ここは、次元航行戦艦、ヴォルフラム。
飛空挺フッケバインのようなステルス性能はないが、大きさでは勝る。
本局から逃げる人を乗せるには、この方が都合がいいとはやてさんは言っていた。
でも、これだと見つかるんじゃないだろうか。

「さて、と、各員行動すべきことは頭に入ってるな」
「うん、大丈夫だよ、はやてちゃん」
「大丈夫」
「トーマ達も大丈夫か」
「はい」
「よし、なら転送準備や」
「はやてさん、この距離からですか？
　相手は対転送防護フィールドを全力で展開してますよ」
「問題ない。……わたしと、リインがユニゾンして、ヴォルフラムの出力の援護も受けてればな」
「けど、相手も転送で送り込まれたと知った時点で行動を起こす」
「だから、転送直後から時間が貴重や、たのむで、みんな」
「任せて。義経軍団は、準備万端整ってる」
「ありがとな、九羅香さん」
「ルキノより指令へ、ヴォルフラム、転送準備完了」
「よし、ならとりかかろうか」

そう言うと、はやてさんは同時にいくつもの転送魔方陣を展開します。
一つの魔方陣だけでも大変だろうに、同時にいくつも開いて大丈夫なんでしょうか。

「転送そのものは、一時に一つだけや、だから、順番とタイミングが重要になる。
　なら、いくで」

最初に転送されるのは、通風システムを止める役割を担った、打撃中隊＝義経軍団の人たちです。
続いて、避難誘導を担当する、なのはさんたちが送られます。

「トーマ、リリィ、いくで」
「はいっ！」

続いて、僕の番が回ってきます。
空間がゆがみます。転送が始まったんです。

「おや、君一人なのか、ほかのメンバーは……そうか、本局を放棄するための作戦発動か。
　先ほど、対転送防護結界が破られるのを確認したよ。
　すぐにここに現れないのでおかしいと思ったが、そうか、そういうことか」
「ハーディス容疑者ですね、あなたを逮捕します。
　抵抗しなければ、あなたには弁明の機会が与えられます」
「夜郎自大もここまで来ると滑稽だね。
　だが、君とはゆっくりと話をしたいものだ」

突然衝撃が走ります、今のは……。

「ゼロ・ディバイドを発動した、余計な工作もこれで終わりだ。
　ああ、私のゼロ・ディバイドは、本局全体を停止させることが出来る。
　君たちの避難計画も、これで終わりだな」
「僕には通用しませんよ」
「そういきり立たなくてもいいさ。トーマ君、管理局に見切りをつけて、私の部下になりたまえ」
「突然何を言い出す」
「トーマ、相手のペースに乗らないでください」
「分かってる」

僕は、ディバイダーを構えて戦闘に入ろうとした。
が、入ろうとしただけで、バインドされる。
まるで勝負になってない。

「君は、選ばれたんだよ。エクリプスウィルスにね。
　その意味をかみしめることだ」
「どういうことなんだ」
「君は、遺伝子操作なしに、エクリプスウィルスに適合している。
　君は、新しい人類なんだよ。エクリプスウィルスが開く、未来の人類だ。
　知力、体力、すべてにおいて、旧来の人間を超える超人だよ。
　分かるかね、私は、人類を改造するのだ。
　エクリプスウィルスによって、人類は、新しいステージに到達できるんだよ」
「馬鹿なことを、エクリプスウィルスは、いずれ人を殺す。
　いや、殺人衝動に駆られる悪魔のウィルスだ。
　それに、長期間……」
「それはすでに私が克服した。エクリプス感染者といえど、100年は生きられる。
　今の人間の寿命と比べて、十分な時間だ。
　もし、君が私の部下になるなら、その方法を君に教えてあげよう」
「それでも、人殺しになることに変わりはない」
「君は頭が固いな。人を殺して何が悪いのかね」
「！」
「古い人間達は、新しい人類のえさになる。それが宿命だ。
　ネアンデルタール人がクロマニヨン人に食われたように
　エクリプスウィルスに適合しない、遅れた人間は
　新しい人類のえさになるのだよ。
　そうして、我々は新しいステージに進むのだ。
　それが進化の道筋というものなのだよ。
　トーマ君、分かるかね」
「分からない、っていうか、狂ってる。あなたは狂ってるよ」
「天才は常に最初は理解されないものだ。
　だが、後で正しいことが分かる。
　君も、すぐに私が正しいことを理解するだろう。
　さて、頭の固い旧人たちを片付けに行くとするか、
　始めるよ、シュトロゼック」
「うん、パパ」

そう言うと、ハーディス容疑者は、転送魔方陣を描き始めた。
ここから外に出すわけには、でも方法は……

銀十字がゼロ・ディバイドを発動した。
バインドもエネルギー体の一種だ。
だから、ゼロ・ディバイドで消すことが出来る。
ハーディス容疑者は転送しようとして注意がそれてる、今なら行ける。

