異聞・少女義経伝・四
地上の星
【第十八章】
〜再起〜
「なのはさん…すいません。教会騎士団がついていながら、ヴィヴィオちゃんを守れなくて」
「…いえ、それは…仕方のないことです。私が一緒にいられたら、守れたということでもないですから」
「不幸中の幸い…なんか、探す気分にはなれへんなぁ…」
「はやて、だけど、今心が折れたら、それっきりだよ」
「わかってる。………けどな。…３分だけでも、落ち込ませてくれへんか？」
「そう言えるなら、大丈夫ですね、はやて様」
「観月さん…」
ここは、機動六課の会議室である。
今ここにいるのは、機動六課の隊長達、つまり、はやて、なのは、フェイト、九羅香の４人と
管理局の総会に出席していた騎士カリム、そして、同じく、管理世界の代表者として
総会に参加していた、平観月〜観月ちゃんと、その従者の廉也の３人、合計７人である。
付き添いで来ていたシスターシャッハは、事後処理をやっている現場の手伝いだ。
「それで、総会の様子はどうだったんですか」
「…レジアス中将のエインヘリアル計画が承認されました。
レジアス中将は、直ちに郊外の建設予定地３カ所に設置工事を開始。
一ヶ月後には暫定的にせよ、運用可能になるそうです」
「観月さん、一ヶ月後っていうのは、また手早いね」
「ええ、最初から、許可されしだい工事に移れるよう準備されていたようです。
暫定的に運用可能な３カ所を確保したなら、より近距離から相互に支援しあえるよう
クラナガン市内の８カ所にも、エインヘリアルを配備、１０年後に、クラナガン防衛に
万全を期す計画だそうです」
「クラナガン市内に？一体どこに配備するつもりなんだろう？」
「廃棄都市区画の再開発で設置するそうですね」
「…それで、廃棄都市区画を作っておいたわけなんか。
再開発の話を全部ぽしゃらせてた訳や。これがねらいやったんやな」
「そのようですね。単なるスプロール現象ではなかったようです」
「……………さてと。…レジアス閣下の話はこれくらいでええやろ。
さて、今の状況の整理をしよか。…まず、ギンガとヴィヴィオをさらわれた。
ギンガをさらったのは、スカリエッティの戦闘機人で間違いない。
ヴィヴィオをさらったのも、静さんの見立てでは、スカリエッティや。
これも、あの状況から見て、ほぼ間違いないことやろ。
ガジェットはたっぷり破壊したし、戦闘機人の戦闘能力についても
データを集めることが出来たのは収穫や。
けど…騎士ゼストに、ヴィータが落とされて、ダメージを受けたリインは
本局で入院や。一週間は絶対安静、その先、現場復帰はいつになるかわからん。
スバルも入院。…２，３日こっちで様子を見て、必要なら本局で再入院やな。
ヘリも大破してしもうた。これは人間やないから、そう気にするつもりないけどな。
それから…戦闘機人の数がある程度把握出来たのは収穫や。
戦闘に参加したのは１０人、加えて、スカリエッティの秘書らしき人物が１人
会議室のモニタで演説してるスカリエッティの姿の背後に写ってた。
それに加えて、騎士ゼストとその融合騎。召喚術師ルーテシアに使い魔ガリュー。
さらに、ヴィヴィオをさらった、スカリエッティ側の人物…単数か複数かもわからんけど…。
これが、スカリエッティの戦力の全部、もしくは大部分と考えてええやろ。
戦力温存して、これだけのことが出来るとは、おもえへん。
けど…全部やいう保証は、ないからなあ…」
「現状を把握しても、スカリエッティの目的がわからない上に
スカリエッティ側の戦力も、居所も、全然わからないことに代わりはないよね」
「スカリエッティの居所については、教会騎士団の総力を挙げて捜索するように命じました。
今まで協力を渋っていたわけではありませんが、より一層の支援をさせてください」
「ありがとうございます、騎士カリム」
「お礼はいいですよ。…いえ、むしろ、これは私たちの、罪滅ぼしです」
「………静さんから言われてた、大事な話、忘れてたわ。
今回も、何か、情報漏れしてるような気がするって静さんが言うてた」
「情報漏れですか。ですが、聖王教会にスカリエッティに通じてる人物はいないはずです」
