夢を見ることもないほど深く眠れたら、どんなにか気が楽だろう。

忘れたくても忘れない出来事。俺とスゥちゃんが出会う大本になった事件。

また、あの時の夢だ。

 

　なに？　レスキュー隊のスゥちゃんが助けに来てくれたのかって？

いや、全然そういう訳じゃないんだ。俺が昔暮らしていた、ヴァイセンの

廃鉱にあった村が、ちょっとした事件で全滅したってだけ。

全滅した理由は、廃鉱内部からの爆発ってことになっている。公式には。

 

　そう、公式には、だ。俺が見たものは、公式には無視された。

だけど、俺ははっきりと覚えてる、藍色のはねの入れ墨を肩につけた

二人組の姿を。

　村にはあんな奴はいなかった。部外者には間違いないんだ。

だけど、俺の話は、単純に無視された。無視しなかったのは、一人だけだ。

　それが、全滅したヴァイセン鉱山で、孤児になった俺を引き取ってくれた

スゥちゃんと、その仲間だ。

俺が今巻き込まれてる事件でも、スゥちゃんたちなら、きっと俺の言うことに

耳を傾けてくれるに違いない。

 

　それにしても、いやな夢だ。燃える村に肉の焼けるにおい。

思い出したくもないのに、どこまでも俺につきまとう。

 

「はーい、お寝坊さん、朝だよ〜」

「朝は知ってる、夜まで寝かせてくれよ」

「それがそうもいかなくってさ、お客さん」

「お客さんって、誰のこと？」

「あーもう、トーマ。もうあたしのことを忘れたの」

「ああ、宿を案内してくれた服屋のアイシスだろ」

「ん、目が覚めたみたいね。お客さんに特別サービス。

　ちょっとやばげなお兄さんが、あんたたちのことを探してたわよ」

「やばげなお兄さんって？」

「説明は後、行動が先、とりあえず安全なところへ逃げるべきね。

　どこか心当たりはある？」

「心当たりというか、とりあえず教会に行こう。次元通信の出来るところで

　スゥちゃんと連絡がとれれば、なんとかなるはずだ」

「スゥちゃんって？」

「説明は後、行動が先。リリィ、起きて、今すぐここを出発しないといけなくなったんだ」

『わかりました、トーマ、今起きます』

「背負っていくよ、ちょっと急ぐからね」

『無理をしなくても、歩きますよ』

「いや、背負っていった方が早いからさ」

『わかりました、トーマがそこまで言うなら』

「時にトーマ、抜け道があるのは知ってる？」

「いや、知らない。けど、変なお兄さんが探してるだけだったら、今のうちに

　逃げれば、本道を通っても大丈夫じゃないかな」

「甘い、甘いよお客さん。緑茶に砂糖を大さじ三杯入れるぐらいに甘い」

「なにそのたとえ」

「相手は、ここにバイクで乗り付けるようなあんちゃんなんだよ。

　つまり、どう見てもアウトローで、しかもここの住人じゃないってこと」

「……バイクで乗り付ける……」

「そ、普通に考えて、この町で見つからなかったら、次はどう考える？」

「次元通信が出来る場所を当たってみる」

「大正解☆」

「わかった、抜け道を案内してよ」

「そうこなくっちゃ。やっぱ旅は道連れよね」

『話は後、行動が先なではありませんか、トーマ』

「そうだった。すぐに出発しよう、スティード」

「よーし、自由を求めてしゅっぱーつ」

「いや、自由とはあんま関係ないんだけどな」

 

　俺は、宿の精算を済ませると、すぐにアイシスの案内で街を抜け出した。

この町には一ヶ月ぐらい滞在していたとかで、アイシスはこの町の抜け道を

実によく知っていた。裏道裏道を通って、人目につかないように街を脱出。

さらに、普段人が通らない山道へと俺たちを案内してくれた。

けど、これで町外れの教会に着くのは、夕暮れ時になるんだって。

 

「さて、この道ならバイクで追ってこようなんて考えないはず」

「確かに、人一人通るのがやっとの山道だからね。けど、よくこんな道知ってるね」

「次元港が出来る前は、こっちの山道が教会への本道だったそうだからね。

　次元港とあの街を結ぶ街道が出来てから、この道はうっちゃられて

　草ぼうぼうになっちゃってるけど、今でもトレッキングコースとしては

　使われてるんだよ」

「それじゃ、俺たちを追ってるへんなあんちゃんも、こっちにくる可能性が

　あるっていうことじゃないか」

「ちっちっち、人捜しの基本がわかってないですぜ旦那。

　こんな山道にバイクでつっこんできたって、すぐ茂みに身を隠すことができますって。

　それに、町中を探して見あたらなければ、次は教会へバイクで出かけるってのが

　よっぽどありそうな話だし、露骨に怪しいあんちゃんだから、教会のシスターたち

　だって、そう簡単には居場所を教えたりしないでしょ。

　万が一、シスターが教えたところで、向こうから来るバイクの音を聞いて避ければ

　全然安心じゃないですか」

「バイクをおいて俺たちを探しに来たらどうするの？」

「そのときは、全速力ではしる！」

「結局こうなるか」

「ところで、何か、へんなあんちゃんに追われるような覚えはあるの」

「全然そんな覚えはないんだけどさ。リリィを助けたのだって

　管理局公認だから問題ないはずだし」

「管理局公認？」

「んー、話せば長くなるんだけど、いい？」

「日が暮れるまで歩きづめなんですぜ旦那。話をしながらでないと疲れますって」

「そっか。じゃあ、一から話していこうかな」

 

