異聞・少女義経伝・四
地上の星
【第九章】
〜過去〜
「気がついた？」
「………ここは？」
「見ての通り、医務室よ」
模擬戦で、なのはさんの魔法弾の直撃を受けたあたしが目を空けたとき見えた物。
それは、医務室の天井でした。
「よく寝てたわね。けど、もう少し横になってた方がいいわ。
なのはちゃんの模擬弾はともかく、暴発した魔法のダメージは
まだ抜けきってないと思うわよ」
「いえ、もう平気です。起きれます」
ベッドから体を起こすだけでめまいがする。
けど、この程度で倒れてはいられない。
大丈夫、少し目を閉じて、頭を振れば、大丈夫、起きられる。
「起きれるのと、勤務できるというのとは違うわよ」
「いえ、大丈夫ですから」
立ち上がる。立ちくらみがする。
けど、これはたぶん、寝過ぎたせい。砂糖を入れたコーヒーでも飲んでおけば
大丈夫。まだ、やれる。
「………そう？だったら、目をつむってまっすぐこっちに歩いてきて」
「わかりました」
目を閉じてまっすぐ歩くだけ、あの距離ならたいしたことじゃない。
「…まっすぐ歩けてないわ。自覚してる？」
「そうですか？」
「…もうしばらく休みなさい。これは医務官としての命令よ」
「本当に大丈夫ですから」
「ドクターストップって言っているの」
「…はい、わかりました」
医務官は、医師としての権限で、誰にでも勤務不適格を言い渡す事が出来る。
普段は甘めのシャマル先生が、ああまで言うのでは仕方ない。
ベッドに横になると、また眠り込みそうだから、ベッドに深く腰掛け、壁に背を預ける。
目はあけてるけど、焦点はわざとあわせない。
これは、九羅香さんから言われた鍛錬法の一つ。
何かに焦点をあわせず、目に入る物すべてを平等に見る。
そうすることで、かえって全体が目にはいるようになる。
シャマル先生は、こっちを見ずに、書類と格闘してるみたい。
医務室にいるのは、私１人。学校の保健室だって、いつでも複数の生徒が寝てるって
訳じゃないから、それより人数の少ない機動六課ではむしろ当たり前。
ぼんやり、今日起きたことを思い返す。
何が悪かったんだろう？奇襲を見破られたこと？もっと幻影で牽制すればよかった？
いや、あれは完璧なタイミングだった。クロスレンジに２人が同時に飛び込んで
それを素手で捌けるというのでは、対策の取りようがない。
クロスレンジに入らないように、全体を撃つ？確かにそういう魔法もあるけど
あれは制御も難しいし魔力消費も大きい。あたし向きじゃない。
スバルを囮にして、ファントムブレイザー？
いや、あれは魔力を集中している内に、魔力探知されるだろう。
ならクロスファイア？あんな豆鉄砲でなのはさんのバリアを貫く？あり得ない。
バリアブレイク能力のある砲撃魔法…たとえば、スターライトブレイカー。
あれも魔力探知されたら終わり。…けど、射撃型魔法使いにとって
あらゆるシールドを吹き飛ばして貫く、大火力砲撃魔法は一つのあこがれだ。
”見える物には当てることが出来る。当てることが出来るものはやっつけることが出来る”
これこそ射撃型の理想型。…たとえば、なのはさんのように。
Alert！Alert！Alert！…
反射的に跳ね起きる。
「シャマル先生、行ってきます」
「まだ早いわ。もうすこし休んで」
「警報が出てるんですよ。出動します」
「…目を閉じてこっちにまっすぐ歩けたらいいわよ」
「わかりました」
どうしてシャマル先生はそんなことを？
「……はぁ…仕方ないわ、約束だから、集合場所に行ってもいいわよ」
「はい、では行ってきます」
医務室を飛び出し、集合場所へと急ぐ。
だから、あたしは、その後でのシャマル先生のつぶやきは聞こえなかった。
「警報が掛かったとたんに、全力全開、まるでなのはちゃんみたいね。
みんな無茶しすぎなんだから」
「遅くなりました、ティアナ・ランスター二等陸士、入ります」
「ティア、もう大丈夫なの？」
「スバル、警報が掛かったんでしょ。それで、状況は？」
「飛行型ガジェット〜ガジェット２型３機編隊４個小隊計１２機が海上を旋回飛行中。
地上本部より、機動六課に対して出動命令。
はやてちゃんの判断によって、飛行魔導師のわたしとヴィータちゃんが現場に出動。
フェイトちゃんは陸士１０８部隊で打ち合わせ中だから、現地で合流。
フォワードチームは、シグナム副隊長の指揮下で待機。
……なんだけど、ティアナは、今日はお休みしようか。
シャマル先生の話だと、１日は安静にってことだったから。
待機任務っていっても、何かあったら直ぐ出動だからね。
何か質問は？」
