異聞・少女義経伝・参
【第三章】
〜剣士〜
ここは、海鳴市のどこかにある八神家である。
「ただいま帰った」
「シグナム、お帰りなあ。
最近みんないろんなとこ出かけてるみたいやけど、なんかあったん」
「いえ、それぞれこちらの世界にも慣れて、いろいろと呼ばれることも
出来るようになっただけです」
「そうなんか。シグナムは剣道の師範代さんやもんなあ。
いろんな人んとこいく用事もあるんやろなあ。
でも、できたら、どこ行くか教えて欲しいんよ。
心配して待ってる人がおるんやからな」
「…はい、主はやて、それは心得ております」
「ところで、シグナム、今日はなんかええことあったんか？」
「どうされました？」
「なんか、普段よりうれしそうやで」
「ええ、今日は、筋の良い剣士に出会いましたから」
「そうなんか。それはよかったなあ。シグナムの道場に来る子なん？」
「いえ、かなり遠くの人で、私より２，３歳ぐらい若い人ですが」
「そうなんか。せやたら、シグナムのええライバルになるかもなぁ。
レヴァンティンは、出番のうて、暇かもしれんけど、こういうのんびりした
世界も、たまにはええんちゃう？」
「そう言わないでください主はやて。答えに困っているようです」
「そうなんか、それは悪かったわ。
さて、今日はなんにしようかなあ。今から御飯つくるな」
はやては、今日もまた御飯作りである。
一時、シャマルに任せたこともあったが、一時だけでこれは終わり。
何がなんでも、はやてに作って欲しいという、シグナムとヴィータとザフィーラの
願いで、どんな事情があっても料理だけははやてが作ることにしている。
そして、はやては、最悪の場合に備えて、カップ麺を大量に常備することにしたようだ。
「ものすごい言われようですね」
「本当のことだろ。否定しようとするなよ」
「それよりシグナム。偵察の結果はどうだった」
「期待以上だな。 ロストロギア級の魔力反応を感じた。
護衛の魔導師は全員B級、これなら奪うことも難しくはない」
「でも、手ぶらで帰ってきたんだろ。なんかあったんじゃないか」
「ヴィータ、それは今から説明するつもりだった。
残念なことに、邪魔が入った。どうやら、管理局もあの
魔力反応を感知していたようだな」
「それじゃだめだろ。あきらめて他を当たってみたらどうなんだ」
「…ですけれど、いつまでも管理局の目をごまかせるとは思わないわ」
「闇の書の能力は我らが一番よく知っている。
もし、主がその力を悪用する気になれば…」
「AAA級魔導師が街を破壊出来るように、次元世界が破壊できる」
「ったく、面倒な代物だぜ」
「守護騎士プログラム単体でAA級やAAA級、シグナムならS級だろうからな。
それだけでも十分脅威だ」
「……はやてちゃんが悪用するつもりはない、って説得するのも、
難しいですよね…」
「…だが、闇の書を完成させなければ、主はやての命は、ない」
「だー。堂々巡りはやめようぜ。とにかく、闇の書を完成させなきゃならねーんだろ。
考える暇なんてないぜ」
「…どうした、シャマル」
「いえ、ちょっとクラールヴィンドに、シグナムが見てきた世界の様子を
教えてもらってたんですけど、この世界、テレビで見た昔の日本の様子に似てません？」
「言われてみれば、そうだな。使っていた武器も、日本刀に見えた」
「それがどうかしたのか」
「…はやてちゃんをおいて出かけようとするから、戦力を分散する必要が、あるんですよね」
「むろんだ。我らは主の命に背いて、闇の書を完成させようとしているのだからな」
「でしたら、はやてちゃんを連れていけるような世界でなら、分散しなくて、いいですよね」
「……どういうことだ？」
「ちょっと、考えがあるんです」
ここで、会話はとぎれた。
「みんな〜ご飯できたで〜」
「わーい、ご飯だー」
「ヴィータ、家の中で走るな」
「いーじゃねーか。壁にぶつかったりはしねーよ」
「主はやてにぶつかるかもしれんぞ」
「うー、そんなにどんくさくねーよ」
「ヴィータ、今のはシグナムが正しいで」
「わーった。あたしが悪かった」
「せや、さてと、今日は簡単に酢豚と豚汁の豚づくしにしてみたんよ」
八神家は、今日も平和である。
とまあ、俺たちの知らない街で、こんな会話が交わされているなど
もちろん、俺たちは全く知らないわけだ。
