異聞・少女義経伝・参
【第十五章】
〜景時〜
「…完全に計算外の事態になっちゃったね」
「なっちゃったね」
封印結界内で、なかば人ごとのような会話をしているのは
リーゼとアリアのロッテ姉妹である。
仮面の男の変身魔法は、リンディのストラグルバインドでとっくに解けている。
一応は不法行為をやってたわけで、リンディの封印結界内に閉じこめられてはいるが
この程度の簡易結界なら、ロッテ姉妹にとって、破壊するのは造作もないことだ。
「けど、まだ外に出ない方がいいかな」
「だね……下手に動くと、闇の書の主を殺されちゃうかもね」
「ヴィータって子がはやてちゃんを人質に取られる前に、景時を叩こうとしたみたいだけど
もう時間切れだね」
「だね…」
「それで、これからどうしよう？」
「どうしようって、もうあたしらの手のおえる状況じゃないわよ。
こうなったのもリンディの責任なんだから、リンディのお手並み拝見じゃない」
ちっくしょう…景時の奴、片手ではやてちゃんを人質に、片手に闇の書を持って
魔法が使えるようにしていやがる。
景時の奴に魔法が使えるというのは意外だが、ヴィータの渾身の一撃を
楽々と魔法で防いだのを見ると、景時が魔法を使えるということを信じないわけにいかない。
「景時殿！一体何を考えている、なぜ、こんな事をする」
「説明したではないか。何を聞いている義経殿。
神機を朝廷に渡すは、鎌倉に謀反するに同じ。神機を朝廷にあくまで差し出すつもりなら
もはや、義経に神機を持たせるわけにいかぬ。さっさと差し出せ」
「九羅香、神機を景時に渡すのはいいけど、渡した後、鎌倉がまた悪用しない保証はないぜ。
なんとか、神機を渡さずに事を治める方法はないかな」
「いまさらきさまらが何を言おうと聞く耳持つものか」
「…すまない、我々が至らぬばかりに」
「シグナムの責任じゃないよ。こういう事態を想定しなかった私の落ち度だ。
しかし、なぜ姉上は、観月が神機を持つことは問題とせずに
朝廷が神機を差し出すと謀反扱いする」
「そんなこともわからぬのか。まったく、日本一の弓矢取りが聞いてあきれる。
今、この国を統治できる力があるのは鎌倉のみ。理屈倒れの朝廷ではこの国の統治はできん。
だが、神機の力を朝廷が得れば、必ず、鎌倉を倒して実権を取り戻そうとする動きが
朝廷の中に生まれるであろう。そうなれば、また新しい戦が起きる。
神機の力を使ってはならぬというのなら、神機は、この国を治める実力のあるもののもとに
あるべきなのだ。さもなければ、初めから天下を望まぬ者の元に。
それ故、義経がもつはくるしからず、朝廷に渡す者は反逆者と、そのように
政子様はおおせである。…さあ、義経殿、鎌倉に謀反するか、否か、今すぐ決めていただこう」
「景時さんに言われるのは心外ですけど〜確かに〜鎌倉から見れば〜そういうことになるでしょうね〜」
「…神機がロストロギアかどうかわからないんじゃ、管理局は手がだせないわね」
「ロストロギアだとしても、今現在得ている情報から判断すると、Ｂ級ロストロギアですね。
この世界で適切に管理されている限りでは、次元世界に破壊的な影響を与えるとは思えません」
「ユーノ君、現物も見ないでそういう判断が出来るの？」
「ロストロギアの定義から大体わかるよ。闇の書は、最悪次元世界すべてを
蒐集してしまう可能性があるけど、神機は、濫用しても、１管理外世界の、そのまた
一部の国が崩壊する程度だろうからね。この程度の破壊力なら、次元航行戦艦にもあるよ」
「…けどさあ。神機の波動って、そんな程度の魔力じゃ無かった気がするぜ」
「潜在的魔力が大きくても、安全性が高ければ、破壊的な威力は発揮しないよ」
「安全性が高いのかなあ？」
「比較の問題だよ。僕たちが扱ってるロストロギアは、ジュエルシードみたいに
次元震で世界をいくつも吹き飛ばすような代物ばっかりだからね」
「ええい、わしを無視して話をするな！神機を渡すのか、渡さぬのか、どっちだ」
「…観月、判断は任せるよ。私は、この件については何も言わない。
けど、渡さなければ、景時殿は、闇の書の魔法を使って私たちと戦おうとするだろうね。
控えめに言っても、シグナム達相手に戦うよりひどいことになると思う」
「………私達の世界の問題で、弁慶様の世界の人や、管理局の方に迷惑を掛けるわけにはいきません。
…景時様、神機は、鎌倉に引き渡しましょう」
「うむ、みな、道理がわかってもらえたようだな」
「道理じゃなくて、脅迫だろ」
「やかましい！…さあ、わかったらさっさと神機を渡せ」
