するために振り返る。

 

「弁慶様。…弁慶様は、本当に、私を必要としてくれるのですか」
「観月ちゃん。・・・これは、夢？現実？それとも・・・」
「弁慶様、…あの、質問に答えてください」
「だったら、…耳を貸してよ。大きい声で言うのは、恥ずかしいから」
「はい…」

 

我ながら、自分勝手な言い分だな、って思う。
だけど・・・・観月ちゃんには、すべてを正直に打ち明けたい。

「たとえ、観月ちゃんがどれほど迷惑に思っても、俺には観月ちゃんがどうしても必要なんだ。
　何があろうと、絶対に俺は観月ちゃんのそばを離れない」

 

 

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

 

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