「リリィ、疲れてない？」

『いいえ、全然。トーマが背負ってくれてますから。トーマこそ

　疲れてはいませんか？』

「いや、俺は全然疲れてないよ。ちょっと徹夜で歩いただけだからね」

『無理はしないでください、トーマ』

「わかってるよスティード。だけど、こんな格好の女の子をつれて

　教会には行きたくないからさあ」

『わたしもそれには同意です、トーマ』

 

　俺は、リリィを背負って徹夜で、あの現場を離れていた。

九羅香さんは、安全なところへ逃げろと言った。

だけど、どこが安全で、どこが安全でないかなんてわかるわけがない。

頼りになるとすれば、街の警防か、教会かだ。確かに、外部に連絡をとるつもりなら

まっすぐ教会に向かうのが正解だろう。

　……リリィが一緒でなければ。

 

　リリィは、弁慶さんから借りた上着の下は何も着てない。

そして、弁慶さんの上着はリリィにとってだぶだぶだ。

こんな格好の女の子を連れて教会にいって、事情を聞かれたくない。

それで、俺はひとまず、リリィの服を調達すべく、近くの街へと繰り出した。

 

　街と言っても、ミッドチルダみたいな大都会ってわけじゃない。

人口ざっと一万人ぐらい、石畳で舗装された道路が古い街並みを感じさせる

いかにも文化保護地区といった風情だ。

第97管理外世界風に表現すると、地中海の田舎町ってところかな。

 

「それはいいんだけどスティード。服屋ってどの辺にあるかわかる？」

『それでしたら、あちらの方にフリーマーケットがあるみたいですよ』

「よし、じゃあそっちに向かってレッツゴー！」

 

　俺は、リリィを背負って、全速力でフリーマーケットに向かった。

しかし、だ。フリーマーケットに突入したからといって、目当ての

服屋がそう簡単に見つかるわけはない。第一俺はリリィのサイズを知らない。

それに、女物の服なんて買ったこともない。スゥちゃんには、服を

買ってもらったことはあっても、買ってあげたことなんてないしなぁ。

いったいどうやって服を調達したものか……

 

「はーい、そこのお二人さん。何か捜し物かな？」

 

　そういって、声をかけてきたのは、俺とそれほど年が違わないような

元気印の女の子だった。ショートヘアがちょっと可愛いかもしれない。

 

「ん、ああ、この子の服を探してるんだけど」

「いやー、お客さん、それならちょうどよかった、うちは

　服屋もやってるんですよ。プレタポルテだから彼女のサイズにも

　ばっちりあわせますよ」

「あ、そうなんだ。じゃあ、頼もうかな。けどサイズ合わせとかしたら

　かなり高額にならない？」

「そこはそれ、魚心あればってやつですよ。お客さんもこの土地の人間じゃないんでしょ」

「ああ、長期休暇を取って旅行してる最中なんだ」

「あたしもミッドチルダから長期旅行でこっちに来てるんですよ。

　同じ長期旅行者同士じゃないですか、お安くさせてもらいますって」

「そう？じゃあ、この子の服と靴を用意してくれないかな」

「はーい。じゃあ、サイズを測るんで……って、下着から必要なんですかお客さん」

「ん、ああ、そうなんだけど、大丈夫かな？」

「うぅ……あたしの予備じゃ絶対サイズあわないだろうなぁ。

　背格好はほとんど同じなのに、神様のバカ」

「なにそれ」

「お客さん、気にしない気にしない。こっちのことですって。

　それよりサイズを測るから向こうを向いていてもらえません？」

「ああ、わかったよ」

 

　俺はリリィをそっと背中からおろした。

振り返らなければ、当然、向こうを向いていることになる。

 

