「行くよ、レイジングハート」
「Yes,my master」

なのはさんは完全に自分だけでハーディス容疑者と対峙するつもりのようだ。
フェイトさんが赤子扱いだったハーディス容疑者相手に、なのはさんでなんとかなるんだろうか。

「一人かあ、甘く見られたものだよね、パパ」
「油断するなシュトロゼック。さっきみたいな奇襲を仕掛けるつもりかもしれんぞ」
「同じ手は二度と食わないでしょ、パパ」
「同じ手は二度使わないだろうが、別な手を考えてるかもしれないからね。
　用心に越したことはない」
「さすがパパ、慎重だね」
「それはそうと、しかけてこないのかね？」
「ハーディス容疑者。私は、まだ答えをきいてません。
　投降しますか？　抵抗を続けるんですか？
　あなたにはもう切札は残ってない。エクリプスウィルスを本局にまき散らすことも出来ない。
　本局を破壊しても、民間人は脱出したあと。
　たとえ本局を制圧したとしても、もうあなたには部下はいない。
　ヴァンデインコーポレーションも、クーデターを起こすようなあなたに協力することはないでしょう。
　おとなしく投降することだけが、あなたに残された道です」
「切札か。私自身が切札だよ。無能な連中は切り捨ててかまわない。
　人は、力あるものに従うものだ」
「力で人を服従させることはできても、人を動かすことはできない」
「では、何が人を動かすというのかね、高町なのは」
「人を動かすものはただ一つ、人の心だけ。
　あなたにはそれが欠けている。それに、あなたに備わっている力はただの暴力にすぎない。
　もう財力も、政治力も、地位も、名誉も失ったあなたに誰が従いますか」
「従うとも。力を欲する人間はいくらでもいる。それを私は与えることが出来る」
「どうやって。あなたに出来ることは、人殺しだけでしょう」
「そうおもうかね？　私には、遺伝子操作でエクリプスウィルスの適合者を作り出す能力があるのだよ」
「！」
「これが本当の私の切札。私に選ばれたものは、新たな貴族となり、選ばれないものはえさとなる。
　それがこれからの秩序と言うわけだ。高町なのは、君は、選ばれたいとはおもわないかね」
「思いません。人殺しの力を身につけて、何が幸福なの」
「感染者は、もはや普通の人間ではない、超人だ。
　異質な存在なのだよ。人が牛を食うように、エクリプス感染者は人を食うのだ。
　それにどんな道義的問題がある」
「元は人間じゃない！」
「元がどうあれ、今が問題だ」
「つまり、投降はしないのですね、ハーディス容疑者」
「なぜ投降しなければならない。むしろ、跪いて許しを請わねばならないのは、君たちだよ」
「分かりました。では、ハーディス容疑者、あなたを、逮捕します」
「言うだけならただだよね、パパ」
「そうでもない。言葉には責任が伴う」

そう言うと、ハーディス容疑者はなのはさんをバインドしようとする。

「瞬間移動？　まさか」
「ヴィヴィオから教わった。ブラスタービットはこういう使い方もあるんだよ」
「最初から幻影相手に会話してたということか」
「質量のある幻影だけどね。行くよ、レイジングハート。ブラスターモード発動、全力全開！」

なのはさんはオーバードライブをかける。

「そこまで魔力を高めれば、短時間で焼き切れてしまうぞ」
「私たちが平常運転でその程度の力が出せるのに、無茶するよね」
「あなたを拘束してしまえば、それでいい」
「どうやって拘束するつもりかね。君の方が消し炭になるのが早いよ」

そういうと、ハーディス容疑者は軽く砲撃する。
軽く、とはいえ、部屋の半分を吹き飛ばすのに十分な威力だ。
僕はふせてバリアを全開にする。それでなんとか耐える。
なのはさんはと言うと、砲撃の直前に、壁に穴を空けてそとへ出ていた。
そして、ブラスタービットからの砲撃。

「センターガードが動き回ってては、戦いにならないのではないかね？」
「戦いと水に形はないんだよ」
「だが、強いものの回りを、弱いものが回るものだ」

そういうと、ハーディス容疑者は次々と砲撃していく。
そのつどなのはさんは逃げ回る。

？

ハーディス容疑者は動かない。動かないということは……」

「魔法の糸は通用しなくても、物理的な鎖はどうかな」

ブラスタービットに、目に見えない太さの糸が結びつけられたようだ。
それが、ブラスタービットの高速機動で、ハーディス氏の回りを巡ることで、
徐々にハーディス氏の回りに糸の陣地ができあがり、ブラスタービットが互いに距離を離すことで
ハーディス氏を締め上げる。
締め上げようという瞬間、糸は頑丈な鎖へと姿を変えた。