俺たちにわかっているのは、空飛ぶ西洋風の剣士が
神機を奪いに来たということと、フェイトと名乗る９歳の女の子が
同じように空から現れた、ということだけである。
「まったく、一体何が起きてるんだ。
ただでさえこいつがこっちに来るなんて異常事態がおきてるってのに」
「そもそも、バカ兄貴が鎌倉時代に転送されるなんてことが異常事態だっての」
「二人ともけんかするな」
「それで〜 フェイトさん〜一体〜どういう事情〜なんでしょうか〜」
そういわれると、フェイト、と名乗った女の子は、少し困ったような顔をした。
「…説明するにも、まず、あなたたちに何が理解出来るかがわからなければ
何から説明していいかもわからない」
「とりあえず、時空管理局が何かから、説明してよ。
そうしないと何もわからないよ」
「時空管理局というのは、次元世界の治安を維持するための組織だ」
「で、その次元世界っていったいなんだ？」
「簡単にいうと、この世界以外にも、たとえば第９７管理外世界…つまり
地球とか、私の…世界、ミッドチルダとか、いろんな世界がある。
それらの世界の総称が、次元世界なんだ」
「手っ取り早く言ったら、タイムパトロールとか銀河警察とか、そんな感じ？」
「……タイムパトロールや銀河警察がわからないから、答えられない」
「ま、たぶん、それで理解はあってるんじゃないかな。
それで、続きを頼むよ」
「わかった。時空管理局の主な仕事は、ロストロギアの管理。
ロストロギアというのは、次元世界の中の様々な世界のうち
今は滅んだ、進みすぎた文明の、遺産のことだ。
極めて強大な力を持っていて、使い方を間違えれば、その世界ばかりではなく
複数の世界を破滅させるほどの力を持っている」
「そりゃ、文明が滅ぶほどのアイテムだもんな」
「核戦争で世界が滅んでたら、核爆弾も、ロストロギアってことになるの？」
「どうだろう。…猿の惑星じゃ、ロストロギア扱いだったような気がするけど…」
「…猿の惑星？核爆弾？…この世界は一体どうなっている？」
「んーと。私たちのことは、フェイトの説明を一通り聞いてから、改めて説明するよ。
とにかく、フェイトは、時空管理局の一員で、時空管理局っていうのは
ロストロギアっていう、ものすごい力を持った道具を管理するためにあるんだよね」
「概ねそういうふうに理解して欲しい」
「それと、フェイト殿がここに現れた事とは、どういう関係がある？」
「私たちは、今、闇の書という、ロストロギアを探している。
その途中で、強大な魔力による時空転移を発見したので、調査に来た」
「…神機の発動、のことですね」
「そりゃすごい魔力だろうな。なにしろ８００年の時間移動なんだから」
「？…いや、時間移動の魔法というのは存在しないはずだ」
「え？でも、弁慶は、間違いなく８００年未来から、こっちに来たんだよね」
「そりゃ…平成時代から、源義経とか、静御前のいる世界に来たんだから、間違いないよ」
「………これは一体どういうことなんだ？」
「これは、弁慶が説明してあげて。たぶん、私たちが説明するより
弁慶が説明するほうが、わかりよいと思うから」
「ああ、わかったよ九羅香」
確か、フェイトちゃんは、さっき”地球”って言ったよな。
だとすれば、もしかしたら、俺たちの世界の事がわかるかもしれない。
「手っ取り早く説明するよ。俺とこいつは、ここから数えて８００年未来から
神機の力で、こっちの世界に無理矢理呼び出されたんだ。
ここは、ちょうど鎌倉時代初期、源頼朝が幕府を開いた直後ぐらいかな。
俺の名前は武蔵坊弁慶…なんだけど、初代じゃない。
本物の弁慶さんは、教経に討たれた。俺はその弁慶さんから
弁慶の名前と、九羅香を守ることを託されたんだ」
「………弁慶？…おおむね思い出した。
では、これから奥州に出かけるのか」
「いや、それはもう終わったよ。なんか俺の知ってる歴史と、ここの様子は違うみたいで
佐藤兄弟も源義経も、那須与一に至るまで、女の子なんだ。
歴史が変わるついでに、もう頼朝まで亡くなってしまった。
正直、この先どんな歴史になるか、未来人のはずの俺にもわからないよ」
「……当然だ。この世界は、決して、８００年の過去ではない。
地球の８００年前によく似てはいるが、あくまで、独立した、ひとつの世界に過ぎない」
