「さて、と。証拠はそろったし、そろそろ動くとするかな」

ここは、特務六課の会議室です。
僕らまで呼ばれての会議ということは、重要な相談というわけじゃなくて、決定事項の通達ということなんでしょう。

あ、言い遅れました。俺はトーマ、トーマ・アヴェニールです。

「動くって言っても、静さんはあんまり乗り気じゃないんでしょ」
「乗り気じゃないいうてもな。非人道的実験を手をこまねいて見過ごし続けるわけにはいかんやろ。
　地道な捜査の段階やないと、私は思うんよ。最上段に振りかぶって、勝負をかける」
「勝負をかけるって、どういうことなんですか？」
「今までの捜査の証拠を本局に送って、ヴァンデインコーポレーションの捜査令状を取る。
　ハーディス・ヴァンデイン専務も逮捕する。令状をてこに一気に核心に迫る」
「そう都合良くいくといいんだけど、むこうもそれは想定内じゃないかな」
「それは静さんも指摘してた。けど、とりあえず、これでヴァンデインコーポレーションの違法実験はとめられる。
　犠牲者は出さんように出来る。それだけでも前進や」
「はやてがそこまでいうなら、私は反対しないよ。それはリーダーが決断することだからね」
「ありがとう、九羅香さん」
「それで、一気の捜査って、どういう手順になるんだ？」
「それは静さんが考えてる。ヴァンデインコーポレーションを内外から追い詰めるんや」
「内外から？」
「ヴァンデインコーポレーションは大会社やで。ほとんどの部署は、今回の事件とは無関係やろ。
　そういう部署が、膿を出す方向に動くようしむけなあかん。外から叩くだけやと、かえって結束することも考えられる。
　そっち向きにうごかんよう手をうたんとな」
「なるほど……」
「というわけで、中からの工作は、静さんが直接やるそうや。
　マスコミ方面の工作は、玲奈さんの担当」
「マスコミ方面の工作？」
「マスコミは大事や、いよいよ、事件が公になるんやからな」
「事件が公になるって？」
「ヴァンデインコーポレーションは大企業やで。マスコミネタにもなるわ」
「まあ、そうだろうけど……」
「で、大資本や。自己防衛のためにマスコミ動かす金もある。それにこっちも対抗せえへんとな」
「対抗するって……」
「そこらは心配いらへん。正義はこっちや。まあ、ちょっとばかり、騎士カリムの手も借りるんやけど」
「人体改造っていうだけなら、違法とばかりもいえないんだけどね」
「けど、人さらいに殺人実験は完全に違法や。踏み込めばもっと証拠は出てくるやろ」
「分かりました」
「さて、と。トーマ達はひとまずグレンデル一家の監視な。
　フェイトちゃんとティアナは逮捕状がとれしだい、ハーディス氏の逮捕を。万が一に備えてなのはちゃんとヴィータも援護に入ってや」
「了解」
「了解だよ」
「義経軍団は、令状がとれしだい、ヴァンデインコーポレーションの捜査の指揮を頼む。
　本局からも人数だしてもらうつもりやけど、重要なところは、やっぱこっちでやりたいんよ」
「了解したよ」
「さてと、ルキノ、話は終わったし、書類まとめてあるやろ。本局に送ってや」
「分かりました」
「……時間余ったな、おやつにでもしようか」
「そんな時間あるんですか？」
「あるんよ、ちゃんとゆとりとってあるからな」

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数日後

「専務、緊急事態です。うちに対する捜査令状がでたという……」
「知ってるよ。きみは情報が遅いな」
「知ってるならなぜ……」
「なぜって、いまさらじたばたしても始まらないだろう」
「始まらないだろうって、もう終わってますよ。あいつらが生きて証言してただなんて……」
「うちのバイオ部門もたいしたことないね。減給だな」
「のんきなこと言ってる場合ですか」
「何を慌ててるんだい？　我が社は大企業だよ。これくらいでつぶれやしないさ」
「つぶれやしないさって、ライバル企業がかさにかかってつぶしにきますよ。
　それに、うちの部門を快く思わない他部門だってあるんですよ、そいつらが足をすくいに来たら……」
「心配性だねぇ……かえって好都合じゃないか、雨降って地固まるだよ。
　というか、自動車電話でこんな話をしていいのかい？　盗聴されてるかもしれないよ」
「この回線は盗聴されないよううちの暗号部門が特別に作った信号を使ってますよ」
「どうだか、バイオ部門があれだったじゃないか」
「止まってください」
「噂をすれば、だ。　切るよ、管理局だ」
「あ、専務……」

