異聞・少女義経伝・参
【第十二章】
〜鉄槌〜
「クロノ執務官、アースラより連絡です。A計画発動とか」
「A計画発動か。了解」
ここは、時空管理局本局、無限書庫。
クロノは手にいくつかの本を持っている。
どうやら、必要なデータは既に入手済みで、裏付け資料を探しているようだ。
クロノは、すこし眉をひそめる。
どうも、A計画発動は、自分の予定とは違っていたらしい。
「ここから先は、本人に聞いてみるほかないな」
クロノは、手にした本を鞄に詰めると、無限書庫を後にした。
さて、ここはアースラの医務室。
リンカーコアを蒐集される重傷を負ったフェイトがベッドで休んでいる。
ベッドのそばには、心配そうにつきそうアルフと、さきほどまで治療に
あたっていた医者の二人。
扉が開く。
入ってきたのは、アースラの艦長、そしてフェイトの直属上司のリンディ提督だ。
「それで、フェイトちゃんの体調はどう？」
「こういう言い方もないでしょうが、見事な手際ですね。
一週間も安静にしていれば、ほぼリンカーコアも回復すると思われます」
「ありがとう。それで、日常生活にはどの程度の治療が必要かしら」
「日常生活でしたら、今日一日休めば大丈夫でしょう」
「そう、ありがとう。…ごめんなさいね、フェイトちゃん。
やっぱり、一人で行くのはきつかった？」
「いえ、リンディさんが謝ることではありません。
自分の判断ですから」
「事件の現状について、一応耳に入れておくわ。
フェイトちゃんには直接関係ないけど、知らないでいると心配になるでしょ」
「…はい、ありがとうございます」
「なのはちゃんとユーノくんは、今第97管理外世界Bで、神機の調査に向かってるわね。
神機の方は、九羅香さんだったかしら？あの人たちが京に運んでるはず。
ヴォルケンリッターについては、フェイトちゃんを墜としてから、足取りが絶えてます。
けど、神機を蒐集しようとしたなら、こちらにすぐ連絡が入ってくるよう手はずは整えてあるわ。
クロノの奴は本局待機だけど、小用を済ませてからこちらに来るように言っておきました」
「…九羅香達には、悪いことをした」
「そうね。もし、今あちらにヴォルケンリッターが現れたとしたら
かなり苦戦するでしょうね。けど、そのためになのはちゃんを配置しておいたわ。
もし、最悪の事態が想定される状況になったら、なのはちゃんとユーノ君を応援に出すことにします。
どう？安心できた？」
「……あの、リンディさん、お願いがあります」
「なにかしら？」
「直ちに、私を第97管理外世界Bへ転送してください」
「あら、どうして？フェイトちゃんは休んでいていいわよ。
安心させるために、今の状況を説明したんだから」
「…九羅香達に、なのは達の事を説明してくるだけだから、大丈夫」
「その最中にヴォルケンリッターが現れたら？こんどは、戦えないわよ。
…悪いことは言わないから、ゆっくりしてなさい」
「いえ、ゆっくりとは、していられない。
それに、…シグナムとは、まだ、話すべき事が残ってるから…」
「…話しておくこととは、なにかしら？」
「その前に、リンディさん、いくつか質問していいですか？」
「ええ、いいわよ。何でも聞いてちょうだい。答えるとは、限りませんけど」
「今何でも聞けって言っただろ」
「ええ、アルフも、なんでも遠慮無く聞いてくれていいわよ。けど、大人の事情で
話せないことってあるのよね。…私の年齢とか」
「そういう話ではありませんから」
「そう？それならよかったわ。何でも聞いてちょうだい」
さて、こちらは、神機を目指して馬に乗っている、景時となのはとフェレットもどきの３人。
３人の話題の方も、自然と神機の方に向く。
「ユーノ君、神機って、そんなに危険なものなの？」
「危険かどうかはわからないよ。けど、話を聞く限りだと
闇の書よりは危険が少ないんじゃないかって思う。
闇の書は、なんといっても、再生能力が恐ろしいからね。
