夢を、見ていました。
…ああ、またこの夢だ。
竜使いの里から追放になるときの夢。
夢じゃなくて、これは、間違いのない、記憶。

 

「キャロや……何の話か、既に聞いておるか？」
「…い、いえ……」

 

目の前にいるのは、里の長老。
その脇には、今まで見たことのない服を着た人。
今はその服が何を意味するか知ってる。時空管理局の制服。
だけど、そのときには、まだ、それが何を意味するか、知らなかった。

 

「…４歳にして、白竜を手なずけ、６歳にして守護竜の加護を受ける。
　おまえの才能は、目を見張るものがある」
「…は、はい…」
「じゃが……な。キャロや。…強すぎる力は、災いの元じゃ。
　…残念ながら、おまえをこれ以上、この里に置いておくわけにはいかなくなった」
「…あ、あの…どうしてでしょう？」
「…おまえに、今から儂の話す事がわかるかどうか、それはわからん。
　じゃが、おまえにはすべてを話しておこう。…おまえには、知る権利があるだろうからの」
「…」
「…この世界には、竜使いの里以外にも、いろんな場所があることは知っておろうの」
「…は、はい…長老…」
「そして、この世界以外にも、いくつもの世界がこの世に存在しておることも
　知っておろうな」
「…話には…」
「…おまえに秘められた力は底知れぬ。…儂らには、おまえの力を導くのは、無理じゃ。
　なにしろ、里の守護神の加護を受けたものなど、儂は誰も見たことがない。
　いや、儂の先代のそのまた先代からも、そんな竜使いの話など聞いたこともない。
　そんな儂らが、おまえに何を教えることが出来ようの…」
「…………」
「言いたくはないが、おまえは初めから、竜の里の子ではない」
「…知ってます…」
「…どこから来たかもわからぬ、捨て子じゃったのじゃ…
　…それを後悔しているわけではない。
　じゃが……強すぎる力は、災いの元。力を使うのではなく、力に使われて仕舞うからの…」
「……じゃから…儂は、おまえを時空管理局に預けることにした。これは決定じゃ」
「決定？」
「…決めたことじゃ。おまえがこの里にとどまりたいと思っても、儂が、長老として
　おまえに里からの追放を言い渡す。…わかったな」
「………はぃ…………」
「…聞いての通りじゃ。本人の同意も得た。後はよろしく頼む」
「…はい、わかりました。…管理局は、責任を持って、この子を預かります」
「………………キャロ、お別れの言葉は？」
「…要らない」
「…そんなこと、言うものじゃないよ。…長老さんも、里のみんなも、キャロのこと
　嫌いじゃないんだから」
「…………」

 

何か言いたくて、だけど、何も言えなくて、ただ瞬きもせずに目を見開いて
私は管理局の制服を着た、女の人…そんなに年上じゃない。里で私を育ててくれた
おばさんよりもよっぽど若い。里の中でも、まだお姉さんっていうより、お姉ちゃんって
言う方が当たってるぐらいの歳の、女の人を、にらむことすら出来ずに見つめる。

 

「…ごめんね。わがまま、言えないんだ」
「……」

 

何を言っていいのかわからない。わがままは、いつでも、言っちゃいけないはずなのに。

 

「…ねえ、キャロ？…キャロは、どこに行きたい？」
「…………わかんない」

 

それが、私に出来る精一杯の抵抗。
長老は、この人について行けって言ってるのがわかるから、だから
それだけは言いたくなくて、だけど、どこか別な所に行きたい場所もなくて
ここにいたいとも、…私をやっかい払いしようとしてる、この里にもいたくなくて
そういってみる。

 

