異聞・少女義経伝・参
【第十四章】
〜提督〜
すこし、時間はさかのぼる。
「グレアム提督、クロノ執務官が面会を求めてます」
「クロノ君ならいつ入ってもらってもいい」
「かしこまりました。直ちに」
数日、クロノは無限書庫にこもりきりだった。
一回か二回、改装中のアースラでリンディ君と打ち合わせをした他は
無限書庫で闇の書についての情報を集めていたようだ。
クロノがどんな情報を集めているのか、残念な事に、私もまったくしらない。
リーゼとアリアは、闇の書の主の方へ先行させたままだ。
私自身についていえば、もう出来ることは何もない。
デュランダルも渡してある。アースラには転送装置が配備してある。
不測の事態が発生したとしても、あの二人なら対応出来るだろう。
考え得る最悪の事態は、何かの間違いで、闇の書の主…八神はやてが
蒐集完了前に死亡してしまうことだが、そんな事態に陥らないために
ヴォルケンの連中には自由行動を取らせてある。
クロノが無限書庫でどんな情報を見つけようと、もう、手遅れだ。
「失礼します」
「ああ、クロノか。一体今日はどういう用件かな」
「時間がないので先にこれをご覧ください」
クロノは、私の机の上に、一通の、開封状態の手紙を広げた。
その手紙を見た瞬間、私の顔色は明らかに変わっただろう。
クロノがそれを見逃すとも思えない。
予測しうる限り最悪の事態には対処したつもりだったが、予測を超える事態が起きたようだ。
ご丁寧に、手紙には、八神はやてとヴォルケンリッターの集合写真が同封してある。
これでは、私が無関係だなどと、ごまかす余地がない。
「…」
「第97管理外世界から、提督宛の手紙です。失礼ですが、検閲させていただきました」
「…一つ教えてくれないかね」
「何をですか」
「いつ、気づいた？」
「闇の書の情報を無限書庫で探しているとき、リーゼとアリアの態度を見れば
すぐにわかりましたよ。場所を知っているのにしらないふりをしてましたよね」
「…大した観察力だ」
「僕の御師匠様ですから。それに、二人とも、嘘をつくのは下手ですよ」
「降参だ。それで、これからどうなるのかね？」
「僕を手伝ってください」
「どういうことかね？」
「闇の書の修復計画を実施します。提督が作成した修復用プログラムを見つけました。
あれを改良した上で、闇の書の蒐集を完了させ、闇の書を起動し管理者権限で
修復用プログラムを走らせ、闇の書の暴走を止めます」
「…あれは、10年以上前に手をつけて、不可能だとして放棄したプランだよ。
第一、下手にプログラムをいじって、さらに悪性のプログラムに変えてしまったらどうする。
やめておいた方がいい」
「ですが、提督ご自身も、対策はお考えですね。そうでなければ、二人を
変装させて、蒐集を続けさせたりはしなかったでしょうから」
「…闇の書が主によって起動されてから、プログラムの暴走が始まるまでは
闇の書も正常に動作する。その、闇の書が正常に動作している時に、凍結魔法で
主ごと、闇の書を凍結封印する。危険な修復作業は必要ない」
「…それは違法行為ですよ提督。闇の書の主であるというだけの理由で
凍結封印してよい、などという法はない。おまけに、はやては管理外世界の人間です。
ロストロギアの不正使用で裁くにせよ、限界がある」
「だが、悲劇の連鎖を防ぐのに、もっとよい方法があるというのかね？」
「管理局が力を独占出来るのは、その力を法の下でしか用いないからだ。
そう教えてくれたのは、提督ですよ」
「………そんなことを言ったかね？」
「ええ、おっしゃいました。僕はよく覚えてます」
「…しかし、法は常に正しいとは限らないぞ」
「僕もそれは知っています。ですが、個人が勝手に法を作ることに比べれば大した問題ではない。
