異聞・少女義経伝・参
【第十六章】
〜天下〜
俺の名前は武蔵坊弁慶。いや、最初から武蔵坊弁慶って名前だったわけじゃない。
観月ちゃんの転送魔法で、なぜか九羅香達の世界に召喚され、そこで
本来の武蔵坊弁慶に命を助けられ…俺なんかの身代わりになって死んだ
その弁慶さんから、武蔵坊弁慶の名前と、弁慶の薙刀と、そして
九羅香を守る使命を授かった。
俺たちは、それから源平合戦、そして、頼朝との兄弟の争いを戦い抜き
そして、その元凶ともいえる、大いなる力を秘めた魔道器、神機を、本来の持ち主であるはずの
朝廷へ返すための旅を続けていた。
ただ、それだけのはずだった。
なのに、何がどう間違ったのか、時空管理局なんていう、SFみたいな連中と
一緒に、闇の書、…いや、夜天の書なんていう、神機以上に危険な
マジックアイテムを巡る戦いに巻き込まれてしまった。
それは、ヴォルケンリッター〜夜天の書の主の守護騎士〜に、神機を
奪われないようにする俺たちと、夜天の書を管理しようとする
時空管理局との問題である、はずだった。
だが、俺の新しい理解すら、事態は超えて進んでしまった。
景時が、天下取りのために一か八かの賭に出たんだ。
それが、夜天の書と神機を同時に手に入れ、圧倒的な力を得ること。
それは、景時の予定通りに上手くいってしまった。
景時の奴は、自分を守るバリアに隠れ、夜天の書の魔力を使って
今まで見たこともないほどの数の鬼門を作り出し続けている。
九羅香達が鬼門を破壊し、管理局の魔導師達が潰しきれなかった鬼門から
生まれる妖魔をなぎ払っているが、全く追いつく気配がない。
これ以上増やさせないのが精一杯だ。
さて、こちらはヴォルケンリッターである。
空の飛べるヴォルケンリッターは、妖魔の攻撃からは今のところ安全である。
「シャマル！」
「は、はい」
たとえ、景時とやらが、闇の書を手にしようと、我らヴォルケンリッターが
忠誠を誓う相手はただ1人、主はやてだ。
主を救うために、我々は蒐集を始め、管理局を敵に回し、神機を奪おうともした。
主を救うためならば、我々は、いかなる犠牲をも惜しくはない。
「でもよシグナム。一体どうすればいいんだよ。
管理局の言う修復プログラム がまともに動く保証もないんだろ。
おまけに、この馬鹿みたいな化け物の数だ。
このままじゃ、あたしらだっていつまで持つかわからないぜ」
「我々は、九羅香達との戦いですでに限界に近い力を使っている。
おそらく長くはもつまい」
「わかっている。シャマルに回復してもらっても、我々の力は戻らないだろうな」
「…では、どうするつもりだ？」
「リインフォースから、提案があった」
「リインフォース…ああ、制御プログラムか、なんだって？」
「…景時に聞かれると困るのでな。…シャマル、回復は終わったか？」
「終わってるぜ…これで貸し借りなしにしといてやるよ」
「ありがとうございます、シャマル様」
「マッチポンプだけど、礼だけはいっとくわ」
「楓様、今加勢します」
「観月様、ご無事ですか！」
「ええ、私は無事です、廉也、直ちに鬼門を」
「はいっ」
「…これで、九羅香達は大丈夫だろう」
「大丈夫だろうって…」
「…ここにいて戦うだけが、主のために戦うことではない」
「…なるほど、そういうことか…いいぜ、はやてのためだもんな」
ふんっ。どいつもこいつも愚か者がそろいおって。
儂が得た力がどれほどのものか、本当にわかっておるのか。
このわき上がるような力は、妖魔の島を生み出した清盛さえはるかに上回っておるわ。
みよ、この消しきれぬほどの鬼門の数を。この値を埋め着くさんとする妖魔の軍勢を。
この力があれば、天下を獲るなど、たやすい事よ。
「それは違う、景時殿。目を覚ませ、妖魔で国を埋め尽くして、何が天下か」
「何が違う。この世を統べるものは力以外に何がある。
清盛が天下を獲ったも力。鎌倉の支配も力、朝廷といえど、元を正せば
力でこの国を支配したのであろう。わしもまた、力でこの国を支配するのじゃ」
「…天下を獲るのに力がいらないとは言わない。だけど、悪い力では天下は取れないんだ。