「…だけど、管理局に情報を流す人がいても、全くおかしくはない」
「ええ、教会騎士団も、管理局地上本部の下部組織、という位置づけですから
それは連絡する人がいてもおかしくないはずですけど、でも、それが問題になるんでしょうか」
「問題になるんや。
わたしにも、だんだん事件の全貌が、おぼろげながらにやけど、見えてきた。
ここまで、わたしらの打つ手が、全部、見透かされた形になってた理由がな。
しんじたないけど、あり得ないことすべてを排除したら、残った物は、どれほど
ありそうにないことでも、あり得ることなんよ」
「…どんな結論を？」
「…スカリエッティの黒幕が管理局、そういうことですね」
「せや、観月さん…そうとしか考えられへん」
「管理局？…管理局の中にいるんじゃなくて？」
「なのはちゃんの疑問はもっともやけど、これは言い間違いやない。
管理局の中の誰かが、スカリエッティの依頼人、いうんやなくて
管理局そのものが、スカリエッティの依頼人、そして、スポンサーなんや」
「…信じられない。どうして管理局がそんなことを…」
「私も信じたないわ。けど、他に結論の出しようがないんや」
「今回のスカリエッティによる襲撃も、地上本部の狂言という説が出たぐらいです。
あれほど大規模な襲撃だったにもかかわらず、死者０なのは、地上本部と
スカリエッティが示し合わせていたとしか考えられないと。
エインヘリアル計画が、これだけの襲撃事件の後にも関わらず、圧倒的多数とは
言えない支持しか得られなかったのは、そのためですから」
「観月、だけど、こんな失態を管理局が冒せば、管理局システムに対する信頼が揺らぐ。
管理局にとって得になることは何もない。
冷静に考えれば、管理局がこういう事件を起こしたわけではないことは、わかるはずだ」
「九羅香様も、レジアス様と、同じようなお考えなのですね」
「観月様、それはどういうことなのでしょう？」
「・・・時空移動能力を持つ世界が、時空世界の平和と安定のために、共同で設立している
ロストロギアと、時空移動の管理組織、時空管理局。
そういえば聞こえはいいのですが、時空管理局の出資の５２％が、ミッドチルダ連邦であることも
周知の事実です。もちろん、管理局本局のリース料をキャンセルするとか、旧ミッドチルダ軍の
基地を管理局に提供している分を、管理局への出資として数えるマジックもありますが
事実上、時空管理局がミッドチルダ軍と、その同盟国…もっと正確に言うなら
ミッドチルダを盟主とする連合です。
このうち、ミッドチルダ出資の半分、つまり、時空管理局の全資産の２６％が、地上本部の取り分で
残りの７４％が、本局及び時空管理局艦隊…海の取り分ということになります。
一見すると、海の予算は圧倒的なのですが、海の方は、管理局艦隊の建造費や維持費が必要な一方
陸の方は、ミッドチルダ連邦、及び、管理局地上部隊による保安措置が為されている
少数の次元世界にのみ、兵力を配置しているにすぎません。
戦力の密度からいえば、ミッドチルダの方が、本局艦隊を上回っていると言っていいでしょう。
管理局システムを支えているのは、管理局の戦力が、才能に依存する少数の精鋭魔法使いに
依存している事実……ミッドチルダによる、次元世界征服が杞憂だと感じられる程度に
管理局が弱体で、特定の次元世界がロストロギアを用いて次元世界の破壊を企てることを
阻止するには、十分なぐらい強力であるという、ある意味相反する要求を満たしている現状なのです」
「…それと、エインヘリアル計画の導入とが、どうつながるの？」
「それを今から説明いたします、九羅香様。
エインヘリアル計画が導入されますと、地上本部は、魔導師の素質、能力に依存しない
戦力を手に入れることになります。より問題なのは、この力は、次元航行艦同様
ミッドチルダのみが保有可能な戦力である、ということです。
ミッドチルダが、ミッドチルダのみ保有可能な、圧倒的戦力を保有する。
これは、管理局システムを支えている、微妙なバランスを破壊しかねません。
もちろん、これに変わる新しいバランスが生まれる可能性も、あります。
ですが、そうしてうまれるバランスは、今のような、各次元世界が高度の自治を
