「弁慶、これも持ちなさい」
「こ、これもって・・・」
「なによ。もてないの？」
「いえ、持たせていただきます」

 

奥州は平泉で市が立っている。
その市に夫婦で出かけているのが楓と弁慶の二人だ。

 

冷蔵庫のない平安時代だから、毎日の食事は保存食と
日々畑からとってきた野菜ぐらいしかない。
動物性タンパク質など月に一度口に入ればいい方だ。
その、月に一度の動物性タンパク質源の干し魚や
果物は言うまでもなく、楓が仕事で使うための護符の材料である
紙に墨も買わなければならないし、畑と言ってもこじんまりとしてるから
米に麦に豆も買って帰らなければならない。
幸い、優秀で人気の高い巫女の楓の働きのおかげで
お金は慎ましく暮らすには十分なだけあるのだが
荷物運びを雇えるほどのゆとりはない。

 

とまあ、そういうわけで、弁慶が前も見えないぐらいの
荷物を抱えさせられてえっちらおっちら歩いているわけである。

 

「弁慶、あんたちゃんと前を見なさいよ」
「見なさいよって、これだけ荷物を持ったら見えないよ」
「ああもう。…買い物はもう終わったから帰るだけよ。
　足下ちゃんと見えてる？」
「見えてないです」

 

それを聞くと、楓は黙って弁慶の手首を握る。

 

「え？」
「なによ。あたしが手を握っちゃ迷惑なの？」
「迷惑ってことはないです」
「なら、あたしがちゃんと見てあげるから付いてきなさい。
　これなら目をつむっていても歩けるでしょ。荷物の上の方をよく見て
　崩れないように運びなさいよ」
「わかったよ楓」

 

弁慶は積み上げられてる荷物に神経を集中して歩く。

 

「弁慶、おなかすいた？」
「…ああ、ちょっと」
「ふーん。なら、早く帰りましょ。早く帰ってお昼を作ってね」
「はい、作らせていただきます」
「そうね。整理はあたしがやっておくわよ。あんたに任せると
　何がどこへ行くかわかったものじゃないわ。あんた
　時々巫女の道具と食べ物との区別がついてないのよね」
「そりゃ、俺は巫女じゃないからさ」
「はあ…それがわかってるんだったら、余計なことをしようとしないの。
　あんたはあたしが言ったとおりの家事だけやってればいいのよ。
　必要な道具はそろってるし、お金も遊べるだけは渡してるでしょ」
「遊べるだけって、遊びに行くところもないじゃないか」
「…しょうがないでしょ。市がある日には買い出しをしておかないと
　お仕事ができないんだから」
「ああ、それはわかってるよ」

 

楓は、袂から干し柿を一つ出す。

 

「弁慶、口開けて」
「え？」
「いーから開けなさい」
「あーん」

 

楓は干し柿をかみ切ると、一口サイズにしたその干し柿を弁慶の口の中に入れた。

 

「あれ？これぬれてるの？」
「気にするな。気にするんじゃないわよ。どう？おいしい？」
「うん、甘くておいしい」
「そりゃそうよね。…さっき、味見したんだから」
「味見してから買ったんだ。楓はしっかりしてるな」
「…そうじゃないわよ。さっき味見したって言ってるの」
「…さっきって・・」
「あーうるさいうるさい。毒味よ毒味。……前に買った干し柿は
　渋が抜け切れてなかったから、ちょっと味見してから食べさせただけ…なんだから」
「…楓…」
「みょ、妙な誤解しないでよね。その…ちょっと…荷物を落とされたら迷惑だってだけなんだから」
「誤解はしないよ。楓とは長いつきあいだもんな」
「………ほら、気を散らさずに荷物に集中する。崩したら罰金だからね」
「はいはい」
「…残り、あげるわよ。私が欲しいだけは食べたんだから。…口開けなさい」
「あーん」

 

むぐ。

 

「弁慶、落とすなっていってるでしょ。ちゃんと荷物をよく見てなさい」
「お、落としてないってば」
「ならいいわ。…こら、あんた偉そうに道の真ん中を歩くな！
　弁慶が荷物を落としたらどうするのよ！…なによ」
「か、楓よせよ。そんなに怒らなくたって、俺だったら大丈夫だからさ」
「あ、あんたの心配してるんじゃないわよ。わ、私は…買った物の心配を…してるんだから」

 

弁慶は、楓が啖呵を切ってる相手を知ったらちょっと引いただろう。
相手は一人ではないのだ。この市に最近現れる柄の悪い連中をまとめて相手にしているのである。

 

普通なら、ここで、ごろつき連中のほうの台詞がすこしでも入るところである。
だが、楓は普通の人間ではない。

 

「行け！源九郎！」

 

楓の号令で源九郎が背後からごろつき連中に襲いかかる。
それに対応しようと意識が一瞬楓からのいたのが命取りになった。

 

「急急如律令！不動如木像！」

 

楓の護符がごろつき連の影に落ちると、そのまま連中は動けなくなった。

 

「初歩的な術、影縛りよ。ま、日が落ちるまでそこでじっと動かずに反省してなさい」
「お、おい楓…」
「弁慶、回りの雰囲気を感じなさいよ。あたしがやりすぎたような気がする？」
「いや、なんか賞賛されてるような気がするけど…」
「そういうことよ。こいつら、ずいぶんひどいことやってきてたみたいね。
　ま、罪なき人に石でも投げてもらいなさい」

 

楓はそう言い捨てると、弁慶の手を引いて家路を急ぐ。

 

「・・・まったく、弁慶のじゃまをしようとするなんて…」
「え？楓、今なんていったの？」
「なんでもない！なんでもないってば！」
「いや、まだ何も言ってないけど…」
「いいの！…弁慶、さっきの干し柿、おいしかった？」
「あ、ああ、おいしかったよ」
「・・・・・良かった。あんた、甘い物が好きだけど
　…この時代の甘い物って、あんまりないから…」
「…その気遣いだけでうれしいよ」
「その…悪いとは思ってるのよ。………その…」
「…俺は、ありのままの楓と一緒にいたくて、ここにいるんだよ」
「……………………」
「・・・・・・」
「えーい、歯の浮くような台詞言うな！女房口説いて何か楽しいかっ！」
「いや、べつに口説いてるわけでもないよ」
「ああもう！・・・弁慶、目つむれ」
「え？なに？」
「目、閉じた？」
「閉じたけど…」
「わっ！」
「・・・びっくりした？」
「ご、ごめん、荷物を落としちゃったりして・・」
「いいわよ。…壊れるような物じゃないもの。それで…」
「なに？」
「…さっきの…キス、どうだった？」

 

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わりません、死ぬまでやってろ