「なるほど〜つまり〜偶然〜弁慶さんの世界の〜８００年前に〜よく似た世界だと〜
いうこと〜なんですね〜」
「そういうことだ。時間移動の魔法など、アルハザードの伝説でしかない。
いかなるロストロギアも、未だかつて、時間移動を実現したことはない」
「なんか、種明かしされると拍子抜けだな」
「バカ兄貴、これがどういう意味かわからないわけ？
この世界が、単にあたしらの世界の８００年前とよく似てるだけで
無関係な世界だとしたら、あたしらの歴史の知識なんて全く役に立たないってことよ」
「おかしいなぁ…こっちの世界で歴史が変わったら、俺たちの世界の歴史も変わってたのに」
「弁慶様、そういう話をしている場合ではないでしょう」
「そうね。今、緊急に問題なのは、神機を奪おうとする奴が現れたって事よ」
「…神機を奪おうとする奴？」
「シグナム、って名乗ってた」
「！…それは、闇の書の、守護騎士プログラムの名前だ。
どうやら、ヴォルケンズに、何らかの理由で目をつけられたようだ」
「…ヴォルケンズ？」
「闇の書の守護騎士プログラム…いや、説明を簡潔にしよう。
闇の書の主に仕える騎士だ」
「闇の書っていうのも、ロストロギアの一種、なんだよね」
「そうだ。…もし、完成すれば、とんでもない破壊が起きる」
「神機と同じようにでしょうか？」
「神機がどんなものかはわからないから答えられない」
「……でも、シグナムは、主のために完成させるって言っていたよ」
「………闇の書について、説明したほうがいいか？」
「うん、お願いする。全然話が見えてこない」
「闇の書というのは、ロストロギアの中でも、極めて危険なものだ。
力が強大であるばかりではなく、もし闇の書が完成したならば
直ちにプログラムが暴走してしまう」
「そんな危ないものなら、見つけ次第壊してしまえよ。
太陽にでも投げ込んでしまえばいいんじゃないか」
「闇の書は、たとえ物理的に消滅しても、再生する能力を持っている。
そして、その暴走によって、闇の書の主も死に至る」
「ちょっとまてよ、それじゃつじつまが合わないぜ。
なんで、闇の書の主に仕える騎士が、主を破滅させるようなまねをするんだ」
「…それは、わからない。わからないから、まず話し合おうとしている」
「ですけど〜とりあえず〜闇の書の完成は〜妨害してる〜わけですよね〜」
「その通りだ」
「それで〜ヴォルケンリッターのみなさんには〜敵だと〜認識されてるんですね〜」
「そうみたいだ」
「困りましたね〜」
「…そうだな」
そういうと、フェイト、っていう女の子は、顔を曇らせた。
確かに、これではらちがあかない。
「…とにかく、その、シグナムって言う人と、お話がしたいんだよね」
「…そうだ」
「静、どうにかならない？」
「お話してくれたら〜神機を貸すっていうのは〜無理ですから〜」
「力ずくで捕まえるのも、あの強さでは無理だろう」
「戦ったのか」
「うん。一騎討ちでやったよ。すごく強いのはわかったけど
太刀筋に迷いがあるね。ちょっと濁りがあるよ」
「迷いがある…」
「…迷いがなければ、生きてなかったかも」
「それで、これからあなた方はどうする？」
「神機は、朝廷のもので、私たちはたまたまそれを回収したに過ぎない。
今から朝廷に返しに行くよ」
「その途中で、再び、ヴォルケンリッターが現れないとも、限らないだろう」
「そうだね。そのときには、一騎討ちにこだわらないことにするよ」
「それぐらいで対抗できる相手じゃないよ。
私は、AAA級魔導師だけど、速さでごまかすのが精一杯だ」
「なあ、そのAAA級って、どういう意味なんだ。今ひとつよくわからないぜ」
「玲奈、とにかく、すごく強いってことなんだろ。まあ、魔法使いって言われても困るけど」
「バカ兄はこれだから…進歩した科学は、魔法と区別が付かないっての、知らないの」
「知らないのって…クラークの法則は俺が教えたんだろうが」
「そうだっけ？」
「そうなんだよ」
「二人ともそこまで。
フェイトって言ったよね。
シグナムって、これからまたここに現れると思う？」
「現れるか、どうか、まったくわからない。
私も、ずっとここにいるわけにはいかない。
いつどの世界にヴォルケンリッターが現れるかわからない以上
来るかどうかわからない、この世界にいるわけにもいかない」
「…わかったよ。そういえば、ヴォルケンリッターの人たちは