闇の書のもたらす破壊を、今後1000年分すべて足し合わせたところで
1年間、管理世界全土を巻き込む戦争をやることに比べたら、誤差にすぎない。
管理局が法を守らなかったとするなら、管理局システムは一体どうなりますか」
「……………君は、闇の書を憎んだりは、しないのかね？」
「もちろん、父の敵は憎んでますよ。ですが、提督が殺したわけでもないし
父が自ら死を選んだわけですらなく、闇の書の暴走が殺したわけでもありませんから」
「…では、一体何を憎むというのかね」
「…闇の書を、ロストロギア扱いしなければならないほど、退化してしまった
我々の魔法技術を」
「………私のプログラムも、その退化してしまった、我々の魔法技術だよ。
そんなものに、未来の希望を託そうというのかね」
「希望は、初めから、はかないものと決まってますよ。
確固たる地盤の上にたっているものは、希望ではなく、予測される未来ですから」
「…それでは、君の予測される未来というものを、聞いてみたいね」
「…提督のプログラムは正常に動作して、闇の書事件は解決されるでしょうね」
「ずいぶんと楽観的な予測だな」
「さもなければ、アルカンシェルで主ごと、闇の書を吹き飛ばすまでです。
予測する必要もない」
「……分の悪い賭だな」
「法に則って対処する限り、これが一番リスクの少ない方法です。
では、提督、一緒にきてくださいますね」
「なぜ、私が行かなければならない？」
「一体誰が、八神はやてに、修復プログラムを走らせるように、説得するんですか」
「…私に、それをしろというのかね」
「優しいグレアムおじさんを演じてきたんです。最後まで演じきるのが
義務だとは、思いませんか」
「そうか、…私の、義務か。
しかし、あのプログラムは、欠陥品だよ」
「ええ、わかってます。ですが、改良する時間は、まだあるはずです」
「…と、そういう事情なんだ。
だから、今すぐ5人とも、管理局に投降してもらいたい。
はやてには、管理局の医療スタッフが、魔力補給を行って
可能な限りの延命を図る。闇の書の蒐集も管理局が当たる。
その間に、修復用プログラムの改良を実施して、闇の書の修復には万全を期す。
約束する」
そういって、フェイトちゃんは、はやてちゃん達…そして、俺たちに説明した。
あまりに唐突な話で、俺たちには一体どういうことなのかさっぱりわからない。
理解できてないのは、はやてちゃんも同様みたいだ。
九羅香達も、俺同様わかる訳がない。
「…そんな戯言、信じろっていうのかよ」
「ヴィータ、私は、テスタロッサが嘘を言ってないと信じる。
太刀筋のまっすぐな剣士が、剣を捨てて話をしに来たのだ。
そこには、真実があるはずだ」
「シグナム、たとえ、フェイトが真実を話していたとしても
管理局がフェイトに真実を告げたことの保証にはならん」
「だよな。管理局は前の主の時も、そのまた前の主の時も
問答無用で敵だったじゃねーか。こんどの時は主を助けるっていってもよ
はいそうですかって信じられるわけ、ないじゃねーか」
「…ですけど…」
「どうした、シャマル」
「…あの影に…白い子が…」
「？…」
「こそこそ隠れてないで…」
「なのは、見つかったみたいだ、仕方がない、出ようか」
「うん…ごめん、べつにだますつもりもなかったんだけど…」
「なのは、ユーノ」
そういって、草むらから姿を現したのは、フェレットを肩にとまらせた
9歳ぐらいの、どこにでもいそうな、小学3年生の女の子だった。
「なのは＝ユーノって名前なの？」
「ううん、違うよ。なのはは私の名前、こっちがユーノ君」
「はじめまして、…弁慶さん、ですよね。僕の名前はユーノ＝スクライア。
考古学者です」
「……………はい？」
考古学者って名乗ったあなたは、どう見ても、フェレットなんですけど。