破壊しようとすると、主を吸収してその魔力で次の主を捜しに行ってしまう。
放置していれば、いずれ蒐集を完成させて、その後勝手に暴走していく」
「そこがわからん。なぜ、蒐集が完了すると暴走するのじゃ」
「景時さん。それは、僕にもわかりません。
ただ仮説はありますけどね。仮説は仮説で、真実ではありませんから」
「仮説でも良いから教えてくれんか。政子様に報告せねばならんのじゃ」
「宮仕えって大変ですね。僕はフリーの考古学者だから
発掘して論文を書いていればいいんですけど」
「ユーノ君、それで、蒐集完了と暴走とどういうつながりがあるの」
「自己防衛プログラムが暴走する現象も、規模こそ違え、他の魔道書でも
起きることはあるんだ。大抵は、違法デバイスだけどね」
「密造拳銃みたいに、作りが粗悪なの？」
「もちろん、それもあるけど、普通に作っても暴走することがおおいね。
犯罪者が使うようなデバイスだから、どうしても、常時警戒状態にあるんだよ。
その上に、実質的には世界が敵みたいなものだから、世界相手に
全力で攻撃を始めちゃう。
闇の書の場合は、蒐集が完了しても、蒐集完了っていう情報が闇の書に入らないらしくて
無限に蒐集しようとするに過ぎないっていう説もあるんだけど
僕はこれは正しくないように思うな」
「どうして？」
「行動が蒐集というより、破壊だからね。
アルカンシェルを管理局艦隊に放っても、情報が増えることにはならないよ。
むしろ、妨害する物はすべて排除しようとしてる、というほうがわかりやすい」
「そんなものなら、巨大な結界にでも封じておけばよかろう」
「向こうの魔力のほうが大きいから無理だよ。僕たちの世界の魔力じゃ
闇の書を封じるだけの魔法密度は作れないんだ」
「…それじゃ、お話ししても、わかってもらえないってこと？」
「わかってもらえない可能性は大きいね。考えてみればとんでもない魔道書だよ。
主に蒐集を要求し、蒐集出来なければ、主を飲み込み、蒐集が完了したら
勝手に暴走を始めるんだから」
「その闇の書の元々の主も、やはり、闇の書に魔力を供給していたのか」
「それはないと思うよ景時さん。当初の闇の書は、あくまで百科事典だからね。
主を求めるようになったのは、無理な改造の結果じゃないかと思うんだ。
闇の書をユニゾン型デバイスに誰かが改造しちゃったんだ。
ユニゾン型デバイスは、ただでさえ融合事故を起こしやすいからね。
ユニゾン型デバイスの影響で主が飲み込まれる事故はわかりやすいけど
その逆に、主の影響でプログラムが歪むこともあるんだよ」
「そんなに危険なら、どうしてそんなものを作ったのかな」
「たぶん、戦争があったんだと思うよ。管理局戦争よりは前だろうけど
闇の書がロストロギア扱いされるぐらいには後世にね」
「じゃが、主を勝手に決める魔道書では使い勝手が悪くて仕方ないわ」
「僕もそう思う。だから、主と言われてる人が、本当に主かどうか
僕は疑ってるんだ」
「ユーノ君、それはどうして？ヴィータちゃん達だって、主がいるような言い方してるよ」
「守護騎士にとっては主だろうし、たぶん闇の書にとっても主なんだろうし
最初にユニゾンデバイスとして作った人にとっても主なんだろうけど
最初に闇の書を作った魔導師は、普通に百科事典として使える魔道書を作ったはずだよ」
「それはつまり、誰でも使えると言うことなの？」
「たぶん、使えないよ。魔法使いでなければね。
よほど優れた魔道書なら、所持したとたんに使い方が所持者にわかるものだけど
闇の書がそういう魔道書かどうかまでは、誰も知らないんだ」
「なんで？」
「だって、管理局の手に渡る頃には、暴走してるもの」
「あ、それもそうか。だけど、クロノ君が言ってたよ
守護騎士には闇の書が使えるみたいだって」
「そういえば、仮面の男も、使えることを知ってるみたいだって言ってたね。
だけど、あれは守護騎士だからじゃないかな」
