時間は少しさかのぼる。

 

「九羅香、もうじき夜明けだね」

「だね。地元の警邏隊も来たことだし。私たちはそろそろ撤収してもいいかな」

「九羅香捜査官、被疑者護送の準備、整いました」

「ご苦労様……」

 

　それは、唐突な出来事だった。

まるで、烈火の将が現れたのごとく、火炎が俺たちの方に襲いかかってくる。

 

「誰だ！」

「ほぉ……俺の砲撃を軽く払いのけるとは、ただ者じゃないな」

「わたしを管理局捜査官、源九羅香と知っての狼藉か」

「管理局捜査官だと。ちっ、どこで管理局に情報がもれやがった。

　一歩、俺の方が遅かったという訳か」

「何者だ。名を名乗れ」

「名を名乗る義務はないな」

「そうか、では、殺人未遂の現行犯で逮捕する」

「出来るものならやってみろ」

「弁慶、お前は警邏隊と被疑者を護衛しろ」

「了解、九羅香」

 

　襲いかかってきたのは、いかにもヤンキーにしか見えない兄ちゃんだった。

袖無しの革のジャケットといい、革のズボンといい、むき出しの筋肉といい

発してるオーラといい、ヤンキー以外の何者でもない。

なによりヤンキーっぽさを表してるのは、腕に刻まれた藍色の羽のタトゥーだ。

だが、こいつの実力は本物のはずだ。あの一撃がお遊びだというのなら、だが。

 

「ほぅ。こっちは銃で武装してるというのに、そっちは刀一本で勝負するつもりか。

　ずいぶんと甘く見られたものだな」

「甘く見てるのはどっちかな」

 

　鞍馬流奥義、縮地の法で九羅香は一瞬のうちに間合いを詰める。

兄ちゃんは、左手から火炎を出して九羅香の踏み込みを迎え撃つ。

縮地の法が見えたっていうのか？

 

「フラッシュ・ムーブで間合いをつめようってか？　甘いんだよ」

「離れればいいっていうものでもないと教えてあげるよ」

 

　兄ちゃんの銃撃をかるく刀ではじいてみせる。

視線と殺気で射線を読むなんてことは、九羅香にとって朝飯前のことだ。

 

「なかなかやるな、じゃあ、こっちも本気でやらせてもらうとするか」

「薄緑、カートリッジロード」

 

　兄ちゃんは、移動しながらの射撃戦にもちこもうとする。

九羅香は無駄な動きを廃して、刀で弾丸をはじいて受けている。

これぞ鞍馬流奥義明鏡止水。心を空っぽにして、相手の攻撃を

鏡が反射するかのごとくはじき返す、九羅香ならではの技だ。

これは空戦S級の奴だって破れないんだ。ましてこんな兄ちゃんごときに

破れるわけがない。……だが、こいつ、なんで俺たちを襲うんだ？

 

「弁慶、油断するな」

「わかってるさ」

 

　ほら来た！　そう、あいつのねらいは、九羅香を倒すことじゃない。

あいつのねらいは、ここに眠るロストロギアだ。そのために手段を

選ばないってわけか。しかし、九羅香を銃撃で牽制しながら

警邏隊を攻撃しようって、こいつ、もしかして、見た目で判断しては

いけない実力者なのか？

 

「九羅香、奴の足止めを頼む。俺一人じゃ警邏隊を守りきれない」

「わかった。全力で行く」

「遅いんだよ！」

 

　奴がカートリッジをまとめてはじいた。

次の瞬間、何がくるか、俺と九羅香にははっきりとわかった。

警邏隊に警告する暇もない。そして、俺たちの身を守るので

精一杯だった。

 

　広域拡散砲撃。兄ちゃんの持ってる銃から、ショットガンのような

砲撃が俺たちに襲いかかってくる。俺と九羅香は、この程度でやられる

ほど柔じゃないが、警邏隊と、護送準備されている、ロストロギア

発掘の被疑者たちはそうじゃない。しまった。相手を甘く見すぎた。

こいつ……。

 

「護送の手間を省いてやったぜ、感謝するんだな」

「！　はじめから殺すつもりでやったのか。容疑を殺人に切り替える」

「最初から殺すつもりだってのはわかってただろ。

　フッケバイン一家をなめるんじゃねぇ」

「フッケバインだと！」

「フッケバイン一家のヴェイロンっていうんだ。ま、面も

　最初っから管理局には割れてるはずだからな。

　名乗ったところで減るもんじゃねーだろうさ。

　と、ここにあったはずのエクリプスはもう持ち出された後みたいだな。

　持って行ったのは、あの少年ってとこか。襲っておけばよかったぜ。

　ったく、柄にもなく仏心を出すからこういうへまをする」

「どういうことだ」

「気にするな」

「そこまで聞かされては、黙って行かせられない」

「ほぉ・・・じゃあ、どうするって言うんだ」

「全力でお前を逮捕する」

「出来るか？　たかが捜査官のお前に」

「たかが捜査官を甘く見るな」

 

