異聞・少女義経伝・壱
【第五章】
〜神機〜
「どうやら、戦はひとまず小康状態のようだな」
「はっ。教経に阻まれて源氏の軍も体勢を整え直しているようです」
「知盛、そろそろ、あれを集めるぞ」
「はっ。神機でございますな」
「知盛様。神機でしたらすでに三つとも平氏の手にございましょう。
なぜ今更神機を集める必要があるのでしょうか」
「平氏が持っているのは神機にあらずして神器。
いわば神機の代用品にすぎん」
「代用品でございますか…」
「廉也、難しいことは考えるな、我らはただご命令に従っていればよいのだ」
「…廉也、命じておいた通りのものは見つけたか？」
「はい。あれでしたらすぐにでも取りに行くことが出来ます」
「よかろう。だが、あれは義経達に持たせておくのだぞ」
「それは一体どういうことでしょう」
「それは、今から起きることを見ればわかる」
俺たちは、法皇の御前のずっとずっと下座に座らされた。
それでも氏素性のはっきりしない俺みたいな奴が
法皇の御前に招かれるだけで大した物なんだっていうのは紅葉に教わった。
俺たちの時代でも、園遊会に招かれるだけで大変なことだもんな。
そういうのと同じなのかもしれない。
そんなことを思って待っていると、静さんの舞が始まった。
静さんが踊る所を見るのは初めてじゃないけど、さすがに
法皇の前で踊るだけあって、気持ちが入っているのがわかる。
だけど、平成の感覚からすると、やっぱりのんびりしたテンポなんだよな。
すごいのはわかるんだけど、俺にとっては間が持たないや。
そんなことを思っているうちに、静さんの舞は終わった。
御簾の向こうから声が響く。
「法皇様におかれましては、先ほどの舞、はなはだ見事であるとのことである」
「はい〜お褒めにあずかり〜ありがとうございます〜」
俺は、そばの紅葉に小声で聞いてみた。
「なあ紅葉、今の声が法皇様」
「いえ、違います弁慶様。
法皇様は直接下々とはお話になりません。
今話されたのは取り次ぎの方ですよ」
「へえ、そうなんだ。だけど、どこかで聞いたような声なんだよな。
どこだろう？」
俺の考えは、法皇の取り次ぎの声で断ち切られた。
「源義経においては、こたびの戦、大儀であったとのお言葉である」
「は、ありがとうございます」
「その武勇を見込んで、直々に義経に頼みがあると、法皇様は仰せである」
「は、はい、なんでしょう？」
「隠されている神機を御所に集めてもらいたい。
それが法皇様のご意向である」
「は、しかし、神機でしたら今平氏が持っているのではありませんか」
「それはすべて偽物である。本物の神機はあらかじめ都のそばに隠してあるとのお言葉である」
「は、はい、かしこまりました。しかしいかようにして探せばよろしいのでしょうか」
「…盗賊などに奪われぬよう、妖魔を用いて守らせているとのお言葉である。
妖魔の巣を探し、これを封じよ。さすれば神機はそこに隠されてあるとのお言葉である。
都の民を守り、真の帝を立てるための大事な仕事ゆえ、くれぐれもぬかりなきように。
これが法皇様の思し召しであるぞ」
「は、はい…かしこまりました」
「では、下がってよい」
「恐れながら法皇様」
「なんだ」
「…今、都は折からの飢饉で荒れ果て、民はその日の糧もなく
道々には飢えて行き倒れた人の亡骸が横たわっております。
願わくば法皇様のお力で民を救い給わんことを」
「・・・・・・・・」
九羅香がそう言った後、しばらく、返事が返ってこなかった。
いや、ずっと返事が返ってこない。
もしかして、ものすごくまずいことを言ってしまったんだろうか。
言うまでもなく、法皇の御前だからみんな素手で来てる。
こんなところで上意討ちなんて喰らったらひとたまりもないぞ。
「……………救えるものであれば、すでに救っているとのお言葉である。
疾く、神機を集め、戦を終わらせよ」
「・・・かしこまりました」
「神機を集めていること、くれぐれも他言無用である。
かくのごとく心得られよ」
俺たちは、なんとなく、重苦しい気持ちで御所を後にした。
「なあ、本当に法皇って貧乏してるのか？」
「してるわけないだろ。あの御簾や畳だってやすくないぜ」
「どこの貴族も飢饉に備えて倉にたっぷりと蓄えているからな」