「わかんないか。…当然だよね。…だけど、どこにも行かないこと、出来ないんだよ。
　ここにいることも、ここ以外のどこかに行くのも、どこかに行くことだから」
「…どうして？」
「ただそこにいるためだけにでも、一生懸命走らないといけないんだ」
「…どこかに行きたかったら？」
「もっと一生懸命走らないと」
「……もし、黙って立ってたら」
「どこかに流されちゃうよ」
「どこへ？」
「…さあ、どこかな？…たぶん、誰も行きたがらない所へ」
「……どんなところ？」
「…土砂崩れに巻き込まれたら、キャロはどこへ行くと思う？」
「…土砂崩れが来るの？」
「…一生懸命、走らなかったら」
「…………わかんない」
「そっか。わかんないか。…私もわからないから、キャロと一緒だね」
「…一緒？…」
「…そう、一緒……わからない同士、一緒に行こうか」
「…うん…」
「…じゃ、行こうか」
「…どこへ？」
「…時空管理局の本局へ。…キャロみたいな子、一杯いるよ」
「一杯？」
「そう、一杯。…私も、そこで暮らしてる。…キャロみたいな子、キャロだけじゃ、ないから」
「お姉さんは？」
「私も一緒…そうだ、自己紹介、まだだったね。
　わたしは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。時空管理局執務官」
「時空管理局執務官？」
「フェイトでいいよ」
「フェイトさん…」
「…キャロは？キャロは、自己紹介、出来る？」
「…キャロ・ル・………」
「…キャロ・ル・ルシエ。…儂はおまえを追放にするが…おまえが望むなら
　ルシエの姓を名乗るがいい……おまえは……今でも…この里の子じゃ。
　…力を支配する術を知ったなら…おまえにとってその力が強すぎはしなくなったなら…
　……いや、意味のない事じゃ。さあ、行きなさい。…おまえの力を、おまえの物にして
　くれる世界が、そこにある。…そこが、おまえのいるべき場所じゃ」
「………」
「キャロ、自己紹介、出来る？大丈夫？」
「…出来ます。…私は、キャロ・ル・ルシエ。６歳、ルシエ族の竜使い」
「そっか。竜使いなんだ、すごいね。…この子は？」
「この子はフリード。フリードリッヒ。私が卵から育てた白竜」
「卵から育てたんだ、すごいね。…この子も連れて行く？」
「…うん」
「…じゃあ、行こうか」

 

---

 

あれから４年が経ちました。
フェイトさんが、私と同じって言った意味は、今はすこしだけわかります。
フェイトさんは、私なんかより、もっとすごい力を持ってるってこととか
フェイトさんは、私よりもっと辛い形で、自分の居場所をなくしちゃったんだとか。

 

４年間、私は、フリードと一緒に、本局の学校に通いました。
竜使いの術も、管理局の召喚師の人に教えてもらいました。
管理局の召喚師の人も、アルザスの守護竜、ヴォルテールは扱いきれないそうですけど
フリードだったら、ちゃんと制御する方法を、教えてくれました。
フリードはちゃんといい子にしてます。…竜の里にいた頃から、いい子でしたけど。

 

目覚まし時計が鳴ってます。いつまでも寝ていられません。
今日は大切な試験の日です。
エリオくんと一緒に、現場に出るだけの実力が身に付いてるかどうかの
認定試験をすることになってるんです。

 

---

 

「よーし、ちびっ子ども、ここが訓練場だ。
　新型デバイスは受領してるな？デバイスの扱い方についての
　試験も兼ねてるから、ミスすんじゃねーぞ」
「え、えと…」

 

ここが、私とエリオくんの現場出動試験の場所です。
ティアナさんとスバルさんは、廃棄都市区画での建物制圧戦の訓練を午後から
行うそうですけれど、私とエリオくんは、郊外で、ヘリコプターからの
降下から入る訓練です。

 

「では、二人に状況設定を説明するですよぉ」
「はい、リィン曹長」

 

リインフォースツヴァイ曹長が、私とエリオくんに、試験内容を説明してくれます。
ヘリの操縦をしているのは、もちろんヴァイス陸曹です。

 

「ロストロギアを輸送中の列車が、ガジェットの襲撃を受けたので
　ライトニング小隊が出動、航空型ガジェットを、フェイトちゃんが押さえている間に
　エリオくんとキャロちゃんが列車内に突入して撃破するというシチュエーションです。
　降下中にデバイスを起動して変身すれば、バリアジャケットの効果で、安全に
　列車にたどり着けます。基本的な行動はわかってますね？」
「はい。戦闘車両をシグナム副隊長が押さえてくれてますから、最後尾から
　順次確保していけばいいんですよね」
「はい、その通りですエリオくん。では、…そろそろ、試験を始めましょうか」
「はい、リィン曹長」

 

---

 

ヘリの後部ハッチが開きます。
ハッチの向こうは見渡す限りの樹海です。
その中に、ちっちゃく列車の姿が見えます。
こんな高いところから飛び降りて、大丈夫でしょうか。
ものすごく心配です。もし、バリアジャケットが 展開されなかったら
墜落死してしまうんでしょうか。

