ここは、ヴァンデインコーポレーションの本社である。
当たり前のように、今は管理局員が詰めている。
逃走したハーディス＝ヴァンデインが連絡をとってこないかどうか監視するためだ。
もちろん、連絡を取ってくるなどと信じているわけではない。
そこまで無謀なことをハーディス氏がするなどと、管理局が信じてるわけではないのだ。

むしろ、本命は別なところにある。
フェイト執務官は、ヴァンディンコーポレーションの社長と面会していた。

「それで、なぜハーディス容疑者は未だに専務のままなんですか？」
「私に聞かれても理由はわからない。役員会に解任動議をあげたのは私だが
　否決されたよ。会長の鶴の一声でね」
「なぜ、会長はハーディス容疑者をそこまでかばい立てするのだと思われます？」
「ヴァンディンコーポレーションは、大企業だが同族企業でもある。
　私はヴァンディン一族ではない。飾り物の雇われにすぎんよ。実権は会長にあるし
　実務はもっぱら専務のハーディス君がやっていた。
　まあ、私は雑用係といったところだね」
「むしろ雑用係なら、なぜ解任動議をあげたんです？」
「ハーディス君の手がけていた違法行為はヴァンデインコーポレーションの業務の、いわば
　小さなシミにすぎん。きって捨てれば済む話だ。そう言って会長には進言したのだが
　会長には聞き入れてもらえなかった。私が会社を乗っ取るつもりだとでも思ったのだろう」
「……そうだといいのですけど」
「どういういみかね」
「いえ、お気になさらず。ともかく、ハーディス容疑者はあれからヴァンデインコーポレーションには
　連絡をとってきていないのですね」
「当然だ。連絡をとるだろうと管理局が考えていること自体が不自然だ。第一、危険じゃないか。
　我々は、今、可能な限りあの不祥事から脱却しようとしている最中なのだから
　ハーディス君の居場所はないのだよ」
「ハーディス容疑者から連絡があったなら、管理局へ即通報があるものと考えてよろしいのですね」
「そのように通達は出してある」
「それはティアナも確認してます。しかしながら、ヴァンデインコーポレーションはなにぶん大企業ですから」
「どういう意味かね」
「言葉通りの意味です」
「総身に知恵が回りかねるということか」
「そう受け取ってもらって結構です」
「……そう言われると、ハーディス君の一件があった身としては、恥じ入るしかないな。
　だが、不祥事の最中に、不祥事の上塗りをする社員がいるほどたるんでるとは思ってない」
「ええ、不祥事だと思っている社員はそうでしょうね」
「どういう意味かね」
「言葉通りの意味です」
「ハーディス君のシンパがまだ残っていると？」
「いないと願いたいのですが、管理局は思想信条までは調査しかねますから」
「我が社も引き締めは行った。もうハーディス君に共鳴する社員はいないはずだ」
「表向きは、ですね。まず会長自身がハーディス容疑者を全面的に排斥するには至っていない。
　管理局としては要注意とみてます」
「……それを言われると弱いな。だが、私に出来る範囲で可能な手は打っているつもりだ」
「ええ、それはわかっています。ですが、おそらくは不十分なものにならざるをえないかと」
「……辛辣ですな」
「ハーディス容疑者はエクリプス感染者です。いつ殺人衝動に駆られるかわかりません。
　早急に所在を突き止める必要があります」
「エクリプス感染者と言えば、フッケバインもそうなのではありませんか」
「こちらも管理局は追ってます。ですが、ヴァンディンコーポレーションを追っても見つかるものではありません。
　ハーディス容疑者は、ヴァンデインコーポレーションと関連があります」
「そうでしたな」
「それで、ハーディス容疑者が関わった部門に関する、内部調査の資料はこれで間違いありませんね」
「間違いない。企業秘密に含まれる部分もあるが、すべて提出する。会長に止められた部分は省かれているがね。残念ながら」
「わかりました。ですが、そのような行為自体が、ヴァンデインコーポレーション全体に対する容疑を深めてるのですよ」
「それは会長に言ってもらいたいものだ。私としては、早くこの事件から足を洗いたい気分だよ」
「全容が解明され、ハーディス容疑者が捕まれば、そうなりますよ」
「そう願いたいね」

そんな会話が交わされていた頃、当のハーディス氏は、堂々とヴァンディンコーポレーション本社に連絡を入れていた。

「私だ、この回線は生きてるかね？」
「生きてるかねって、この回線を使えて、名乗らないって、まさか専務っ！」
「声が高い。私はまだ解任されてないのかね。IDとパスワードが停止されてないということは、まだ会社役員のままなのだね」
「ええ、社長は解任動議をあげましたが、会長が阻止しました」
「予想通りだな、で、君にはさっそくだがやってほしいことが……」
「……それより状況を聞いて……」
「聞かなくてもわかるさ。会社全体が管理局の監視下に置かれてるんだろう？
　その監視の目をくぐって、フッケバインを探してほしい。手段を選ぶ必要はない。
　見つけたらこの回線で私に連絡を」
「そんな簡単にいくわけないでしょう。私はしがない並び役員なんですよ。この回線だって送信権限ないですし……」
「会長に私から話をしておく。必要な権限は会長から与えられるさ。じゃあ切るよ」
「あ、専務……切れた」

並び役員、しがない総務部長はため息をついた。
自分は、一応ヴァンデインの血を引いている、らしい。
おかげで総務部長の職にありついているが、はっきりいって無能の烙印を押されている。
無能すぎてハーディス氏の後ろ暗い仕事が回ってきたことはない。もちろん、管理局の捜査には全面協力したし
管理局から身元を洗われても真っ白けっけである。だから管理局からもノーマークだ。