「蓄えるぐらいだったら分けてくれればいいのに」
「じゃ、ちょちょっともらってこようか」
「やめろ玲奈。それでは強盗ではないか」
「人助けだろ」
「九羅香様、申し訳ありません、私がつまらないことを言ったばかりに」
「ううん、そんなことないよ紅葉。
だけど、私たちは、…こういうことになると、無力だからね」
「妖魔さんを〜退治するのが〜先ですよ〜」
「うん。…妖魔に神機を守らせてるんだったら、神機を集めるのも
妖魔を退治するのも同じだもんね」
「妖魔って、人を襲うんだろ。だったら野放しには出来ないよな」
「そういうこと。…じゃ、張り切って妖魔の情報を集めよ。
神機を集めれば戦が終わるかどうかはわからないけど
妖魔は退治しなきゃいけないのは本当だよ」
「そういうことなら、あたしの出番だな。
忍ねこ達を手分けさせて情報を集めてくるぜ」
「お願い、玲奈」
「任せとけって」
「弁慶、なにぼんやりしてるの？」
「いや、べつになんでもないけど、ただ」
「ただ？」
「あの取り次ぎ、どこかで聞いたような声だなって」
「弁慶さんも〜そう思われますか〜」
「え？」
「私も〜どこかで聞いたような声だとは思うんですが〜思い出せないですね〜」
「んー。静さんが聞いたことがあるんなら違うか」
「何がでしょう〜」
「考えても仕方ないって。
じゃ、早速今日の用事にとりかかろうよ」
俺たちはひとまず館に帰ってからとりかかろうと思っていた。
ところが、館に帰ってから取りかかるなんてことにならないから
世の中わからないものだ。
「あ、弁慶にいちゃん、紅葉ねーちゃんはどこ？」
「紅葉は・・・」
公の仕事で出かけていたから、今紅葉は男装してる。
継信で通さないとまずいよな、やっぱり。
「…今出かけてるけど、何かあったのか？」
「鈴が化け物に連れ去られたんだよ。
住職さんに話したら、義経様を呼べって」
「義経は私だ。その化け物はどちらにむかった？」
「あっちだよ、案内…」
「いや、危ないからおまえは寺に戻っていろ。
玲奈！忍ねこを使ってあちらの方の鬼門を探せ。
他の全員は武器もって集合。すぐに救出に行くよ！」
「おう！」
玲奈の忍ねこの情報収集力はすごい。
あちこちに飛び回って玲奈の所へ定期的に報告に来る。
だけど、もっとすごいのは九羅香の…義経の聞き込みだな。
道行く人に次々と声を掛けて、どっちに化け物が出たか聞き出してる。
だけど、こんな京の真ん中に化け物があらわれて、しかもみんな
驚きもしないなんて、一体どうなってるんだ？
「それだけ、京が荒れ果ててしまったと言うことです」
「荒れ果てたから、あたしらが妖魔を退治しなきゃいけないんだろ」
「うん、範頼殿からも京の治安維持は任されてるんだし
こんなの、放置しておけないよ」
「ていうか弁慶。静だって楽々走ってるのに息があがってるのか？」
「や、やかましい。一番重い物を持って走ってるんだよこっちは」
「その分体も大きい・・んだよ・・・」
「無理に〜しゃべらなくても〜いいですよ〜」
「こういう鍛錬もさせておけばよかったな」
「・・わかった左助。みんなこっちだ」
「ありがとう玲奈」
玲奈の言うとおりに行くと、なるほどおどろおどろしい雰囲気の一角に出る。
「そこだっ！」
「びきぃ！」
与一の弓が物陰から飛び出してきた妖魔を捕らえた。
だけど、それは始まりにすぎなかった。
あちこちから次々と妖魔が現れる。
「これだけの数だと、さすがに普通に戦うのでは苦しいな」
「みなさま、離れていてください」
「あれ使うの？継信」
「竜樹萌芽！」
紅葉が槍で地面を突くとそこから二本の木が現れて妖魔をなぎ倒す。
…それから、その二本の木はすぐに地面に吸い込まれるようにして消えた。
これって一体なにが起きたんだ？
「弁慶、いまさら妖術ぐらいで驚くな。
援護しろ、行くぞ！」
「わ、わかったよ義経」
義経と俺とが紅葉があけた突破口から妖魔の背後に回り込む。
玲奈と紅葉で挟み撃ちでなで切りだ。
ひゅんっ！
俺をかすめて与一の矢が飛んでいった。
「与一！なにする…」
「おまえは義経殿の言葉を聞いていなかったのか！
後ろを見ろ！妖魔を義経殿に近づけるな」
与一に言われて振り返る。