 

「…キャロ、一緒に行こうか」
「…あ、はい…」

 

エリオくんが私と手をつないでくれます。
なんだか、ちょっと、落ちつきます。

 

「ライトニング３、エリオ・モンディアル、降下します」
「ら、ライトニング４、キャロ・ル・ルシエ、行きます」
「よし、…気をつけて行けよ」

 

ヴァイス陸曹、ぶっきらぼうな励ましを受けて、思い切って飛び降ります。

 

あっという間に終端速度に到達です。…はっきり怖いです。
ですけれど、デバイスさえ起動すれば、とりあえず、着陸だけは出来るはずです。

 

「…ストラーダ、セットアップ」

 

エリオくんは、私の手を離すと、デバイスを起動します。
私もデバイスを起動しなければなりません。

 

「ケリュケイオン。セットアップスタート」

 

ケリュケイオンと、ストラーダは、どちらもストレージデバイスです。
ティアナさんとスバルさんのデバイスは、カートリッジタイプのインテリジェントデバイスですけど
エリオくんのストラーダは、カートリッジタイプのストレージデバイスで
私のケリュケイオンは、ノンカートリッジタイプのストレージデバイスです。
ストレージデバイスの方が、私たちにはむしろ使いやすいだろうというのが
フェイトさんの判断でした。
インテリジェントデバイスと、ストレージデバイスは一長一短です。
本来ストレージデバイスは、相性を問わない汎用性が魅力で
インテリジェントデバイスは、マルチタスクを支援してくれるのが強みです。
ですが、ストラーダも、ケリュケイオンも、それぞれ術者にあわせて
カスタムメイドされたデバイスです。
カスタムメイドの場合、インテリジェントタイプの方が有利とされてますけれど
あえて、ストレージタイプにしてあるそうです。
理由は…わかりません。もしかしたら、この試験でその理由が見えるのかもしれないです。

 

「…こちらライトニング３、降下に成功」

 

エリオくんが、降下成功を報告します。私も降下成功を連絡しなければいけません。

 

「こちらライトニング４、降下成功。フリードも一緒です」
「了解した。二人とも、計画通りに行動せよ」
「了解です、シグナム副隊長」

 

エリオくんがシグナムさんに答えます。
エリオくんが列車内を先行して行きます。
私はエリオくんの後ろから、エリオくんをフリードに援護させて
エリオくんについて行きます。

 

３ヶ月の訓練のおかげで、ガジェット一型ぐらいは楽に撃破できるようになりました。
エリオくんと、フリードのフレアで確実にガジェットをつぶせます。
私の任務は、エリオくんとフリードの後ろから、二人が気づかない敵に
目配りして、ついていくことだけです。

 

そろそろ、列車中央部でしょうか。
エリオくんの足が止まります。
ガジェット３型、スフィア形状のガジェットです。
大型の戦闘用ガジェット、偵察用ガジェットのガジェット一型とは
比べものにならない戦闘力を持っているはずです。

 

エリオくんがストラーダで切り込んでいきます。
ですが、ガジェットの腕で簡単に防がれてしまいました。
こういうとき、私はエリオくんを援護しなければなりません。

 

「ケリュケイオンっ！」

 

エリオくんをブーストします。これで、なんとか…

 

「ぐっ…」

 

何とかなりません。ガジェット３型のAMFで、ストラーダの魔力刃の力が低下しています。
私の魔力ブースト自体もAMFの影響を受けているみたいです。
これでは…勝てません。
ええと…私は……フリードのブラストフレアを使おうにも、あまりにエリオくんが
ガジェットに接近しすぎです。

 

「うわぁ・・・・」
「エリオくんっ！」

 

エリオくんが、ガジェットによって、列車外に投げ出されてしまいました。
列車が走っているのは、がけのそば…このままだと、エリオくんはがけの下に
真っ逆さまです。バリアジャケットがあるから怪我はしないでしょうが
空が飛べないエリオくんでは、がけをはい上がることは出来ないでしょう。

 

「エリオくんっ！」

 

とっさに、私もエリオくんがたたき出された列車の壁から…ガジェット３型が
破壊して出来た壁の割れ目から、エリオくんを追って飛び降ります。
フリードもまた私を追って飛び降ります。
いえ、空を飛んで私を追いかけてきます。
先に落下したエリオくんに、私が普通にやったのでは追いつけるはずがありません。
こういうときには、ええと…エリオくん………方法があるとすれば、一つだけ。