「…それって、つまり、あたしは要らない子だってことですか？」
「ドクターストップってことだよ、ティアナ」
「シャマル先生は行っていいっておっしゃいました。大丈夫、行けます」
「無理すれば、でしょ。無理してまで待機されても、迷惑だから」
「大丈夫、やれます」
「訓練中隊副隊長としての命令だ。自室で待機していろ、わかったな」
「どうしてですかっ！」
次の瞬間、シグナム副隊長に抜く手もみせずに殴り飛ばされた。
「シグナムっ！」
「ヴィータ、安心しろ、手加減はしてある。…なのは、ヴィータ、ガジェットが
いつまでもこちらを挑発するだけで済むとはかぎらん。
急げ」
「…わーった、行くぜなのは。ヴァイスも待ってる」
「…けど、」
「けどなんていってる場合じゃねえ。なのはがこねーなら、あたし１人で行くぜ」
「あ、待ってヴィータちゃん…」
ヴィータ副隊長と、なのは隊長は、何かに向かうように、というよりは
何かから逃げるようにヘリポートへと向かう。
あたしはといえば、ほおを押さえながら、なんとか立ち上がった所だ。
「手加減したつもりだったが、どうやら切ってるな。
シャマルのところで手当を受けてくるといい。ほっとくと跡が残る」
「…平気です」
「…受けてこい、命令だ」
「………」
「聞こえなかったのか？」
「行ったら、帰ってこれないじゃないですか」
「ティア、あたしと一緒にいこ、ね」
「スバル、あんたはここで待機してなさいよ。…あのガジェットが陽動じゃない保証、ないでしょ」
「…仕方ないな」
「何がですか」
シグナム副隊長は、肩をすくめると、誰かを呼んだようです。
…お払い箱、か。まあ、仕方ない、わかってる。
スバルなんて、陸士学校に来たのがおかしいぐらいの才能があるし
エリオもキャロもフェイトさんの秘蔵っ子。
大体が元首都航空隊の中隊長がライトニング小隊の副隊長だったり
現役ばりばりの執務官や本局教導隊の教導官が訓練部隊に配属なんていう
贅沢きわまりない部隊の中に、あたしみたいなのがいるのがおかしいんだ。
「何をやっている？」
現れたのは、予測とは違って、与一さんだった。
那須与一、打撃中隊のセンターガード的ポジションを担っている。
なのはさんからも、陸士のティアナは与一を見習ったら、と言われてる。
けど、与一さんは打撃中隊の火力担当として、ガジェットが出現したら
即出動することが多いから、ほとんど話をする機会もない。
「与一か。すまんな、呼び出したりして」
「気にするな。だが、おまえの説明では状況がまったくわからん。
ティアナ、何があった？」
「べつに何もありません」
「そうか、…何もないなら、殴られることもなかったはずだろう。
少し、時間を取っていいか？」
「私はそのために来てもらった」
「そうか。……だが、ティアナ、おまえは手当を受けてから戻ってこい。
少し、話しておくことがある」
「…わかりました。直ぐに戻ります」
「おおざっぱな説明は聞いた。
本気のなのはに一撃入れるっていうのは、今のティアナでは難しいだろう。
おまえは奇策だと思っているかもしれないが、あれはむしろ定石に近い。
だが、今聞きたいのは、そういう話ではないだろう。
…少し、無駄話でもしようか。肩の力を抜いて聞け」
「はあ…」
与一さんが何を言い出すのかはよくわからない。
シグナム副隊長がわざわざ呼んだということは、何か大切な話なのだろうし
八神部隊長の話ではないのなら、お払い箱という話でもないはず。
「弁慶は知ってるな？…あいつは、１０年前はただの人だった。
初めて見たときには、ウドの大木とはこういうのを言うのかと思ったぞ」
「弁慶さんがですか？あの、ロストロギアの長刀使いの、弁慶さんですよね」
「よく知ってるな、エリオ」
「ええ、すこしは……ですけれど、１０年前って、弁慶さんはティアナさんより
年長なはずですよね。その頃普通の人だったって、どういうことなんですか？」
「第９７管理世界と、第９７管理外世界という、８００年ぐらいの時間差を持つ
双子世界がある。私や九羅香殿は、第９７管理世界側の住人で、弁慶は
第９７管理外世界側…なのはやはやてと同じ世界の住人だった。
だが、弁慶はあの二人とは違って、本当にただの人だった。
少なくとも、私が初めて会ったときにはな。
…九羅香殿から、後で、どういう事情かは聞いた。
本来の弁慶は、あの弁慶をかばって死に、今の弁慶に、弁慶の名前と
九羅香殿の未来とを、託したのだ。…ただの人の弁慶に」
「…」
「弁慶達の世界については、何か聞いたことはあるか？」
「あ、それならミッドチルダでもブームになったからすこしはわかります。