「待った、その前に、はやて殿をこちらに引き渡してもらいたい。
そうすれば、神機を渡す」
「…そういって、神機を渡さぬつもりであろう。わかっておるぞ」
「順番をいう。…まず、はやて殿を引き渡してもらいたい。
その後で、景時殿に神機を渡す。その後、景時殿は闇の書を管理局に引き渡す。
神機は私たちの世界のものだけど、闇の書は管理局の領分だよ。主がそう決めたんだから。
これで、神機についても、闇の書についても、話はついたことになる。
景時殿も、神機があれば、それでいいはずだ」
「…よかろう。では、はやてをうけとるがいい。ただし、わしは離れておるぞ。
だまし討ちされてはかなわんからな」
「九羅香がそんな卑劣なことするかよ。
おい、馬鹿兄、はやてちゃんをこっちに連れてきてくれ」
「誰が馬鹿兄だっ！…けど、悪かったな。俺ももっと気をつけておくべきだったよ。
景時のおっさん。はやてちゃんを車いすに乗せてくれ。…そうそう…
ったく、俺まで恐れるのかよ。遠くまで逃げやがって…と、
もう大丈夫だからな。今シグナム達の所までいくから」
「…ありがとなあ。サッカーのお兄さん」
「礼を言われるようなことは、何一つしてないよ。
けど、怖くなかったか？」
「…こわかったわ。けど、…どういうたらええやろな。
みんなが私の味方やいうておもうたら、そんな恐怖もかんじへんかった」
「そっか。みんなが味方か。そりゃそうだよな…と、シグナム、主はちゃんと
返すぜ」
「かたじけない」
「…なんか、あたしら、すっげー役に立ってない気がする」
「管理局相手に戦っていたのは、一体なんだったのだろうな」
「…グレアムおじさんが管理局の提督さんだったのなら、はじめから
私たちは、管理局の手のひらで踊ってたことになりますよね」
「だから、わしを無視するなっ！さあ、はやては渡したぞ。
さっさと神機をよこさんか」
「…そうだね。弁慶、薙刀は返すよ。観月、神機を渡して。
私が景時殿の所へ持って行くから」
「はい、わかりました、九羅香様」
九羅香は、観月ちゃんから神機を預かる。
神機を巡る戦い、それは、清盛や頼朝が、神機の持つ力を使って
この国を支配しようとした結果起きた物だった。
けど、神機は、巡り巡って、政子のものになろうとしている。
闇の書の蒐集だってそうだ。ヴォルケンリッター相手に
蒐集させないように、俺たちも管理局もがんばってきたけど、巡り巡って
管理局が蒐集を完成させようとしている。
ほんと、ザフィーラの言うとおり、俺たちは一体なにをやってきたんだろう。
最初からわかっていれば、こんな無駄な争いはせずに済んだんだろうか。
いや、もしかしたら、この経験が、無駄な争いを…
俺の思考は、ここで中断された。
景時の奴が、とんでもないことを始めたからだ。
「景時殿、神機だ、お渡しする」
「ふむ、これが神機か…これが…」
「景時殿、確かに神機はお渡しした。闇の書を管理局に引き渡してもらいたい」
「そうじゃな、そういう約束であったな」
「そうだ、そういう約束だった」
『蒐集』
「景時殿っ！」
「ふははははは〜はーはっはっは。
まったく、おまえ達は甘い、甘すぎるわ！
闇の書に神機を蒐集した。これで闇の書は完成する」
「景時さんっ！僕の話をちゃんと聞いてくれていたんですかっ！
闇の書は蒐集を完了すると防御プログラムが暴走してしまうんですよっ！
主ばかりか、世界すべてを飲み込むまで無限に蒐集しようとする！
景時さんは、この世界を…いや、次元世界すべてを破滅させたいんですかっ！」
「話は聞いたわ。だが、それは防御プログラムが暴走すればの話であろう。
主とやらが、暴走せぬよう制御すればよいではないか。
暴走というのが、主の破壊衝動の発現か、プログラムミスかすら
おまえ達はしらないのではないか。では、わしは、暴走とやらが
主の破壊衝動であると信じるのだ」
「そんな無茶苦茶な…」
「闇の書を手にすれば、闇の書が使えるというわしの直感は正しかった！
だから、闇の書の暴走は、おまえ達の幻想だという直感も正しいはずだ。
たとえ、間違っていようと、…わしは、この闇の書の力を使って天下を獲る！」
「馬鹿な、景時殿。目をさますんだ。そんな…破壊の力で天下などとれはしない」
「ふん。女子供の戯れ言につきあうつもりはない。
義経、おまえにはわからんのだ。神機の波動が闇の書のページを埋め
闇の書の力が増大していくのが。
そら、そう言っている間に、闇の書が完成したぞ。
そこのはやてとやらを、せいぜい長生きさせるのじゃな。