遠い昔のことは言わない。近くの源平合戦を、奥州合戦を見ればわかるはずだ。
神機の力は、清盛殿にとっても、兄上にとっても、身を滅ぼす元にしかならなかったではないか。
夜天の書の力も同じだ。それに、天下は手段だよ、目的じゃない」
「ふん、女に何がわかる。…弁慶よ、おまえにはわかるであろう。
男子たるもの、そこに天下が落ちていれば、毒とわかっていても拾うものだと
そこのサッカー馬鹿もわかるであろう。頂上を極めるためには、手段など選ばぬと」
「そりゃ、天下が落ちてれば拾うかもしれない、でも、毒だとわかってたら拾うわけないだろ」
「そりゃ頂上は究めたいさ、けど、あんたがやってることは、ドーピングだぜ。ルール違反だろ」
「そういうわけだ景時殿。…今からでも遅くない。夜天の書を管理局に渡して
神機を持って鎌倉に帰るんだ。今でも景時殿は姉上に次ぐ鎌倉の重鎮であるはずだ」
「頼朝様のご機嫌を伺い、政子様の顔色におびえる。そんな日々はもうたくさんじゃ。
これほどの力を手にしたのだ。なぜ、今更てばなさねばならん」
「景時殿っ！」
そして、こちらは、妖魔を粉砕し続けている教導ねこ2人に、若いのは
外見年齢だけではない所を見せているリンディ提督である。
「景時の奴、二重結界を張ったみたいだね」
「リンディ、どうするんだよ。景時の奴が新しく張った結界は通信妨害も出来るみたいだぜ。
あれ破らないと、お父様を呼ぶわけにもいかないじゃないか」
「それは考えてあるわ。…すこし、なのはちゃんにはがんばってもらうようになるけど」
「なのはに？…」
「…それに、リインフォースに、頼まれごとがあるのよ」
「リインフォースって、闇の書の意志じゃねーか。一体何をやろうっていうんだよ」
「私たちが、夜天の書の主に管理局を信じるように言って、私たちの方は
夜天の書の主を信じないというのは、間違ってるんじゃないかしらね」
「だから何やろうっていうんだよ」
「私は今から長距離転送の準備に入ります。妖魔退治はお願いするわ。
外の結界が破壊されたら、すぐにあなたたちも個人転送でアースラに戻れるようにしてちょうだい」
「…とりあえず、考えてることはわかった。…けど、まだそのときじゃないんだろ」
「ええ、そのときが来たら、私が合図します」
「なのは、危険だよそこは」
「けど、すこしでもみんなのお手伝いをしなきゃ…レイジングハート、エクセリオンモード、ドライブ！」
「Yes,my master」
「…なのは、なにも無理してエクセリオンモードなんか使わなくても…」
「だめっ！エクセリオンモードでないと、確実に結界が壊せるかどうかわからないもの。
…レイジングハート、…スターライトブレイカー準備」
「…なのは、もう空も安全ではなくなったみたいだよ」
「え？」
「サンドワームだ！」
「ええい、ディバイン…バスターっ！」
「なのは、僕が結界を張って守るよ、その結界内でスターライトブレイカーの準備を」
「うん、ありがとうユーノ君」
「準備は、出来たようだな」
「ああ、あたしも、覚悟が出来たぜ」
「…うむ、では、始めよう…」
「はい、行きましょう」
「レヴァンティン！」
「ヤヴォール！」
シグナムのかけ声に答えて、レヴァンティンが紫炎に包まれる。
「紫電…一閃！」
「愚か者！真の主がわしであることを理解するがよい…吸収してくれるわ」
「うぉぉぉおおお………」
「シグナムの犠牲は無駄にしないぜ、行くぜアイゼン！ラケーテンハンマー！」
シグナムが、景時の広げる夜天の書に吸い込まれてる隙に、ヴィータが
ラケーテンハンマーを振り回し、背後から景時の結界を破壊しようとする。
「甘いわっ！」
シグナムを吸収した夜天の書が、こんどはヴィータを吸収しようとする。
「テオアーっ！」
その背後、シグナムの紫電一閃の一撃を受けた結界の場所をザフィーラが
全力でかみ砕こうとする。これで、結界にすこしひびが入ったようにもみえた瞬間。
「旅の扉よっ！」
クラールヴィンドを使って、シャマルハンドによる夜天の書の奪回を試みる、が、
