異聞・少女義経伝・参
【第一章】
〜上京〜
…以上のように、次元世界の対称性から導かれる同時性保存則によって
時間移動を行う魔法が存在しないことが証明されます。しかしながら
これは、いくつかの平行世界が、次元干渉の結果としてある世界の
過去世界と類似することを妨げるものではありません。
この種の平行世界＝ごく近接した時間を持つ場合には双子世界と呼ばれますが＝は
決して珍しい物ではなく、たとえば第３５管理世界には、ほぼ300年程度の時間をおいた
管理外世界が７つ確認されています。
この現象の拡張として、すべての次元世界がある高次元を持つ根本世界の平行世界であって
それが4次元時空に次元空間を通じて投影されているとする理論が、いわゆる
「アルハザード＝プリズム」理論です。
この証明は…。
「ユーノ君、何を読んでるの？」
「ああ、なのはか。ミッドチルダから歴史学会の会報が送られてきたんだよ」
「そうなんだ。ユーノ君は勉強熱心なんだね」
「まあ、これがスクライア一族のお仕事だからね」
「…ねえユーノ君。それに闇の書の事とか書いてないの？」
「さすがにそれは無理だよ。指定ロストロギアについての詳しい調査は
管理局の許可が必要だからね。情報があるとしたら、管理局のデータベースにあるんじゃないかな」
「ユーノ君、それは見せてもらえないの？」
「一般人には難しいんじゃないかな」
「そうなんだ」
「なのは、今日はそろそろ休んだ方がいいよ」
「もうすこし大丈夫」
「いつ、ヴォルケンリッターと遭遇するかもわからないんだ。体調は
常にベストな状態に保っていた方がいい。
なにもジュエルシードを探している訳じゃないんだからさ」
「…うん、そうだね。ユーノ君」
…なんだったんだ今のは。
「で、バカ兄貴、これからのことについては決まったの？」
「バカ兄貴いうな！ったく、兄貴の事はバカ呼ばわりしないくせになんでおればっかり…」
「言われるだけのことはやってるでしょうが。上の兄貴は、立派なJリーガーなの。
なんであんたのあだ名が弁慶なのよ。次男で弁慶であたしがボクサー、最悪じゃない」
「関係ないだろ、ていうかそういう苦情は反則野郎に言ってくれ」
「なあ、弁慶」
「ああ、玲奈か、どうしたんだ？」
「これからのことを相談するから集まれって九羅香が呼んでるぜ」
「ああ、わかった、今から行くよ。てかおまえもこい」
「あたしはべつにいい…」
「遠慮するなよ。弁慶の妹ならもちろんあたしらの仲間だぜ」
「勝手に仲間扱いすんな。あたしはこのバカ兄を引き取りに来ただけなんだからっ」
「勝手に持っていくなよ。まだあたしらには弁慶に用事があるんだからな」
「はー。物好きってな世の中にいるものなのねー。
こんなでくの坊に一体なんの用事があるってのよ」
「用事があるんだからしかたないだろ。…ま、そこらの含めてついてこいよ」
「ま、いいわ。ここにいたってすることないんだし」
「そういうこと」
てなわけで、俺たちは広間に集まってこれからどうするかの相談だ。
「相談、といっても、特にすることはないんだけどね。
だけど、これから神機をどうするのか、についてはちゃんと決めておく
必要があると思うんだ」
「神機を封印すれば、弁慶様と妹さんは、元の世界に戻る他ないのですね」
「そういうことになるな。だが、神機を封印しなければ、また神機の力を巡って
争いが起きることになるだろう」
「いっそのこと〜私といっしょに〜神機を国外に〜もっていってしまっては〜どうでしょう〜」
「静様、そういうわけにもいかないのです。神機は単なる破壊の道具ではありません。
本当にそれが必要とされるときには、その力を発揮しなければならないものなのです」
「まったく、面倒な代物もあったものよね。お姉さま、いっそ壊してしまうわけにはいかないんですか」
「壊せる物なら、とっくに朝廷の陰陽師が壊してると思うんだ。
今までずっと残していたものなら、きっと残すだけの理由があるんだと思う」
「…なあ、神機って、もともと朝廷の持ち物なんだろ。
まずは、上京して、法王に返せばいいんじゃないか」
「あたしはそれに一票。カエサルの物はカエサルに返すべきじゃないの」
「カエサル？…」
「あ、ああ、平成時代にはそういう言葉があるんだよ」
「キリストさんの〜言葉〜ですね〜」
「え？なんで静さんがそういうことを知ってるの？」
「キリストさんが生まれたのは〜1200年近くも〜昔のことですよ〜」
「そういえばそうか。平安時代もずいぶん昔だけど、ローマ帝国はもっともっと昔なんだ」
「はい〜そういうことです〜」
「……本当に、それでいいのかなぁ」
「どうした弁慶。なにか引っかかることでもあるのか」
