異聞・少女義経伝・参
【第八章】
〜待機〜
「シグナム、なにやってるんだ？」
「ああ、おまえか。見ての通り、剣を振るっている」
「ヴィータ達はどうしたんだ？まだ風呂から上がってないのか？」
「いや、ちょっと用事があって出かけている」
「用事か。いくら洛中でも夜は物騒だぜ。
いくら騎士でも出歩かない方がいいんじゃないか」
ここは、鎌倉初期の貴族の屋敷。
ここでは、蹴球の腕前を買われて弁慶の兄にして現役Jリーガーのサッカー馬鹿が
やっかいになっている。
そのサッカー馬鹿の口利きで、転送魔法によりやってきたはやてとヴォルケンリッターも
また、一夜の宿をこの屋敷に借りているのだ。
ヴィータ達が出かけている”ちょっとした用事”とは、九羅香達から
神機を奪うということだ。この用事は失敗に終わる運命なのだが
まだシグナムはそのことを知らない。
「おまえがサッカーのプロであるように、我々は戦いのプロだからな
夜だからといって遅れはとらない」
「そうか。まあ、辻強盗にでも出かけたってんでなけりゃどうでもいい。
俺は風呂はまだか聞きに来ただけだし」
「…そうか」
しばらく沈黙。
シグナムは無言で剣を振るい、サッカー馬鹿はそれをぼんやり眺めてるだけだ。
やがて、シグナムが素振りをやめ、サッカー馬鹿の隣に腰掛ける。
「今日は終わりか」
「ああ、いくら剣を振ってもなにかしっくりこない」
「傍目にも乗り気でなさそうに見えるもんな。体調でも崩してるのか？」
「体調が悪いわけではない」
「そっか。でも、体にキレがないときは、気付かない所で
疲れが溜まってたり、体をこわしてたりするらしいぜ。
俺は体験がないけど、先輩の話じゃそういうこともあるらしい」
「忠告感謝する。心にとめておこう」
「その方がいいな」
「…そうだ、一つ聞いていいか？」
「なんだ？」
「夕方の４：２のサッカーだ。なぜ、普通の人間のおまえが、我々の動きについてこれる？」
「普通の人間って…まるで自分が人間じゃないみたいな言い方だな」
「我々は魔法騎士だからな」
「そういえば、そうだったな。昼に聞いたよ。
あのはやてって子があんたらの主なんだってな」
「そうだ。…いや、我々のことはいい。どうして我々が完全に動きを先回りされたのか
その理由が知りたい」
「理由って言われてもな。俺はプロだから、素人の動きなんてどれだけ早くても
止まってるのと変わらないってだけのことだな。
べつになにかすごい秘密がある訳じゃないよ」
「止まってるのと変わらない？」
「そんな驚くことでもないだろ。剣道だって同じだと思うぜ。
どんなすごい身体能力のある奴でも、いきなり竹刀を持たされた素人じゃ
ごく初歩的な動きしか出来ないだろ。それと同じだよ。
プロなら、さっと目配りするだけで、誰がどこにいるかを立体的に把握できるし
自分の動きに合わせてそれぞれの相手がどう動かなければならないかが
考えなくてもわかるけど、素人は、相手の動きを見てから自分がどうするべきか
考えて、それからでなければ行動できないもんな。
とくに、あんた達の動きはほんとすごいからな。あんた達がいなければならない場所に
かならずあんた達はいたんだぜ。それじゃ俺は、見る必要すらなかったってことだ。
なにしろ、俺が思ったとおりの場所に、かならずいて、俺が思ったとおりの事を
かならずしてたんだから」
「思った通りのことか。それでは、我々は手のひらの上で踊らされてたようなものだな」
「そう卑下することもないって。
俺はプロだっていっただろ。シグナムだって、俺みたいな素人相手に剣道するなら
たとえ４人を同時に相手にしたって、負けるわけないだろ。
シグナムにとっての剣道が、俺にとってのサッカーだってだけさ」
「剣道も、最近覚えたばかりだからな。おまえのサッカーのようにはいかないだろう」
「そうか？師範代だってはやてちゃんは言ってたぜ」
「あれは才能でやっているだけだ」
「才能だけで師範代かよ。むしろ俺にはそっちのほうが化け物じみて聞こえるな」
「…」
「どうしたんだ？」
「…すこし、おまえの練習を見せてもらえないか？」
「俺の練習？べつに剣道のことなんてわからないぜ」
「いや、サッカーの練習だ。私の鍛錬は何かが違う気がする。
何が違うのか、おまえの練習と見比べてみたい」
「剣道とサッカーじゃ全然違うと思うけどな…まあいいや。
ここじゃ２：２とか２：３なんてのが出来ないから、リフティングとか
ドリブル練習ぐらいしかできないんだよなぁ」
