異聞・少女義経伝・伍

 銀十字

 【第十六章】

〜競争〜

 
……墜落が、止まった。
今俺は空中に静止してるみたいだ。
なんてこった、エクリプス感染者は死ぬことも自由には出来ないのか。
でもまあいい、このまま、どこに行くでもなく、じっとしていれば
何か違ったことも起きるだろう。いや、違ったことが起きてほしくはないな。
 
何も起きず、対消滅のときが来ると良い。
 
 
「トーマの墜落が止まったようです、アル」
「あー、あたしも見たぜ」
「今ドゥビルが援護に向かってます、なんとか彼を確保してください」
「言われなくてもわかってる。とっとと回収して帰還する予定だ。
　そう難しい仕事でもないはずだけどよ」
「そうだといいんですけどね、けど、今の彼は力をうまく制御できてないみたいですよ」
「そういう奴は珍しくねえよ。ま、仕上げをご覧じろって、フォルティス」
「了解ですアル。任せますよ」
 
アルは自由落下から水平飛行へと軌道を変えてトーマのところを目指す。
 
 
さて、こちらはヴォルフラムの艦内である。
 
「スゥちゃんさん、じゃ、あたしは、トーマを助けに行ってきますから」
「アイシスさん。行ってきますからって、トーマならもう玲奈さん達が向かってるよ。
　第一一般人にそんな無茶なことはさせられない」
「無茶じゃないですよ。あたし、こう見えても、ただの一般人ってわけじゃないですからね」
「トーマだってただの一般人じゃないよ。けど、今は要救助者だし、それに……」
『フッケバインより降下する人員を確認。空中に静止した降下者の確保に向かっていると推定される』
「……時間がない、あたし、もう、行きますね」
「フェイトさんからも何か言ってください。無茶ですよ、どう考えても」
「スバル、行かせてあげて」
「え？」
「アイシスさんが友達を助けに行くというのなら、行かせてあげればいい。
　それが必要ないぐらいに、私たちががんばれば、それでいい」
「わかってくれてありがとうございます。じゃ」
 
アイシスは、開いたハッチから飛び降りた。
 
「……けど、空中に静止してるトーマを確保できるってことは、空戦魔導師ってことに、なりますよね」
「そうだね。……シャマル、メディカルチェックを早く終わらせて。
　はやて、私たちもトーマの確保に速やかに向かう」
『了解や、フェイト班はメディカルチェックが終了し次第トーマ確保の援護に入ってや。
　紅葉さん達は陸戦魔導師や、空戦魔導師相手でもひけはとらんはずやけど、それは相手が
　陸戦魔導師を敵に回す気になったときだけ。無視されるとつらいからな』
「了解ですぅ」
『与一さん、なのはちゃん、ヴィータはフッケバインに対して砲撃続行。フッケバインが海に出たら
　わたしの全力攻撃で落とす。……直撃すれば落とせるはずや』
『了解だよ、はやてちゃん』
『心得た』
『わーった』
「えと、フェイトさん、どうしてアイシスさんを行かせたんです？」
「こういうときには、とめても無駄だからね。昔のなのはもそうだったと聞いたよ」
「……昔？」
「そう、ずっと昔、わたしとなのはがまだジュエルシードを巡って競争してた頃の話」
「なのはさんが、そんな無茶をしてたんですか」
「そうだよ。……なのはが、二言目には無茶をしないように、っていうのは
　その頃無茶をして危険な目に遭い続けた経験からなんだ。
　だけど、私は、そんななのはに、救われたんだ。
　だから、アイシスの気持ちも大切にしてあげたい」
「……フェイトさん……」
「フェイトちゃんのメディカルチェックは終了。次はスバルの番ね」
「は、はい」
 
 
「ちぇ、地上に落下すると思って飛び出したら、空中静止かよ」
「玲奈様、ぼやいても始まりません。どうするおつもりですか」
「ま、空中を飛び回るってんなら手の施しようがないけど、空中静止ってことなら
　空中浮遊の魔法でなんとかなるでしょ。あたしがサポートしてあげるわよ」
「そうだな。ま、近くまでははしっていこうぜ、何が起きるかわかんねーしよ」
「その方が良さそうね、陸戦魔導師は地に足をつけてるときの方が安定するわ」
 
玲奈達は、はしってトーマに近づくつもりのようだ。
 
 
”パフィ、スリープモード解除”
『……了解、スリープモードを解除します』
「現在の状況は把握してる、パフィ」
『現在高度３００、最大速力で飛行中、戦闘モード展開、必要最小限度の
　戦闘装備は準備されている、とここまではわかります。
　ですが理由についてはさっぱり』
「ごめんごめん、本気だす場面になるまえにピンチになっちゃって、パフィを
　起こす暇がなかったから」
『アイシス、それがあなたのデバイスなんですか？』
「うん、名前はパフィ。あたしの相棒なんだ」
『そちらのデバイスはどなたです？』
『私の名前はスティード、トーマのインテリジェントデバイスです』
『トーマとは誰のことですか、私の知らない名前のようですね』
「トーマは新しくできたあたしの友達だよ。リリィも一緒」
『リリィ』
「戦闘が終わったら紹介するよ」
 