僕は、全力でハーディス容疑者に飛びかかった。

「君には少し教育が必要だね」

ハーディス容疑者は、再び僕をバインドしにかかった。
でも、同じ手に二度引っかかるほど、僕は訓練を積んでないわけじゃない。

「リリィ！」
「はい、トーマ」

バインドをかいくぐってハーディス容疑者に射撃する。
ハーディス容疑者は軽くうごいてそれをかわす。
コンソールが吹き飛んで大穴があく。

「少しは腕を上げたようだな」
リリィ、長期戦を挑んで勝てる相手じゃない。
　最初から全力だ」
「分かってます、トーマ」
「全力を出せば、私においつくとでもおもってるのかね」
「パパは世界最強だもんね」

そんなことは言われなくても分かってる。
自分の全力ごときでは、追いつかないことも。
それでも、訓練で教わったことがある。

あきらめたらそれで終わりだ。

「トーマ、銀十字でブーストをかけます」
「了解」
「パパ、相手はオーバードライブを仕掛けてきたよ」
「なるほどねえ。ミリオン・バーストか、しかし、そんな豆鉄砲では、当たっても効かないよ」

それ以前に当たってない。楽々とかわしている。

「これはどうかな」

気軽に向こうが射撃してくる。
それでも、威力は段違いに相手の方が大きい。
直撃すれば命にも関わるレベルだ。
僕は、向こうの射撃を全力の射撃で撃ち落として防御する。

「ほう」
「僕だって、同じ所に止まってる訳じゃないっ！」

射撃しながら、間合いを詰める。
ハーディス容疑者は、まだ、前回ゼロ･ディバイドを放ってから間がない。
ゼロ・ディバイドは連射が効かない。今がチャンスなんだ、今が……。

「接近戦の方が得意なのかね？」
「接近戦なら、元から陸戦B級、そこからさらに腕は上げたっ」
「グレンデルに負ける腕前じゃないかね」
「昔の話だっ！」

そう、僕は接近戦タイプ、そう思ってた。
でも、訓練の結果、そうじゃないことを知った。
僕の基本は射撃戦。だけど、それをハーディス容疑者に教えてやることはない。
接近戦を挑んでるとみせかけて……

「パパっ」
「ああ、分かってるよ、シュトロゼック」

射撃は、近距離だと当たりにくい。
相手がちょっと動いただけでも、大きく照準を変えないといけないからだ。
だけど……

「バインドが私に通用するとでも思ったのかね」
「バインドが目的じゃないっ」
「だとすればなにかな？」

僕が放ったバインドは、確かにハーディス容疑者にかかった。
だけど、そのバインドは、ちょっとハーディス容疑者が力を入れただけで砕け散った。
でも、それでいいんだ。バインドしてから射撃、なんてことを僕が考えてたわけじゃないんだから。

「もうこれで回避は出来ないはず」
「だからなんだというのかな」

ミリオン・バーストを、僕を中心に外へ打ち出すのではなく
ハーディス容疑者を中心にして、内側へ打ち出すようにする。
どの方向に動いても、これでハーディス容疑者には命中する。

「豆鉄砲が当たっても……」
「豆鉄砲上等！」

そして、全力砲撃をその中にたたき込む。
そう、ミリオンバーストは目くらまし。本命は全力射撃だ。これを直撃させてやる。

「よけてもいいのだけどね」
「直撃すればどうにかなる、っていう甘い考えを打ち砕いた方が、教育になるよね、パパ」
「うそっ、間違いなく直撃したよ、トーマ」

そう、僕の全力砲撃は、ハーディス容疑者に間違いなく直撃した。
にもかかわらず、ハーディス容疑者は、よけることもなく、その砲撃に耐えた。
いや、僕の砲撃が効いてるようにすら見えない。
なんて化け物だ……・

砲撃で、後ろの壁は吹っ飛んでるというのに。

「トーマ君、君は確かに強くはなった。
　だが、管理局にいたのでは、それが限界だろう。
　私の所にきたまえ、そうすれば、もっとすごい高みに、君を連れて行くことが出来る」
「余計なお世話だ」

叫んでみるが、この化け物相手に通用する気がしない。
っていうか、僕にどうしろと、はやてさん……

「へっ、坊主、もうあごがあがってんのか？」
「クイン」
「おまえはグレンデル一家の……」
「あたしはグレンデル一家の特攻隊長だ。
　しっかり覚えとけ」
「ああ、裏切り者のグレンデル一家か、君たちは、始末してもかまわんよ」
「やれるものならやってみろ」
「おや、ほかのメンバーはどうした？」
「降りた、けど、あたしはおまえに返すべき借りがあるんだよ」
「借りなら私の方が多いはずだがね」

クインが来てくれた。2人がかりなら、作戦の幅が広がる。
全力射撃も、チャージが効く。
ハーディス容疑者は、まだゼロ・ディバイド発動可能な時間じゃないはずだ。
いける、全然いける。

でも、ほかのメンバーは？
降りたっていうのは嘘だけど、グレンデル一家と僕達とで、ハーディス容疑者に対抗する作戦だったはずなのに。

　

 

---