そういうと、サッカー馬鹿は庭に落ちていた石を拾い上げてリフティングを始める。
「それは一体なんの練習だ？」
「正確にボールをコントロールするための訓練だよ。小さい物で訓練すれば
本物のボールならより簡単にコントロールできるからね。
サッカーボール自体はそんな小さい物じゃないけど、本当に蹴るべきポイントは
一点しかない場合がほとんどだ」
「一点しかない？」
「ボールの動きは、回転と軌道の２つがある。ボールに正しい回転と軌道を与えるには
ボールの正しい一点を正しい力で蹴らないといけない。
それが出来て初めて、ボールは丸くなる。まあ、それが出来て半分なんだけど」
「残りの半分はなんだ？」
「来るボールにも、回転と軌道がある。それをボールの模様から読み取って
自分の望む軌道と回転を与えるのに必要なキックを知るのが残りの半分。
これは俺もまだまだ出来てるとは言い難い。
それが出来るようになれば、ボレーシュートが綺麗に決まるようになるんだけどなあ。
俺の腕じゃ、まだトラップしてシュートと二段階がいる。けど、これじゃ
完全にフリーにならなきゃシュートが決まらないんだよ。
ボレーで打てるようになれば、瞬間の飛び出しで決められるんだけど」
「主はやては、トラップなしに決めていたではないか」
「あれは壁にボールをぶつけるのと同じだよ。
壁に向かってボールを蹴って、思い通りの場所に落とすのも練習のうちさ。
あと、ボールに回転を与えておけば、バウンドしたときに軌道を変えられる。
ロングパスを出すとき、ボールにトップスピンを掛けておくと
着地したときにボールが止まって拾いやすくなる。
逆に、ドライブ回転の掛かったパスなら、中盤からの飛び出しに使うと
ディフェンダーが思ってるより伸びるんで、相手に拾われにくくなる。
ショートパスならインステップでダイレクトに出せばいいんだけど」
「ボール一つ蹴るにも、考えることがあるんだな」
「そりゃ、サッカーはボール一つしかないもんな。
それを２２人もの人間が追いかけまわすんだぜ。
漫然とボールを追いかけて、漫然と蹴ってるんじゃ絶対にゴールなんて出来ない。
１人１人が、今自分が全体の中で何をするべきかを考え、把握し、
協調して、初めてゴールが決まるんだ。
上から押しつけられたチームプレイなんか通用しない。
まして俺が俺がで協調する気持ちがないようじゃ戦えない。
そして、自分がするべきことが出来るようになるために、練習しなきゃいけない。
俺はストライカーだから、いつ、どんなとき、どんな状況でも
ゴールを決められるように、そして、自分がゴールを決められない状況なら
他の奴に決定的なシュートを打たせられるようなラストパスが決められるように
ならなきゃいけない。
それに必要なことを考えなきゃいけないし、出来なきゃいけない」
「ストライカーだから、ストライカーに必要なことをする、か」
「…誰だってそうだろ？さっきまでずっと素振りしてたじゃないか」
「…私は…」
「どうした？」
「いや、参考になった、ありがとう」
「べつに感謝される様なことをした覚えもないんだけどな」
「ただいま〜」
「ん？」
「どうやら、ヴィータ達が帰ってきたようだ」
「そっか、じゃ、先に風呂入れって言ってくれよ」
「先にそっちが入っててくれよ。あたしはちょっとシグナムと話があるからさ」
「そか、そりゃ悪いな。じゃ先に行かせてもらうぜ」
そういうと、サッカー馬鹿は風呂場へと姿を消す。
帰ってきたのは、なんだか疲れ切った表情のヴィータとザフィーラ。
そして、がっかり感がありありと感じられるシャマルの３人だ。
この様子を見れば、何が起きたか聞かなくてもわかる。
「シグナム。B級だっていうからそのつもりで戦ったら
ひどい目に遭ったぜ。ったく、バリアもシールドも通用しないなんて
知ってたらもっと別なこと考えたのに」
「そうか。…悪かったな、ヴィータ」
「いや、いいよ。油断したあたしも悪かった。
けど、あいつら、完全に管理局サイドに回ってるみたいだぜ。
管理局からあたしらの事聞いてて待ちかまえてたみたいだからな」
「管理局の連中は、彼らに蒐集が完了したら闇の書が暴走するなどと
吹き込んでいたようだな」
「ったく、ろくでもないこといいやがる。闇の書はべつに危険なものじゃないだろ」
「そうねえ…蒐集が進まないと、主を飲み込もうとして暴走するけど
蒐集が完了すれば、暴走は止まるはずよ」
「蒐集が完了した後で何が起きるかは憶測の話だが
蒐集しなければ主はやてが死ぬことは、確実な未来だ」
