異聞・少女義経伝・参
【第十八章】
〜転送〜
アースラの艦橋では、妖魔がアースラに乗り込んできたといっても実感が湧かない。
転送室はリンディ提督が結界で封鎖しているから、何事も起きないし
この世界に、軌道上にいる時空戦艦を攻撃する手段などないはず。
艦内に転送されてきた妖魔…でよかったかな。
とにかく、敵は九羅香さん達のおかげで完全に排除出来た。
転送室もこれで安心して使える。けど、修復用プログラムの転送を行うなら
ここから、クロノの奴とグレアム提督に行ってもらう方が早いよね。
「クロノ、グレアム提督、準備はよろしいですか？」
「…残念だが、まだ準備が出来てるとは言い難いね」
「提督、修復プログラムを転送してすぐに戻るだけですよ。大した時間は掛からないでしょう」
「修復プログラムが完全なものなら、その通りなのだ。
しかし、残念ながらこのプログラムは不完全だ。管理プログラムの起動時にしか
修復機能を発揮できない。それ以外のタイミングで走らせれば、制御プログラム自身の
修復機能によって、修復用のプログラムが排除されてしまう」
「管理者権限で、再起動を掛けるわけにいきませんか」
「クロノ君、それが出来れば私も苦労しないよ。
再起動には、管理者権限で制御プログラムの動作を停止した上で
制御プログラム自身にリブート信号を送り込んでやる必要がある」
「その方法は？」
「自己防衛プログラムを使うのが一番簡単だろうね。
制御プログラムが停止している状態で、外部から強力な魔力打撃を与えて
制御プログラム自身が持つ魔力を下げる。これにより、制御プログラムを停止状態から
消滅状態へと落とし込む。その後、自己防衛プログラムによる自動的再起動機能を利用し
管理者権限により制御プログラムより優先して、修復プログラムを起動する」
「…致命的な時間が生じますね、提督」
「その通り。君が魔力打撃を与えるとして、誰が景時と対抗するかを考えねばならん。
闇の書…いや、夜天の書の管理プログラムと互角に戦っている相手の攻撃に対して
抵抗するだけの実力が必要だ。…ロッテとアリアを呼んで、どこまでやれるかだな」
「むしろ、提督が魔力打撃を担当されるほうがよろしいでしょう。
僕の最大魔力は、提督には及びもつきませんよ」
「だが、それでは、君が景時の矢面にたつことになるぞ。
リンディ君が自分で向かうと言わないのは、不測の事態に備えて
アースラにとどまりたいという意志だろう。私も、それがただしいと思うね」
「では、どうすればいいというのです？」
「…私ががんばる他ないだろう」
「あの、…全力全開の魔力打撃を与えればいいんですよね？」
「なのは、…これは、あまりに危険だ。A級傀儡兵を相手にするのとは訳が違う。
民間協力者を巻き込むわけにはいかない」
「だけど、あそこにははやてちゃんがいるんでしょ。
わたし、…魔法の力を使うって、本当に決めたときに、誓ったの。
出来る限りじゃなくて、本当の全力でやるって。
だから、大丈夫」
「なのは、僕も行くよ」
「……よし、それならたぶん大丈夫だ。
提督、ロッテ、アリア、３人は僕と一緒に、景時に対峙します。
ユーノ、君に闇の書の修復プログラムを預ける。転送を頼む」
「わかりました」
「なのは、転送が終わったら全力全開での魔力打撃を」
「うん」
「九羅香さん達は、ブリッジへ来てください。…いや、エイミィ、九羅香達を
転送室よりブリッジへ転送を。
その後直ちに我々６人を現地へ転送。
闇の書…もとい、リインフォースとはやてには、リンディ提督から連絡を入れてください。
…これで、よろしいですね？」
「私としては、異論はないよ。…だが、あの二人の護衛には、クロノ執務官が当たるべきだろう」
「あくまで、提督が矢面に立つおつもりですか？」
「たぶん、それが合理的だろう。ロッテとアリアを戦闘に使うのならね」
「…同意です。では、僕は責任を持ってあの二人を守りましょう」
「打ち合わせは終わったわね。…では、エイミィ、艦内転送開始」
「はい、リンディ提督」
こちらは、景時と対峙するリインフォース。
空中に通信用の映像が浮かび上がっている。
映っているのは、アースラの艦橋にいる、リンディ提督だ。
「そういう訳なのよリインフォース。
クロノ達が到着したら、ユーノくんから修復用プログラムを受け入れて欲しいの。
その後、再起動、修復を実施するわ。
プログラムを完全なものに修理したかったんだけど…ごめんなさいね」
「プログラムの目的がわかれば、私と主とで修正できる。問題はない」
「…グレアム提督が、修復プログラムが不完全だと言った理由がよくわかるわ。
あなたの協力なしには、使えないということなのね」
「そうだ。…管理局が主のために活動してくれるというのでなければ
