異聞・少女義経伝・伍

 銀十字

 【第十五章】

〜諦観〜

 
「トーマ、何が起きたの？」
「何から説明していいかよくわからない、けど、時間がないんだ」
「時間がないって……」
『トーマ、何を始めるつもりなんです？』
「何って、たいしたことじゃないよ。……フォルティス、艦内モニターは生きてる？」
「ええ、さきほど復旧しましたよ」
「この声は？」
「フッケバインのメンバーの一人だよ。……フォルティス、頼みがあるんだ」
「なんでしょう？」
「アイシスとリリィ、それからスゥちゃん達をこの船から待避させてほしいんだ」
「そんなことをしなくても、僕らはあの二人に危害を加えるつもりはありませんし
　僕らの船に乗り込んできた管理局員を無事に帰すなんてことは、いくら
　トーマ君の頼みでも聞けませんよ。僕も、そこまでお人好しじゃないんでね」
「それで、また戦いを始めるっていうのか。それはやめてもらいたい。
　またディバイド　ゼロを発動するかもしれないんだ」
「そんなことをすれば、シュトロゼックも民間人も、突入した管理局員も
　命はありませんよ。無茶は言わないでくださいね」
「そういう意味じゃない、自分でも力が制御出来ないんだ。
　何かの拍子にまた発動してしまうかもしれない。もうこんなことはたくさんだ」
「……何かの拍子に、ですか。たまにいるんですよね、こういうとんでもない
　ことが出来ちゃう子が」
「……まあいいでしょう。けど、こちらも戦闘中なんですよね。出来ることといえば
　船外にこの人達を排出することだけですよ」
「それでいい、BJがあれば落下しても死ぬことはない」
「まあ、安全のため、向こうに拾ってもらえるよう連絡は入れておきましょう。
　それでいいですよね」
「ああ、それでかまわない」
「では、ステラ、排出準備をお願いします。僕は、管理局の船と連絡を取りますから」
 
……
 
「そういう訳なんだ、スゥちゃん達は、これで無事に船に帰れると思う」
「無事にって、トーマはどうするの」
「……何から説明していいかわからない、からスティードをおいていくよ」
『相棒、どういう意味です、それは』
「何が起きたか、管理局の人たちに説明を頼む。……ディバイド　ゼロを発動して
　エクリプス感染者がどんなものかわかったよ。だから、もう、いいんだ。
　スゥちゃん、詳しい説明はスティードから聞いて。
　じゃあ、そろそろ行かなきゃ」
「行くってどこへいくつもり、トーマ」
「……ごめんね、バイバイ」
 
俺は、ディバイダーの全力射撃でフッケバインの装甲を打ち抜くと、あけた穴から飛び降りた。
 
 
「さてと、……あーあー、管理局の方、聞こえますか、こちらは飛空艇フッケバインのフォルティスです」
「こちらは管理局特務六課、聞こえてるで。無駄な抵抗をやめて投降する気になったんか？
　抵抗をやめるなら、管理局法に基づく弁明は聞く用意があるで」
「そういう話じゃないんですよ。今から、本船にいる、そちらの突入隊員と、民間人２名を
　排出します。すいませんが、受け止めるのはそちらでお願いしますね」
「排出する？　落ちたら死ぬんちゃうか？」
「そうならないように、拾ってくださいって意味ですよ。
　では、回線を切りますね」
「了解や。……今の通信聞いたか。
　私が受け止めにでる。投下後打ち落とすなんて無茶されへんように
　ヴォルケンリッターは援護に回ってや」
「わかりました、主はやて」
「さてと、問題は飛び降りた少年やな」
「突入がうまいこといかなかったんだろ。それなら外から確保すればいいじゃないか。
　あたしらにまかせろよ」
「せやな。なのはちゃんと与一さんはそのまま待機、回復したら再度砲撃を実施や。
　打撃班、紅葉さん、玲奈さん、楓さん、飛び降りた少年の確保は頼むで」
「了解」
 
 
「……ステラ、相転移可能まであとどれくらいです？」
 
ステラは、片手を開いて時間を示した。
 
「５分ですか。……困りましたね、トーマ君を確保したいとは思いますが
　管理局も本気で追撃してきてますし、活動可能なメンバーも少ない有様ではね」
 
ステラは、黙って〜というかしゃべれないのだが〜モニターを開いた。
 
「よっ、フォルティス、そろそろアル様の出番ってところか」
「アル、あなたは無事だったんですか」
「アル様があの程度でくたばるわけねぇだろ。どうやら、あのディバイド　ゼロは
　戦闘意志の強弱に応じてダメージを食らったみたいだな」
「なるほどね。それで、待機任務だったアルはそれほどダメージを受けてないんですか」
「そういうこった。ともかく、あの坊主を確保してくればいいんだろ。
　簡単な仕事じゃねぇか、ステラ、出撃口をあけてくれ、出動するから」
 