サッカーっていうスポーツがあるんですよね。弁慶さんそっくりの
キャプテンがミッドチルダに来てサッカー伝道師をやってるっていうのも聞きました」
「そっちか。…だが、かなり平和な世界であることは、わかるだろう。
我々の世界が、戦乱の時代だったのとは大違いだ。
そんな世界から来た、雑兵にも劣るただの人が、ある日突然、戦いの中に巻き込まれる。
もちろん、我々も、出来る限りは鍛えた。だが戦いの方は弁慶の成長を待ってくれるわけではない。
今から振り返れば、いつ逃げ出してもおかしくはない。いや
逃げ出したとしても、誰も責めることは出来なかっただろう。
それでも、弁慶は逃げることはなく戦い続け、そして、今でもここにいる。
…我々も、同じだ。
弁慶が、でくの坊に見えたからといって、足手まといにすぎないと感じたからといって
決して弁慶を切り捨てるつもりはなかった。
…それが、仲間だということだ。命がけの、ぎりぎりの戦いの中で、互いに命を預け合う。
それが出来るほどの信頼が無ければ、戦場で連携するなど、無理だ。
敵は目の前にいるものだけで十分だ。背中にまで気を遣ってはいられん」
「………」
「考え込まなくていい。ただの昔話だ。
昔話といえば、シグナム、あのサッカー馬鹿とはうまくやってるか？」
「上手くやるとはどういう意味だ？」
「ユーノとなのはよりは、上手くやってるだろうな？」
「な、何を言い出す、それはべつに今関係ないだろう」
「場を和ませる話をするのも、年長者のつとめだろう」
「まさか与一にそれを言われるとは思わなかった」
「人は成長するものだ」
「悪い意味で成長しなくてもいい」
「それで、何か進展はあったか？時々はやて殿が気を回して
クラナガンへの泊まりがけの仕事を回しているとは聞いているが」
「べ、べつにやましいことをしているわけではない。…というか
あれも八神姓を…名乗ることになったし…」
「？はやて殿と何かあったのか？」
「えと、それってつまり…」
「…シグナム副隊長、結婚されてたんですか？」
「おめでとうございます、シグナムさん」
「シグナムさん、意外です」
「…おまえ達、今聞いたことは秘密だからな。誰にも言うな」
「べつに秘密にするようなことでもあるまい、何か事情でもあるのか？」
「いや、書類上籍だけ入れてあるが、お互い仕事で会う機会もあまりないから
そう騒がれても困るだけだ」
「……籍を入れてたら、普通に…」
「だから騒ぐなと…」
「なんだか、賑やかだね」
「なのはさん」
「だだいま〜ったく、ちょろちょろ逃げ回りやがってよ。
ま、アイゼンでぶったたいて全部壊してやったけどさ」
「今帰ったよ。待機任務ご苦労様」
「お帰りなさい、フェイトさん」
「…ティアナ、ちょっといい？…お話、しようか」
「はい、…わかりました」
なのはさんに連れてこられたのは、機動六課隊舎のそばの岸壁でした。
星空が綺麗な夜ですけれど、一体なのはさんは何の話をするつもりなんでしょう。
「…シグナムから聞いたよ。休憩時間も休まずに練習してたんだって？」
「あ、はい…息抜きに…」
「練習メニューは、結構ぎりぎりに作ってるから、休憩時間休んでおかないと
本当に体壊しちゃうよ」
「…でも、練習してないと、全然強くならないですから…」
「昔を思い出すな。…ずっと昔、フェイトちゃんと初めてであった頃。
フェイトちゃんとジュエルシード集めやってて、フェイトちゃん相手には
戦うごとに負けて、それでも、譲れない思いがあって。
だから、毎朝４時に起きて、ユーノくんと魔法の特訓して、足りない分は
レイジングハートに教わって、それでなんとか、フェイトちゃんに
ぎりぎり勝てたっけ。…だけど、あれだって、もう一回やったら
フェイトちゃんが勝つと思う。あのときは、フェイトちゃんも
一杯一杯だったから、私が勝てたんだけど」
「…やっぱり、特訓されてたんですね」
「…けど、やっぱり無理しちゃダメだよ。オーバーワークのせいで
１１歳のときに体をこわしちゃったからね。
リハビリに半年ぐらいかかったかな。あのときには魔法が二度と使えないかもって
お医者さんに言われたり。
…だから、休息も訓練のうち。休むときには、ちゃんと休まなきゃ」
「だけど、全然なのはさんにおいつく気がしないです」
「アキレスと亀だよ。ティアナは成長してるけど、私だって同じ所に
ずっといるわけじゃないから」
「なのはさんも、訓練してるんですか？」
「人に教えるのも、練習のうちだよ。ティアナのクロスファイアの模擬弾の練習を