『いまさらだと思いますけどね、トーマ』

「スティード、混ぜっ返すなよ」

『トーマ、計り終わったみたいですよ』

「そう、リリィ」

「おっとお客さん、今から服を着せるからまだ振り返らないで。

　さてと、銀髪でこの体型に似合う服はっと……これなんかどうかな。

　いまサイズ調整するから待ってくださいよ」

『サイズ調整って、着せたまま出来るものなんですかね』

「俺に聞くなよ」

「聞こえてますよお客さん。こう見えてもあたしの腕は確かなんだから信頼しなさいって」

『信用してないわけじゃないですよ、お嬢さん』

「へー、お世辞が言えるなんて結構レベルの高いインテリジェントデバイスじゃない。

　こんなの持ってるって、もしかしていいところのお坊ちゃま？」

「そんなんじゃないよ。ただ、知り合いの知り合いが管理局の技術官ってだけ」

「そのまた知り合いがテロリストだったりしないでしょうね」

「管理局員だから、知ってる人の中には、逮捕したテロリストもいるんじゃないかな」

「あはは、そういう言い方をしたらそうかもしれないですね。

　さて、と。もういいですよお客さん、こんなん出来ましたけどどうでしょう」

「どうでしょうって……どう思う、スティード」

『なんでそこでわたしに振るんですかトーマ』

『あの……なにか、変でしょうか』

「いや、変なことはないよ。全然変じゃない。うん、よく似合ってるよ」

『そうですか。ありがとうございます、トーマ』

「ありゃ〜お客さん、何をあわててるのかなぁ〜」

「な、なんでもいいだろ服屋さん」

「せっかくだから名前を覚えてくださいよ。わたしはアイシス。

　アイシス・イーグレット」

「ありがとうアイシス。じゃあ、お代の方は……」

「ちょっとまった、せっかくだから彼女の散髪もしておこうかな」

「出来るの？」

「出来ますとも。あたしの髪は自分で散髪してるんだから」

「自分で自分の散髪？　なんて器用な」

「どう、この髪を見て、散髪させる気にはならない？」

「ん、それなら大丈夫だと思う」

「どういたしまして。じゃあ、さっそくかかるとしますかね」

 

　そういうと、服屋さん、もとい、アイシスは櫛とはさみで器用に

リリィの髪を刈っていった。その手際たるや玄人はだしと言っていい。

この子、すごく器用なんだな。

 

「はい、できあがり。どうですお客さん」

『すごくさっぱりしました。ありがとうございます』

「どういたしまして。さて、お客さん、どうです、彼女のできばえは」

「彼女っていうわけじゃないけど」

「じゃ、彼氏なんですか？」

「違う！」

「じゃあ彼女でいいじゃないですか」

「ん、まあ、そうかな」

「あれ？　お客さん。かわった腕輪してますね」

「腕輪。ああ、これのこと」

「きれい〜まさか、純銀？　これ、継ぎ目がないけど、どうやってはめるのかな。

　それに彼女も漬けてる。もしかしておそろい？」

「そこは企業秘密」

「けち〜お客さんのウルトラけち〜」

「アイシス、俺はお客さんじゃなくてトーマっていう名前があるんだ」

「そうなんだ、トーマさんか」

「トーマでいいよ」

『私、トーマの相棒、スティードと申します』

「よろしくスティード、縁があったらまたあいましょう」

「袖触れ合うも多生の縁ってね」

「せっかくだから、またご利用くださいね。彼女の服も、着替えが必要でしょうし。

　そうだ、この服もらっていいかな、仕立て直せば2着ぐらい作れそうだし」

「あ、それはだめだよ、人からの借り物なんだ。返さないとね」

「なんだ、そうなんだ、残念」

「じゃあ、俺たちはそろそろ宿に向かうから」

「宿って、どこにあるか知ってます？トーマ」

「ん、いまから探すところ」

「じゃあ、あたしが逗留してる宿に泊まったら？　賃料は安いし

　食事はおいしいよ」

「食事……そういえば、今朝は何も食べてないや。じゃあ、せっかくだし、案内してよ」

「いいよ、トーマ」

 

　俺は、この、半袖半ズボンがいかにも板についている服屋さんにつれられて

安宿へと向かった。ツインの部屋を一つ借りて、ひとまず俺とリリィは眠ることにした。

ここでゆっくりしてれば、たぶん、九羅香さんたちと合流できるだろう。

そうすれば、リリィのことを話して、それでこの件は落着かな。

 

　俺はそんなことを思いながら、眠りについた。

 

　安らかな眠りとはいかなかったんだけど、その理由についてはまたべつな機会に。

 

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