それも景時の想定の範囲内のようだった。
一瞬タイミングを外されると、ヴィータに続いて、ザフィーラとシャマルも
夜天の書に吸収されてしまう。
「おろかものどもめ、闇の書から生まれたからには、闇の書に帰る定めよ」
「…土塊より生まれたものは、土塊に帰る…」
「なんだと？」
「…景時よ。わが真の主は、主はやてただ1人。主を詐称するものは、許すわけにいかない」
「ふん、出来損ない制御プログラムがよく言うわ。
おまえなど、闇の書の力を得たわしの足下にも及ぶものか」
「試してみるか。…ヴォルケンリッターという、補助プログラムの助けが得られるようになった
この私との力比べを」
「補助プログラムだと？」
「そう…我が主が支配する夜天の書の領域は、守護騎士プログラムの吸収によって
大幅に増大した。…今の私の魔力であれば、夜天の書の防衛プログラムに対抗できる」
「ふん。なにをつまらんことを。ならば受けてみよ、フォトンランサー！」
「フォトンランサー！」
全く同じ数のフォトンランサーを、景時とリインフォース双方が作り出す。
双方のフォトンランサーが空間で激突して消滅する。
「互角だな」
「それはどうかな？わしは結界を二重に作り、さらに妖魔を作り出しておるのだぞ」
「だが、我が主は、おまえがそれを出来るように、夜天の書の制御を行っている」
「…っ…だまれ、だまれだまれだまれ！ならば、きさまはわしを倒すか、倒せるか
わしを倒して闇の書が奪えるものなら奪ってみよ」
「わが力はただ主の願いを叶えるため…」
「スターライトブレイカーっ！」
「今よ。アースラ、聞こえる？こちらリンディ、座標データを転送します。
私を支援して長距離転送を」
「…了っ解。リンディ提督、今すぐ長距離転送装置を動作させますね。
…けど、本当にこのデータでいいの？」
「時間がないわ。多少の誤差は大目に見て、転送開始」
「了解、転送開始っ！」
なのはのスターライトブレイカーが、景時の結界を破壊した。
その瞬間に備えて座標選定を行っておいたリンディの情報に基づいて
アースラの転送装置が動作する。
直ちに、景時とリインフォースを除くすべての、景時の結界内にいた存在…
…つまり、妖魔や鬼門まで含めて全部が…アースラの艦内に転送されていく。
「なんだとっ！」
「…これで、じゃまものはいなくなったな、景時よ」
「…どちらが、闇の書を支配するのか、一騎討ちで決めようと言うことか」
「大体、そんなところだ。
我が主の望み…家族と共に暮らす平穏な生活…それをもたらすために
せめて、おまえから、夜天の書を取り戻す」
「出来るならやってみるとよいわ。むしろわしが貴様を再び
闇の書に取り込んでくれる」
「そっくり同じ言葉、おまえに返そう」
「よかろう。ではわが闇の力、とくと味わって闇の書に帰れっ！」
（主はやて…これで、よろしいのですか？）
（ええんよ。…今まで、ずっと、みんなに負担ばっかり掛けて来たんや。
シグナム達との平穏な暮らし、なのはちゃん達との楽しい毎日。
そういう未来もええと思う。わたしはそういう未来を手に入れたいわ。
けどな。その前に、自分の責任は、きっちりはたさんとな。
私は夜天の書の主や。主として、夜天の書は、責任もって管理せなあかんやろ。
リイン、力…貸してくれへんか？）
（言うまでもないことです、主）
（無茶苦茶な魔力のぶつかり合いや。他の人の迷惑にならんよう…デュエルになるよう
準備は、出来たんやな）
（その通りです、主）
（なら…リイン、そろそろ、始めようか）
「…夜天の書に飲み込まれたくないのなら、今すぐそれを手放すほうがいい、景時よ」
「…今から負けることを見越しての涙か」
「…おまえには、私の涙がそう見えるのか…」
（やっぱり、リインは優しい心の持ち主や。景時の運命にまで、涙するんやな）
（…主の、影響です…）
特定ロストロギアの中でも、特に危険度が高い、特Ａ級ロストロギア、闇の書。
その力を用いることの出来る二人、景時と、リインフォースの力は
今、正面からぶつかり合おうとしていた。