やってみたり、速射系の射撃魔法を覚えてみたり。
クロスファイアって、撃たれてみるとわかると思うけど、結構避けにくくて当たるといたいでしょ」
「あれはなのはさんが撃つからですよね」
「あれは、ティアナの威力に揃えてあるんだよ。
撃つ方は気がつかないかもしれないけど、ティアナの魔法弾って
当たると結構痛いんだから」
「そうなんですか？」
「撃たれてる当人が言うんだから間違いないよ。
…あ、そういえば、ティアナの突進だけど、どうやって魔法の刃を出したの？」
「あれは…弾殻を作る要領で、魔法弾の形をナイフ状に変形したんですが…」
「そっか。勝手にデバイスのモードチェンジしたのかと思った。
執務官志望のティアナだと、デバイスにも近接戦闘モードは必須だから
ダガーモードは組み込んであるんだけどね」
「ダガーモード？」
「ちょっとクロスミラージュを貸して」
「あ、はい・・・・」
「・・・・これでよしっと。はい、ティアナ、
ダガーモードって命じてみて」
「クロスミラージュ、ダガーモード起動」
「roger」
クロスミラージュのダガーモード。
銃把から銃口へ、ハンドガード風に魔法刃が伸び、さらに銃口から魔法刃が突き出る。
ナックルガードとナイフを組み合わせた、という言い方の方が適切かもしれない。
「………ティアナには、悪いことしてるっていう自覚は、あるんだ。
ただでさえ、普通にやったら３年かかるような戦闘訓練を
３ヶ月で終わらせるような無理をしてる上に、ティアナには
フォワードリーダーとして、他の３人のまとめ役と、戦闘指揮までやらせてるから。
だから、一杯一杯になって、焦っちゃうのも、無理はないよ。
だけど、…これだけ、わかって欲しいんだ。
ティアナを虐めるために、やってる訳じゃ、ないんだって」
「…べつに、そんなことを思ってる訳じゃ、ないですから」
「…そういえば、九羅香さんから聞いた？」
「何をですか？」
「…ティアナを機動六課に推薦したのは、九羅香さんなんだよ」
「それは初めて聞きました」
「そっか…本当はこんな事ティアナに言っていいことじゃないかもしれないけど
…九羅香さん、ティアナとスバルを推薦するとき、こう言ってたよ。
”あの子が、私たちの希望なんだ”って」
「希望？…」
「そう…今の、管理局のあり方を変える力のある、希望だって」
「管理局のあり方を変える…ですか」
「そう…九羅香さんが管理局に入ってから、ずっと言い続けてきた事。
一握りの、天才魔導師に頼らない、普通の魔導師が戦力になる、そんな
管理局体制への道を開く、希望だって」
「…私は、べつにそんな大それた人間じゃないですから…」
「だけど、執務官志望なんでしょ？陸士から執務官がでれば、それだけで破天荒な出来事だよ」
「…わかってます。ずっと遠い道だってことは」
「だけど、…ただの夢で終わらせるつもり、ないんでしょ」
「それは当然」
「…だから、希望なんだね。…九羅香さんの言葉の意味、私にもわかる」
「私にはわからないです」
「打撃中隊のみんなは、魔力値だけをいえば、B級C級の集まりなんだ。
べつにすごい魔法使いっていうわけじゃない。…だけど、１０年前に
闇の書事件解決で、中心的な役割を果たした〜まだそのときは管理局の部隊じゃなかったけど〜
同じ事は、B級C級が主体の、今の管理局の魔導師にだって、出来るはずだって。
だけど…今の管理局システムだと、レアスキル持ち優遇で、普通の陸士なんて
どちらかというと、やっても仕方ないって気持ちの人の方が、多いからね。
…だけど、ティアナも、スバルも、…エリオやキャロも、そんなつもりじゃ、ないでしょ。
ティアナにも、スバルにも、エリオにも、キャロにも、つかむべき未来があるじゃない。
それこそが、九羅香さんにとって、フォワードのみんなが、管理局の希望だっていう意味だよ」
「………」
「…けど、今日はもう休もうか。明日も訓練はあるからね」
「はい」
なのはさんが何を言いたいのか、私にはまだわかりません。
九羅香さんの希望というのが、何を意味するのか、それも見えません。
ですけれど、…八神部隊長が、義経軍団の事を、理想の部隊と呼ぶ理由。
それだけは、見えたような気がします。
誰もがお互いに自分の命を預け合う事が出来る部隊。
…命を預けあうのなら、自分も、命を預かる覚悟がいるということ。
スバルの、エリオの、キャロの、…もしかしたらなのはさんはヴィータ副隊長の
命を預かるかもしれないということ。それだけは、わかります。
今日は休みましょう。最良の体調で、任務に当たるために。
私を信じて命を預ける、仲間のために。