私は初めからそのプログラムを排除していた。私が夜天の書を管理してなければ
自己防衛プログラムが最初から排除していただろう」
「…けど、それは可能性の話、今は…考えられる限り、最良の状況よ。
願わくば、このまま最後まで行きたいわね」
「私も同様です」
「リイン、動作停止はいつとりかかればええん？」
「我が主、今しばらくお待ちを。すぐにグレアムおじさん達がこちらに来るはずです」
「そうか。グレアムおじさんか。文通はしてたけど、直接会うのは初めてなんよ」
「もうすぐ直接話すことも出来るようになります…ヴォルケンリッターの再生も」
「けど、ここが正念場なんやろ」
「そうですね、我が主」
ふん、どいつもこいつも。わしを無視して勝手な計画ばかり立てておるわ。
わしはこの力で天下を獲る。そのじゃまになるものの筆頭は、時空管理局とやらのようじゃ。
じゃが…その管理局の力、このわしの力で奪い取ってくれるわ。
転送魔法転送魔法…おお、やはり、この闇の書の中にあったわ。
この力…行くぞ、時空を超える船よ。その力、わが物としてくれる！
景時は、夜天の書の魔力をさらに解放する。
「リンディ提督、緊急事態です」
「何かしら？」
ここは、再びアースラの艦橋だ。
転送室より九羅香達、サッカー馬鹿やボクシング女を含めて全員が
艦橋へ転送されたのとほぼ同時に、艦内のチェックを行っていた
ランディが、リンディ提督に報告する。
「アースラに向けて大規模な転送を確認。…な、なんだって！」
「鬼門か、これでも喰らえ！」
与一が素早く矢を放って艦内に現れた鬼門を破壊する。
「艦内の各所に同様の物体の転送が行われたことを確認」
「上手い手を考えたわね景時も」
「リンディ提督、妖魔が相手なら我々の出番だ。手伝おう」
「ありがとう、九羅香さん」
「みんな、行くよ」
「もちろんです、九羅香様」
「ふん…つくづく往生際の悪い奴だ」
「上手い手では〜あるんですよ〜この船を沈めてしまえば〜管理局は〜
当分〜景時さんに〜手出し〜出来ませんから〜」
「あーあ、政子の奴も、もっとまともな奴をよこせばよかったのに」
「…なぜ、頼朝様が重用していたのか、よくわかります」
「観月様、今はそのようなことを言っている場合では」
「よし、九羅香、行こう！」
「むやみに動き回るな馬鹿兄、人の船だってわかってんの？」
「……クロノ、アースラからの援護は不可能になったわ。
あなたたちだけで、決着をつけてきてね」
「初めからそのつもりです、リンディ提督」
「一刻の猶予もないな、すぐに転送を」
「転送支援をお願いします。魔力供給は僕が…」
「そこまで無理をすることはないわ。…アースラの魔力炉より私に魔力供給を。
エイミィ、転送支援魔法陣配置。
各武装局員は各自持ち場を維持すること。
ランディは九羅香さん達の艦内誘導を、アレックスは景時による転送攻撃の確認を。
グレアム提督、ロッテ、アリア、なのはちゃん、ユーノ君…そして、クロノ。
魔法陣の中へ…転送を開始します」
リンディ君が転送を決めることについては、何も心配はしていない。
修復魔法はそれほど大きな魔法プログラムではないから、フォーマットあわせを
含めて、２，３分あれば、十分なはずだ。
だが、その２，３分の時間を稼ぐことがどれほど大変か。
私にもわかっているつもりだ。
「ユーノ君」
「はい…リインフォース、今からプログラムの転送を開始するよ。
はやて、夜天の書の制御プログラムを待機モードに切り替えてくれないかな」
「了解や。…リイン、もう大丈夫や…待機モードに入ってくれへんか？」
「わかりました、我が主。待機モードに入り、修復用プログラムの受け入れを開始します」
「修復じゃと？そんなことさせるわけにはいかん、喰らえアクセルシュート！」
「デュランダル！」
「全弾きっちり見切ってカウンターで相殺」
「つきっきりで教えた甲斐があったあったってものね」
「さて、ここからは私たちの出番だ…景時さん。
ロストロギア管理法違反で、あなたの身柄を拘束させていただきます。
無駄な抵抗は止めてください。直ちに投降するなら、弁明の機会が与えられます」
「何を馬鹿なことを。無駄な抵抗を止めるのは、おまえ達の方だ」
「わかってもらえませんか。…ですが、夜天の書が壊れている事は
あなたにもおわかりいただけるはず。今すぐ手放さなければ、取り返しのつかないことになりますよ」
「馬鹿なことを。神機を我が物にした時に、もはや賽は投げられたのだ。
一六勝負が始まった以上、最後までやるのみよ。
いでよ…」
「そんなしょーもない化け物がエースオブエースのあたしらに通用するわけないでしょ」
「海坊主をモグラみたいに出されてもねぇ…」
「では、ストラグル…」
「同じ手を二度も食わないって」