「その、守護騎士というのは何者なのじゃ」
「守護騎士というのは…」
一旦ユーノがこういう話を始めたら止まらない。
だが、馬に乗って、神機を持つ九羅香達へ向かう以外、他にすることもない。
ユーノの話は、なのはと景時にとって、よい時間つぶしになっていた。
いいなあ、平和な会話が交わせるところは。
俺たちの方はといえば、考え得る最悪の事態が、今まさに起きているところだ。
「行くぜアイゼン！」
「ヤヴォール」
極悪うさぎの帽子を被った赤いドレスの女の子が全速力で襲いかかってくる。
弁慶さんの薙刀を九羅香に渡した俺は、戦闘要員として完全に脱落だ。
「観月！結界展開、全力で」
「は、はい、わかりました」
観月ちゃんと楓は、シャマルっていう人の、旅の鏡による攻撃への防御と
ヴォルケンリッターの、バリアやシールドの力を弱めるために
結界を張る。この結界のおかげで、俺たちは、空飛ぶ魔導師相手に
なんとか戦えるってわけだ。
「こいよ、ちっこいの。あたしが相手してやるぜ」
「ちっこいのはおまえも同じじゃねーか」
「あたしはこれでも１４歳なんだよ。おまえ８つだろ」
「見た目は８歳でも、おまえらの誰よりも長生きしてんだ」
「そうか、じゃあ、おばさんでいいな」
「いいわけあるか、喰らえ」
「やられてたまるか」
前回と同じように、ヴィータと玲奈がつむじ風のような戦いに入る。
与一は弓を構える。今は放たず、空中に誰かが浮き上がったなら即迎撃する構えだ。
「シャマル、主を守れ。ザフィーラ、ヴィータを援護しろ」
「はい、シグナム」
「心得た」
「ちょーっと待った。あたしを無視して行かせる訳にいかないわよ」
「なんだ貴様は？」
「誰だっていいでしょ。とにかく、あたしはあそこのヴィータって子に
いいとこなしだったからね。今回は、そう簡単にやられるわけにいかないわよ」
「生身の人間は、下がっていろ。怪我だけではすまんぞ」
「普通に生身だったらでしょ。と、馬鹿兄！携帯貸すわ、管理局に連絡入れて」
「わかった」
「それは無駄です…クラールヴィントで通信妨害を掛けました。
電波でも、魔法波動を使っても、ここから外に連絡する事は、不可能です」
「…結界を作れるのは、観月ちゃんだけじゃないってことね」
「はい…そうなりますね」
「んじゃ、仕方ない。あたしらだけで勝つことにしますか」
「出来るか？」
「やるっきゃないでしょうが！」
そういうと、俺の妹がザフィーラに殴りかかっていく。
さすがに分が悪くないか？いや、あいつ、動きの切れが上がっている。
常人には追えないほど速さで動けるはずのザフィーラを先回りしてるぞ。一体なぜ？
「うふふ〜妖術は〜人の妨害だけでは〜ないということですよ〜」
なるほど、静さんの妖術であいつの身体能力を高めてるのか。
１人の力じゃ出来ないことでも、２人でなら出来るってこともあるんだな。
「喰らえ」
「む？」
ザフィーラは腕でブロックした。が、少し首をかしげる。一体何があった？
「魔法的打撃を与えるグローブか」
「そうよ。こんな事もあろうかと、楓さんと静さんに頼んでおいたの。
役に立ってるみたいね」
「用意周到だな。だが、それではたりんぞ」
「あたしはあんたを牽制してればそれでよし。倒すのは、他の人に任せてるわ」
「だが、俺は、おまえを倒す」
「１２ラウンド終わったとき、どっちが立ってるかしらね」
よし、こっちは目を離しても大丈夫だろう。
そういえば、九羅香とシグナムは？
「…九羅香、こちらも、そろそろ始めようか」
「そうだねシグナム…行くよ」
「こい、九羅香」
「鞍馬流最終奥義…明鏡止水」
九羅香が今構えてるのは、薙刀ではなく刀だ。
弁慶さんの薙刀は神機の一種、持つ者に最適な形状に自らの姿を変えることが出来る。
俺や弁慶さんにとっては、薙刀形状が使いやすいから薙刀だったが
九羅香にとっては、刀のほうが使いやすいから、刀に姿を変えたって訳だ。
