異聞・少女義経伝・参
【序章】
〜兄妹〜
「弁慶、それで、これからどうするの？」
「弁慶様、…神機を、封印してしまうと、弁慶様は…未来へ、かえってしまわれるのですね」
「まあ〜私も〜故郷を探しに〜旅に〜出るのですから〜」
「…そうだな。私も那須家に帰る。弁慶、おまえだけが離れるわけではない」
「今生の別れじゃあるけどな」
「あーあ、ったく男のくせに優柔不断なのよね。あんた、自分が何のためにここにいるか
本当は一度も考えたことないんじゃない？」
「楓様、それは言い過ぎです。…すべては、私が元凶なのですから…」
「…観月ちゃん、そういうわけでもないよ」
あ、状況を説明するのを忘れいていた。
俺の名前は武蔵坊弁慶。元を正せば、平成時代の普通の高校生だ。
普通の高校生だったはずなんだけど、なぜか観月ちゃんの妖術で
タイムスリップして、平安末期、源平合戦の時代へと呼び出されてしまった。
その後、義経配下の弁慶として、源平合戦、そして、一旦現代に帰った後
また呼び出されて、義経を守るための戦いに参加することになったんだ。
そして、今、すべての戦いは終わった。
神機に乗っ取られていた頼朝は、滅びた。
神機は今、封印の解けた状態のまま、義経が管理している。
これを封印してしまえば、すべては終わる。
義経主従は、それぞれ自分の道を歩むことになる。
もちろん、俺の役割も終わりだ。平成の時代に帰って
再び、普通の高校生としての生活を送ることになる。
…もう少し、説明がいると思う。
俺のいるこの世界では、源義経は、実は女の子の源九羅香。
頼朝のために戦うために、義経と名乗っていたんだ。
他の、佐藤継信や佐藤忠信、那須与一までみんな女の子なんだから
頭がこんがらがる。さすがに、静御前が男だったりはしないが。
「きゃーっ！」
？この声は？
「弁慶、神機のある部屋の方だ」
「今のは、巴御前の声でしたよね」
「なに悠長なことしてるのよ、神機は無事か確かめにいかなきゃ」
「うむ、楓殿の言うとおりだな」
ばたばたばたばたばた…俺たちは、全速力で神機のある部屋へと急いだ。
「な、なによここは」
私の名前は…まあ、どうでもいいわ。
私の名前より、私のバカ兄の名前の方が大事よ。
何をとちくるったのか、修学旅行から帰ってきたら
自分が武蔵坊弁慶になって源平合戦に参加してきたなんて言い出すんだから。
おまけに、ただでさえぼんやりした独活の大木だったものが
ますますうどっぷりに拍車を掛けてぼーっと昼行灯になっちゃって。
ショック療法だっていって兄貴の悪友二人が担任と一緒に
また京都旅行に連れて行ったのはいいけど、行方不明になっちゃうし。
それも、長野先生まで消えちゃうんだから無茶苦茶よ。
教師と一緒に駆け落ちだなんて言われちゃ、あたしが迷惑だわ。
それで、とりあえず、バカ兄貴が泊まってた旅館の、バカ兄貴が泊まってた
部屋に、何か手がかりでもないかと探しに来たってわけ。
そしたら、何か急に妙な光が現れたかと思うと、急に妙な刀や金属板のある
部屋へと転移してたのよ。
…と、落ちつきなさい、落ちつくのよ、おちつけって…。
「巴御前、無事…」
「くぅぉのう゛ぁかあにがぁ！どこで油うってやがったぁ！」
「わっ！急に殴りかかってくるな。命にかかわるだろっ！」
「やかましい！どっちが悪いか胸に手を当ててよく考えろっ！」
「…あの、さ…弁慶」
「弁慶様も、あなた様も、まずは落ちついてください」
「あらら〜弁慶さ〜ん。もしかして〜隠し子ですか〜」
「とにかく落ち着け。弁慶を殺す気か」
「な、なによ。なんであのバカ兄の肩を持つのよ」
ばきっ！
「ちょ、…ごめん」
「…いったぁーい…」
「九羅香？大丈夫か？あいつのパンチは凶器だから、骨でも折れてないか？」
「う、うん…とっさに受け身をとったから、なんとか大丈夫だと思う」
「どこの誰かは知らないが、まずはあやまった方がいいだろうな」
「…………ごめんなさい。…寸止めしたから、骨は折れてないと思うけど…」
「まともに当たっているじゃないか」
「いや、確かに止めようとはしてたぜ。間に合わなかったみたいだけどな」
「このバカ女！私のお姉さまになんてことするのよ、死んでわびなさい！」
「楓、もういいから。とりあえず、この場は収まったみたいだから、ね。
楓も落ちついて」
「…………あの、一体何が起きたのでしょう？」
「観月様、どうやら、巴御前が神機をいじっていて、何かが起きたようです」
「………あーもう！一体なにがなんだかわからないわよ。
殴ったのは悪かった。悪かったわ。何回でもあやまるわよ。
だけど、一体ここはどこ？あなたたちはいったい誰？」
「……一から順を追って説明する。途中、理解出来ないことがあっても
最後まで黙って聞いて欲しい」
「……いいわ。あなたを殴っちゃったの、事実だし」
「…私の名前は、源九郎義経。義朝が子、頼朝が弟。
だけど、それは世を忍ぶ仮の姿で、本当は源九羅香。
兄上、源頼朝のために戦うために、男装していた。
途中、観月殿の人寄せの術で、未来から弁慶が呼び出されたが
私にはわからない事情で、私の元へ転送されてきた」
「…ちょっといい？」
「質問は最後にして欲しいんだけどな」
「だけど、これだけ教えてよ。