あっさりと回避するリーゼ姉妹であった。
が、景時の方はそれで十分安心しているらしい。
「魔法のバリエーションぐらいわしにもつくれるわ。
ディバインバスタージェノサイドシフト……ファイア！」
ハリネズミのようにディバインバスターを四方八方に撃ちまくる。
どの一発が命中してもかなりの打撃になるだろう。
私はシールドで軽く方向をそらして防御する。娘達はバリアで防御を固めて
砲撃の隙間に入り込んだようだ。
「さて、一発殴ってやろうかな。援護して」
「りょーかいっ。魔法ってのは、馬鹿魔力をまき散らすってことじゃないって
理解させてやりますか」
「馬鹿め。その馬鹿魔力で張った防御魔法陣、破れるものならやぶってみろ」
「圧倒的に強力な魔法で防御障壁張られたぐらいでダルマ決め込むようなら
エースオブエースなんて名乗れやしないってね」
「そういうこと、波には山と谷があるって事は、つまり、何もない場所が必ずあるってね」
「そして、ドップラー効果ってものもね！」
「何がドップラー効果じゃ」
「魔法弾は垂直に打ち込むだけが能じゃないっ！」
魔法障壁に向け、接線方向に魔法弾をたたき込む。
防御魔力波動が、魔法弾の方向に引きずられる。
つまり、魔法弾の先では魔力波動が密になり、魔法弾の元側では、魔力波動が粗になる。
「そして、波は常に逆相の波で打ち消せる。バリアブレイクが正面からバリアを撃ち抜く技なら
バリアリープは、バリアに隙間を作って、転送魔法ですり抜ける技っ！」
「甘いわ、我が防御魔法は二重障壁、魔力の壁にはさまれて死ね」
「そう、そこまでがこっちの想定の範囲…圧力は体積に反比例するってのは
なにも気体だけの話じゃない」
「何が…なにっ！」
「魔法弾を魔法障壁に挟み込んで、魔力バーストを引き起こし魔法障壁に穴を開ける」
「バリアを巻き込んで破壊するから、バリアの向こう側へ簡単に一撃入れられる…
アルケミックチェーン」
「物理的なバインドだから、魔法でも簡単に…あれ？」
「卑劣な手段で儂を出し抜くなど１００年早いわ。
魔法が使いこなせなくとも、卑劣な戦法を見破るなど、この儂にはぞうさもないこと」
「さすが、卑劣のロストロギア。卑怯なことをやらせたら天下一品だね」
「だね…魔力バーストを見切ったとたんに、バインドに来ると読んで
ダミーシールドをバインドさせるなんてね…」
「くくく…、そういうわけで、これが、わしの全力全開じゃ。
わしに闇の書の事を教えたフェレットもどきもろとも、消し飛ぶがいい」
「おとうさまっ！」
スターライトブレイカーをグレアム提督に向けて照準する景時。
誘爆範囲には、クロノもなのはもユーノもいる。
この状況で誘爆されたなら、リインフォースとはやても巻き込んでしまうだろう。
プログラム転送中、待機モードで受けるのだから、あの二人も助かるまい。
「…収束砲撃魔法も万能ではない。来るとわかっていれば対処法はいろいろとある物だ」
「霧に隠れるのが対処法か。どうせあの制御プログラムは動けんのだろう。
そこへめがけて打ち込めばそれで済む話よ…受けよ、スターライトブレイカー！」
景時が、グレアム提督の作り出した魔法の霧の中へ向けてスターライトブレイカーを打ち込む。
だが、そのスターライトブレイカーは、爆発することすらなく、幾何級数的に
エネルギーを拡散させて行く。
まるで、エネルギーが霧の中で乱反射しているかのようだ。
「かのようだ、ではなく、実際に乱反射しているんだよ。
霧に見えるのは、リフレクト系防御魔法の小球だ。
莫大なエネルギーにより崩壊させられるが、砲撃魔法のエネルギーの
一部を遅延させる効果はある、そして、乱反射した砲撃魔法のエネルギー
そのものが、砲撃魔法に跳ね返り、さらに魔法のエネルギーを遅延、分散させる。
十分な距離があれば、通常のバリアで防ぐ事はむつかしくない。
魔力による衝撃波すらつくらせんよ」
「ならばファランクスシフトだ、受けてみろ」
「悪い選択ではないね。この防御手段はファランクスシフトのように、同一軌道へ
何発も打ち込むことで弾道をひらく魔法にはあまり有効ではない。
だいいち、魔法を作るのも高度な技術がいるし、魔力量もばかにならない。
だが…もう、終わりだ」
「リインフォース。修復魔法転送をかんりょうしたよ」
「受信を確認した。転送をうけている最中に必要な修正は施した。
これで、問題ない」
「いくよ、リインフォース、はやてちゃん。全力全開…ディバイン・・・・・・バスターっ！」
リインフォースに、エクセリオンモードのレイジングハートから放たれた
純粋魔力打撃の砲撃が直撃する。
ここまでが、私に出来ることのすべてだ。
ここから先、修復魔法が正常に動作するのか。そして、それが一体どのような結果をもたらすか。
それは、私にも、わからない。