「レヴァンティン」
シグナムが、カートリッジロードする。
シグナムの刀、レヴァンティンが、静かに炎を上げる。
激しく燃え上がる炎ではない。たとえて言うなら、最上級の炭が
赤熱して、炎を上げているような、そんな様子だ。
炎それ自身も、凝視しなければ存在しているかどうかすらわからない。
シグナムの剣が、ガリアンソード風に変わった。
空から遠隔攻撃か？
「…与一、手出し無用だ」
「心得た、九羅香殿」
「おい、与一、それで行けるのか？」
「武士が、一騎討ちを選んだのだ。結果がどうあろうと、手出しするのは無礼だろう」
「でも、今のシグナム相手じゃ本気でやばいだろ。
武士がどうこうなんて言ってる場合なのか？」
「私ならむしろ、シグナム殿の心配をする」
「まさか。直接殺気を浴びてないおれでさえ、武者震いが止まらないんだぜ」
「それは、シグナムから感じるものだけか？」
「………」
シグナムが九羅香に攻撃を仕掛ける。
俺にはあの刀の動きは全く見えない。
九羅香の回りを舞う、そして、巻き付くように一撃を加える。
しかし、九羅香には、すべてが見えているようだった。
迫り来るシグナムの剣の動きがあらかじめわかっていたかのように
さらりと体を揺らしてかわす。
以前、九羅香とシグナムが戦ったときのように、切っ先で跳ね上げることすらしない。
ただ、かわしただけだ。
シグナムの刀の動きが早まる。
九羅香も刀を使わずに受けるというわけには行かないようだ。
あるいははじき、あるいは流し、あるいは切り伏せて飛び超える。
「…なんだあれは…まるで、シグナムと九羅香が息を合わせて舞っているように見える…」
シグナムが攻撃を止め、刀を元に戻した。
「…これでは、決着がつかんな」
「そうかもしれないね、シグナム」
「一つ聞いていいか？」
「なに？」
「私の剣に、今でも濁りがあるから、動きが見えるのか？」
「それは違うよ。今のシグナムの太刀は、清んでる。
炎からして全く違うよ。完全燃焼の炎なのは、見てわかる」
「では、なぜ動きが見える」
「明鏡止水は、そういう奥義なんだ。鞍馬の極意は、人を斬り己を活かすにあらず。
己を断ち人を活かすにあり」
「己を断つか。だが、それでは、勝てぬぞ」
「今のシグナムには、勝てないかもね。
だけど、シグナムを押さえるだけのことは出来るつもりだよ。
勝つための算段は、静がしてくれる」
「そうか。…では、私はおまえに勝って、神機を借り受けよう」
そういうと、シグナムは地上に降りてきた。
剣を普通に構える。九羅香も刀を…弁慶さんの刀を…構える。
お互いの動きが止まった。…たぶん、どちらにも、隙がないんだ。
これなら、九羅香は大丈夫かもしれないな。
俺は目をヴィータと戦っている玲奈に向け直した。
こちらも、昨日晩と同じように、お互いが自分の間合いを計り合って
素早く動き合う戦いを繰り広げている。
違いがあるとすれば、玲奈がヴィータを観月ちゃんに近づけないように
心を配ってるのと同様に、ヴィータも玲奈がはやてちゃんの方へ
近づかないように位置取りを心がけていることだろう。
これなら、むしろヴィータのほうが不利だと言っていい。
でも、一騎討ちにこだわるんじゃ、じり貧になるんじゃないかって気がする。
いや、一騎討ち３つに持ち込んだんだ。俺があの馬鹿兄を押さえれば
楓と紅葉がシャマルを叩けるはず。
「そんなことさせるわけないだろ。ザフィーラ！神機はあたしが奪う！
体張ってはやてにあいつらを近づけさせんなっ！」
「わかっているっ！」
「あんたの相手はあたしだって言ってるでしょ」
「だが俺のほうが、早い」
それは仕方ない。相手は、話半分だとしても、管理局の一般魔法使い達を
雑魚扱いできるほどの手練れなのに、俺の妹は、女子ボクシングの日本チャンピオンですらないんだ。
これだけ戦っただけでも、むしろ善戦したって褒めるべきだよな。
けど、それだけじゃ済まないのがこの戦いだ。