「もしかして、フェレット型の宇宙人なのか？」
「いえ、べつにそういうわけじゃないですけど…」
「ユーノ君、人間形態に戻ったら？」
「そうだね、なのは」
そういうと、フェレットもどきは、9歳ぐらいの少年の姿に変わった。
少年、といっても、正直、女の子だと言われたらおもわず納得してしまいそうな雰囲気がある。
髪型のせいじゃないだろうか。
「なのは、今のフェイトの話は知っているか？」
「えと…私は、初めて聞いたんだけど…」
「僕もそれは初耳です。けど…」
「決まったな。フェイトに管理局が嘘教えたんだろ」
「嘘じゃない、ちゃんとリンディ提督だって保証してくれた。それに
グレアム提督もすぐにこっちに来ることになっている」
「グレアム提督って、グレアムおじさんなん？なして、グレアムおじさんが
管理局の提督になってるん？わたしにはわからんことだらけやわ」
「それについては、私が説明するわ」
「リンディさん！」
「リンディさんって？」
「リンディ提督。時空航行戦艦アースラの艦長さん」
「はじめまして、はやてちゃん。確か、フェイトちゃんとなのはちゃんのお友達だったわよね」
「そうや。わたしは八神はやて。こっちの剣士がシグナムで、赤いドレス着てるのが…」
「ヴォルケンリッターの紹介はいいわ、はやてちゃん。良く知ってるから。
それより、管理局の話が信用できるかどうかってことだったわよね」
「そうやな。私は管理局がどんな組織かもしらへんし、管理局が信用できるかどうかなんて
ましてよくわからへん。ただ、私は、私の家族を信じるだけや」
「だったら、その家族の中に、グレアムおじさんも、入れてあげてくれないかしらね」
「だーっ！だから、なんでグレアムおじさんってのがグレアム提督になってるんだよ。
おかしいだろ。管理局所属なら、はやてのおじさんなわけないじゃねーか」
「そうね。初めから、はやてちゃんのおじさんじゃないのよ。
あなたたちが、はやてちゃんの遠い国から来た家族ではないのと同じように」
「どういう事だ？」
「簡単なこと。はやてちゃんが、闇の書の主だとわかったから、イギリスに住んでいる
遠い親戚ということにして、援助してたのよ。
…目的については、知らないけど、…たぶん、凍結封印する前に、せめて
出来る限りの楽しみは、与えてあげたい、ぐらいの気持ちだったんじゃないかしらね」
「ちょっ！話が違うじゃないか！」
「最後まで聞いてくれないかしら？
グレアム提督は、はやてちゃんを凍結封印するつもりだったみたいね。
ロッテ姉妹から話を聞く限りだとね。
けど、私とクロノの考えは違うわ。…壊れてるものなら、修理すればいい。
修理の方法がわからなければ、探し出せばいい」
「でも、闇の書はロストロギアです。修復方法なんてわかるんですすか？」
「古代ベルカの遺品ならある程度数があるからね。初歩的な古代ベルカ式の魔法プログラムを
作ることはそんなに難しくないんだ。修復プログラムといっても、壊れている部分を
すべて正しいプログラムに置き換えるんじゃなくて、暴走している部分を切り離す
ようにすることは、今の魔法技術でも十分可能なことだよ。
近代ベルカ式の術式で作った魔法アイテムと、古代ベルカ式の遺品との差分から
プログラム差を読み取って補正した古代ベルカ式の復元物なら、いくつか存在してるんだ」
「…………で、いやだって言ったら、どうするつもりなんだよ」
「気は進まないけど、力ずくで、身柄を拘束することになるわね」
「白い子に、提督級の魔導師に、ヴィータちゃんの攻撃を受けきった魔術師が相手ね…」
「…ロッテ姉妹も、人数に入れてあげてね。今はちょっと封印魔法陣の中だけど
その気になれば、2人ともすぐに外に出れるわ。
そして、この状況で、あなた達の蒐集を手伝う理由はないわよ」