ステラは、黙ってうなずく。
 
「よし、じゃあ待ってろよ。世界を殺す毒になった以上、あいつはもう
　ファミリーの一員だ。絶対に管理局の奴らの手に渡すかよ」
 
アルの足下が開くと、アルもまた落下を始めた。
 
「……高いところは苦手なんだけどよ。ま、ファミリーのためだ、仕方ないか」
 
 
「トーマ、トーマ！」
『危険です、スバルさん、身を乗り出さないでください』
「だからって、トーマは無事に降りられるとは限らないじゃない」
『トーマの心配より、自分の心配をしてください、スバルさん』
「スティード、なんで冷静でいられるのよ」
『私が冷静に見えますか？』
「冷静っていうか、冷酷に見えるわ」
『今から、トーマに何が起きたかゆっくり説明します。
　そうすれば、トーマの決断の理由についてはわかるでしょう。
　今のトーマは、人間爆弾みたいなものです。下手に手を出すと
　命がいくつあっても足りませんよ』
「人間爆弾？」
『最初から説明しましょう……』
「あー、管理局のみなさん、排出準備が終わりました。
　無事に受け止めてもらってくださいね」
 
 
「こちらセンサールーム。司令、フッケバインより５人が投下されたのを確認」
「了解、こちらでも目視した。今から魔法で収容する。……フッケバインから
　十分離れれば、魔法で確保出来るはずや。
　シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、収容の援護は任せるで」
「わかりました、主はやて」
「与一さんは少し待ってや。今フッケバインを挑発する気にはならへんから」
「了解した」
「……この距離なら大丈夫やろ」”フォールディング　ネット”
「こちらセンサールーム。フォールディングネットの展開を確認。
　落下中の５人の確保完了」
「今からヴォルフラムに収容する。シャマル、収容後の手当はたのむ」
「わかりました、はやてちゃん」
 
 
（……落下中かなのはわかる、けど、もう景色すら見れなくなったか……
　エクリプス感染者は人を殺さずにはいられない、っていう意味がわかった。
　害意を向けられただけで、人を傷つけてしまうんだ。
　人の顔なんかも認識することが出来ない。まあ、戦闘機械なら
　それで十分なんだろう。……エクリプスがどういう目的で、誰が作ったのかは
　知らないけど、ろくな物じゃないのはわかる。
　本当にこのままじゃ、誰を殺してしまうかもわからないな。
　大体エクリプス　ゼロってなんだ？　あれは敵味方無関係に破壊する
　無差別破壊魔法じゃないか。そんな力を制御する方法なんて
　フッケバインだって持ってはいないだろう。……フッケバインの船内を
　調査して、エクリプス感染を制御する方法を見つようなんて考えてたけど
　それも無駄になってしまった。
 
　もういい、すべて終わりにしよう。……さよなら、みんな……）
 
 
『……私の話が正しいことは、九羅香さんと弁慶さんが証明してくれると思います』
「トーマがエクリプスに感染したってことだね。……とにかく、トーマを助けにいかなきゃ」
「待った、スバル。ディバイド　ゼロが直撃したようなもんなんやろ。
　そんな状態の隊員を戦場に送り出すわけにはいかへん」
「でも、このままじゃトーマが死んでしまう……」
「……二次災害をださへんのも、司令の仕事や。
　最低でも、メディカルチェックが済むまではおとなしくしとりや」
「ですが、はやて司令！」
「あの……あなたが、スゥちゃん……さんですよね」
「え、あの、私はスバル・ナカジマですけど……」
「あたしはアイシス。アイシス＝イーグレット。
　スゥちゃんさんがいけないなら、あたしが助けに行ってきます」
「行ってくるって、あなた、民間人でしょ。管理局が民間人を危険にさらす
　訳にはいかないって」
「あたしは、ただの民間人ってわけじゃないですよ。
　ちゃんとした武装も用意してるんですから」
「……司令の許可なしには出せませんよ」
『私も一緒に行けるようにお願いします、スバルさん』
「スティード？」
『相棒が必要なときに助けにならないでは、デバイスの意味がないですからね。
　違いますか？　マッハキャリバー』
『master?』
「わかった、あたしからもはやて司令にお願いしてみる」
 
 
「ステラ、相転移まであと何分です？」
 
ステラは、指を２本折り曲げてフォルティスに示した。
 
「……あと３分ですか。長い３分になりそうですね」
 
 

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