勝たなければ、意味がない戦いというのも、ある。
「そうか？じゃ、こんどはあたしが相手だ」
「白髪チビの相手はあたしだろっ！」
「誰が白髪チビだっ！」
玲奈が叫んだ瞬間、地面に何かをたたきつけた。
いや、何かじゃない、煙幕弾だ。
「忍法煙隠れの術」
「お覚悟っ！」
「ぐぅ・・・・・なめんなっ！」
「きゃあ」
…何が起きたのかって？
玲奈が煙幕弾で、ヴィータの視界から消え、ヴィータの背後に回ると見せかけたんだ。
ヴィータの方は、当然玲奈の動きを見切ろうと視線を煙幕から逸らす。
その、煙幕に隠れて、紅葉がヴィータを槍で突いた。
その槍の一撃はヴィータを貫通した。
文字通りの貫通だ、お腹から背中まで、一本棒が通っている。
それだけの深手を負いながら、ヴィータは、ハンマーで紅葉を吹き飛ばした。
「ヴィータ！」
「心配するな、はやて。大丈夫だ手加減した、ころしてねーよ」
「そうやない。ヴィータ、その怪我…大丈夫なんか？」
「大丈夫。守護騎士はこれぐらいじゃしなねーよ」
「おまえに恨みはないんだけどさ、悪く思うなよ。
おまえが戦う意志を捨てないんだったら、手加減なしでやらせてもらうぜ
忍法水鏡の術！」
「やってみろよっ！」
「なんだと！」
ヴィータは、玲奈の攻撃を全くかわさなかった。
俺たちの攻撃は、楓と観月ちゃんが作った護符のおかげで
ヴォルケンリッターのバリアもシールドも突破して攻撃できる。
バリアジャケットとかいう、防護服も、普通の服と大して違わない
防御しか発揮していないはずだ。
なのに、ヴィータは玲奈の攻撃をまともに受けた。
いや、まともに受けたなんてレベルじゃない。わざと体に
玲奈の短刀が突き刺さるに体をぶつけていったんだ。
それに玲奈が驚いているすきに、ヴィータは玲奈に抱きつく。
「とっくみあいなら勝てるつもりか？」
「んなことかんがえてねー。いけっ！アイゼンっ！」
「ヤヴォール」
片手で玲奈を固定する。
玲奈は距離を取ろうともがくが、腕力勝負だと守護騎士に分があるようだ。
あれだけの重傷なのに、あんな力が出せるってのか？
ヴィータは、グラーフアイゼンで、空中に浮かんだ鉄球らしきものを叩く。
放たれた鉄球はまず速度を上げて上昇したのち、反転して
ヴィータと玲奈の方へと落下していく。
「それがねらいか。けど甘いぜ」
「甘いのはどっちか、教えてやるよ」
「な…正気かよっ！」
確かに、正気の沙汰じゃない。
ヴィータは、自分の放った魔法弾を全方位から
自分自身に向けてぶつけたんだ。
玲奈は、タイミングよくヴィータを投げてヴィータを盾にして
魔法弾を防ぐつもりだったようだけど、これではどちらに
ヴィータを向けても直撃を防ぐってわけにいかない。
玲奈に命中した魔法弾が、玲奈を墜とすには十分な威力があったようだ。
玲奈も戦闘から脱落してしまう。
…けど、玲奈に一発当てるために、ヴィータは７発喰らったはずだ。
単純計算では、玲奈の７倍の打撃を受けたことになる。
「バリアジャケットがあるからな。おまえらの攻撃にバリアが効かなくても
あたしの攻撃なら、バリアはちゃんと効き目があるんだよ」
「ヴィータ！…あかん、もうさがりっ！
そんな…そんなやり方してたら、神機手に入れる前にヴィータが死んでまうやないかっ！」
「いくらはやての命令でも、こればかりはきけねーよ。
言っただろ。絶対はやては守るって。…それに、はやても言ってくれたじゃねーか。
あたしがやりたいことを見つけたなら、それをやらせてくれるって。
何があろうと蒐集を完成させるんやって」
「けど、ヴィータ、もう、立ってるのがやっとやないか」
はやてちゃんの言うとおりだ。
腹には槍が突き刺さって背中に抜けている。
水鏡の術を体を張って受けたせいで、左腕には深々と短刀が突き刺さっている。
おまけに、BJで防いだとはいえ、強力な魔法弾を７発直撃で受けている。