「物理変換か、考えることはするのだな」
「変換したわけじゃなくて、元が鎖。それを魔法で糸の太さに変えていただけだよ。
　この鎖は、あなたの力でも切れないってマリエルが言ってた。
　戦術は、時と場合によって変えなきゃだめなんだよ」
「その、マリエルとやらは、ずいぶんと私を甘くみてたものだね」
「引きちぎる？　切る？」
「それのどちらでも良いが、むしろ君たちには絶望してもらおう。
　シュトロゼック、体温を6000度に高めてくれ」
「O.K.パパ。鎖を蒸発させるんだね」
「体温6000度に耐えられる超人を相手に、どんなビームを使うつもりかな」
「っていうか、魔法も物理の鎖も通用しない相手をどうやって拘束するつもりなんだろうね」
「トーマ、ハーディス容疑者の温度が急激に上昇中」
「トーマくん。ハーディス容疑者から離れて。できるだけ遠くに」
「できるだけって……僕の仕事はハーディス容疑者と戦うことです」
「自殺は戦いじゃないよ」
「そうですけど」
「トーマの出番はまだ後、できればトーマの出番なしでやれるようにするから」
「は、はい」

僕たちは、なのはさんを信じるしかない。
距離を空けるが、ハーディス容疑者を見ることが出来る位置にはとどまる。

「パパ、鎖が蒸発したよ」
「よし、無駄にエネルギーを使う必要もないだろう。体温を平常値に」
「うん、パパ」
「熱が通用しないのなら、衝撃はどうかな？」

なのはさんは、あれを見てもひるむことなく、ハーディス容疑者に接近戦を挑む。
その勇気、並じゃない。けど、クインの時にはマリーヤとロロによる砲撃っていう
裏技があった。こんどは何があるというんだろう。

「トーマ、なのはさんを信じましょう」
「信じてるよ。だけど、ハーディス容疑者は化け物そのものだよ。
　なのはさん相手に、遊んでるとしか思えない」
「遊んでくれれば、弱点もみえるかも」
「リリィ、よく監視しててくれ。僕も目をしっかり開けてるから」
「はい、トーマ」

僕の出番があるかないか分からない。
だけど、僕の出番があるとき、それは、なのはさんが倒れたときだ。
正直、考えたくもない。

「至近距離での白兵戦を、射撃戦タイプの君が挑んでくるとはね」
「戦いに形はないって言ったばっかりだよ」
「けど、本職じゃ……」
「どうかなっ！」

至近距離からのディバインバスター。
ハーディス容疑者に直撃する。
爆風でなのはさんが吹き飛ばされる。
でも、僕にも分かる。これはなのはさんの作戦。
無理に爆風にさからわず、ディバインバスターの後の硬直時間を
爆風で吹き飛ばされることで間合いを開け直すのに使うんだ。

でも、ハーディス容疑者はそれを先回りしてなのはさんを撃った。

「ブラスタービットにはこういう使い方もあるんだよ」

なのはさんは、ブラスタービットに撃たれて吹き飛ばされる軌道を変える。
ハーディス容疑者の砲撃は、なのはさんの軌道が変わったことで外れた。

「……全然効いてないみたいだね、レイジングハート」
「その通りだよ、高町なのは。そろそろ、君も、絶望というものを覚えた方がいい」
「絶望するのは、出来ることをすべてやり終えた後だよ」
「そうだ。だが、君にはもう出来ることはなにもない」

何をするつもりだ？

「時間だ、さよなら、高町なのは」

背筋に寒気が走る。
そうだ、いくらなのはさんでも、あれに対抗するすべはない。

『ゼロ・ディバイド』

そうだ、ハーディス容疑者にはこれがあった。
本局全体を衝撃が突き抜ける。
もちろん、なのはさんにも。

「トーマ！」
「あ、そうだ」

僕は、全力で飛んでなのはさんを拾い上げる。

「君は、あのゼロ・ディバイドにも耐えられるのだね」
「俺から盗んだ技じゃないですか。耐えるも耐えないもないですよ」
「そうだったね。……だが、君に何ができるというのかね。
　今の衝撃で、少なくとも3分は救援が来ない。
　3分は長い時間だ。少なくとも人が死ぬには」
「3分なら耐えてみせますよ」
「耐えるだけか。……大きく出たな」
「トーマ、無茶です」
「無茶でも3分ハーディス容疑者を足止めするっ！
　絶対にこの場を離れさせないっ！」
「出来るものなら、やってみることだ」
「リリィ、銀十字、全力全開。3分だけ俺に力を！」
「パパ、3分なら互角のつもりらしいよ」
「残念だ。君は選ばれた人間だというのに。
　あの鉱山で見逃したのは、君の資質を見抜いたからだというのに」
「……？……！」
「そう、君の故郷を壊滅させたのは、私だよ」
「私たちだよ、パパ」
「変異株作りのためにね。シュトロゼックと私とで、村を襲ったのだ。
　君は、初めから私に選ばれて、ウィルスを背負ってたのだよ。
　だから、リアクト出来た。そうでなければ、あの鉱山の……」
「……トーマ？」
「うわあああああああああ」
「トーマ、冷静に。冷静さを欠いてはハーディス容疑者に対抗できません」

リリィの声も、俺には届かなかった。
ただ俺を突き動かしてるのは、ハーディス容疑者をぶっ殺したいという衝動だけだった。

「豆鉄砲だね。パパ」
「だが、彼の全力でもある。もういいだろう。
　残念だよ。君は選ばれたというのに」
「何が選ばれただ！　何が超人だ！　これが超人というなら……」
「……私も、両親をこのウィルスで失ってる。
　それから、私はこのウィルスを追い続け、そして、無限の可能性に目を開いたのだ。
　君も私のようになれると思ったのに」
「なってたまるかっ！」