「…そういえば、あたしら、蒐集完了後に何が起きるか…全然知らないんだよな」
「仕方ないわよ。大抵の主は、蒐集完成を優先して、私たちのリンカーコアを
闇の書に戻しちゃうんだから」
「それで、ヴィータ。管理局の介入が無かったとして
次にやるときには、３人で勝てる自信があるか？」
「…わかんねー。けど、やるしかないよな」
「ザフィーラ。おまえはどうだ？」
「捨て身で戦えば、あるいは勝てるかもしれん。
だがシグナム。まず、管理局が介入してこないという仮定に無理があるだろう」
「…シャマルの意見は？」
「私は………」
「いい、それでわかった。B級と侮ってはならない、ということなのだな」
「まあな。４人がかりで全力を出さないと厳しいと思うぜ」
「…みんな、今日はゆっくり休め。
私も、すこし、考えることがある」
「管理局を出し抜く方法でも考えるのか？」
「その前に、考えておかねばならないことがある」
「太刀筋がどうこうって話か？いいかげん吹っ切れよ」
「いや、それよりもまだ先に考えなければならないことだ」
「…あんまりゆっくりもしてられないぜ。はやてだって
何日もここにいれば、いい加減おかしいって気付くはずだからな」
「そうだな。…ヴィータ」
「なんだよ」
「…騎士とは、なんだろうな？」
「なんだよ藪から棒に」
「守護騎士のするべき事が見えなくなった」
「あーったく。あのな、守護騎士プログラムは主を守ればそれでいいだろ。
主を守るために蒐集を完成させる。他になに考えるってんだよ」
「…主を守るか。…主の、何を守るか、それが見えなくなったのだな、シグナムは」
「あの直な太刀筋。迷いのない瞳。…今の私には無縁なものだ。
私には、無意識の中に、何か迷いがある。その迷いの原因が見えてこない」
「とりあえず、一晩ゆっくり寝たらどうでしょう。
きっと疲れがとれたらいい知恵も浮かびますよ」
「そうだな」
なんていう会話が、なのはの向かった第９７管理世界Bで
かわされているということを、私はまだ知らなかった。
ここは、海鳴市にある時空管理局の出張所。
出張所といっても、見た目は普通のアパートの一室。
本局で改装中のアースラを受け取るために、闇の書対策部隊の
大半は、時空管理局本局に移っている。
ここにいる管理局員は、エイミィさんと、私、そしてアルフの３人だけ。
♪Moving my heart な・な・い・ろ・の〜わーたし〜♪
「もしもし、フェイトです」
『フェイトちゃん？なのはだよ。
今鎌倉時代の政子おばちゃんち』
「政子おばちゃん？」
『ええと、征夷大将軍の頼朝さんの奥さんだった尼さんだって。
明日には、ユーノくんの転送魔法で京に行って、神機について
詳しい調査をするんだよ』
「そう。ユーノは元気にしてる？」
『明日が早いからもう寝るんだって。
私もフェイトちゃんとお話ししたら眠るね』
「うん。なのは、そっちの世界の様子はどう？危ないことない？」
『大丈夫。今のところ政子おばちゃんも、景時おじちゃんも親切だし
ユーノくんが準備してくれてるから、薬やお菓子もばっちり』
「そんなものまで用意してたんだ」
『おやつは５００円までだけど、ママの手作りは別枠だって』
「バナナはおやつにはいるの？」
『あはは、フェイトちゃんもこっちに慣れてきたんだね』
「うん。そうだね」
『じゃあ、私はそろそろ切るね。
あ、大事なこと忘れてた、エイミィさんいる？』
「うん、まだ起きてるよ、替わろうか？」
『お願い、フェイトちゃん』
「はい、エイミィです。…なのはちゃん、どうしたの？」
『エイミィさん。ユーノくんから頼みなんだけど、明日、京で
神機についての本格的な調査をするから、３人分の転送余力のある
転送魔法陣のポイント補助を作って欲しいって』
「３人分？ユーノくんとなのはちゃんの二人じゃないの？」
『景時おじちゃんも一緒の方が調査がやりやすいから、一緒に転送するって』
「へえ。ユーノくんもがんばるね。…いいよ。こっちから座標セットするから」
『ありがとうエイミィさん。フェイトちゃんと、アルフにもよろしく伝えてね。
じゃ、お休みなさい』
「お休み。なのはちゃん」
ぷつ。
「なのはは無事みたいだね」
「ユーノくんはスクライア一族で、こういう調査には慣れてるみたいだから大丈夫でしょう。
それより心配なのはヴォルケンリッターの動きよ」
「…センサーには、何の反応もないね」
「そうね。センサーのプログラム欠陥を直して設置してるけど、あれから
