「やっとついた〜」

『疲れましたね、トーマ』

「もう日が傾いてるね。今日は教会に泊めてもらおうか」

『泊めていただけるんですか』

「うん、たぶん大丈夫だと思うよ」

 

　俺たちは、山道を越えて、平地に出て、さらに教会へとたどり着いた。

教会から街への抜け道は、普段は誰も通らないというだけあって

歩きにくかったけど、昔、街道だった頃のなごりで、途中石で舗装されてたから

道に迷う心配がなくてよかったよ。

 

「案内人のことをお忘れ無く」

「忘れてないよ」

「よろしい、じゃあ、今からどうするんだっけ」

『教会で、次元通信を行って、管理局の本局に助けを求める、これでよかったはずですね、トーマ』

「そうだね。……？」

『どうしたんです、トーマ、足を止めて』

「い、いや、なんでもない。たぶん気のせいだ」

 

　そう、たぶん、気のせいだ。血のにおいがしたような気がするが

冷静に考えろ。いったい、誰が教会なんて襲撃するんだ。

武装シスターもいる、大きな教会なら、なるほど、襲撃して危険を取り除こうとする

次元犯罪者がいてもおかしくない。だけど、ここは、みんな丸腰の、普通の修道女たちが

暮らしている教会だ。あるといっても、次元通信が可能な通信機ぐらいのものだ。

最悪でも、通信機を壊してしまえば、この教会は脅威にはならないと見ていい。

だけど、何か……。

 

「スティード、二人を見ててくれ、なにかいやな予感がする」

『トーマもですか？　実は、わたしも何かいやな予感がするんです』

「話は決まったな」

「そこ、二人で勝手に話を決めない。

　危険があるなら、分散しないほうがましって考え方もあるでしょ。

　だいたい、相棒抜きでいったい、何をしに行こうって言うの？」

「アイシス、ちょっと、あの教会の偵察に行こうと思ったんだよ。

　血のにおいがする。何かいやな予感がするんだ」

「じゃ、あたしも行くわ。こう見えても、応急手当ぐらいは出来るから」

「応急手当で済めばいいんだけど……」

「どういうこと？」

「い、いや、いい。取り越し苦労かもしれないし、慎重に向かえば大丈夫だろう」

「うん、慎重に、ね」

 

　俺たちは、物音を立てないように、できるだけそっと教会へ近づいた。

そうはいっても、何もないだだっ広いのっぱらに建ってる教会だ。

もし、中に誰かいて待ち受けてるとしたら、一発で近づいてることがわかってしまうだろう。

スティードの偵察能力と、俺の感が頼りだな。

 

　くいくい。

 

「なに、アイシス」

「あれ見て、トーマ」

「あれって……バイク？」

「あれ、あたしに、トーマのことを聞いた変なあんちゃんが乗ってたバイクにそっくり」

「じゃあ、ここで待ち受けてる可能性があるってこと？」

「その可能性が大きいね」

『トーマ、ここは危険なようです、いったん出直した方がいいのではないでしょうか』

「そうかも。いったん戻ろうか」

「戻れると思うのか、甘いぜ」

「誰だ！」

 

　窓から飛び出してきたのは、なるほど変なあんちゃんだった。

まとまりのない金髪、ボアのついた袖無しの革ジャン、そして、何より目につくのは

両肩にある緋色の翼の入った入れ墨だ。

 

「……ちょうどいいところで出会った、あんたに聞きたいことがある」

「お前を捜してたのはこっちだぜ。まずはこっちの質問に答えてもらおうか」

「質問だと？」

「お前が盗み出した、ディバイダーとリアクター、こっちによこしてもらおうか。

　ガキのおもちゃにゃ荷が重いぜ」

「ディバイダー？　リアクター？　なんのことだ」

「知らないとは言わせないぜ。俺がいただくつもりだったのに、一足先に

　お前がルヴェラ鉱山から持ち出しやがった」

「何を言ってるのかさっぱりわからないぜ。俺が連れ出したのはリリィだけだ。

　ディバイダーもリアクターも俺の知ったことじゃない」

「リリィ？　ああ、シュトロゼックのことか？」

「確かに、そう名乗った」

「はは。ははは、あはははは、知らないってのはすごいもんだな。

　自分が盗み出したのが何かも知らないで、それでその部品を助けただと」

 

