奥州平泉。
秀衡の治める奥州は、俺たちにとってしばらく避難場所になるはずだった。
俺の知っている歴史でも、義経を攻めるのは、秀衡の死後
泰衡が鎌倉の脅迫に耐えきれなくなったからだったし。

 

でも、継信も忠信も伊勢三郎も無事に奥州まで逃げ延びているような世界で
俺の知っている歴史が通用する訳がないことを、俺はすっかりと忘れていた。
なんと、泰衡が秀衡を討ってついでに九羅香達まで亡き者にしようとしたんだ。
その泰衡まで鎌倉が放った刺客、っていうか、仮面の男に殺されるんだから
もう無茶苦茶。
はっきりしていることは、これで鎌倉の天下統一は動かないだろうってことだ。
秀衡も、その跡継ぎの泰衡も失っては、戦になるわけがない。

 

その後、俺たちは秀衡親子の殺害の疑いを掛けられて奥州兵に攻められた。
なんとか焼ける屋敷を抜け出して掘っ立て小屋に逃げ込めたけど
いつまでもここに隠れてる訳にもいかないよな。何とかしないと・・・。

 

「なんとかするより前に〜弁慶さんの体を〜なんとかしないといけないです〜」
「大丈夫だよ静さん。このくらいかすり傷だって」
「骨が見えるかすり傷って〜めずらしいですねえ〜」
「え、え、え、そんなにひどい傷を負ってるの？
　ちょっと刀で切られたとは思うけど骨までは達してないはずなんだけどなあ」
「刀で切られれば〜十分重傷です〜」
「あ、なんだよ、びっくりさせないで。本当に骨が見えるのかと思った」
「あら、目が覚めたのね、残念」
「なんだよ楓。その残念ってのは」
「あんたがくたばってくれれば二人分食料が浮いたのに」
「ちょっと待て、それじゃまるで俺が二人分食ってるみたいじゃないか」
「ほんとは３人分食ってるでしょ。二人分しかやらないっていってるの」
「ひっでー。人を馬鹿の大食いみたいに」
「弁慶様。無理してでも食べなければ傷は治りませんよ」
「ああ、観月ちゃんありがと。・・・だけど、みんなの分は？」
「あたしは気にしなくていいぜ。けがするみたいなへまはしてないからな」
「崖を降りるときには足をくじいたくせに」
「そりゃ源平合戦の時じゃないか。いい加減忘れろ」
「やだ」
「いったなこら」
「みんな何をやってるんですか。弁慶様は重傷なのですよ」
「あ、紅葉ありがとう。・・って、重傷？」
「ま、与一に比べれば傷の数は少ないけどね。
　与一なんて包帯ぐるぐる巻きでまるでミイラ女よ」
「ミイラ女・・・て、なんで巴御前がそんなの知ってるんだよ」
「無知なのはあんた。中尊寺に藤原３代のミイラがあることぐらい知ってるでしょ」
「三代？五代じゃなくて？」
「…まだ、秀衡殿や泰衡殿はミイラになるは早いよ」
「ああ、九羅香。大丈夫？」
「うん・・・体の方は大丈夫。みんなのおかげで怪我もたいしてしてないよ」
「そうか、それはよかった。
　じゃ、そろそろ食事にしようよ。俺もそろそろ起きないとな」
「あんたは寝てなさい弁慶」
「え？そんなに怪我はひどくないって・・・」
「弁慶様！無理はしないでください」
「うん。紅葉の言うとおりだよ弁慶」
「はい〜弁慶さんの怪我は〜」
「生きてるのが不思議って水準ね。私や観月が最大限妖術つかって
　やっとこ一命をとりとめたのよ。
　あんた、もうちょっとで立ち往生するところだったわよ」
「・・・・ありがとう、みんな・・・」
「な、なに誤解してるのよ。私はただお姉様が悲しむのを見たくなかっただけよ」
「だからありがとうって言ってるんだよ。
　…俺を、仲間として認めてくれたってことだろ」
「あんたをお姉様が仲間だと思ってるって認めただけよ」
「それなら同じことだろ」
「・・・・あーもう。あんたと話をしてると疲れるわ」
「弁慶様。後で重湯を持って参ります」
「重湯って・・・おかゆじゃなくて？俺ってもしかしてそんなに重傷だったのか」
「弁慶様。気がついておられないのですか？」
「それだけ、あんたたちの術が効果的だってことなんでしょ。
　だけど、薬草の麻酔が切れたら痛み出すわよ。ま、覚悟しておくことね」
「では〜弁慶さん〜すぐに〜戻りますね〜」
「あ、ああ、ごゆっくり」