兄貴が弁慶って、どういうこと？」
「今から説明するつもりだった。
本当の弁慶は、べつにいるんだ…だけど、もう今はいない。
五条大橋で、教経に殺された。…今の弁慶は、その、平安時代の弁慶から
薙刀と、弁慶の名前を託されたんだ。…あと、私のことを。
それ以来、弁慶は、私と一緒に戦ってくれている。
平泉で泰衡に謀殺されかけたときにも、弁慶が助けてくれた。
…次に、神機の説明をしよう。
神機というのは、…ちょっと、観月ちゃん替わって。
私にも全然わかんない」
「…はい、わかりました九羅香様…
神機というのは、簡単に申しますと、霊界と現世とをつなぐ扉の役割をするものです。
単純な扉ではなく、霊界の存在をこちらに呼び出したり、霊界の力を
引き出すことも出来るのです。
その力の応用として、未来にある存在を呼び出す事も可能なのです。
普段は、神機はその力を封じられているのですが、神機の力が解けている
時代の力が作用しますと、神機の封印は解けるのです。
弁慶様は、神機の封印を解くために、呼び出されることになったのです」
「……ねえ、質問していい？」
「ええ、どうぞ」
「なんで、兄貴でなければならなかったの？」
「偶然です。もしかしたら、その偶然の中に何らかの必然があったのかもしれません。
私にわかるのはただ、弁慶様を呼び出そうとしたわけではないということ、それだけです」
「……ふーん。簡単に言うと、今は平安時代で、あのバカ兄が武蔵坊弁慶で
あんたらが義経とその郎党ってことなのね」
「そうだ」
「……………で、それを信じろってわけ」
そう、それを信じろって言われたって、そんな人を食った話信用できるかってんのよ。
だけど…。
「信じないのも無理はないよ。…だけど、九羅香達の言った事は、正真正銘の真実なんだ」
「……で、バカ兄、夢は終わった？そろそろ帰るわよ。みんな、心配してんだから」
「………ああ、わかってる…けど…」
「けど？」
「………ごめん。もう少し、考えさせてよ」
「考えるって、何を考えるのよ」
「…………」
…ぴこーん！
ああ、なるほど、女ばっかりの集団に男1人ですか。
命を賭けての戦いをくぐり抜けてきたってわけですか。
あたしだって、ファイターの端くれ、死線をくぐり抜けてきた目は見ればわかる。
あんな荒唐無稽な説明を納得したわけじゃないけど、少なくとも
幾多の戦いをくぐり抜けてきた奴らだってことだけは、見て取れる。
「…それで、あんたらが、このバカ兄についてくるって決着は、無理なの？」
「…それは、絶対に無理です。弁慶様は、神機が封印されれば自然に元の時代に戻ることになります。
そして、私たちでは、時間を超えた移動を行うことは、不可能です」
「なるほどね。それであのバカ兄が悩んでるって訳だ」
「バカ兄バカ兄いうな！」
「あんたね、バカ兄と呼ばれたくなかったら、もっとしゃきっとしなさいよね。
何優柔不断なことしてんのよ。あんたがそんな風だから、あたしまで巻き込まれたんじゃない」
「巻き込まれたって…たぶん、おまえは神機を封印しさえすれば、元の時代に帰れるよ、心配ない」
「それって、バカ兄も、未来に帰るってことでしょが」
「……ああ、そうか…」
「そうかじゃないっ！ったく、まともな脳みそついてんのかあんたは」
「だから叩くなって、おまえの拳は凶器なんだから」
「なあ弁慶。なんでこいつの拳に限って凶器なんていうんだ？」
「そりゃ、私はこう見えても、女子ボクシングのプロライセンスを持ってますからね。
15歳にしてプロデビュー。５戦して５勝０敗５KO。それも全部１Rで決着つけてるわ。
ま、少なくとも、最強の女子中学生を名乗っても、あながち空威張りじゃないってことね」
「へー、そんなに素手での戦いに自信があるのか、じゃ、ひとつあたしとやってみようぜ」
「あら、私に挑戦するつもり？ウェイト差は絶対的じゃない」
「二人とも止めろ。今はそんなことをしている場合じゃない。
………弁慶の妹さん、だったよね。
とりあえず、弁慶の隣の部屋を用意する。これからどうするか、弁慶とよく話し合って欲しいんだ。
私たち自身も、これからどうするか、まだ本当のところでは、結論が出てないんだ。
兄上がなくなられて、これから、一体どんな風に時代が動いていくのか。
いや、私たちがこれからどういう扱いを受けるのか、まったくわからないんだ」
「未来が見えるのは神様だけでしょ。…九羅香さん、だったっけ？」
「九羅香でいいよ。みんなには、そう呼んでもらってるんだ」
「…年上を呼び捨てってのな、抵抗あるよ。九羅香さんじゃだめかな？」
「呼びたいように呼んでくれればいいよ」
「じゃ、九羅香さん。…このバカ兄の気持ちが落ちつくまで、あたしもここにいるわ。
その方が、なにかと都合がいい人がいるんでしょ。私の勘だけどね」
「…うん、そうかもね」
なんだか、俺を蚊帳の外において、勝手に話が進んでしまった。
ていうか、これはもう神機を封印しちまうしかないんじゃないか？
俺はともかく、あいつまでこの時代にとどめちゃまずいだろう。
俺は、そんな風に思っていた。
頼朝の死が、新たな神機争奪戦の幕を開ける。
それが俺には…たぶん、九羅香達を含めて誰１人…想像することが出来なかったんだ。