全然次元転送が拾えないわね。
拾えたとしても、リンディさんも、クロノもいない状況じゃ、対処できないかもしれないけど」
「あっちの世界には次元転送のセンサーはおいてある？」
「もちろん。なのはちゃんを送る時にセンサーも設置してあるわよ。
だけど、管理局も予算不足で、あんまり数はおいてないから…。
もしかしたら、拾いそこねるかもしれないわね」
「…なのはが向こうにいる状況で、ヴォルケンリッターが動いたらどうすることになってる？」
「状況次第。理想は、フェイトちゃんとアルフで接触して、出来れば戦闘に持ち込まずに
話し合いが出来る状況を作りたいっていうのがリンディさんの希望ね。
少なくとも、ヴォルケンリッターの行動が前回とは違うわ。
まず、”感情がない戦闘機械”っていう情報と、フェイトちゃん達の報告が
一致してない。…感情がない戦闘機械と話し合うのは不可能だけど
…もし、心のある存在だったとしたら、なにかしら、話し合いで道が開けるかも…って」
「話し合えば蒐集を中止してくれるだろうか？なんといって話し合えばいい」
「蒐集したって、ろくな力が手にはいるわけじゃない、ってことを
わかってもらうだけでも、意味があるんじゃないかな。
とにかく、情報が少なすぎるわ。…クロノの奴が、何かすごい解決策が
本局にあるみたいなことを言ってたけど」
「本局に？」
「さあ、クロノって、時々みんなを置き去りにしていくから」
ぷるるるるるるるる
「はい、こちら次元世界の平和と秩序を守る
愛と勇気と希望の時空管理局第９７管理外世界出張所です。
私、担当オペレーターのエイミィと申します。
ご用件はなんでしょうか？」
『…ええと…エイミィさん…ですか？ここが時空管理局でよかったでしょうか？』
「はい、こちらが時空管理局ですけど、どちらさまでしょう？」
『あ、よかった。馬鹿兄から、こっちに電話を掛けるように言われたんですが。
ええと…なんて言ったら…そうそう、フェイトさんから、ヴォルケンリッターって
言う人たちが現れたら、ここに電話するように言われてたんですけど』
「…ヴォルケンリッターが現れた？ほんとうに？」
『はい。ヴィータって幼女と、ザフィーラって犬人間と、シャマルっていう
なんだかよくわかんないほえほえな人に襲われました。
あと、観月さんが、空飛んでる仮面の男を見つけたそうです』
「本人が聞いたらくしゃみしそうな表現だけど、間違いないわね。
それで、あなたたちは無事なの？」
『はい、今回はみんなで準備していたので撃退出来ました。
だけど、次に４人掛かりで来られたら厳しいみたいです』
「一回撃退できただけでも…次、来るかしら？」
『来るようなことは言ってました』
「…わかったわ。次は、現れたら直ぐに連絡して。
直ぐにフェイトちゃんに行ってもらうようにするから」
『わかりました。…あと、つまらない質問ですけど、いいです？』
「なに？」
『電話に出るとき、いつも、あんな出方してるんですか？』
「うん。いたずら電話対策に。
妙な勧誘の電話だって一発で撃退できるよ」
『……こんどから参考にします。では』
「馬鹿兄、次はフェイトさんが来てくれるって」
「そっか。ありがとな」
「てか、携帯も持ってきてないってどういうことよ」
「持っててもどうせ充電器がないから無駄だけどな。
おまえが持ってきてくれててよかったよ」
「弁慶、それ一体どういうものなの？」
「携帯電話だよ。簡単に言うと、遠くの人と話が出来るもの」
「へー。便利なものなんだね」
「だけど、携帯電話同士でないと意味がないよ。この世界には携帯電話が一台しかないし
中継局だってないから、意味がないんじゃないかな」
「なんだ。残念」
「九羅香様、そろそろお休みください。不寝番でしたら私が」
「んー。そうだね。先に眠るから。でも、紅葉もちゃんと休まないとだめだよ。
明日は、神機を朝廷にお返しするんだから」
「はい、そうですね。九羅香様」
…明日、か。
ヴォルケンリッターや、遠くでこっちを見てた仮面の男。
そして、管理局…。
九羅香は神機を朝廷に返せばそれで終わりだと思ってる。
俺もそれが俺たちにとっては一番楽な選択肢だとは思う。
だけど、本当に、それで解決するのだろうか？
いや、もし朝廷から、俺たちが神機を守れという命令があったらどうする？
それに…管理局は、本当に信頼できるのか？
わからないことだらけだ。
だけど、今は眠ろう。気持ちが高ぶってるときに考えても、いい知恵は出ないから…。
