「そこでじっとしていろ、戦闘が始まったら、お前達の面倒までみていられないからな」

「何勝手なこと言ってやがる。おとなしく逮捕されろ」

 

　九羅香さん、弁慶さんと、サイファー……だったっけ、とにかく変な刀を持った女は

お互いに話し合うつもりはなさそうだった。そういう俺はといえば、体調を崩していて

全く動けない。動けるとしても、今動けば相棒ともアイシスともはぐれてしまうだろう。

まったく、なんてついてない日なんだ。こんな時に、俺が完全な足手まといになるなんて。

 

『すいません、私を助けたばかりにこんなことになってしまって』

「リリィの責任じゃないよ。何度も言わせないで」

『すいません……』

 

　そうはいっても、木に寄りかかって体を支えているだけでも体がだるい。

　早くスティードの奴が帰ってこないかな。スティードの緊急事態用システムが使えれば

この状態でも、この場を逃げ出すぐらいのことは出来るはずだ。

　けど、今はじっと事態の推移を見つめるしかない。出来ればとばっちりが

こっちにはこないことを期待しながら。

 

「公僕、この私を逮捕しようというのか？」

「そうだ。おとなしく武器を捨てて投降しろ」

「冗談はよしてもらおうか、一介の陸士に捕まるほど、このサイファー、安くはない」

「では、力ずくで逮捕させてもらう」

「出来るか？　お前達に」

「出来る……薄緑、カートリッジロード」

 

　九羅香さんの刀がカートリッジをはき出す。

 

「ふん、カートリッジ式デバイスを手にしたぐらいでいきがるな。

　生兵法は怪我の元と言うぞ」

「それはこっちの台詞だ。弁慶、二人を保護しろ。私はこいつを捕まえる」

「一騎打ちで決めるつもりか、甘く見るな」

「甘く見てるのはそっちだよ」

 

　九羅香さんが一瞬で間合いを詰める。

 

「フラッシュムーブか。だがその程度の速さで私は斬れんぞ」

「受けたか、まあ、そんなものだよね」

「ふん、力比べで……なに、私と互角だと」

「ふぅん。筋力も鍛えてるんだ。魔力依存の戦いはしてないみたいだね」

「まあな。戦いは私の生きる糧だ」

「だからといって、無抵抗な連中を殺すのは、戦いとは言わないよ」

 

　こんな会話を交わしながらも、二人は目にもとまらぬ速さで刀を切り結び合う。

 

「さて、と、二人とも動けるか？」

『私は大丈夫ですけど、トーマが動けるかどうか』

「？……ごめん、俺には君の声が聞こえないみたいだ。

　トーマ、彼女はなんていってる？」

「え、ええ、……俺が動けるかどうか心配してるんです。

　けど、俺はまだここを動けないんです。……

　相棒も、アイシスも、まだ帰ってきてないですからね」

「だが、ここは危険だ、安全な場所に待避した方がいい」

「相棒が……はぁはぁ……」

「……すまん、俺が悪かった。あんたはまだ動ける状態じゃないな。

　じゃあ、ここでじっとしていてくれ。俺が必ず守るから」

『ありがとうございます。弁慶さん』

「リリィが、弁慶さんにありがとうって」

「どういたしまして。俺たちは、これが仕事だから」

 

　そういうと、弁慶さんは、薙刀を構えて仁王立ちになった。

　なんとなく、背中から安心感が漂ってくる。そう思うと

なんだか意識がもうろうとしてきた。

　だけど、まだ意識を失うわけにはいかない、相棒が戻ってきて

安全が確認されるまでは、絶対に。

 

「それがそっちの全力なの？」

「いや、まだ余力はある、そっちこそそれで全力か」

「今から全力を出すよ。それで余裕があるようなら、潔く負けを認めてあげる」

「面白いことを言う……なにっ」

 

　サイファーの攻撃を九羅香さんは必要最小限度の動きでことごとく受け止める。

今までのように切り結ぶというのですらない。ただかるく受け止めただけ。

それで、サイファーの攻撃は全部が防がれてしまう。

 

「これが鞍馬流最終奥義明鏡止水攻防一体の陣。そちらが動くより先にそちらの動きを見きる奥義だよ。

　破れるものなら破ってごらん」

「……面白い、動く前に動きがわかるだと。そんな馬鹿な話があるわけがない」

「信じないのは自由。だけど、信じなければ、命を落とすよ。これは手加減不能の奥義なんだ。

　だからこその最終奥義。さあ、おとなしく降服するか、さもなければ薄緑に斬られてもらおう」

「ふん、なにをふざけたことを……」

「薄緑、フルドライブ！」

「馬鹿な、一撃でこの私が……」

「だから信じなければ死ぬって言ったのに」

 