今のヴィータは、アイゼンを杖代わりにして、よろけながら立ってるに過ぎない。
いや、はやてちゃんの言うのは、間違ってる。
これはもう、人間ならとっくに死んでいるレベルだ。
立ってるのがやっとなんてレベルじゃない。
「立ってるのがやっと？そんなことねーよ。
そうだよ。なんで今までずっと満たされない想いを抱いてたか、今わかったよ。
あたしは、ずっと、命掛けられる主に巡り会って、本当に命削って戦う、そんな瞬間を求めてたんだ。
今まで意識出来なかったけど、今、あたしは自分のやりたいことを本当に見つけたんだ。
最高の気分だぜ。…さあ、お楽しみは、これからだ」
そういうと、ヴィータは、腹から槍を引き抜いた。
「シャマル！ヴィータの回復を」
「は、はいっ！」
ザフィーラがシャマルに声を掛けると、シャマルの手が空中から現れた。
あれが、俺の妹の手の骨折を治したっていう、シャマルハンドか。
「ヴィータちゃん。あれだけの怪我だと、私の回復でも出血を止めるのがやっとよ。
痛みも取ったけど、失った体力自体は回復してないわ」
「それで十分だぜ。ザフィーラ、しっかりはやてを守ってくれよ。
あたしが、かならず、神機を蒐集して、はやてを助けるからな」
「…頼んだ。ヴィータ」
「あらら〜、これは予想外の展開です〜」
「なにぼけーっとみてんのよ。廉也、あんたの出番でしょ」
「こんどはおまえかっ！そこをどけっ！」
「それは、出来ません」
「なんでだよ。蒐集を完成させなきゃ、はやてが死んでしまうんだよ。
おまえははやてを殺すつもりなのか？」
「あなたがあなたの主のためなら死ねるように
僕も、僕の主、観月様のためであれば
いつでも、死ぬ覚悟は、出来てます。
相打ちなら、望むところですよ」
「いいだろう。じゃあ来いよっ！」
「そちらからどうぞ。むりにつっかかるつもりはありませんから」
「そうかよ。じゃあいやでもこっちにこなけりゃならなくしてやるぜ。
アイゼン！ギガントフォームっ！」
なっ！なんだあの巨大なハンマーは。
「ぶっつぶ…」
「させませんっ！」
さすがに廉也もこんな攻撃をされてはかなわない。
これでは、廉也も観月ちゃんも一度になぎ払われてしまう。
だが、あの攻撃は隙が大きい。
廉也のスピードがあれば、懐に飛び込んで振り下ろすことを
阻止するのは、そう難しくない。
「それは望むところっ！」
「僕もです」
廉也は、ヴィータに捕まらないよう
得物の斧を投げてヴィータを牽制する。
距離が離れているのなら、体で斧を受けても仕方がない。
ヴィータは、斧をかわす。
「アイゼン！」
巨大ハンマーから、普通のハンマーに大きさを戻す。
一方の廉也は、その隙に投げつけた斧が地面に刺さっているのを拾い上げ
再び観月ちゃんとヴィータの間に立つ。
与一は？
与一は、弓を構えて、シャマルを牽制している。
これで、シャマルも、旅の鏡も、回復魔法もそう簡単には使えない。
ボクシング馬鹿はザフィーラを牽制するのがやっとだ。
そのザフィーラの方も、楓と源九郎と、俺の誰も
はやてちゃんには近づけないよう動き回って牽制を続けている。
静さんは、ボクシング馬鹿のサポートで身動きがとれないし
観月ちゃんは、結界を張って、相手の魔力をある程度落としてくれている。
そして、九羅香とシグナムの一騎討ちは、漫画でいう
千日戦争のように、お互い身動きがとれなくなっていた。
「つまり、あたしががんばらなきゃならないってことだよなっ！
あとちょっとなんだ…あとちょっとではやてが助かるんだ…だから…
絶対におまえを倒すっ！」
「死んでも僕は観月様をお守りしますっ！」
俺たちの状況は、想像以上に悪くなってしまっていた。
ヴィータの捨て身の攻撃で、もう２人が戦闘不能だ。
今はまだぎりぎり拮抗しているが、もし、何か…そう、たとえば
仮面の男が介入してきたりしたなら、完全にお手上げだろう。
だが、俺たちにだって、守るべきものがある。
まだ、絶望するには、早すぎる。