「いや、なんでもない。たぶん杞憂なんだと思う」
「どうした弁慶。どんな些細なことでも言ってみてくれ。
神機の封印で、一番影響を受けるのは、弁慶なんだぞ」
「…ああ、九羅香がそこまで言うなら…
だけど、本当にたいしたことじゃないよ。ただ、法皇様自身が
神機の妖力に取り憑かれないって保証はどこにもないって思っただけ」
「弁慶様。あまり疑っていてはきりがないです」
「ですが、弁慶様のご心配もわかります。法皇も人の子です。
おじいさまや頼朝殿が神機の誘惑に負けてしまったように
法皇が神機に誘惑されない保証は、ありません」
「それを言ったら、私が神機に魅入られない保証もない、ってことになるよ」
「…それじゃあ、やっぱり壊すしかないんじゃないかな」
「だから、どうやって壊すのだ弁慶。私たちは、あまりに神機についてしらなさすぎるのだぞ」
「…結局、堂々巡りなのか」
「…………何をやっても同じ、ってことでいいのかな、みんな」
「ええ、たぶん、そういう事になるのでしょうね、九羅香様」
「よし。それなら、神機を持って京に上ろう」
「九羅香。それはまたどうして？」
「…誰が持っていても誘惑に負けるのなら、誰が持っていても同じじゃない。
少なくとも、私たちが神機に魅入られないようにするのが第一だよ。
法皇様が、もしかしたら、兄上のように神機に魅入られることがあるのかもしれない。
でも、そのときには、私たちが法皇様を止めればいい。
私たちが魅入られて神機を使うようになるよりは、そっちのほうがましだと思うんだ」
「…そうだな。神機を持った九羅香と戦うとか、俺自身が神機に乗っ取られるとか
そういうのは想像するだけでぞっとしないもんな」
「これで決まりね」
「ま、あたしははじめから異存はないわ。まあ、バカ兄が足を引っ張るでしょうけど
あたしが来たからには大丈夫よ」
「楓が二人になったみたいだな」
「あたしをあんな暴力女と一緒にしないでよね」
「人のことが言えるか」
「あ、あんなところにカタツムリが…」
「ぎゃーっ！」
「…いない」
「…一度、楓殿とは決着をつける必要がありそうだな」
「望む所よ、いつでもおいで」
「二人ともけんかするな！…ともかく、姉上の政子殿もまだ
神機の妖力に取り込まれていた影響が抜けきってないんだ。
今この国には、力の空白が生まれてるのは、事実だよ。
私たちは、兄上にかわってこの国を治めるような力量は残念ながら、ないんだ。
やっぱり、ここは、神機を朝廷にお返しするのが一番だと思うよ」
「…でも、神機を封印しちまったら、弁慶は帰っちゃうんだろ」
「あんたらね。自分たちが何を言ってるかわかってんの？」
「…だけど、私たちがどれだけ弁慶を必要としてるかについては
わかってもらえたんじゃないかな」
「………あんたらが、バカ兄を仲間として大切にしてるってのはわかったわ」
「それだけわかってくれればいいんだ。
それで、あなたも一緒に上京してくれるだろうか」
「もちろんよ」
「よし、それなら、明日にでも早速鎌倉から京に上ることにしよう。
みんな、準備を整えて。
途中、神機を奪われでもしたら大変だから」
「ああ、そうだな」
「…ところで、デカ物」
「デカ物って、あたしのこと？」
「ほかにいないだろ」
「あんたね」
「本当に腕が立つんだろうな。拳が凶器なんていっても
しょせんは試合で強いだけなんだろ」
「このチビ助、あたしにけんか売ろうっての？後悔するわよ」
「玲奈、挑発するな」
「いや、ここは玲奈殿が正しいな。
本当の実力がどれほどの物か、私たちはまだ誰も知らない」
「そうですね〜ボクシングで強くても〜戦いに強いかどうか〜わからないですよね〜」
「九羅香様、玲奈様、何も皆が戦う必要はないではありませんか。
一時、私たちが観月様を守っていたように、…いえ、皆様が私を
助けてくださったときのように、弁慶様の妹さんも守ればよいのです」
「あたしは、与一に賛成ね。観月が自分の実力を証明したみたいに
あんたも、自分の実力を証明して欲しい所だわ」
「で、バカ兄、あんたの意見は？」
「俺？そこで俺に振るのかよ…」
困ったなぁ…確かに、あいつはボクシングじゃ強い。
だけど、ボクシングはあくまでスポーツだ、殺し合いなんかじゃない。
俺たちがやってきた戦いとは全く異質なんだ。
出来れば、俺はあいつに、俺たちがやってきたような戦いはやらせたくない。
「ま、びびったならそういえよ。べつに誰も責めないぜ」
「だれが怖じ気づいたって？武器を持たなきゃ何にも出来ないくせに」
「あたしは素手が武器なんだぜ」
「へー、じゃ、ひとつお手合わせ願おうかしら」
「望むところだぜ」