　九羅香の目の色が変わった。

いや、これは比喩であって、本当に目の色が変わる訳じゃないんだが。

 

「こりゃ、ただで帰してくれそうにはねえやな」

 

　ヴェイロンの目の色も変わった。

こっちは比喩なしでだ。今までの青い瞳が

血の色丸出しの赤に染まる。

 

「瞑想螺旋」

「へっ、魔法の攻撃もありってかよ」

「そこだ！　秘剣、一騎刀閃！」

「けっ、口ほどにはあるってか！」

 

　なんてやつだ、九羅香の一騎刀閃を刃のついた銃で受け止めやがった。

ん？　刃のついた銃だと。ということは、こいつ……。

 

「エクリプス感染者ってわけだね」

「気づくのが遅すぎんだよバカども。よくそれで捜査官がつとまるな」

「エクリプス感染者が、わざわざエクリプスを探しに来る。

　ってことは、フッケバインは、エクリプスを自前では生産してないってことか」

「そいつはどうかな」

 

　無駄話をしている間にも、ヴェイロンと九羅香とは至近距離で

素早い射撃を食らわせ、あるいは、刀でそれを切り伏せている。

この至近距離で九羅香と互角に戦えるなんて、こいつ、化けものか。

 

「ええい、しつこぞ」

「いい加減あきらめろ、お前にはもはや勝ち目はない」

「勝ち目か。何が勝ちで何が負けか、まだお前たちにはわかってねぇみたいだな」

「どういうことだ」

「つまりよ……俺には人質がいるってことなんだよ！」

「人質だと！」

「あそこで怪我してうめいてる警邏の連中を巻き込んで、こんな

　バトルをやったら、どういうことになるかな、考えてみろ」

「そんなことをしたら、本気でお前を殺す」

「出来るか？」

「出来る、お前の弾さえ尽きれば」

「そっちのカートリッジが先に尽きるかもしれないぜ」

「やってみなければわからない」

「やってみなくてもわかることってのもある……」

「弁慶！加勢しろ、もう一撃くるぞ」

「よっしゃ、奥義、神風陣！」

「ばーか。本当のねらいはこっちだってんだよ！」

「やられた、閃光弾か！」

 

すさまじい光が辺り一帯を覆い尽くす。

この光は、たっぷり5秒間、輝き続けやがった。

瞬時に目を閉じたから、目がくらむというほどでもなかったが

気配を感じて身を守るためだけに全力を注がなければならない時間が

5秒もかかってしまった。……戦いにとっての一瞬、0．2秒が25回、ってことだ。

 

　これだけ時間があれば、奴が逃げ出すのを止めるには遅すぎる。

 

　バイクの音が響く。どうやら、奴はバイクを押してここまで来てたらしい。

バイクに乗って逃げるんじゃ、こっちが追いかけても追いつかないな。

単純な戦闘能力なら、陸戦AAA級の俺たちでも、こういう、補助魔法となると

C級D級にも劣ってるから困る。俺たちは、戦闘特化魔導師なんだ。

 

「やられた、ね」

「やられた、な」

「弁慶、とりあえず、負傷者の救護と、死者の処置をしないと、いけないね」

「だな。けど、まずは本部に連絡を入れよう。フッケバインが動いてるとなると

　しゃれにならない」

「だけど……仏心で泳がせたっていうのは、本当かな、弁慶」

「フッケバインに限って、それはありえないな」

「だとしたら、あの少年……」

「それは考えすぎだと思うぜ、九羅香」

「用心に越したことはない。地元の管理局には、その可能性を含めて

　警告しておいた方がいいと思う」

「わかった。あの少年がフッケバインだとも思わないが、フッケバインが

　仲間に取り込もうとするおそれは十分にあるってことだな」

「そうだ」

「了解、九羅香。そのあたりも含めて地元には連絡しておくよ」

 

　なんてこった。ロストロギア回収の簡単な仕事だと思って油断していたよ。

フッケバインが動いているっていうことは、あらかじめ注意してくれればよかったのに。

いや、奴らが今動いているとわかって、むしろよかったと言うべきなのか？

 

　俺は、もはや、何がなんだか、わからなくなってきていた。

 

---