正面からの撃ち合い。
俺は全力で、ハーディス容疑者は気楽に、互いを砲撃しあう。
だが、威力はハーディス容疑者の方が上だ。
まあいい、計算通りだ。
クインに出来たことを、俺がやって何が悪い。
こんどこそ、肉を切らせて骨を断つ！

俺は真一文字に突進する。
相手の動きを見極め、すれ違う一瞬、どちらが相手の心臓にディバイダーを突き立ててるか。
それで、勝負が決まる。
もちろん、勝算は低い。でも、０じゃないつもりだ。
勝てば……。

俺の突進は、何者かに遮られた。
誰かに抱き止められてるのを感じる。
誰だ？　フェイトさんじゃないみたいだけど……。

次の瞬間、巨大なブーメランが、ハーディス容疑者を襲った。
ハーディス容疑者はそれを迎撃する。

「トーマ、私たちを抱きしめて突き飛ばしたのは、知らない女性のようです」
「知らない人？　でも、ここにいるのは……」
「無謀と勇気をはき違えるな」
「あなたは？」
「トーレ」
「トーレ？」
「ブーメランで援護したのがセッテだ。
　今のはおまえが無謀にすぎる。
　どんなときも冷静さを失うな。怒りは臍下丹田に込めて力にしろ。
　怒って、かえって頭は冷えるぐらいでなければならない」
「ごたくはいいけど、もう3人とも死んじうんだよ、ね、パパ」
「そうだな。所詮は負け犬だ。死んでもらおう。
　トーマ君は惜しいが、仕方あるまい」

ハーディス容疑者は、ディバイダーを構える。
必殺の砲撃をお見舞いするつもりのようだ、時間をかけてチャージを……。

その次に起きたことは、俺の理解を超えていた。
ハーディス容疑者が、シュトロゼックとのリアクトを解いたのだ。
なぜ？　リアクトをやめる理由がどこにある？
俺は、ハーディス容疑者の砲撃を相殺しようと俺なりの全力を尽くしていた行動をやめた。
いや、それが目的なのか？

「管理局に協力するのは不本意だったが、君は命を粗末に扱いすぎた」
「誰だ、おまえは？」
「ジェイル・スカリエッティ、科学者だよ」
「うふふ〜ぜーんぶ特等席で見せてもらってたわよ。この、銀幕の影でね」
「馬鹿が、軌道監獄にいれば命だけは助かったものを。
　わざわざ死ににくるとは……」
「おまえにディバイダーが使えるかな？」
「おまえは特等席とやらで、何をみてきた」

ハーディス容疑者はディバイダーで砲撃しようとするが、弾が出ない。
どんなエネルギーも発生しない。
どういうことだ？　何が起きた？

「思ったより、アンチウィルスが効くのが遅かったな。
　おかげで、誰かが死ぬかもしれないところだった」
「アンチウィルスだと！」
「そう、しょせん、エクリプスは病気だ。病気なら、治療する方法はある。
　科学の力でね」
「エクリプスウィルスについては、ちょっとは知ってるの」
「管理局に協力するのは不本意だが、
　エクリプスウィルスを野放しにするわけにはいかなかったのでね。
　仕方なくだよ」
「ぶっつけ本番で……」
「ぶっつけ本番ではない」
「おまえは、フッケバイン一家の……」
「ゲームセットね。アンチウィルスの効き目は、フッケバイン一家で調査済みよ。
　完全に効くのに、あの濃度なら1分もかからないはずだったわ」
「カレン・フッケバイン！　だが、あの濃度で？　だが、一体いつ……！」
「マリーヤの砲撃で頭が吹っ飛んだろう？　そのときにアンチウィルスを体内に打ち込んだってわけだな。
　大活躍だぜ俺たち」
「それがわたしらの本当の切札や。あとは、犠牲者を減らすための戦いやったんやな。
　ごめんなトーマ。機密保持のために、なんも教えへんといて」
「くっ、だが、私は……」
「もう一回パパを感染者に変えれば……」
「無駄だよ。このアンチウィルスは、シュトロゼックも普通の人間に変える。
　おまえ達はもう普通の人間なんだ」
「馬鹿な。馬鹿な。……エクリプス感染者は」
「病人だよ。それも、近いうちに死に至る、ね」
「……おまえ達は、おまえ達は何をしたか分かっているのか？
　人類の未来が……」
「人類の未来が、罪ななき人の血で清められねばならぬとしたら、その代償はあまりに高すぎる」
「もういいでしょう、ハーディス容疑者、シュトロゼック容疑者。
　あなた方を、逮捕します」
「なのはさん、フェイトさん」
「ごめん、なのは。遅くなった」
「フェイトちゃんが謝ることじゃないよ」

こうして、ハーディス容疑者と、シュトロゼック容疑者とは、逮捕された。
エクリプス事件は、終わったのである。


　

 

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