異聞・少女義経伝・参
【第十章】
〜烈火〜
「おはようございますエイミィさん」
「おはようなのはちゃん、よく眠れた？」
「はい、ユーノ君といっしょにぐっすり」
「ユーノくんは起きてる？」
「ユーノ君は今景時おじちゃんとお話ししてるよ」
「お話って？」
「神機についての情報を聞いたり、転送についての説明をしたり
闇の書について何か情報が入ってないか聞いてみたりだって」
「そっか。だけど、いつまで私もこっちにいられるかわからないから
そろそろ転送準備に入るように言って」
「はーい。今呼びます」
今は午前７時半です。
いつもなら学校に出かける時間ですけど、今は
ユーノ君と一緒に、鎌倉時代そっくりの異世界の調査です。
この世界にある、神機というロストロギアかもしれない
すごい魔法の道具について調べます。
景時という、変な格好のおじちゃんも同行することになりました。
「なのは、ごめん、遅くなって」
「まったく、政子様の命令でなければこんな戯言につきあうひつようもないのじゃが」
「信じる信じないは自由ですよ、景時さん。ですけれど、政子さんが
景時さんに、調査への協力をお命じになったんですよ」
「わかっておるわ！まったく・・・だからといってこんなたわごとを・」
「無限ループだね」
「・・・さてと、なのは、電話を替わってくれる？」
「うん、いいよユーノ君」
「エイミィさん、では、こちらで転送魔法陣を発生させます」
「了解！魔力供給開始、転送先は京にある北条家の屋敷の中でよかったよね」
「はい、詳しい座標は今からそちらに送ります」
「了解、今上空からの地図をそっちに送るから完全に指定して」
「ええ、いいですよ」
ユーノ君が魔法を唱えると、空中にこの世界の京の航空写真みたいなものが現れました。
ユーノ君の意志で映像が自在に動いていきます。
「景時さんにわかりやすいように、鳥瞰方向に変えますね」
そういうと、まるで斜めから見たような感じに映像が切り替わります。
「それで、景時さん、北条家の屋敷はどれになります？」
「う、うむ・・・内裏さえわかればそこから道をたどってわかるのだが…」
「内裏は、確か都の北端ですよね」
「う、うむ概ねその通りじゃが…なんという精巧な地図、ううむ…」
「地図じゃなくて、衛星画像ですよ。と、僕の知識が正しければ、これが内裏ですね」
「その通り、そこから南に・・・」
「つまり、ここですね。では、エイミィさん。ここの庭に転送先のマークをお願いします」
「了解。マークポイントセット、転送魔法陣展開開始、ユーノ君、魔法陣の陣形を合わせて」
「はい、エイミィさん。術式セット、転送魔法陣同調開始…」
「おかしいなぁ。この話は少女義経伝３のはずなんだが…」
「馬鹿兄、なにをぼやいてるの？」
「いや、なんだか他の連中の方が目立ってるって思ってさ」
「弁慶、ぼやくな。出番がないというのはそれだけ平穏な証拠だよ。
私たちのすることも、神機を朝廷にお返しすることだけだ。
それが終わったなら、もう管理局もヴォルケンリッターも関係なくなるんだ。
後は、弁慶や弁慶の妹さんの身の振り方を考えればいい」
「身の振り方ったって、どうやって元の世界に帰るかもわからないんだぜ」
「そのことについては既に結論が出ているとおもっていたぞ」
「与一、そりゃどういうことだよ」
「ったく、弁慶は本当に馬鹿だな」
「なんだよ玲奈まで」
「管理局の方が信頼できるかどうかはわかりませんが、妹さんを
弁慶様の世界に帰すだけのことでしたら、管理局の方に頼めばよいのですね」
「そういうことですね、観月様」
「ま、弁慶も一緒につれて帰ってもらったら、そのほうがせいせいするわよ」
「楓、そういう言い方をするな。弁慶は仲間だ。
弁慶が私たちと一緒にいる方を選ぶなら、私は喜んで受け入れる」
「私たち〜でいいのですか〜九羅香さ〜ん」
「静、それどういう意味？」
「深い意味は〜ありませんよ〜」
「ですけど、みなさん。ヴォルケンリッターの方々が、僕たちが
京に行くことを素直に見過ごしてくれるでしょうか」
「見過ごしてくれるといいな、とは思ってる。
私がヴォルケンリッターなら、見過ごす方を選ぶんだ。
私たちと対決するより、朝廷から奪い取る方が簡単だからね。
観月殿から神機を奪うのは難しくても、観月殿から切り離された
神機を奪うのは、そこまで難しくはないはずなんだ」
「ですけど〜九羅香さ〜ん。そういうことを〜向こうが知っているでしょうか〜」
「それは問題だよね。私たちが朝廷に預けようとしているということから
朝廷は私たちよりよほど強力だと判断するかもしれない。
そうなったら、むしろ、朝廷にお返しする前に奪い取ろうとするだろう」
「ねえ、素朴な疑問なんだけど、ヴォルケンリッターに神機を渡してしまうわけにいかないの？
朝廷に返すんだって、九羅香さん達の手にあまるからなんでしょ。
ヴォルケンリッターだって、悪い人たちだとは思わないし、悪用するつもりもないんじゃないかな」
「…それは私も考えたんだ。シグナムの太刀には濁りがあるし、瞳には迷いがあるけれど
それは邪悪なものとは違う。
だけど、やっぱり、シグナム達には神機を渡せない。管理局が間違っているかもしれないけれど
管理局は正しいかもしれないんだ。
もし、管理局の人たちの言うことが正しければ、神機を渡すことは
シグナム達の主を殺すことと同じだよ。私たちの方に迷いがあるうちは
決して神機を渡してはいけないんだ」
「だけど、ヴォルケンリッターの主は、九羅香さんたちにとっては
見たことも会ったこともない人だよね。
そんな人のために、みんなは本気で命を賭けて戦うつもりなの？」
「もちろんだよ」
九羅香は迷いなく言い切った。
俺は九羅香がどんな人間か知っているから驚かないけど
俺の妹の方は、それが新鮮な驚きだったようだ。
「どうして？」
「見たことがあろうとなかろうと、武士が自分の命惜しさに
他人を殺めることは悪いことだからだ。それで私には十分だ。
武士の力は人を守るためだけにあるものだよ。
兄上も、それには同意してくれると思う。兄上だって
自分１人のためだけだったら、決して神機の力を求めなかった」
「…兄上って、源頼朝ですよね。自分のためでなければ
一体なんのために力を集めたんです？」
「兄上は、武家の統領なんだ。なくなられた今でも、武家の統領は兄上だよ。間違いない」
「…」
「統領には、武士をすべてまとめ上げる力が必要なんだ。
武士を一つにまとめ上げる力の一つに、神機の力を欲した。
争いに、いや、争いに勝ち抜くための力じゃない。争いそのものに勝つための力を求めたんだ」
「争いそのものに勝つ？だけど、神機って、破壊の力なんでしょ？
相手を滅ぼす以外の力が神機にあるの？」
「…私にはわからない。神機の正しい使い方だって、誰も知らないんだ。
だけど、これだけは言えるよ。兄上は、決して間違ってはいなかった。
ただ、兄上は最後に自分に飲み込まれてしまったんだ」
「自分に飲み込まれる？」
「…ごめん。わかった風なことを言っちゃったね。
私にも、兄上がどこで道を誤ったか、はっきりとはわからないんだ。
だけど、私の大好きな兄上が求めた力は、破壊の力なんかじゃない」
「神は我に大いなる力を与えたもうた。故に、我にはその力を正しく使う義務がある」
「なんだそりゃ？」
「モハメド・アリの言葉だよ馬鹿兄」
「九羅香様、そろそろ出発の時間です」
「そっか、じゃあ出かけようみんな。今日の夕方には、京につくね」
などという状況であることなど我々は知るよしもなかったが
今後起きるであろう事の予測はある程度出来ていた。
「シグナム、それで、これからどうするつもりなんだ？」
「管理局と、神機を守る武士達を同時に敵に回すのは危険だ。
各個に撃破する必要がある」
「つまり、管理局が来る前に、全力で神機を奪うってことか」
「そうね。クラールヴィンドであの子達の場所を捕捉して
それから、管理局の援軍が来る前に神機を奪い取って蒐集する」
「危険だが、それが一番だろうな」
「いや、それは向こうも予測しているだろう。だから、その裏を掻く」
「どうするんだ？」
「私が別の世界に闇の書を持って蒐集に出かけている振りをする。
そちらに管理局の目を引きつけた上で、直ぐにこちらに戻り、蒐集を完了させる」
「それならあたしら全員で行った方が良くないか？」
「それは困る。まずシャマルには、こちらに戻るときのサポートをしてもらう必要がある」
「じゃ、あたしとシグナムがいきゃいいだろ」
「ヴィータとザフィーラには、主はやての護衛が必要だ。
陽動を見破られると、逆に主はやての身が危ない」
「…だけどさ、１人で行ったら、シグナムの方が危ないぜ」
「安心しろ。最悪の場合でも、闇の書はシャマルが回収出来る」
「………なあ、そうなったら、シグナムはどうなるんや」
「私たちは闇の書の一部の守護騎士プログラムですから大丈夫ですよ、はやてちゃん」
「闇の書に一旦吸収されたとしても、プログラムを再起動すれば復活できる。
シグナムが想定しているのは、そういうことだろう」
「だけど、再起動ははやてに負担掛けるぜ。出来るだけ再起動はしない
ようにしないとな」
「わかっている。管理局が食いついてきたら直ぐに離脱するつもりだ」
「それまでに、神機のありかをクラールヴィントで調べておけばいいんですね」
「ああ、頼む。可能なら、管理局の偵察システムの把握も」
「はい、いいですよ」
「シグナム、…無事に帰ってこいよ。…はやてを、これ以上悲しませることはしたくないもんな」
「わたしもだ」
Alert！Alert!Alert!…
「え？何事？センサーに反応あり、原生世界………
フェイトちゃん、大変！ヴォルケンリッターが本当に現れた」
「どこに？」
「ここよ、…いま探査機からの画像を拡大するわ」
「シグナムだね。…」
「エイミィ、あいつ、闇の書を持ってる？」
「…持ってるわ」
「他のヴォルケンリッターは？」
「…反応はないみたい。…悪いけど、フェイトちゃん、アルフ。
リンディ提督の指示なの。もし闇の書を持ってるヴォルケンリッターが現れたら
直ぐにその世界へ行って捕捉して欲しいって。
私は二人を転送したら、直ぐリンディ提督に報告して次の命令を受けるわ。
だけど、…もし、なのはちゃんと合流してからの方がいいって判断するなら
なのはちゃんを呼び返して二人同時に派遣するわ。その判断はフェイトちゃんに任せるって」
「シグナムだけなら、私とアルフで十分。行こう、アルフ」
「あ、ああ…フェイトなら大丈夫だよ。エイミィ、転送を頼む」
「そう。…わかったわ。じゃあ、転送支援するわね」
私が転送で送り出された先は、月並みな言い方をすると、荒涼とした砂漠のまん中だった。
確か、こういう世界にはサンドワームのような怪物が住んでいる。
シグナムの場所や映像は、バルデッシュに向けて転送され続けている。
ここからそう離れてない。あの速さなら、私ならすぐに追いつける。
「アルフ、抱えられる大きさになって」
「そうだね、フェイト」
アルフが幼犬モードになる。
私への魔力負荷も下がるし、アルフと一緒にシグナムに接近することも出来る。
そして、シグナムに追いついたら、私がシグナムと全力で戦い
アルフには周囲の警戒をしてもらうつもり。
時間は私たちの味方。アースラに搭載されている大型転送機によって
私がシグナムに倒されさえしなければ、アースラにいる武装局員が
この世界に送り込まれてくるはず。
「…ヴォルケンリッターの将シグナム。私は
管理局嘱託魔導師フェイト・テスタロッサ」
「テスタロッサか。…何の用事だ？」
シグナムに追いついた。
シグナムの強さは一度戦ってよくわかっている。
あれからバルデッシュは、私を助けるため、カートリッジシステムを
自分自身に組み込んでいる。
だけど、シグナムに勝つためには、それだけでは不足している。
シグナムの強さは、単なるデバイスの強さだけではない。
「…話し合いに来た」
「私には管理局と話し合うことは何もない。
闇の書の蒐集が完了したら世界を破滅させるような暴走を起こすなどと
嘘をついてまで、蒐集を妨害する管理局と、何を話し合えばよい」
「嘘ではない。本当に暴走は起きる」
「テスタロッサ。おまえはそれを見たのか？」
「それは…」
私は見ていない。ただ聞いただけだ。
だけど、そんなことで嘘をつく必要が管理局にあるとは思えない。
「…私は闇の書の一部だ。闇の書は主に強大な力を与える魔道書。
暴走したように見えるとすれば、それは、あまりに強大な力を主が振るうが故に
管理局の目に危険だと映るにすぎないのではないのか」
「…否定は、しません。ですが、私は管理局の嘱託魔導師です。
あなたが指定ロストロギアを不正使用するというのであれば
ロストロギア管理法に基づいて、あなたを逮捕します」
「では、来たりて取れ」
「望むところです」
力で勝負する限り、私に勝ち目はない。
特に、今のシグナムには勝てる気がしない。
前回戦ったときに感じた迷いのような物が
いまのシグナムからは消えている。
私がシグナムに勝っていることは速さ。
その速さを極限まで高めなければ、勝てない。
「バルデッシュ、ソニックフォーム」
「Yes,sir」
「テスタロッサ、その装甲では、一撃受けただけで死ぬぞ」
「…強いあなたに、勝つためです」
「そうか」
シグナムは、そう言うと、刀を鞘に収めました。
「…話を聞いてくれる気になりましたか？」
「いや、…強いおまえに、勝つためだ」
「勝負する、つもりですね」
「もちろん、…おまえも剣士なら、剣士の言葉で語ることだ」
「わかりました…参ります」
シグナムは、左手を刀の柄にかけたままです。
あの構えから私の速さに打ち勝つ方法として考えられるのは一つ、居合い。
居合いを崩すには、…
「バルデッシュ、フォトンランサー…ファイア」
誘導弾であるフォトンランサーを発射すると同時に、一旦コントロールを放棄
高速機動で間合いを詰めます。
シグナムが居合い斬りを掛けるために間合いを調整するのを見極め
素早くシグナムの背後に回り込み…
「バルデッシュ、サイズモード」
「Yes,sir…」
私の記憶は、ここでとぎれました。
私が最後に見た物、いえ、感じたものは
私のみぞおちに入ったシグナムのパンチでした。
私の視点から、簡単にこの戦いを振り返っておこう。
テスタロッサが強いことはわかっていた。テスタロッサを倒さない限り
逃げられないことも想定していた。
それでも勝つつもりはあったが、殺さずに済んだのは僥倖だったろう。
テスタロッサがバトルジャケットの防御力を落としてくれたおかげで
私はとっさにテスタロッサに怪我をさせず、勝つ方法を見つけることが出来た。
私が左手をバルデッシュに掛けることで、テスタロッサは私の意図を
居合いによる勝負だと誤解してくれた。
フォトンランサーは、威力を増していたが、バトルジャケットで受けきれないほどのものではない。
直撃を受けることは覚悟し、間合いに入った瞬間居合いで動く振りをする。
このとき、私に出来る隙と、その隙をつくのに最適なポジションを直感する。
テスタロッサがそこに来る前に、
「紫電一閃」
拳に魔力を乗せて、私はその空間に現れるであろうテスタロッサを見切りで殴る。
やはり、テスタロッサはよい剣士だ。そこしかない私の弱点を一瞬で見切っていた。
もし、私が本当に居合いでテスタロッサを斬るつもりだったなら、確実に
私の一撃をかわし、逆に一太刀与えられる完全なポジションに現れていた。
だからこそ、私の見切りが、成功したのだが。
「テスタロッサ。恨むな。…おまえのリンカーコア、確かに蒐集させてもらったぞ」
「フェイトーっ！」
あれは、確かアルフだったな。テスタロッサの使い魔か。
「よくもフェイトを…こんどはあたしが相手だっ！」
「よせ、アルフ。ここは危険だ。おまえが私と戦えば、テスタロッサは誰が守る」
「よくぬけぬけとそんなことを」
「アルフ、おまえは、一体誰のために戦うのだ」
「そりゃフェイトのためだよ。決まってるじゃないか」
「ならば、一時の感情に流されるな。今、テスタロッサに必要なことは、なんだ？
テスタロッサを守るために、おまえがしなければならないことは、いったいなんだ？
おまえはテスタロッサのそばにいてやれ」
「…悔しいけど、あんたの言うとおりだよ。
わかっちゃいるよ。だけど…」
「おまえも使い魔なら、主のためにするべきことがわかるはずだ」
「あんたはわかってるてのかい」
「守護騎士の為すべき事はただ一つ。主の意志に反してでも、主を守ること」
「意志に反してもだって？」
「…時間だ、さらば。直ぐに管理局の応援が来るだろう。それまでテスタロッサを頼んだぞ」
「まて、あんた…」
シャマルの援護を受けて、主はやての元へと戻る。
ここまで、予定通り。
だがここまでは、予定通りでなければ困る部分だ。
管理局が我々のねらいに気づく前に、神機を確保し、蒐集を完成させなければならない。
次の戦いこそが、主はやてを救うための、本当の決戦になる。