持っている状態とは違うでしょう。より各次元世界は、管理局に縛られた状態になるはずです。
…もちろん、今の管理局システムが理想的だと言うつもりはありません。
管理世界、管理外世界内部での紛争には、ほとんど関与することはありません。
それがロストロギアを用いて行われるのでないかぎり、世界が滅亡に至るような
戦争であったとしても、管理局は、その世界からの要請がなければ、見殺しです。
エインヘリアル計画の先にある管理局は、そのような事態を放置はしないでしょう。
実力による介入で、紛争を終わらせ、管理局流の秩序をもたらすでしょう。
ですが、それは、今管理局システムに参加している世界のいくらかが、管理局
システムから離脱するには十分な拘束ですし、管理局が、個別の次元世界の
紛争に巻き込まれる道でもあるのです。
…管理局は、残念ながら、…そのような固有の問題に対処する能力は、ないのです。
少しお考えください。源平合戦に、リンディ様達が介入したとして、神機を使わせない程度なら
ともかく、源平合戦そのもの…あるいは、奥州と鎌倉との争いとに、一体どんな決着がつけられるでしょう。
どうやって、源氏と平氏の恨みを解いたり、奥州に対する鎌倉の野心を押しとどめたり
あるいは、奥州と朝廷との関係を調和させたり出来るでしょう。
出来ることは、せいぜい、世界を征服して、全体を管理世界風に作りかえるぐらいのものです。
しかし、そうすること自体が、新しい紛争を作ることも、九羅香様には、おわかりだろうと思います」
「…観月の言いたいことはわかる。
もし、１０年前、管理局が神機を自分たちのものにすると言い出したら
私たちだって、管理局と戦っていたはずだ」
「そういうことです。…ですが、レジアス様には、それが見えないのです。
管理局流に…あるいは、ミッドチルダの流儀で塗りつぶすことは、福音でこそあれ
反発を受けるようなことではないと、信じておられるのですから」
「せやけど、エインヘリアル計画は、承認されたんやろ」
「はい、はやて様、その通りです。私も賛成いたしました」
「え？どうして？」
「ミッドチルダ地上本部の武装によって、管理局システムにひびが入るのは、将来の話です。
もしかしたら、レジアス中将ももっと柔軟な考え方をするようになるかもしれませんし
エインヘリアル計画も、単にクラナガン防衛のためのシステム構築でとどまるかもしれません。
それよりも、スカリエッティと…今、そこにある、管理局の危機に対処することのほうが
よほど重要ですから」
「…エインヘリアル計画は、短期的には、スカリエッティを阻止する力になりうるってこと？」
「いえ、それは全く期待していません」
「じゃあ、どうして？」
「…レジアス中将と取引いたしました。
第９７管理世界に次元航行艦を一隻、時空管理局本局の予算で貸与していただけることになりました。
そして、それを運用するための乗員について、地上本部からも人員を割いていただけるとのことです」
「地上本部からもって…首都航空隊からすこし兵力を分けてもらえるってこと？」
「いいえ、そうではありません、なのは様。
本局より、時空航行艦として、老朽化したアースラを貸与していただけることになりました。
艦長として、臨時に、元アースラ乗員、エイミィ様が着任されます。
それ以外のスタッフについては、地上本部指揮下の部隊より、遺失物管理部機動六課が
暫定的に配備されることになりました」
「…えと、それって…一体…」
「予言阻止のための、最大の切り札として、私があらかじめ根回ししておいたことです。
この編成替えで、機動六課は形式的に第９７管理世界の提督…つまり、観月さんの
指揮下に入ります。実際の活動は、今まで通り、地上本部の指揮下なのですが
その途中にワンクッション…観月さんが入ることで、機動六課が直接
地上本部から命令を受けるわけではなくなります」
「カリム…それがどうして切り札になるんですか」
「フェイトちゃん、簡単な事や。今までは、何をするにせよ、地上本部にお伺いをたてな
なんもできへんかった。これからは、観月さんの許可がとれれば、機動六課は