フェイトと連絡を取ったりできるのかな？」
「それは、…出来る。自分から見つかるように、転送魔法を使うなら
こちらから出向く」
「わかった。じゃあ、もし、シグナムや、他のヴォルケンリッターの人が現れたら
私たちが話をすればいいんだよね。
闇の書を完成させても、暴走しちゃって、主が死んじゃうよって」
「…………だが、彼らは、強い」
「私たちも、弱くはないつもりなんだけどなぁ」
「AAA級魔導師なら、街を破壊するだけの力がある。
普通の人間では対抗できるはずがない」
「ですが、彼らのねらいは、私たちを殺すことではなく、神機を奪う事のはずです」
「それがどうかしたんですか、観月様」
「たとえ、私たちに勝っても、神機が行方不明になるようでしたら、意味はないでしょう」
「…どういう意味だ？」
「簡単なことですよ〜あまり力を入れすぎて〜神機を破壊してしまっては〜すべてが〜
台無しに〜なってしまいます〜」
「神機？」
「シグナムって人は、それを求めてこっちに来たみたいなんだ。
フェイトちゃんがこっちに現れそうになって、すぐに逃げたけど」
「…一足違いだったか」
「まあ、そういうことになるかな」
「…なあ、フェイトって言ったよな」
「そうだ」
「人を弱いように言ってくれるけど、それじゃ、そういう当人の実力、見せてくれよ。
あたしは伊勢忍軍の統領、伊勢玲奈ってんだ」
「…普通の武器では、バリアも抜けないよ」
「バリア？」
「これだ」
そういうと、フェイトは、空中に魔法陣を描いた。
「攻撃してみるといい」
「へー、面白い妖術だな。奥義水鏡の術」
玲奈の攻撃は、簡単に防がれてしまった。
「なるほどなあ。全然歯が立たないや」
「そりゃ、普通にやるからでしょ。今のを見て、大体わかったわ」
「なんだよ楓、楓ならなんとか出来るってのか？」
「あたしは奥州でも屈指の巫女なのよ。妖術破りは専門なんだから」
「それで、どうするんだよ」
「玲奈、ちょっと、得物貸しなさいよ」
「得物かせって、どうするつもりなんだよ」
「術式が初見だから、うまく行くかどうかわかんないけど…たぶん、これで大丈夫。
破邪のお札を書いたわよ。…もう一回、やってみて」
「なんにも変わったような気がしないぜ。本当に効果あるのかよ」
「いいから試してみなさいよ」
「…もう一度、やってみせよう」
そういうと、フェイトちゃんは、再び、バリアを発生させた。
玲奈の攻撃を完全に防ぐバリアか。少なくとも
フェイトちゃんが魔法使いだっていうのは、間違いないんだろうな。
「…へー、そうか、そういうことなんだ。わかったぜ楓。
つまり、こうやればいいんだろっ！」
玲奈が、鋭い一撃をフェイトのバリアに加えると、フェイトが張ったバリアが砕けた。
「バリアブレイク！あなたたち、一体…」
「ま、あたしらも、あんたらが思ってるほど素人の集まりじゃないってことよ。
全く手の内がわからない状態じゃ、何をやっていいかもわからなかったけど
術式がわかれば、対応は出来るわ。妖術も魔法も基本は同じでしょ。
結界破りの護符の変形を試してみただけよ」
「ツボを見抜いたあたしの直感も忘れないでくれよ」
「…一回見ただけで、私のバリアの破り方がわかったというのか」
「なのはみたいにリリカルな魔法を使うんだね」
「なのはが誰かはわからないけど…どうかな。多少は、やれる自信、あるんだよ」
「一旦、帰って、みんなと相談してくるよ。
私だけでは、決められないんだ」
「どっちにしても、私たちは、これから京に上って法皇様に顛末を報告する。
それまでに、もし、ヴォルケンリッターが現れるようなら
私たちも、事情を説得するように努力しよう」
「…わかった。お願いする」
そういうと、フェイトちゃんは、再び空に舞い上がって…転送魔法陣を描き、消えた。
一体いまのはなんだったんだろうか。ヴォルケンリッターに、時空管理局か。
ただでさえ俺が弁慶だっていうのが現実感のない話だっていうのに
ますます現実感のない話になってきてるぜ。
とにかく、さっさと法皇様に神機を引き渡して楽になろう。
とりあえず、神機を封印しても、観月ちゃんが死んじゃうとか
そんなことは一切ないみたいだから。
相手は、時空を超えて転移出来る能力があるということが、どういう意味なのか。
俺たちはまだ、実感としてわかっていなかった。