「…蟷螂の斧でも、あえて戦わねばならない時も、ある」
「そうね。けど、…今がそのときかしら？主を不用意に危険にさらすのは
守護騎士の務めに反するのではなくて？」
「…そうかもしれねーけどよ。管理局に投降したって、はやてが助かる保証がないじゃねーか」
「そうね。けど、あなた方が今蒐集を完了させても、はやてちゃんが助かる保証はないわよ」
「…どっちにせよ、助かる見込みないんやったら、私はみんなが幸せなほうがええなあ。
シグナム、どう思うんや？」
「私ですか…私は、…ヴィータ、どう思う」
「あたしにふるのかよ。…管理局の奴らが信用できるわけねーだろ。
大体、今まであたしらが管理局に何やってきたか、覚えてる限りでも
ほんと、ろくでもないことしかしてねーぜ。
はやての事がなければ、だまし討ちだって決めて掛かっていいぐらいだ」
「ザフィーラ、どうだ？」
「主を危険にさらさないためには、投降する他あるまい。
我々は敵を甘く見すぎた」
「…シャマルはどうだ？」
「……………」
シャマルは、泣いていた。
「ごめんなさい、…ごめんなさいはやてちゃん…ごめんなさい…」
「………これでは、戦えないな。残念だ、九羅香」
「なにが？」
「決着がつけられなかったな」
「闇の書が修復されたら、また来るといい。試合ならいつでも受けるよ」
「試合なら、か」
「果たし合いは受けられないよ。…私は、仮にも、武家の統領源頼朝の妹だ。
軽々しく命を賭けるわけにはいかない」
「私との一騎討ちは、軽々しく命を賭けたことにならないのか？」
「神機を朝廷にお返しするために、どうしても必要だったことだ。
それに、…決着がつかなくて残念なのは、シグナムだけじゃないよ」
「そうか…では、いずれ」
「話は決まったみたいやな。
管理局に夜天の書を預けるっちゅうことで、ええんやな、みんな。
…ところで、投降するのはええけど、シグナム達の扱いはどうなるん？」
「…裁判を受けてもらうことになるわね。傷害と公務執行妨害だけど
フェイトちゃんからの報告があるから、殺人未遂は適用されないわね。
執行猶予、というわけにはいかないと思うけど…」
ど…の、次に、リンディさんが何をいうつもりだったか、俺たちは知ることはなかった。
「卑劣な一撃っ！」
「きゃあっ！」
「景時殿！一体何を考えてる」
「ふはははは、闇の書はこの梶原景時が預かった。
…くっくくくくく…わかる、わかるぞ、闇の書の使い方がわしにもわかる」
「ふざけんなっ！いけっ！ラケーテンハンマーっ！」
『ラウンドシールド』
「なんだとっ！」
「使い方がわかると言ったはず。…おまえ達に、闇の書の力を得たわしが倒せる物か。
さあ、九羅香殿、はやての命が惜しければ、神機を差し出してもらおうか」
「景時殿、だから一体なにをしている。神機と、はやてちゃんとは、無関係ではないか」
「政子様よりのご命令だ！義経一行が神機を預かるは苦しからず。
だが、朝廷には決して神機を渡すべからず。いかなる手段を用いてでも
朝廷が神機を持つことを阻止せよ。神機を朝廷にひきわたさんとするは
鎌倉への謀反であるとなっ！」
「そ、そんな…なぜ、姉上はそのようなことを…」
「それはわしの知ったことではない。神機をおとなしく差し出すか
それとも、この娘を見殺しにするか、好きな方を選んでもらおう」
「こ、この恥知らずの卑怯者！」
「おまえ達が救いがたい愚か者なのだ。ヴォルケンリッターとやらも
はじめからわしのようにしておけば、神機を得ることなどたやすかったろうに」
ち、っくしょう…景時のやつかよ。よりによって景時かよ。
景時なんて小物の中の小物みたいなもんだから、全く警戒してなかったぜ。
そうか、政子のねらいはそれか。…シャマルだったらまだ静さんが警戒してたのに
…ちぃ…悔しいけど………景時めぇ…