儂は闇の書の真の主として、この力、存分に使わせてもらおう。
まずは手始めに、きさまらを闇の書で…」
「…いうな」
「はやてちゃん？」
「その名で夜天の書を呼ぶな。
おまえに…おまえなんかに、夜天の書の主の資格なんかない。
それは、破壊の力を与えるものやない。人を不幸にする呪いの書やない。
それは、癒しをもたらす者、幸せの運び手、祝福の風、リインフォースや！」
はやてちゃんが叫ぶと、はやてちゃんの姿が変わり始める。
どんな姿かは、本編を見てもらうとして、おおざっぱに口で説明すると
三対の黒い翼を持つ、堕天使といったところだ。
気がつくと、変身したはやてちゃんは空中に浮いている。
いや、あれは、はやてちゃんじゃない。
あれは、…あれが、たぶん、闇の書の…いや、夜天の書の本体、リインフォースなんだ。
「………人は、なぜ、こうも愚かな行いを繰り返すのか…」
「愚かな行いだと？ほざけ、欠陥制御プログラムが。
どうせまた主を飲み込んでどこかへといくのだろうが。
せいぜい、わしの天下取りの間だけでも、暴走させずに押さえておくがよいわ」
一方、こちらは結界内のロッテ姉妹。
「あちゃー。最悪だねこりゃ」
「とうとう蒐集が完成しちゃったよ。けど、予定通りと言えなくもないんじゃない？」
「アースラが到着するまであと３０分。これじゃお父様のプログラムは間に合わないね」
「間に合わないね、ということは、…最初のお父様の計画通りやるのがベストってことだね」
「だね」
「じゃ、結界を破って、デュランダル発動といきますか」
「だね」
ロッテ姉妹にとって、こんな結界は一撃である。
結界を破壊して、デュランダルを使用可能状態に切り替える。
「まちなさい、二人とも」
「ちょ、リンディ、状況考えろよ。もういつ暴走が始まってもおかしくないだろ」
「ええ、いつ暴走が始まってもおかしくないわね。けど、凍結は違法行為よ。
黙って見過ごすわけにはいかないわ」
「状況が状況だろ。アースラが到着するまであと３０分はかかる。
それまでには、まず間違いなく暴走がはじまってるじゃねーか」
「ええ、アースラが到着するまでは３０分。けど、今すぐクロノと
グレアム提督が、アースラの転送システムを使って、修復用プログラムを
こちらに持ってくるなら、１０分以内に修復を開始できるわ。
その程度の時間なら、持ちこたえられる可能性が十分にある」
「…その、１０分、景時の奴の魔法に耐えられればの話だろ」
「そうね。…そのためには、私たちの全力が必要になるかもしれないわね」
「なんて言ってる先から、妙な岩が湧いて出てきたじゃないか」
「リンディ様、リーゼ様、アリア様、これは鬼門です。
ここから妖魔が湧き出します。…すぐに破壊を」
「破壊ったって、こんだけたくさんどうしろってんだよ」
「文句を言う暇があれば、破壊するのだな。手本は見せる」
そういうと、与一が破魔矢を打ち込んで鬼門を破壊する。
九羅香も観月ちゃんも、言うまでもなく俺も手当たり次第鬼門を攻撃する。
けど、あまりに数が多すぎて破壊しきれない。
「ぴきぃ！」
「畜生、もう妖魔が現れやがった」
「九羅香さん達は鬼門破壊に専念して。妖魔は、私たちで退治します」
「頼んだ、リンディ殿」
「なのは、僕たちも加勢しよう」
「うん、そうだねユーノ君」
「フェイト、ここは危ないよ」
「わかってる」
「フェイト、あたしに乗って、すぐに空に逃げるから」
「待って、一つやり残したことがあるから」
「なんだい？」
「…九羅香、これを」
「これは？」
「バルデッシュ。私のデバイスだ。けど、今の私には使えない。
だから、九羅香に預ける」
「…私にも使えないよ。フェイトが持ってる方がいい」
「私は、魔力が無くて使えないだけ。だけど、バルデッシュの制御だけなら出来る。
バルデッシュ…ザンバーモード」
『Yes,sir』
バルデッシュが、雷の剣に姿を変える。
「これを。…普通の剣よりは、使えるはず」
「…わかった、ありがとう」
「フェイト、危ない！」
妖魔が迫ってくるのを感じたアルフが、フェイトを背中に乗せて宙に飛ぶ。
その妖魔が、九羅香の持つバルデッシュに一撃で切り捨てられる。
訳がわからないことだらけだが、一つはっきりしていることは
景時から夜天の書を取り上げないかぎり、清盛が妖魔の国を作ろうとしたのと
全く同じことを、景時がやってしまうってことだ。
それで十分じゃないか。必ず、景時から夜天の書を取り上げる。
これで話はずいぶんと、単純になったわけだ。
