ここは、エンフィールド

 

「弁慶、いきなり嘘をつくな」
「いやその、緊張感に耐えられなくて」
「べーんーけーいー、だからといっておちゃらけるな」
「弁慶様、そんなに辛いのですか」
「ていうか、エンフィールドって、なによ」
「気にするな楓。言ってみたかっただけ」
「弁慶様の来られた未来という場所の名前なのかもしれませんね」
「違うよ紅葉。…ああもう、エンフィールドの話は止め！」
「自分から言い出したのだろう」
「だって、暇なんだよ」
「そりゃ暇だろうな。身動きできないんだから」
「にゃー」

 

そろそろまじめに話をしよう。
俺たちは秀衡の館から命からがら逃げ出して
近所の掘っ立て小屋に逃げ込んだところだ。

 

秀衡も泰衡も死んで、奥州は完全な混乱状態になっている。
完全な混乱状態になっているおかげで俺たちを
組織だって探そうとする奴もいない。
だから、こんな掘っ立て小屋に隠れていても見つからずに
済んでいるんだが逆に言うと、無秩序だからどういう
タイミングで襲われるかわからないってことだ。

 

「私が病気で動けない時には、皆様が私を守ってくださいました。
　こんどは、私が皆様に恩返しをする番です」
「まあ、紅葉は病気で動けないんだけど、弁慶は完全に動けないよな」
「ほっとけ」
「まるで〜みいらさんです〜」
「ほっとけ」

 

そう、炎の中で戦っていた俺は全身に酷いやけどを負っていたらしい。
戦っている最中には気合いが入っていてそれほど痛みもなかったけど
今は、正直なところ、 痛みが全身を走り回っている。

 

「鍛え方が足りないな、弁慶」
「二番目に大やけどしてる奴には言われたくない」
「ふっ。私はおまえと違って体が動かせる程度にしかやけどしていないぞ」
「よいちさ〜ん。そういうのを〜」
「五十歩百歩というのです」
「・・・観月さ〜ん、私の着物が黄色いからといって〜台詞をとらないでくださ〜い」
「あ、ごめんなさい」
「うふふ〜」
「さて、と。与一、悪いけど弁慶を見ててあげて。
　紅葉、ついてきて、とりあえず食料を調達にいこうよ。
　玲奈と楓は回りの警戒をお願い。
　観月ちゃんと静は、今後の作戦を考えていて」
「べつに相談事ならここでやってくれていいよ。
　寝てるっていうのも退屈だし」
「弁慶、おまえは寝てろ。無理をせずに早く体を治せ」
「そうです弁慶様。…私も、無理をして、かえって迷惑を掛けてしまいました。
　体を治すのが、いま、弁慶様が一番役に立つことです」
「ごめんよ、九羅香、紅葉。じゃあ、ゆっくりしてる」
「うん。…おなかがすいたらいい知恵もでないよ、すぐに調達してくるね。
　いこ、紅葉」
「はい、九羅香様」
「じゃ、あたしらはちょっと回りの見張りに行ってくるぜ」
「適当に仕掛けをしておくわ。変に外に出ないようにしてね。
　お姉さまも、帰るときには道を通って帰ってきて」
「うん、わかった」
「では〜観月さ〜ん。私たちも〜隣の部屋に行きましょう〜」
「はい、そうですね。では、ごゆっくり」

 

こうして、みんな俺の寝ている部屋を出て行き
残ってるのは俺と与一の二人だけになった。

 

「・・・・・」

 

目を閉じる、が、痛みでとても寝るどころではない。
一応体に油を塗ってくれているからやけどしたところから水が出てどうこうはしないが
それでも現代の薬ほどの効き目は期待するのが無理だ。

 

「本気で痛むようだな。寝れないのか」
「ああ、…でも、与一だって大差ないだろ」
「ずいぶんと違いはある。歯を食いしばってまで耐えるほどの痛みはないからな」
「歯を食いしばって耐えてるわけじゃないよ」
「嘘をつけ、私は今まで戦場を何度も見てきた。…口を開けてみろ」
「あーん」

