風邪を引きました。

 

「とうさん、あそぼー」

「こら、父上はご病気だぞ、チャガタイ、無理をさせるな」

「ったく、ジュチはいつでも兄さん風吹かすんだから」

「……ジュチ兄さんも……風邪なの……」

「いや、それカゼ違いだから」

「……よかった……」

「弁慶、どうした、鬼の霍乱だな」

「そんなこと言われるほど俺は頑丈じゃないよ、与一」

 

俺の名前は武蔵坊弁慶、あの弁慶から薙刀と、弁慶の名前を受け取った

ただの高校生だ。ただの高校生が、何の間違いだか、義経軍団の一員となり

さらには大陸に渡ってモンゴル帝国の総理になったか、という話は

また別の物語だ。

 

今、俺達は、都カラコルムから、越冬地大都への引っ越しの準備中なんだ。

引っ越すといっても、遊牧民族の都だから、引っ越しの手間も大してかからない。

その、大してかからない引っ越しの準備の最中に、俺は、風邪を引いてしまったってわけだ。

 

「父上、安静にしていてください、医者は呼ばれましたか」

「医者に診せるほどのことじゃないよ、単なる風邪なんだから」

「とうさん。僕がそういったときには、風邪は万病の元って言って

　無理矢理医者につれてったじゃないか。覚えてるんだぞ」

「そうだったかな、チャガタイ」

「……そうだったよ……」

「オゴデイがそういうんなら、そうなんだろうな」

「あー、とうさん、僕のこと信用してないんだ」

「そういう意味じゃないよ、チャガタイ」

「父上、とにかく、移動が出来る体調になるまで、大都への移動は中止するよう

　手はずを整えて参ります」

「それを決めるのは、医者の診断をもらってからでいいよ、ジュチ」

「はい、わかりました父上」

「ちぇー、いつもジュチはいい子ぶるんだから」

「お前もモンゴル帝国の一部を引き継ぐ立場なんだから、少しは自覚を持てよ」

「いらないよ。それより軍団の一部を分けてもらう方が大事」

「軍団を引き継ぐってことが、つまり、帝国の一部を引き継ぐってことだぞ」

「……ボクも……帝国を継がなきゃ……だめかな……」

「んー、まあ、大きくなってから考えればいいよ、オゴデイは」

「う、うん……」

「弁慶」

「なに、与一」

「医者が来たぞ」

「ああ、お通ししてくれ」

 

医者は、目をのぞき込み、舌を見て、熱があるかどうか手を触れただけだった。

西洋医学なんてない時代だ。風邪薬といっても生薬ぐらいしかない。

 

「アスピリン一つない時代だからなぁ。……ぱっと治るってわけにはいかないか」

「父上の世界では、風邪は薬一つで治るんですか」

「いや、やっぱり風邪は治らないものだったよ。かからないように予防するのが大切だったかな」

「予防って、何をするんですか」

「予防って言えば、手洗いとうがいかな。新鮮な水でのどを洗うんだよ。

　あとは、栄養のあるものを食べて、体が冷えないようにすることぐらいか」

「とうさんは、予防を怠ったから風邪を引いたの」

「……そういうことになるかな」

「人には予防しろとか言うくせに」

「紺屋の白袴ってこともあるんだよ」

「コンヤノシロバカマ、って、なんなんだ」

「医者の不養生と同じ意味だぞ、チャガタイ」

「あー、自分だけ教養ありそうな言い方する〜」

「……チャガタイ兄さんは、わからないの」

「わかってるぞ、今夜は討ち入りの日なんだろ」

「今夜の意味からして間違ってるぞ、チャガタイ」

「わかってて言いました」

「じゃ、本当はどういう意味なんだよ」

「あー、それはだな。……オゴデイ、答えなさい」

「……う、うん……人の面倒を見てる人が、自分のことの面倒は見てない、ぐらいの意味だよね……」

「ま、まあ、そういうことだ、よく答えたな、オゴデイ」

「……う、うん……」

「チャガタイは、わかってる風じゃなかったぞ」

「うるさいなあジュチは。俺はオゴデイのためを思って振ったっていうのに」

「僕は、チャガタイに振ったんだぞ」

「こらこら、言い争いはするなよ。……と、何の話だったかな」

「父上、それで、お医者様は移動はしばらく休むように、との言葉でしたね」

「そうだな。風邪薬のいいのもないみたいだし、2，3日はゆっくり休んでいくか」

「2，3日でいいのかよ」

「お医者さんが言うんだから、大丈夫じゃないかな。ゆっくり寝てれば、体力も戻るさ」

「暖かくして寝るといい。お前は薄着をしすぎる嫌いがあるからな」

「今年は暑かったから、ついつい薄着になってしまったんだよ」

「ふふ、まあいい、移動は2，3日後になるよう命令しておこう」

「いや、そうまでしなくていいよ、俺の出発だけ遅らせれば。

　都を移るってのも大事業なんだろ。予定を狂わせるわけにもいかないって」

「そういう気配りをするのなら、風邪など引かないことだな」

「厳しいな、与一は」

「生まれてこの方、風邪は引いたことがないからな」

「鍛え方が違うんですね、母上は」

「そうなるな」

「俺も風邪なんて引いたことないぞ」

「お前は馬鹿は風邪引かないの方」

「言ったなジュチ、今日こそ勝負だ」

「よし、受けて立つぞチャガタイ、今日はなんで勝負する」

「馬で勝負だ」

「よし、いつもの岡を回ってくればいいんだな」

「二人とも、気をつけて行けよ」

「……とめなくていいの、パパ……」

「とめても行くだろうし、危ないことはないだろうさ、……ごほん」

「……パパ、大丈夫」

「大丈夫、結核なんかじゃないよ。血を吐いてないし」

「物騒なことを言うな弁慶」

「悪かったよ与一」

 

結局、俺達は、主要な大臣達が出発した3日後に、大都を目指して出発した。

風邪はまだ治ってない。

 

「父上、馬に乗って大丈夫ですか。馬車のほうがいいのでは」

「大丈夫大丈夫、風邪を引いたぐらいで馬に乗れなくなるほどは柔じゃないぞ」

「本当に鍛えてるのなら、風邪も引かぬはずだがな」

「与一は相変わらず手厳しいな」

 

まあ、俺たちはずっとこんな感じだ。

もっとも、俺が馬で移動したのは1日だけで、翌日には風邪がぶり返して

馬車に切り替わったりしたのだけど。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい