異聞・少女義経伝・参
【第九章】
〜告白〜
ここは、時空機動戦艦アースラの艦橋。
普段は静かなものだが、今は魔力炉の駆動音がここまで響いいる。
「リンディ提督、現在アースラは第９７管理外世界Bに向け最大戦速で航行中」
「よろしい。予定到着時間は？」
「あと１０時間ぐらいだと思われます」
ここで、リンディは腕時計に目をやる。
アースラに設置されている、ミッドチルダ標準時の時計と違い
こちらは海鳴市で購入した地球製である。もちろん、日本標準時に調整してある。
「向こうの時間でいうと、ちょうど昼過ぎぐらいね」
「リンディ提督、本当に第９７管理外世界B決め内でよろしいのですか？
クロノ執務官の話では、第９７管理外世界Aの方に主がいるという話でした」
「ええ、それはわかってます。けど、第９７管理外世界Bにヴォルケンリッターが
狙うロストロギアが存在することは確実です。
ここが決戦地になると見て間違いないでしょう」
「わかりました。第９７管理外世界のAとBは、個人転送でも移動可能な範囲ですから
アースラに搭載されている転送装置を使えば、どちらからどちらへも
簡単に移動できますね」
「そうね。だけど、アルカンシェルの使用は、アースラのいる世界でしか使えないわ。
それが問題ね」
「提督は、B側に闇の書がある可能性が高いと見てるんですか？」
「闇の書がどこにあろうと、暴走は蒐集が完了した世界で起きる可能性が高いわね。
蒐集が今の時点で完了するとすれば、第９７管理外世界Bで起きるとみてまちがいない。
一旦９７管理外世界に到達してから、今後の状況について判断することにします」
「わかりました。それで、エイミィさん達はどうしましょう？」
「…起きるべき時間が来たら、モーニングコールをしてあげましょう。
今は真夜中ね。起こすのも悪いわ」
「わかりました提督」
「私も少し眠って起きます。緊急事態が起きたら起こすように」
「提督、ここで眠られるんですか？」
「居眠りなんて行儀が悪いかしら？ちゃんと艦長室で寝間着に着替えて寝た方がいい？」
「いえ、こちらにいてくださったほうが心強いです」
「そう、では、おやすみなさぁい」
なんていう会話がアースラで交わされていたなんてことを
わたしは夜明け前の電話で知ることになったの。
「おはよう、エイミィ、よく眠れた？」
「ふ、ふわああ…リンディ提督、今何時です？」
「５時半よ」
「なんで普通の電話が掛かってくるんですか。
提督はいまアースラですよね」
「ええ、今アースラでの仮眠が終わった所よ。
それで、そちらの最新情報の報告を受けておきたいの。
変わったことと、いつも通りのことについて教えてくれないかしら」
「寝る前に送った報告書以外には、なにも変化はありません。
センサーには異常事態を示す反応は出てませんし、向こう側からも
何も連絡は入ってません。転送ポイントの確保を求めるユーノの
要請についても報告書には書いておきました。
あと、フェイトちゃんとアルフは、わたしの寝室で寝てますよ。
それぐらいですかね」
「了解。ヴォルケンリッターについても、闇の書の主についても
確定的な情報はまだ何もないということね」
「そうなりますね…」
「あらあら、お寝坊さんね」
「昨日はちょっと夜更かししちゃって…」
「クロノもいないのに？」
「ちょ、どういう意味ですかリンディ提督！」
「…しっかり目が覚めた？」
「さめましたよ。…あーびっくりした」
「ふふ。目が覚めたところで、これからの予定について伝達します。
向こう側の協力者にも、時間を見計らって伝えておいて。
なのはちゃんとユーノくんにも、言っておいて欲しいことがあるから
転送前の最後の打ち合わせの時に伝達しておいて」
「わかりました、リンディ提督」
「それが終わったら、二度寝していいですからね。
アースラが第９７管理外世界Ｂに到達するまで、特にするべきことはないはずですから」
「わかりました、リンディ提督」
などという会話が交わされていたということを以下略。
「省略するな馬鹿兄。エイミィさんから電話があったわよ」
「何か今後の管理局の予定が決まったんだって？」
「そう。悪い知らせといい知らせがあるけど、どっちから聞きたい？」
「いい知らせから教えてよ」
「…いい知らせね。今日の昼過ぎまでじっとしてれば、管理局の戦艦が
本隊を連れてくるんだって。管理局が敵か味方かわからないにせよ
ヴォルケンズが敵って決まってるんだったら、いいニュースでしょ」
「本当にいいニュースかどうかはわからないけど、確かに
俺たちだけであいつらに勝てる気がしないもんな。
で、悪いニュースって言うのは？」
「もしかしたら、本当にあたしらだけでヴォルケンリッター４人を
相手にしなけりゃならない可能性が出てきたみたい。
なんでも、管理局の戦艦が来るまで、投入可能な戦力が
フェイトちゃんだけで、それも、闇の書そのものを別の世界で
発見したら、フェイトちゃんはそっちに回すことになるから
応援なしで３人に襲われることを覚悟してね。…だって」
「それって、どういう事？」
「だから、闇の書を持って誰かが蒐集に出かけて、神機は
とりあえず奪っておいてから後で合流して蒐集するような手を使ってきたとしても
目の前の闇の書を追いかけるために、フェイトちゃんを出撃させるんだって。
だから、闇の書を持ってないヴォルケンリッターに襲われた場合には
もしかしたら、応援が出せないかもしれないってこと」
「そういうことか…どうしようかなあ」
「弁慶様、妹君さま、食事が出来ましたよ」
「え？もう、かなり早くない？」
「九羅香様が、出来るだけ早く京に向けて出発したいということですので」
「そっか、わかった。今行くよ」
「わたしも〜」
弁慶の時計はまだ６時を指している。
だが、夏の午前６時なら、もう朝といってよい時間になっているのだ。
さて、シグナムが持っている懐中時計が７時を指す頃
シグナムははやての着替えを手伝っていた。
「手伝ういうても、着替えの服を出してもろうてるだけや。
ヴィータもシャマルももう起きてるんやで」
「うー、なんか眠い…」
「ヴィータちゃんは成長期だからたくさん眠らないといけないですよね」
「プログラムに成長期もないだろ」
「ザフィーラはサッカーのお兄さんとこやったな」
「ええ、もうすぐ起きてくるとは思いますけど」
「着替え終わったら朝ご飯つくるなあ」
「屋敷の主が食事は用意します。主はやてはしばらくお待ちを」
「そうなんか？ほんまにそれでええんやろか」
「ほら、はやてちゃん。これは旅行なんですから、はやてちゃんが
料理を作ったりしなくていいんですよ」
「シャマルも作らなくていいからな」
ヴィータの何気ない一言で空気が凍り付く。
このタイミングを見計らってシグナムがはやてに話しかける。
「主はやて、折り入って話したいことがあるのですが」
「なんやシグナム、改まって」
「…その、誠に申し上げにくいのですが、…
ここは、べつに平安時代のテーマパークと言うわけではありません」
「それはそうやろうな。大体そんな気はしてたわ。
転送魔法つこうたんやろ？…それにしても、ほんま
平安時代そっくりな世界があったもんやなあ。
この世界を探すのも大変やったろ。
わたしは楽しんでるし、いまさらだましたいうてあやまらんでええよ」
「ありがとうございます。主はやて」
「…それだけのことなんか？」
「いえ、これからが本題です」
「ちょ、シグナム、いきなり何の話を始めるつもりだよ」
「…ヴィータ、すこし、黙っていてもらえないか？」
「なんだよ、偉そうに…そりゃ、シグナムはあたしらの将じゃあるけどさ」
「何の話って、何の話なん？」
「いえ、主はやての体のことについてです」
「体のこというて、病気のことか？
体が弱いのは生まれつきや。最近体調悪うなってる気がするけど
それはお医者さんの言うとおりにしてればいずれようなるんやない？」
「いえ、…本題はそれなのです。
残念ながら、石田先生が名医でも、…病状は悪化するしかありません」
「…また、なしてシグナムがそう断言出来るん？」
「…私たちの責任なのです」
「べつに病気はシグナムのせいやないやろ」
「残念ながら…私たちの存在、それ自体が主はやての体から魔力を奪っております。
未成熟なリンカーコアに、エース級魔導師４人を維持する魔力負荷が掛かれば
それは主はやての体には過重な負担となります。
ですから、我々が存在する限り、そう遠くない将来に主の体は…」
「…どうなるん？寝たきりになるんやろか…」
「一年生きられるかどうか、五分五分ぐらいかと」
「そっか…一年かぁ…」
「はやて、心配すんなって。闇の書の蒐集さえ出来れば
あたしらの維持にはやての魔力を使うこともなくなるし
闇の書がはやての魔力を吸い取ったりもしなくなるんだから」
「けど、それは危ないんやろ？」
「危ないっても…そりゃほっといたらはやてが死ぬんだぜ」
「けど、危ないんやろ？」
「危ないって…そりゃ、まあ…確かにちょっとは危ないけど。
すっげー化け物とか、…管理局の白い悪魔とかと戦わなきゃいけないし…」
「…で、でも、今までの主の時だって、ちゃんと蒐集出来てましたし
今度もきっと大丈夫ですよ」
「…けど、危ないんやろ、いろんな意味で」
「それは…確かにその通りです、主はやて。
化け物を相手にするというばかりではありません。
我々は時空管理局という、…時空世界のロストロギアを管理する組織から
ロストロギアとして、指名手配されてます。
我々が蒐集を開始していると知れば、…いえ、闇の書が新たな主の元で
覚醒したと管理局が把握すれば、管理局の介入を避けることは、出来ません。
我々に出来ることは、せいぜい、管理局に見つからないようにすることだけです」
「そっか…見つかったら、大変なことになるんやなぁ」
「大丈夫だってはやて。見つからないようにやればいいんだよ」
「…そっか…残念やなあ…」
「はやてちゃん？」
「……せっかく、みんなと会えたのになあ…一年かあ…
わたしも普通の小学生や、９歳や。あと一年もつかどうか言われたら
ショックは受けるんよ」
「だから、蒐集さえ完成させりゃいいんだって」
「…ヴィータ。言いたいことはわかるつもりや。
けどな、ヴィータも、シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、みんな
わたしの大切な家族や。
わたしかて死にたいとは全然おもわへん。正直しにたないわ。
けどな。大切な家族を危険にさらしてまで、そうまでして
生き延びたいともおもわんよ。
蒐集したら助かるかもしれへん。けど、蒐集が管理局の目を盗んで
成功する保証もないやろ。たとえ蒐集が上手く行くとしても
危ないことに変わりないやない。
それなら、やっぱり、蒐集はなしや。
お医者さんに出来る限りのことは任せて、それでうまくいかんかったら
そこはもうあきらめるしかないなぁ。
みんなそうなんや。…何も１０歳で死ぬのはわたしだけやないんよ…。
…けど、ごめんなあ。わたしがあんまり大した魔力持って無くて。
次の主が誰になるかわからんけど次の主は
もっと長生きして、みんなのしたいことさせてくれる主やとええな」
「…はやて…そんな、寂しいこと言わないでくれよ…あたしは、はやてが
笑ってくれたら、それだけで幸せなんだから、だから…」
「はやてちゃん…」
「主はやて。…主の願いが、我々との平穏な暮らしにあることはわかっております。
…私の心に曇りが生じていた理由、私の太刀筋に濁りが生じていた理由。
それも、今のお言葉ではっきりとわかりました。
主はやての願いは、我々との平穏な暮らしであり…たとえ死が避けられないとすれば
我らが傷つくより、むしろ我々の見守る中での死を選ぶことであると。
…我々の蒐集は、主の願いとは全く反対のことであると」
「そういうことに、なるやろなぁ…」
「…ですが、主はやて。
私は、それが受け入れられないのです」
「？」
「…主はやて。私は、まず、守護騎士です。
私は、私に出来ることがある時に、何もせず、ただ、主が弱っていくのを見守る
そんな自分が許せないのです。そんな自分の未来が受け入れられないのです。
主はやて。…もし、…私が、私のしたいことを見つけたとしたなら
それを受け入れてくださるというのであれば、…主はやて。
私に、闇の書の蒐集をすることをお許しください」
「シグナム…けど、それは危険なんやろ？蒐集が終わっても、わたしが
助かる保証すらないことなんやろ？たとえわたしが助かっても
シグナムは、ずっと手配されたままやろ？本当に、そんなことがしたいんか？」
「はい、主はやて。自分の無力さをかみしめて、ただじっと自分をさいなむぐらいなら
私は、むしろ、その危険を喜んで引き受けるつもりです」
「……………」
「…あたしも、そっちを選ぶぜ。
はやてが笑ってくれるなら、あたしは…あたしは他になにもいらない」
「はやてちゃん。私たちは、はやてちゃんのためになにかするのが…それが
わたしのしたいことの全部なんです」
「…け、けどまだザフィーラの意見を聞いてへん」
「俺の意見は、みんなと同じだ」
「ザフィーラ」
「入ってよろしいでしょうか。主」
「…もしかして、外で聞いてたん？」
「念話があります」
「そういえば、そうやったな……みんな、ほんまに、それでええんか？」
「はい」
４人が同時に答える。
「そっか…そうなんか…みんな……ありがとなあ。
…けど、そんな大切なことで、主を無視して好き勝手したらあかんよ。
わたしがみんなの主なんやから、わたしが、みんなのことに責任もたなあかんやろ。
・・・
夜天の書の主、八神はやてが、守護騎士に命ずる。
かならず、夜天の書を完成させるんや！」
「かしこまりました、我らが主！」
「…と、そろそろ朝飯出来たみたいだぜ。みんな食いにいかなくていいのか？」
「あーサッカー馬鹿、おまえずっと聞いてたのかよ」
「ん？待ってる間ザフィーラと話をしてたからな。概略の話はわかってるつもりだぜ。
けど、まずは食う物食おうぜ。化け物は逃げないんだろ？
飯は早く食わないとさめちまうぞ」
「そうやな。せっかく作ってくれたんや。熱いうちに食べよか」
「そうだよな。まずは腹ごしらえから」
「はやてちゃん、電池の節約のために、わたしが押しますね」
「ありがとなシャマル」
「…サッカー馬鹿、礼を言う」
「は？」
「わからなければいい」
「そっか。ま、とりあえず俺に出来ることがあれば遠慮無く言ってくれよ。
自動車に乗せてもらった礼もしたいし、…それに、どうも
あんたらについていれば、元の世界に帰れそうだからな」
「おまえでも、元の世界に帰りたいと思うことはあるのか」
「そりゃ、チームメイトんとこに帰らないと、本当のサッカーは出来ないもんな」
「結局サッカーか」
「俺のしたいことの全部だ」
「…そうか」
シグナムの笑顔がどういう意味なのか、サッカー馬鹿の解釈によると
あまりのサッカー馬鹿さ加減にあきれただけだということになるらしい。
とにかく、決戦の日の始まりである。