なるほど、妖魔が現れて…って、これを全部俺が防げってのかよ。
幸い、京ったってここははずれだ。道もそんなに広くはない。
俺が道の真ん中に立って薙刀を振るえば端から端まで届かないってこともない。
「おらおら〜、死にたい奴はかかってきやがれ！」
「もうすでに死んでるけどな」
「つまらない冗談を言う暇があったら〜戦ったほうがよろしいかと〜」
「そういう静はどうなんだよ」
「私は〜応援団ですから〜」
「応援団だからなんだってんだ」
「みなさん〜からだが軽くなってませんか〜」
「・・言われてみれば、今まで息が上がってたのが嘘みたいだ。
静さん、一体なにをやったの？」
「うふふ〜これが私の奥義ですよ〜」
静さんの舞って、こんな力もあるんだ。すごいな。
「感心してるばかりでどうする。…食らえ！金剛の三矢！」
与一の矢で一気に妖魔が３体倒される。
これは俺も負けていられないな。
？…なにか、俺の体の中に力がみなぎってくるのを感じる。
薙刀から波動が押し寄せてくるような感覚だ。
今なら、俺にも出来そうだ。
「滅殺！神風陣！」
真横に振った薙刀が炎の竜巻を生み出すと俺たちにむかって押し寄せてきている
妖魔の大軍をなぎ払った。
「見たか！妖魔どもめ！」
「弁慶様、今の技は一体…」
「ああ、なんとなく出来そうな気がしたんだ。
まさか本当に出来るとは思わなかったよ」
「へー。おまえ、いざというときにはちゃんと役に立つんだな。見直したぜ」
「能ある鷹は爪を隠すってな」
「この、すぐに調子に乗る性格はどうにかならんのか」
「腰抜けよりはよっぽど役に立つよ。でも、過信しないようにね。
じゃあ、行くよ。あっちの方に何か鬼門がありそうな雰囲気があるんだ」
「…そうですね。まがまがしい気を感じます」
「よし、突撃あるのみ！」
なるほど、九羅香の言うとおり鬼門があった。
すぐに与一が破魔矢を撃ち込んで破壊する。
「これは小さい鬼門だな。
これほどの気はこんな小さな鬼門のものではない」
「与一、それって、このあたりに鬼門がたくさんあるってこと？」
「簡単に言うとそうなるな。どうやら、妖術が使える妖魔を生み出すほどの
巨大な鬼門がこの先にあるらしい」
「な、妖魔が妖魔を生み出すのかよ」
「それほどの巨大な鬼門は、お話でしか聞いたことがありません。
まさか本当に作れる術者がいるなんて」
「朝廷直属の陰陽師だったら出来てもおかしくはないよ」
「みんな、妖魔が来るぜ」
「まったく〜切りがありませんね〜」
「鬼門を封じれば妖魔は出てこなくなるよ。
…どうやら、あそこを中心にして鬼門が配置されてるみたいだ」
「…そうですねえ〜妖魔さんも〜あちらを守ろうと必死のようですから〜」
「じゃ、あっちに突撃すればいいんだな？」
「いえ〜まっすぐつっこむと〜背後をつかれます〜
ここは〜外周を守る鬼門を一つずつつぶすのが〜正解ですね〜」
「よし、じゃあ雑魚鬼門を徹底的につぶすよ。
みんなついてきて」
なるほど、さすがは静さんだ。
中央の鬼門を守ろうとする妖魔は
他の鬼門を必死で固めようとはしてない。
だから、外周を回って鬼門をつぶそうと移動することで
妖魔とそれほど激しくぶつかり合わずに
後で俺たちの背後を襲ってきそうな鬼門をことごとくつぶせた。
そして、ぐるり一回りしたところで、妖魔の数は最初の半分以下にまで減っていたんだ。
「私たちだけを〜相手にすればいいわけでは〜ないですからね〜」
「警戒のために戦力が分散されたというわけか。さすがは静殿だな」
「よし、じゃああそこを突破するよ」
「万物六徳圧縮！」
静さんの魔術で妖魔達の頭上に岩が降り注いだ。
混乱する妖魔達を紅葉や玲奈や九羅香が徹底的にたたきつぶしていく。
俺はその後ろから、物陰を警戒する役だ。
静さんはいつも通りの応援団で、しんがりは与一がつとめている。
そこで俺たちが見た物は、巨大な鬼門と、その鬼門に今にも吸い込まれようとしている鈴だった。
「鈴！いま助けに行きますよ！」
「馬鹿！不用意に近づくな！」
紅葉の耳に、与一の叫びは聞こえなかった。
鈴を引っ張り出そうと鈴に近づいたとたん
紅葉自身が鬼門の妖気に引きずり込まれそうになる。
「きゃあ！」
「これでも食らえ！」