フリードをきちんと制御して……前、本局でやった時みたいに、暴走させずに…
……だけど、それは訓練でもやらなかったこと、出来なければ、訓練ではなく
エリオくんを傷つけるかも…いいえ、考えてる暇は、ありません。
フェイトさんの問いかけ、”どこに行きたいの？”という問いへの答え。
”ここにいるためにも一生懸命走らないといけないんだよ”という言葉の意味。
それが、目の前にあります。

 

一生懸命走らなければ、ここ〜機動六課に〜いられないんです。

 

「フリード、竜魂召喚！」
「くきゅる〜」

 

魔力を集中して、フリードに送り込みます。
前は、送り込まれた魔力にフリードが過剰反応して暴れ出してしまいました。
こんどそれをやったら……

 

「…フリード、急速降下、エリオくんを拾い上げて」
「くきゅ〜」

 

成竜状態に成長したフリードが、パワーダイブでエリオくんの下に入り込み
エリオくんを受け止めます、そこへ向けて私も降下。

 

「…エリオくん…エリオくん、大丈夫？」
「…え、あ…」

 

エリオくんを抱きかかえて、付け焼き刃の回復魔法を使ってみます。
管理局での勉強は、社会常識がほとんどで、魔法の使い方ではありませんでしたし
機動六課に入ってからの訓練も、ブーストと、竜魂召喚してないフリードや
物理召喚ばかりで、回復魔法は、シャマル先生から、覚えておいた方がいいと
言われて練習しただけです。

 

だけど、…本当は、回復魔法って、いざというとき使えると、本当に心強いです。
シャマル先生が教えてくれていて、本当によかったって…。

 

「…あ、ご、ごめんなさい」

 

ずっとエリオくんを抱きかかえていた事に気がつきます。

 

「え、あ、こちらこそ」
「…エリオくん、…大丈夫？体が痛むとか、ない？」
「ないよ。…もう、大丈夫」
「…こんどこそ、ガジェット三型を、撃破しようね」
「…もちろん」
「フリード、急速上昇…エリオくん、やっつけるって、どうやって？」
「AMFで魔法刃の力が落ちてるんだ。…ティアナさんみたいに、二重殻が作れれば
　いいんだろうけど、今の僕にはそんな技術がないから、キャロ、目一杯
　魔法刃にブーストを掛けて。…それで、一気に間合いを詰めて、一撃で切り捨てる」
「うん、わかった。途中はフリードが援護するから」
「くきゅ〜」

 

急速上昇で、高度のエネルギーを得ます。
ガジェット三型は、車内から列車の屋根に登って、こちらにビームを照準してきます。
どうやら、この訓練では、ガジェットを殺傷設定にしてあるようです。
だけど、そんなことでひるんでいられません。

 

「フリード、ブラストフレア！」

 

フリードの炎でガジェット３型を包み込みます。
その隙に、エリオくんが炎の下に潜り込んで、走って間合いを詰めていきます。
今こそ、全力で魔法刃にブースト魔法を送り込む時です。

 

「…うぉおおおおおお−っ！」

 

フリードの炎に耐えきったガジェット３型も、その直後に飛び込んでくる
エリオくんは確認できてませんでした。
すかさずエリオくんのストラーダの魔法刃が、ガジェット三型に突き刺さります。
そこから、全力でエリオくんが切り上げます。

 

「やった…撃破した」
「エリオくん。やった…」
「二人とも、そこで気合いを抜くな。
　先頭車両まで制圧を続けろ」
「はい、シグナム副隊長」

 

…ですけれど、ここから先にいる敵は、やっぱりガジェット１型でした。
ガジェット３型を撃破した私たち、…私とエリオくんと、フリードのトリオにとって
少しも危険な相手ではありません。

 

「…こちらライトニング２，車両の確保を完了した」
「こちらライトニング１，上空の安全を確認」
「こちらロングアーチ１八神はやて。…みんなご苦労様。二人とも合格や」
「やったぁ！」
「…よかった…」
「くきゅ〜」

 

私たちは、一生懸命走って、今いる場所に、居続けることが、出来るようです。
その、私たちのいる場所について、フェイトさん達が、機動六課の後見人
騎士カリムから聞いた話については、また次回になるそうです。