　なんだこいつ、急に狂ったみたいに笑い出したぞ。

いや、こいつが何者なのか、それはどうでもいい。

こいつには、緋色の翼の入れ墨がある。それで俺には十分だ。

 

「こっちは質問に答えた。お前も質問に答えろ。

　7年前、ヴァイセン鉱山だ。そこを破壊したのは、お前か？」

「あん？　聞こえねぇな」

『プロテクション』

『Start Up』

 

　こいつ、急に撃ってきやがった。

スティードが防御魔法を展開するのと同時に、俺はディバイダーを装備していた。

いや、意識したんじゃない。無意識のうちにディバイダーが俺の右手に握られていたんだ。

 

「いきなりなにしやがる！」

「ほう、いまの一発に耐えたか。ただのガキじゃなさそうだな」

「こう見えても陸戦B級だ。簡単にやられてたまるかよ」

「リアクターつきでか」

「知らないっていってんだろ」

 

　俺もディバイダーを放つ。たしか、この一撃で、崩れてきた岩を吹き飛ばして

地上への道を造り出したはずだ。普通の奴を片付けるには、これで十分すぎる。

 

「ねらいも正確、威力もカタログスペック通り、シュトロゼック抜きで陸戦B級は伊達じゃないってか？」

「逃げても無駄ってことなら、力ずくでも話してもらおうか。

　ヴァイセン鉱山のことも、リリィのことも、知ってる限り洗いざらい」

「調子に乗るなクソガキが！」

 

　ちっ、こうなるとリリィとアイシスを連れてきたのが失敗だった。

動きながら撃ちあうってわけにいかない、こっちは足を止めて

向こうの射撃を相殺していくのが基本ってことになる。

いや、手はないじゃない。

 

「スティード、二人を頼む」

『All Right. Buddy！』

 

　俺とスティードには、これで十分だ。

スティードが防御魔法で二人に結界をはる。

俺から魔力供給が必要な分、持続力は落ちるだろうが

俺のねらいは、長期戦なんかじゃない。

 

「てめぇ……バイクをねらいやがったな」

「ちぇ、気づきやがったか」

「ははは、いいぜ、いい目をしてやがる」

「視力は両方２．０だからな」

「そういう意味じゃねぇよ」

「じゃあどういう意味だ」

「答える義務はないな」

 

　全力の射撃戦、こちらはリリィとアイシスを、向こうはバイクを守るために

お互いの射撃を相殺しあう。だけど、俺の本命はそっちじゃない。

 

　何十発目かの射撃が相殺されたあと、俺は全力で間合いを詰めた。

撃ち合いメインの奴なら、至近距離での戦いには弱いはずだ。

 

「接近戦なら勝てるつもりか」

「はなせこの馬鹿力が」

 

　なんだ、こいつ……魔力を入れた一撃のはずなのに

俺の左手をいとも簡単につかんだだって。

こいつ、もしかして、本気で強いんじゃないか？

いや、少しでも迷ったらやられる。こいつはそういう奴だ。

 

俺はディバイダーで奴の右手に向かって切りつけた。

奴の刃つきの銃が俺の一撃を受け止め、ディバイダーをはじき飛ばす。

 

「へっ。それがお前の限界か。じゃあ、とどめと行くかな」

「誰が限界だって？」

 

　奴の馬鹿力を逆用して、捕まれている腕を支点にし、両足で向こうのみぞおちをけっ飛ばす。

よし、手の力がゆるんだ。今のうちに。

 

？　なんだ、確か、ディバイダーはさっき吹き飛ばされたはず。

だけど、今おれの手元には確かにディバイダーがある。どういうことだ。

まあいい、向こうが体勢を崩してる今がチャンスだ。

 

　俺は全力で射撃を加えた。

近づいたらまずいってなら、離れたところで勝負をつけてやる。

 

「撃ち合いなら勝てるつもりか、甘いんだよ！」

 

　奴が本気を出した？　すこしだが、こっちの射撃速度が負けてる。

このままじゃ寄り切られる。いや、落ち着いてさばくんだ。

この速度の射撃をいつまでも続けられるとは限らない。ほら、射撃速度が落ちた。今……

 