俺は、教会を出てから、リリィを助け出して、アイシスと出会うまでの

話をした。

 

「へー、それで、大事に持ってる服が、弁慶って人の服なんだ」

「そういうこと。借り物だから、いずれあって返さないとね」

「ふーん、じゃあさ、弁慶って人を頼ったらどうかな」

「今どこにいるかわからないよ。俺が確実に頼れるのはスゥちゃんだから

　そっちの方をあてにしようと思ってるんだ」

「その、スゥちゃんって、どんな人？」

「管理局でレスキューやってる。知り合いには執務官もいるし

　こういう時には、力になってくれるはずだよ」

「だからって、変なあんちゃんに捕まったときに、助けになるとは限らないよ」

「こう見えても、俺だって陸戦B級はあるんだぜ。相手が生身なら

　遅れをとるつもりはない」

「相手が素手ならでしょ。武器を持ってたらその限りじゃないかも」

「うん、上には上がいるのはよくわかってる」

「ねえ、そういえば、脱出の時はどうやってがれきを取りのけたの」

「わからないよ。確か、ECディバイダーっていったら……」

「わっ、なにそれ」

「な、何って……俺にもよくわからない」

 

アイシスが引くのも無理はない。急に俺の右手に、ナイフ付きの銃が現れたんだ。

銃をつきつけられる格好になったアイシスこそいい迷惑だろう。

 

「だろうじゃなくって迷惑だって、ていうかいったいどこからどうやって出したの」

「わからないよ、ていうか戻し方もよくわからない」

『キャスト・オフで戻せるはずです』

「キャスト……オフ？」

 

俺がそうつぶやくと、妙な銃は姿を消した。

 

「あーびっくりした」

「それはこっちの台詞だって。いったいどういうことなの？」

「俺に聞かれてもよくわからない」

「いや、トーマじゃなくて、リリィに聞いてみたんだけど」

『すいません。わたしも、出し方と戻し方ぐらいしか知らないんです』

「そっか。けど、なんで出し方や戻し方は知ってるの？」

『わかりません。誰かに教えられたわけではないんです。

　ただ、出したり戻したりする方法がこれであることは知ってました』

「そっか、もう覚えてないぐらい昔に聞いたんだね」

『そうかもしれませんね』

「それで、教会に行って、スゥちゃんと連絡がとれたら、どうするつもりなの」

「今まで起きたことを報告して、まずはリリィを安全なところに

　確保してもらえるようにするつもりなんだ。

　へんなあんちゃん、っていうのも、もしかしたら、リリィをとらえてた

　組織の残党なのかもしれない。そうだとしたら、この世界にいる事自体が

　リリィにとって危険だってことになるからね」

『すいません、助けていただいた上にそこまで心配をおかけして』

「気にしなくていいよ。悪いのは、リリィをさらった奴らだろ」

『トーマ。疲れていませんか。適時休憩を入れながら歩いた方が

　かえって早く教会に着きますよ』

「いや、全然疲れてないよ。大丈夫」

『3時間、リリィを背負って歩きづめでもですか？　

　無理はしないでくださいね』

「わかってるよスティード」

「あれ、トーマって、デバイスを二つ持ってるの？」

「いや、俺の相棒はスティードだけだよ」

『ええ、さっきの銃は、トーマのデバイスとは違います』

「ふーん、デバイスじゃなきゃ、なんなのかな」

『わたしにもわかりません。そういうことも、管理局と接触できれば

　分析してもらえるかもしれませんね』

「管理局と接触するだけなら、地方警防に話をしてもよかったんじゃない？」

「……地方警防じゃ、エース級魔導師を押さえるなんて無理だよ。

　一対一で俺に勝てるほどの奴が追ってきてるっていうんだったら

　本局組に頼まないとね」

「その、スゥちゃんって、本局組なの」

「陸戦AA級だからね。さすがにそれを上回る犯罪者となれば、とっくに

　広域次元犯罪者として指名手配されてるんじゃないかな」

「ふへ〜AA級かぁ。ほとんど化け物じゃない？」

「俺もそう思う」

『報告しておきますよ、トーマ』

「おーい、やめてくれよスティード」

「時にトーマ。長期旅行なんてやってて大丈夫なの」

「それはこっちのせりふ。アイシスこそ、長期旅行なんてやってて大丈夫なの？」

「ん、あたしは半分仕事みたいなものだからね。家族もちゃんと了解してる。

　トーマは？」

「俺も半年で答えを出すって約束で、いろんな世界を巡ってるんだよ。

　ちょっと長い修学旅行ってところかな」

「あはは、本当の意味での修学旅行になるといいね」

「うん、そうだね」

『本当に疲れてないのですかトーマ。わたしはいつでも歩きますよ』

「いや、へーきへーき、体も全然大丈夫だし」

「あれ、腕輪のところが赤くなってる、トーマって金属アレルギーなの？」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょっとこすれたのかな」

「だといいけど、アレルギーだったら、早めにお医者さんにいかないとね」

「ああ、この件が片付いたら、一度ミッドの医者に診てもらうことにするよ」

 

そう、この件が片付くのは、そう遠くない先の話のはずだった。

まさか、教会があんなことになってるなんて、俺は全然想像も出来なかったんだ。

 

 

 

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