だが、無能の極みの自分が、いきなり重大任務である。管理局の敏腕エージェントですら無理そうな
フッケバインの捕捉を、なんで自分に出来るなんて専務は考えるんだ？

「とりあえず、会長にアポとるか……」

会長にアポイントメントをとる。一週間後に会えるらしい。
話が後になってほっと一息つく。
だが、会長の秘書が手渡した、会長からの手紙を見て顔色が変わった。

一週間後には、フッケバインの居所を報告しなければならない。
つまり、一週間でフッケバインの居所を見つけろ、ということだ。
手段を選ぶ必要ないというが、一体どうしろと？　方法あるのか？

ない知恵を絞る。フッケバインが自分から「我こそはフッケバインでござい」と現れるとは考えられない。
彼らは独立して行動している。パトロンもいない、連絡手段が……いや、ある。あるぞ。
フッケバインも仕事をしている。彼らに仕事を依頼する方法があるんだから
それを知ることが出来れば、少なくとも連絡手段だけはあるはずだ。

でも、そんなものどうやって知ればいいんだ？　まさかネットの海から検索するわけにもいかんだろう。
だれかエージェントでもいればいいけど、そんなエージェントいるわけがないし……。
第一、どんな仕事を依頼すんだ？
フッケバインに依頼する仕事なんて自分にあるのか？　そもそも……いや、一つだけある。
ギャンブルだが、通る可能性のある仕事が。

思いついて背筋が凍った。だが、それしかない。
もう一度会長の秘書に連絡を入れる。自分の考えで行動していいかどうかを。
絶対通るわけないな、と思いつつ。それで叱責されて首にでもなればいいやと投げやりな気分になりつつ。

だが、不幸にして、この計画は通ってしまった。
彼は、突っ走るしかなくなったのである。
あとは、フッケバインに連絡を取る方法……仕事を依頼する方法を見つけるだけであった。
それはそれで、難問である。まさか、トラクターを注文するわけにもいくまい。
賛美歌13番をうたうのはもっと意味がない。

彼は、無能なりに知恵を絞り……結局部下に丸投げするという手段をとった。
何気ない雑談のふりをして……ばればれなのだが……話をふる。

「アウトローの連中って、どうやって仕事を請け負ってるんだろうね」
「そりゃ、やっぱ蛇の道は蛇なんじゃないですかね。エージェントを雇ってるとか、三行広告とか」
「しかし、エージェントを雇ってるとしても、エージェントはどうやって仕事を探すんだ？　意味がないだろう」
「ブローカーがいるとか？」
「元請けがあって下請けがいるってわけか。うちも下請けに仕事を出すことはあるからな。
　けど、フリーランスの連中はどうやって仕事を受けてるんだろうな」
「フリーランスの連中ねえ……飛び込み営業なんてしてないでしょうねぇ」
「人殺しのご用命はございませんか、って訪問販売っすか、冗談は顔だけにしてくださいよ」
「まあ、麻薬の売人なら、一度売りつければ常習性があるからOKなんでしょうけどね」
「そんな小物じゃなくて、もっと大きな仕事をする連中の話だよ」
「大きな仕事ねえ……。意外と堂々と仕事を請け負ってるんじゃないですかね。
　まあ、本当の大物なら、仕事に困らないだろうから、飛び込みの仕事なんて受けないでしょうけどね。
　誰の仕事でもうけるフリーの殺し屋なんて、漫画の世界だけですよ」
「やっぱりそんなものか」
「部長はだれか殺してやりたい人でもいるんですか？」
「いや、別にそういうわけでもないが……」
「部長は誰か殺しても出世しないですもんね」
「まあな」
「で、君」
「え、僕ですか？」
「君は、ネットに詳しいと言ってたよね」
「ええ、まあ……検索ぐらいは出来ますけど……」
「フッケバインについて調べてほしいんだ」
「フッケバインです？　またどうして？」
「いやなに、管理局にすこしぐらい協力しようと思ってね」
「僕が調べられるぐらいのことぐらい、管理局はとっくに知ってますよ」
「だが、管理局じゃ出来ないことがあるだろう……居場所をこちらから誘導するとか」
「……何をするつもりなんですか？」
「仕事を依頼する。会長の許可はとってある」
「……失敗したら殺されますよ、わかってます？」
「実は、会長からフッケバインの居所を見つけ出せと命令を受けた。
　逆らったら会長に殺される」
「逆らいましょうよ。会長は物理的に殺しはしませんよ。フッケバインは物理的に殺しに来ますって」
「会長も物理的に殺しかねないんだよ。雰囲気がやばいんだよ。
　どうしよう、もしかして、詰んでる？」
「ていうか、ヴァンデインコーポレーションの部長が依頼人って時点であからさまに警戒されますって。
　その場で殺される可能性もあるっしょ。やめときましょうよ」
「いや、もう会長のゴーサインが出てる。やめられない」
「……毒皿ですね……」
「見つけられなければ会長に殺される。リアルで。
　雰囲気がそうなんだよ。どうしよう、死にたくないよ、正直」
「今すぐ管理局に告発して逃げたらどうです」
「……うーん、告発するって、何を？」
「ハーディス専務が連絡してきたってことをですよ」
「それは考えたんだが、専務を裏切るとその時点で命なさそうだしな……」
「優柔不断ですねえ……いいや、なるようになるさ。
　とりあえず、フッケバインさえ片付けばいいんでしょ。
　フッケバインへの連絡方法はネットで調べてみますよ」
「本当か？　恩に着るよ」
「そのかわり、僕が調べたってことは誰にも秘密ですからね」
「わかったわかった。会長にも内緒にしておくよ」

そんなので見つかるほど甘いとも思えないのだが、ともかく、ヴァンデインコーポレーション側の作戦は動き始めたのである。

　

 

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