 

わっ。急に与一が俺の口の中に指をつっこんできた。
お、おい。これ俺が口を急に閉じたら与一の指をかみ切ったりしないか？

 

「ふう、痛い。もろに噛んだな」
「ごめんよ与一。そんなに痛かった？」
「ああ、痛かった」
「ごめんてば、だけどなんで急に指なんか」
「本当に食いしばってないか調べてみた」
「そんな危ない調べ方しなくてもいいのに」
「そう思うのなら、今度から本当のことを言うのだな」
「…わかったよ。歯を食いしばって我慢してます」
「そうか。ではすこし気が紛れることをしてやろう」

 

そういうと、与一はどこからともなく耳かきを取り出した。

 

「どうもおまえは体を手入れしている所を見ないからな。
　耳垢もたまっているのではないか？」
「そういえば、耳掃除も最近忘れてたな、ありがとう。後でやっておくよ」
「私は、気が紛れることをしてやると言ったのだぞ」

 

そういうと、与一は俺の頭を自分の膝に載せた。

 

「ちょ、ちょっと与一」
「どうした？やけどしたところに当たったか？」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、その・・・」
「それならいいではないか。じっとしていろ、鼓膜を破るぞ」
「そ、そういう問題じゃなくて…」
「いいからじっとしていろ」

 

まあ、いいか、与一が俺の耳の穴をのぞき込んで耳掃除をしてくれている。
確かに、後でやるといっても、玲奈の奴がミイラみたいに包帯をぐるぐる巻きに
してくれたおかげで、自分の手で耳掃除が出来るような状態ではない。
やけどが治ったらすぐに出発しないとまずいだろうし、そうなったら
またこういうことなんて忘れてしまうだろう。

 

そう考えたら、すこしは気が楽になった。

 

「ひどいものだな。一体何ヶ月掃除してないのだ」
「何ヶ月ってことはないよ。こっちに来てから一回も…」
「してないのだな」
「・・・はい、その通りです」
「一ヶ月ちょっとか。汚れるわけだ。
　さて、今度は反対だな」

 

とりあえず、水平な膝枕に与一が切り替える。
それから、俺の首を持ち上げて反対側に俺の頭を向ける。

 

これで、今度は視界が完全に与一でふさがれることになる。

 

「どうした弁慶？」
「いや、目をつむってるから何にも見えないし」
「誰もそんなことは聞いてないぞ」

 

そういうと、与一はまた俺に覆い被さるようにして耳掃除を始める。
目は閉じていても鼻は閉じているわけではない。
とはいえ、最初に入るにおいは消毒薬代わりの酒のにおいだ。
べつにいい香りとか、そういうものではない。
膝枕といっても、与一だって包帯でぐるぐる巻きなのはお互い様で
包帯の上に頭をのせてるだけだ。残念。

 

おいおい、俺は一体何を言ってるんだ。

 

「・・・終わったぞ」
「ああ、ありがとう。じゃあ、なんとか寝るように努めるよ」
「ああ、おやすみ」

 

・・・・・・

 

「あのさ、与一」
「どうした」
「もう膝枕はいいよ」
「そういうな、私もすることがないのだ」
「い、いや、そういうことじゃなくて」
「ああ、そうか、気が利かなくてすまなかったな」

 

そういうと、与一は正座していた足を崩してのばした。

 

「高さが合っていなかったのだろう。この高さでいいか？」
「いや、そういう意味じゃなくてその…」
「何か不具合でもあるのか？」

 

・・・・・・・・・まあ、いいか。

確かに、気が散って痛みは前ほど感じなくなった。
与一が痛みをとるのにそうやって気を遣ってくれたのかもしれない。

 

与一も、気が散るだろうし。

 

俺は、 そんなことを思いながら目を閉じていたら、いつのまにか眠っていた。