「はっはっはっ……」

「ちっ、つまんねぇな、弾切れだ。くだらない殺しに無駄遣いするんじゃなかったぜ」

「どこへ行くつもりだ」

「もうここには用事はなくなったからな、とりあえずおさらばだ。

　そうそう、ヴァイセン鉱山のことについて知りたいんなら、俺を追ってこい。

　俺はフッケバイン一家のヴェイロンだ、じゃ、あばよ」

「待て」

 

　畜生、体が言うことをきかない。気持ちはまだ負けてないってのに。

いや、違う、奴が去ってほっとしてる俺がいる。

 

ぎりっ

 

　俺がもう少し強ければ、奴を捕まえてリリィのことも、ヴァイセン鉱山のことも

知ることが出来たって言うのに……。

 

「トーマ、大丈夫？」

「ん、ああ、なんとか」

『怪我はありませんか、トーマ』

「大丈夫だよリリィ、痛みはない」

『痛みはない、ですかね、トーマ』

「いてぇ、傷口をさわるなよスティード」

「ほら、無理しちゃ駄目だって。今包帯するからね」

「ありがとうアイシス」

「どういたしまして。……ごめんね、なにかあたしが足手まといになったみたいで」

「いや、そんなことはないよ。いてくれて助かった、ありがとう」

「それはともかく、次元通信でさっきの男のことを問い合わせたら、何かわかるんじゃない？」

「そうかもしれないね、よし、行ってみよう」

 

　俺は、奴がいう、無用な殺しの意味が、まだわかってなかった。

そう、教会の中に入った俺たちを出迎えてくれたのは、壁についた赤いシミと

床に横たわるシスターたちだったんだ。

 

「これって、いったい……」

『どう考えても、奴の仕業ですね、トーマ』

「リリィ、アイシス、大丈夫？」

「ん、大丈夫、あんまり惨劇過ぎて、現実感が全然ないから」

『わたしは、大丈夫です、心配ありがとう、トーマ』

「同じだ……」

「ん、どうしたの、トーマ」

「ヴァイセン鉱山の時も、こうだった。動くものみなこうなったんだ。

　やっぱり、あれは自己なんかんじゃなかったんだ」

『トーマ、これからどうするつもりなんです？』

「奴を追う」

「トーマ、これって、管理局の仕事じゃないの？　聞いたでしょ、あいつの言葉。

　一家、ってことは、まだあいつらには仲間がいるってことだよ」

「わかっている。だけど、これは俺の個人的に決着をつけなければいけないことなんだ。

　リリィは、どうする？　管理局に助けを求めたほうがいいっていうんなら

　いったんここで管理局を待って、それから俺一人で奴を探しに行くけど」

『わたしを忘れるなんてひどいですよ、トーマ』

「ごめん、スティード」

「あたしも忘れないでね。乗りかかった船は最後までいかなきゃ」

『……わたしも、一緒に行きます。わたし自身、彼には、聞きたいことが出来ました。

　わたしが何者なのか。彼は、知っているようでしたから』

「よし、話はまとまったし、さっそく出発〜」

「いつのまにアイシスがリーダーになってるんだよ」

「気にしたら負けですってお客さん」

 

　俺たちは、管理局を待つべきだったのかもしれない。

だけど、事故だと確定されてしまってる、ヴァイセン鉱山の一件について

調べようと思ったら、管理局では当てにならないんだ。

そもそも、そうだからこそ、俺は旅に出ることにしたんだ。

その旅の途中で、こういう事件に出会うのも、何かの運命だろう。

その運命の導きが、何を意味するのか、俺はまだ何もわかってはいなかった。

 

「ところでトーマ、やっぱり、あんた、金属アレルギーなんじゃない？」

「え？　どうしてそんなことを？」

「ほら、銀の腕輪のとこ、腫れがひどくなってる」

「本当だ。けど、かゆみなんかは全然ないよ、こすれただけじゃないかな」

「そうだといいんだけど」

 

　そう、この、赤いあざのひろがりについても、俺はまだ、何も知らなかった。

それこそが、答えを出すための鍵だとすら気づかずに。

 

 

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