　何が起きたのかって？　サイファーが全く動けないうちに、九羅香さんが

サイファーを袈裟懸けに斬ったんだ。完全な一撃、普通の人間なら確実に死んでいる。

 

「なんという一撃だ、生身なら確実に死んでいたぞ」

「馬鹿な、……あれを受けて生きてるだなんて」

「エクリプス・ドライバーを魔道で倒せると思うな」

「とはいえ、肩から完全に腕をやったはずだよ。利き腕を失ってどう戦う？」

「ふっ。エクリプスの中期感染者なら、この程度の怪我を治すのは造作もない。

　それより、自分の得物の心配でもしたらどうだ」

「とかげもびっくりの再生能力ってわけだね。あと、薄緑のひびなら知ってるよ。

　けど、この程度なら、自己修復能力で再生できる。問題はない！」

「ははは、どうやら、お前とはまともな戦いが出来そうだ」

「まともな戦いだって」

 

　二人とも、化け物過ぎてついていけない。生身で殺傷モードのデバイスを受けて、確かに

怪我をしたはずなのにあっという間に再生するサイファーに、デバイスの損傷を

カートリッジの魔力で簡単に修復する九羅香さん。俺だって陸戦B級だ。多少は強い自信はある。

自信はあるけど、このレベルの戦いになると、対処できる気がしない。

俺が相手にしようとしてたのは、こんな連中だったのか。

 

「そうだ……今までは単なるディバイダーだけの戦い。だが、ここからは

　私も全力を出して戦わせてもらおう」

 

　そういうと、サイファーは、短刀を自分の右手に突き刺した。

手のひらから、手首の奥までナイフが突き刺さる。

それにいったいどういう意味があるんだ。

 

「トーマ、無事だった？」

『遅くなってすいません、相棒』

「あ、スティード、アイシス……そっちは無事だったのか、よかった」

「トーマ、あんた見ないうちにさらに体調を悪くしたみたいだね。

　けど、あたしが来たらもう安心だからね。

　さあ、はやくここを離れましょう」

『でも……』

「リリィ、でももへちまもないの。とにかくここは危険だって、すぐに離れないと」

「……だけど、離れたら弁慶さんに悪いよ」

「いや、離れるのはかまわない、だけど、行き先だけははっきり教えておいてくれないか。

　二人に聞きたいことがいろいろあるんだ。……確かにここは危険だし、俺もあいつらが

　相手だと、確実にみんなを守れる自信はない。だけど、いや、だからこそ、これ以上の

　犠牲は出したくないんだ」

「とりあえず、近くの街の宿屋に戻ってるから。それでいいでしょ、トーマ」

「あ、ああ、あの宿屋だね。わかった。スティード、緊急モードを頼む。

　それでなんとか歩けると思う」

『無理はしないでください相棒。そんなことが出来るようには見えませんよ』

「そうだよ、デバイスを使って無理に体力を引き出そうっていうんでしょ。

　そんなことしなくたって、私が背負っていってあげるから。

　リリィ、荷物はお願いね」

『だけど……』

「こういうときは、女の子がしっかりしなきゃだめなの。

　さあ、この場を離れるわよ」

『は、はい』

「うあああああああああああああああ」

「どうしたトーマ」

『大丈夫ですか相棒』

「どうやら、目を覚ましたようだな、少年」

「目を覚ましただって？」

「ふふ、目を覚ましたなら彼は私たちの同胞だ、連れて帰らせてもらおう」

「勝手なことを言うな。彼を人殺しの仲間に出来る物か」

「人殺しの仲間か。否定はしないよ。第１４管理外世界でも、村一つつぶしたこともあるしな」

「村一つつぶしただと」

「そうだ。好きこのんでやっているわけではないが、こちらにも事情というのがあるのでね」

「……虐殺に事情もなにもあるものか」

「フッケバインには事情があるんでね。……それはともかく、こちらも全力を出す準備は完了した。

　ディバイダー９４４、ケーニッヒ・リアクテッド起動。世界を殺す猛毒だよ」

「なにが世界を殺す猛毒だ。人殺しの道具じゃないか」

「お前の持つ刀は人殺しの道具ではないとでもいうのか」

 

　うぅ……なんだ、サイファーの奴、リボルバー付きの双剣を構えたぞ。

これからいったい何が始まるっていうんだ。そして、俺が目覚めただって。

何にどう目覚めたっていうんだ。それに、リリィのするべきことって、いったい何のことだ。

　それにしても、体が焼けるように熱い。いったい俺の体に何が起きてるっていうんだろう。

 

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