ハーディス氏は、粘る部下を一顧だにせず、電話を切ると車を止めた。

「時空管理局の、フェイト執務官です、ヴァンデインコーポレーションのハーディス・ヴァンデイン専務ですね。
　逮捕状が出てます。同行願います」
「やれやれ、忙しいことだね。今すぐかい？」
「今すぐ同行願います」
「せめて娘に連絡を取りたいんだが、だめかい？」
「証拠隠滅の恐れがあります。連絡は管理局経由で願います」
「そうかい……でもね」
「！」

一瞬、逮捕に向かったティアナが切り捨てられた、ように見えた。

「？」

次の瞬間、ティアナは自分の体をなでてみる……なんともない。

「威嚇も公務執行妨害にあたりますよ」
「やだなあ、僕はなにもしてないよ」
「まあいいでしょう。……逮捕します」

こうして、ハーディス・ヴァンデインは逮捕された。

無抵抗なのが、かえって不気味とさえ言えたが……

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さて、こちらはそのニュースを聞いているフッケバインである。

「ヴァンデインコーポレーションが捜査を受けてるみたいですね」
「あー特務の奴ら余計なことしやがるぜ。
　こんなことすれば野良感染連中が潜伏しちまうじゃねーか」
「大丈夫よ〜わたしもいるんだし〜」
「よぉ、ソニカ・サイ姉」
「グレンデル一味の調査、お疲れ様でした」
「若干恥ずかしい結果にはなったが、目的の物は手に入った」
「アルにはこれ、リーベンホテルのローストチキン」
「サンキュー」
「宅配料込み５０００ね」
「あのなぁ。金取るなら土産じゃねーだろ」
「それはともかく、ヴェイは？」
「ヴェイロンなら、こっちですよ」

ソニカが案内された先には、ベッドに不機嫌そうに横たわってるヴェイロンと
その隣のベッドに、いかにも体調が悪そうに眠る、フィフスがいた。

「おまえらか」
「なにやってんの？」
「見ての通りだ、リアクトプラグの看病をやれってカレンがいうんでな。
　看病と言っても、見てるだけしかできることもない」
「ヴェイってば、相変わらず身内の年下にはやさしいわねぇ」
「こいつは身内じゃねえ、本来ならアルが面倒見る予定だったんだが
　アルだけじゃ手がまわらねえってだけだ、カレンも面倒見ろっていうしな」
「フォルティスやステラでも、不調の原因がわからなくってさあ。
　ソニカ、得意の占いで見てやってくれよ」
「はいよ」

そう言うと、ソニカはフィフスの手をとった。

「どれどれ、手相を拝見……」
「どうだ、なんかわかったか？」
「ばっちり、形式はシュトロゼックシリーズRの００５、製造メーカーはヴァンデイン・ラボ。細胞年齢14歳7ヶ月。
　個体識別名『ロザリア』……修理に必要なデータも分かったから、書き出しておいてあげる」
「サンキュー」
「お代は80万ね」
「たけーっ！」
「身内だから破格の値段にしておいたのよ。お得意先ならこの10倍だってぽんと出してくれるんだから」
「うぅ……なんかえらい損した……」
「まあまあアル、我々は保険がきかないですからね」
「そういう問題かよ……おい、フィフス……じゃなかったロザリア、これはつけにしとくからな。
　さっさと治って働いて返せよ、利子つけるからな」
「まあ、なんにせよよかったですね、ヴェイロン」
「どうでもいい」

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さて、それからさらに数日が過ぎた。

ヴァンデインコーポレーション側も、ハーディス氏が余裕をかましていただけあって、ある程度は
確かに捜査やマスコミ対策をしておいてはあったようだった。
だが、それも静の予測の範囲をでるものではなかった。
結果、ヴァンデインコーポレーションに対する擁護計画は、失敗に終わったのである。

擁護計画が失敗に終われば、あとは一瀉千里、ヴァンデインコーポレーションはがたがたと
崩れ始めていた。

「んー、大企業もこうなってみると哀れよね〜」
「本当に哀れなのは、実験の犠牲になった人たちですよ」
『……』
「リリィは責任を感じる必要はないよ」
「トーマ……」

彼らの日常は、平和であった。
いまは、まだ。

「はーい、みんな、準備は出来た？」
「ばっちり、道中の昼食の準備もばっちり」
「あ、トーマ、たっぷり作ってある？」
「スゥちゃんが満腹するほどはつくってないけど、適当には」
「満腹するほどつくってよ」
「満腹するほどつくったら、輸送にトラックがいるじゃないですか」
「さてと、じゃ、行きますか」
「はーい」

彼らの行き先は、地上本部。
そして、お仕事はハーディス氏の護送のお手伝いなのです。

「ハーディス氏って、一般市民なのかな」
「一般市民だといいけど、こういうボスって、得てして最強の感染者だったりするのよね」
「縁起でもないこといわないでくださいよ」

彼らは、まだ軽口をたたける余裕があった。
今は、まだ。

 

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