アイシスは高速飛行でトーマを目指している。
 
 
『敵影発見。迎撃開始』
 
誰かが来るみたいだ。来れば、俺の意志とは無関係に銀十字が迎撃に入る。
迎撃が発動する前になんとか逃げて。
 
『Slive Stars "Hundred milion』
 
トーマの周りから、強力なエネルギー弾が無数に発射される。
それらがは向きを変えると、接近する存在……つまり、アル、ドゥビルのフッケバイン組。
アイシスとパフィ、そしてスティードの友人達、そしてもちろん、玲奈、紅葉、楓の
3人……をねらって、徐々に集中しながら接近する。
 
 
「冗談じゃねぇ！　こんなもん当たったらなんぼあたしでも死んでしまうわっ！」
 
アルは叫んだ。
叫んだからといって攻撃が回避できるわけでもないのだが。
 
「だからなんだってんだ？　要は全部打ち落しゃいいんだろうが。
　行くぜリアクト……ディバイダー７１８，全力射撃！」
 
アルは接近する弾丸を魔法弾で打ち落としにかかる。
 
 
「く、来る……」
『どうします、アイシス』
「どうするもこうするも、よけるしかないでしょが」
 
アイシスの方は、回避に全力を注ぐ予定のようだ。
 
 
「こっちに来る弾が一番多いぜ、しかも包囲攻撃と来る、これはよけきれねぇ！」
「シールドを張っても持ちそうにないですけど……」
「どうやら、あたしらを主力って認識してくれたようね。光栄なことで」
「楓、なにのんきなこと……」
「ま、こういうときに役立ってこそのセンターガード兼フルバックってね」
「何するつもりなんだ？」
「この程度のエネルギー弾なら、シールドで向きを変えるぐらいはわけないってね。
　あとは、相互にぶつけ合わせれば」
 
なるほど、楓の言うとおり、空中でエネルギー弾は相互に衝突し合って
爆発して消えた。
 
「ざっとこんなものよ。それよりあたしら以外のメンバーが
　どうなってるか確認しないとね」
「確認っていっても、どうやら今の攻撃で落とされた方はおられないようですね」
「ふーん、つまんないの。ま、こんな一本調子の攻撃じゃ当然か。
　さて、で、攻撃は防いだけど、ここからどうやってあの少年を確保するつもり？」
 
そう、いくらなんでも、攻撃を受けながら空中に浮かんでは、3人ともただの的になってしまう。
浮遊できるとはいえ、空戦できるというのとは、根本的に違うのだ。
 
 
「ふゅー、なかなかやるじゃねえか。あたしほどじゃないけどな」
 
アルも攻撃をすべて迎撃しつくしたようだった。
 
「聞けよ、坊主。あたしらはおまえの敵じゃねぇよ。
　同じ毒の血が流れてるんだ、同胞なんだよ、お前も、あたしもな。
　……だから、いい子でこっちにこい。あたし達がちゃんとお前を助けてやるよ」
 
ばきっ。
 
「いてっ。誰だ……って、てめえ、胸平たい族」
「誰が胸平たい族だ、このロリ巨乳」
「種族に格上げしてやったんだ、ありがたいと思え、てか、ロリ巨乳ってなだれのことだ」
「あんた。ていうか、何勝手なこと言ってるのよ。トーマは犯罪者集団なんかには渡さないんだから」
「まあそういうなよ洗濯板。てめえも、その気になればあたしらのファミリーに入れてやるぜ。
　どうやら、あの坊主のお気に入りみたいだからな」
「やかましい、誰が人殺しの仲間になんかなるか。無駄おっぱい」
「……どうやら、てめぇとはここで決着つけなきゃならなさそうだな」
「そうみたいね」
 
アルとアイシスは、空中で対峙する。
だが、そんな二人の傍らを、高速で駆け抜けていく2人の存在があった。
 
「な、誰だ？」
『地上から急に2人飛び出てきました。一体これは……』
「フォルティス、情勢分析を急いでくれ。あたしは一体誰と戦えば良いんだ？」
『言われても、私もあの二人は始めて見ますから……』
 
 
「頼むぜ、御師匠様達……」
「玲奈様の切り札って、師匠方だったのですね」
「ま、な。……グレアム提督から引き取って使ってるから、魔力値はからきしだけど
　腕は今でも落ちてないはずだぜ」
「玲奈、魔力のサポートなら任せなさい。全力の2人を支えるには、カートリッジだけじゃ不足でしょ」
「ありがとな、楓」
「当然のことをしてるだけよ」
 
 
「って、期待されてもね。魔法の通用しなけれりゃ話も通じそうにない相手にどれだけのことができるか
　って言われても困るのよね」
「けど、なんとか助けるつもりなんでしょ」
「そりゃ当然」
 
玲奈達の〜つまり、弁慶達の〜魔法の師匠、グレアム提督の使い魔だったリーゼ・ロッテとリーゼ・アリアの
リーゼ姉妹。彼女たちは、今、玲奈の使い魔として、忍ねこの一員に加わっているのだった。
そのリーゼ姉妹は、トーマの確保に何をするつもりなのだろうか。
 
フッケバイン、相転移可能まで、後2分。
 
 

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