「俺を無視して話を進めるなっ！」
「ファイターがここまでいわれたら、引っ込んでいられないわよ」
「あたしも、言い出しっぺだからな。ちゃんと実力のほどを見てやるよ」
「…まあ、二人がそこまで言うなら仕方ないかな。
じゃ、ひとつ試合ってことで手合わせしてよ」
てなわけで、なぜか庭であいつと玲奈が素手での対決をすることになる。
なるほど、あいつの方がウェイトは圧倒的に上だ。
ボクシングで戦うなら、俺は玲奈の方の心配をする。
だけど、これは完全な異種格闘戦だ。ボクシングの経験しかない
あいつが、百戦錬磨の忍者、玲奈に対抗出来る気がしない。
「これでよしっと」
「なに手に巻いてるんだ？」
「思い切り殴ると、拳を痛めちゃうからね。
ま、これで思い切りやれるってものよ」
「よし、じゃあかかってこいよ」
「言われなくても、こっちから行くわよ」
あいつは、ボクシングスタイルで構える。
「へー。それが構えか。意外と理にかなってるんだな」
「当たり前でしょ。800年の進歩は伊達じゃないのよ」
玲奈は滑るように間合いを取る。
あいつもはねるように間合いを詰める。
ひゅっ！
「玲奈、血が出てる」
「つー。いま一体何をやったんだ？」
「あたしの拳は切れるってことよ」
「手の甲を切っただけだろ。まだ勝負はこれからだぜ」
間合いぎりぎりからガードを狙って打ったのか。
もちろん、間合いぎりぎりから打ち込んでいるから
深く当たることはない。だけど、あいつは当たる瞬間に
手首が回転するから、当たると皮膚が切れる。
それで、ブロックした玲奈の手の甲が切れてるってわけだ。
普段は手甲をしてるのに、今回は素手での戦いってことで
玲奈は手甲を外している。
これは玲奈が不利なのかもしれないな。
「へっ。この玲奈様がこんなことでひるむわけないだろ。
行くぜ」
玲奈がこんどは素早く間合いを詰める。
「あまいっ！」
綺麗にカウンターのストレートが入った。
いや、カウンターを予測して玲奈の奴は
素早くかわした。
だけど、あいつの方もそれで間合いをとりなおす。
「捕まえさえすればこっちのものだぜ」
「そうね、捕まえさえすれば」
「ちぇ、ちょこまかちょこまか…」
「ほらほら、どうしたのかしら、さっきまでの威勢は？」
玲奈相手に、次々とジャブを繰り出して襲う。
リーチの差が絶対的で玲奈が素手で攻撃するのは不可能だ。
玲奈も致命傷にならないようにガードはしているが、じり貧にしか見えない。
あれ？でも玲奈ってあんなに動きが遅かったか？
「結構やるじゃないか。見直したぜ」
「減らず口をたたけるのもいつまでかしら」
「…でも、弱点はとっくに見つけてるぜ」
というなり、玲奈は体を低く落として飛びかかる。
「！」
玲奈があいつの足を両腕でつかむ。
そのままひっくり返そうとする玲奈。
あいつは瞬間にそれを感じて上から渾身のパンチを玲奈に…
「そこまでっ！」
二人の動きが止まった。
「今のは相打ち！…って認定するけど、二人ともそれでいい？」
「相打ちって、あの態勢からどうやって相打ちに持ち込むってんだ？」
「ノーガードであんたの頭を殴り飛ばすつもりだったのよ。
あんたをたたいて、それから受け身をとればあたしの勝ちのはずよ」
「完全に死に体だったじゃないか。あんな態勢から殴りに掛かったら
こけたときに頭を打つぞ」
「そのかわりに、あんたも脳しんとう起こすぐらいのパンチを 受けてたはずよ」
「よくそこまで強気になれるな」
「本当のことよ」
「…確かに、それは出来ると思う。だけど、私たちの戦いは命がけなんだ。
相打ちねらいの技っていうのは、本来禁じ手なんだよ。
それはわかって欲しい。玲奈は、あなたが受け身に回ると思って
ああいう風に、足を取りにいったんだ」
「倒れる時にうけみをとってたら、相打ちに持ち込むのも無理だったわ。
一旦倒れてしまったら、あのスピードに負けてそのまま決められてたでしょうね」
「…それは認めるんだな」
「だから捨て身で殴ることにしたのよ。たおれるまでにたおせばあたしの勝ちだったはずだわ」
「あの状態からそこまで判断かよ。いい度胸だぜ」
「チビ助にしては、よくやったってほめてあげてるのよ」
「チビ助いうなっ！」
「ま、実力のほどはわかったんじゃないかしら。
最初であったときの弁慶よりは、役に立ちそうに見えるわよ」
「ほっとけ楓…」
「…これで、みんな気が済んだかな。さあ、京を目指そう！」
「おうっ！」
あいつも、なんか九羅香達とうち解けたみたいだな。
神機を封印するかどうかはともかく。
これで少なくとも京都までは平穏にたどりつけそうだ。
俺たちはまだ、このときは、それほどまでに楽観的だったんだ。