玲奈が爆薬を鬼門に投げつけるが全く通用しない。
「・・・・秘剣！一騎刀閃！」
九羅香の一撃が鬼門を叩き割った。
ええ？刀でたたき割るって、一体どういうことなんだ？
「継信、鈴ちゃん、大丈夫だった？」
「は、はい…九羅香様、ありがとうございます」
「ちっ！なんであなた達がそこにいるんです」
「誰だ！」
俺たちは声のする方を振り返ってみた。
そこには、おおよそここにいるはずのない人物の姿があった。
「・・・・あんた、確か…どこかで会ったよな」
「ええ、どこかでお会いしましたね。確か五条大橋でしたか」
「弁慶、知り合いか？」
「ああ、・・・ちょっとした、な」
「どうやら、あなた方も神機を探しているようですね」
「……神機？なんのことだ？」
「とぼけても無駄ですよ。法皇様の回りにも平家の味方はいるんですからね」
「それにしても〜情報が早すぎますねぇ〜一体どういうことなんですか〜」
「そんなこと、僕にわかるわけがないでしょう。
僕はあのお方のご命令通りにしているだけですよ」
「とにかく、平氏も神機を探しているんだな」
「ええ、その通りですよ。…あなたが源義経でしたかね。では相手にとって不足はありません」
「まてよ。俺が相手してやる」
「まてよ二人とも。…こいつは、あたしにやらせろ。
廉也とか言ったな。おまえも速さが自慢なんだろ？あたしとどっちが早いか勝負しようじゃないか」
「…見ただけでわかるんですか？」
「持ってる武器を見たらそれぐらいわかるぜ。
そんな柄の短い武器を使うなら、早くなきゃな」
「ご名答ですよ。いざ！」
廉也が素早く玲奈に飛びかかっていく。
玲奈の方は廉也の動きを見ながらゆっくりと横に歩いていく。
そして、廉也の間合いに入ったとたんに動きを加速した。
「これでも食らえ！」
うわ、忍者が手裏剣を投げる所なんて初めて見たよ。
すげえ。本当に手甲から抜いてとばすんだ。
でも、廉也の方もそれは想定内みたいだった。
廉也の方も同じ方向への動きを加速して手裏剣をかわす。
手裏剣をかわされたと見るや玲奈は屋根に飛び上がった。
廉也の方はそれを見ると踊るように回転して、玲奈が立ってる
屋根を支える柱に、斧を撃ち込む。
がしっていう音で柱が半分崩れた。
だけど、玲奈はそれを悠長に待ったりはしない。
見事な伸身宙返りで廉也の背後に着地すると
くないで廉也に斬りつける。
廉也の方は素早くそれをかわして斧を振りかざす。
「忍法！仙鳴猫丹！」
玲奈に神経を集中していたのが廉也の運の尽きだった。
回りから玲奈の忍ねこが襲いかかってくる。
「うわああ。卑怯者！」
「油断するほうが悪いんだぜ。おら、人質にしてやるからきりきり歩け」
「捕まるわけにはいきませんよ。その神機は預けておきます。ではまた！」
「どうやら〜逃げられましたね〜」
「ちぇっ。手加減したのがまずかったかな」
「にゃー」
「…あの方は、悪い方ではありません」
「鈴ちゃん、それって、どういうこと？」
「妖魔に襲われてる私を助けてくれたのも、あの方です。
義経様達が来られたときに私を置いて逃げてしまいましたので
あの鬼門に引きずり込まれそうになりましたけども」
「そういえば〜鬼門が生きてるうちに私たちを襲えば〜楽勝だったはずですね〜」
「あくまで戦は源氏と平氏がするものだということでしょうか」
「…ええと、紅葉おねえちゃん。槍を持ってる時には継信さんって呼んだほうがいいの？」
「え？」
「その格好で男だというのはすごく無理があります…」
「あ、ごめん鈴ちゃん。紅葉が女だっていうのは秘密なんだ。
他の人には内緒にしてあげてね」
「はい、わかりました。九羅香様」
「え？！」
「紅葉おねえちゃんが、九羅香様って呼んでました」
「もーみーじー」
「も、申し訳ありません九羅香様」
「まあまあ、鈴ちゃん、これも秘密にしてくれないかな？
いろいろと大人の事情っていうのがあるからさ」
「はい、いいですよ」
「よし、まずは神機の勾玉を手に入れたぜ。
この調子であと二つ見つければいいんだな」
「こんどは、人さらいなんてされないように頼むぜ」
「まったくだ」
そう、今度は人さらいなんてまっぴらだ。
だけど、次の神機さがしは、もっとひどい話になってしまったんだ。