直ちに行動できる。…地上本部の許可は、事後に、観月さんが得ればええ、そういうことや」
「だけど、あんまり無茶はできないよ。ミッドチルダ地上の事については、あくまで
地上本部が責任を負うんだから」
「もちろんや。実際の運用それ自体は、今までとかわるわけやない。
まあ、一時間やろな、地上本部から止まれが掛かって、観月さんが
押さえきれへんようになるまでの最短時間は。
けど、それだけあれば、十分や。…スカリエッティが何かやった後
押っ取り刀 で駆けつけて、事件を押さえ込むにはな」
「ここはこれからどうなるの？」
「ここはここで使い道はあるんよ。地上の情報を収集するには、地上に基地があった方が便利やし」
「…それで、これから、私たちは何をするの？」
「…今まで通り、や。…スカリエッティに関する情報収集。
レリックの捜索、新人達の訓練、ガジェット対策。
あえて付け加えるとすれば、ギンガとヴィヴィオの捜索が加わるぐらいや。
…ごめんな、なのはちゃん。スバルにも謝っておいてな。
機動六課の目的は、あくまで騎士カリムの予言阻止や。
ギンガやヴィヴィオの救出は、その過程で…スカリエッティを逮捕すれば…
一緒に出来ることのはずや。…せやから……機動六課の総力を挙げて
ギンガ、ヴィヴィオを捜索するとか、救出を最優先するとか…できんのよ。
………わかって、くれへんか？」
「…はやてちゃんが謝る事じゃないよ。
わかってる。…十分わかってるから。フェイトちゃんも、それはわかってくれるよね」
「…なのは、…私は、大丈夫だよ」
「よかった」
「はやて、私はそろそろ、ベルカ自治領に戻ります。
教会騎士団は、全力で捜索しますから、見つかった時に備えてくださいね」
「了解や、ありがとうな、カリム」
騎士カリムは、会議室をでる。
「…観月様、これからどうなさるのですか？」
「私は、一旦管理局本局に戻って、アースラを受領いたしましょう。
エイミィ様やリンディ様、それからユーノ様やアルフ様とも、そこで
合流することになっております」
「アルフと？」
「ユーノくんと？」
「これから、機動六課は、管理局とも独立して、スカリエッティ事件を担当することになった。
リンディ提督の提案で、伝説の三提督の承認を受けてる。
管理局が、スカリエッティとつながってる可能性が高いんや。
情報漏れを防ぐつもりなら、これぐらい徹底せなあかんやろ。
機動六課を観月さん属にしたのも、それが目的の一つ、や。
管理世界には高度の自治が認められてる。…一ヶ月、一ヶ月以内に
なんとか、スカリエッティのしっぽ捕まえて、事件を解決する。そのつもりなんや」
「一ヶ月で、大丈夫だろうか」
「静さんは、一週間以上、スカリエッティが行動せずにいて欲しい、ちゅうのが
希望みたいや。…一ヶ月も待つとは、思ってへんみたいやな」
「はやてちゃん、それはどうして？」
「時間はスカリエッティの敵や。あれだけ大きなことしたんや。教会騎士団は
ミッドチルダ全域の捜索を始めたし、地上本部のレジアス閣下も、スカリエッティ
捜索を命じられた。…どこまで本気かわからへんけど、現場の隅々まで、スカリエッティを
見逃すっちゅう方に毒されてるはずはないわ。
その上に、エインヘリアルや。これが運用される前、今回の事件の分析で
スカリエッティのアジトが見つけられる前。…スカリエッティの目的を
こちらが先にかぎつける前。…スカリエッティが急ぐ理由は、いっぱいある。
その上に…スカリエッティは、十分な準備を整えてから、事件を起こした、ちゅうて
考えるほうが、自然やからな。
そんなに間をおかずに、次の事件を引き起こしてくるやろ」
「うん、そうだねはやて…そう考える方が、自然だ」
「はやてちゃん。…じゃあ、私は、スバルのお見舞いに行ってくるから」
「…私は、グリフィスと打ち合わせがあるから」
「頼むわ。…私は、観月さんと同じ船で、本局行ってくる。
帰りはアースラに乗って戻るからな」
「アースラか…懐かしいね、なのは」
「うん、そうだね、フェイトちゃん」
昨日はスカリエッティの勝利だった。
だが、今日は、そうではない。
機動六課はまだ、終わってない。いや、本当の機動六課は
まだ、始まってすらいなかった。