 

みんなは朝食をとるために俺の寝かされてる場所から出て行った。
それにしてもみんな俺を重病人扱いなんてひどいじゃないか。

 

それでも、俺はじっと寝転がって天井を見つめていた。
正直、俺たちがこれからどうすればいいかなんて全然思いつかない。
俺の知っている歴史はここで終わっていて、その続きなんてありはしないんだ。
いや、歴史よりもっとひどいかもしれない。
何しろ、奥州からも鎌倉からも敵視されてる状態だ。
日本中どこにも俺たちの居場所なんてない。
いっそ、静さんと一緒に海外に逃げるのもいいかもな。
…出来れば、神機をそろえてみんなで…。

 

首を振る。神機がどこにあるかもわからないし
第一神機の力なんて人間が使っていいものじゃない。
いいや、とりあえず寝よう。
重傷だっていうんだからきっと重傷なんだろう。

 

俺は、巴御前の、麻酔が切れたら…という言葉を甘く見てた。
すぐに後悔した。マジで痛い。それも身を切られるように痛い。
とはいえ、武士は食わねど爪楊枝。じゃなくて高楊枝。
歯を食いしばって必死に痛みを耐える。
な、なんだこれ。昨日は全然痛くなかったのに。

 

「気持ちが入っていると〜痛みを感じないんですよ〜」

 

静さんだ。でも、全然声が出せない。

 

「はなせないほど〜痛むんですね〜」

 

そ、そうじゃないよ。と言いたいが歯と歯がくっついて離れない。
ちょっとでも気合いを抜くと何が始まるかわからない恐怖がある。

 

「弁慶さん〜ちょっと、我慢してくださいね〜」

 

我慢って？

 

次の瞬間、全身に電気が走った。
静さん、傷口さわってる、さわってるよ。さわってるってば！
これが声にならないんだからどれぐらい痛いか想像してくれ。

 

「荒療治ですけど〜治りは早くなりますよ〜」

 

治りが早くなるか、俺が痛みに耐えかねて死ぬか、どっちが早いだろう。
静さんが俺の体の傷を一つずつ確かめるようになでていく。
はっきり言ってやめて欲しいが、やめて欲しいという声も出ない。
地獄ってこういうところをいうんじゃなかろうか・・・。

 

「べんけいさ〜ん。まだ痛みますか〜」

 

え？何か終わったの？
ああ、なんだか今までよりは痛みが引いた気がする。

 

「荒療治ですけど〜神経を麻痺させたんですよ〜」
「む、無茶しないでよ静さん。死ぬかと思った」
「でも〜本当に弁慶さんが〜痛そうでしたから〜」
「そんなに痛そうに見えた？」
「はい〜声も出ないぐらいに痛そうでした〜」

 

うう。完全に見切られてるよ。

 

「では〜もう一度行きますね〜」
「え、ちょっ、ちょっとやめてまだ心の準備が」
「あんたら何やってんのよ」

 

ああ、いいところに楓が。助かった〜。

 

「はい〜怪我の治りが早くなるように〜手当をしてるところです〜」
「ああ、手当ね。確かに悪い血を流すとそれだけ治りが早くなるわね。
　あたしもてつだおうかしら」
「か、楓はいい。なんか別な方面でやばそうな気がする」
「では〜楓さんは〜弁慶さんを押さえていてもらいましょうか〜」
「そうね。ま、あばれられてもめいわくだし」
「な、何をするつもりだよ」
「歯をくいしばったほうが〜いいですよ〜」

 

こんどははっきりと声が出た。やっぱ治りかけて・・って冗談じゃない。

 

「痛い、痛い痛い痛い。も、もう少し優しくやってよ静さん」
「そんな〜私はただ弁慶さんに早くよくなって欲しいいんです〜」
「そうそう。静の善意でやってることなんだからね。
　男なら我慢する」
「我慢するって…痛いものは痛いってば」
「情けないわねえ。ったく、静もこんなののどこがいいんだか」
「弁慶さん〜叫ぶだけ叫んでも〜暴れては〜ないですから〜」
「ま、それは認めるべきね」
「暴れられないように押さえつけてるだけだろ〜って。いたたたたた・・・」
「楓さん〜ではひっくり返しましょうか〜」
「そうね、まったく全身傷だらけなんだから。全方位で攻撃を受けてたの？」
「もうどっから攻撃受けたかなんて覚えてられないぐらいだったって・・いたいいたいいたたた・・」
「・・・ちょっと、あんたのこと見直したわ。よく帰ってきたわね」
「見直さなくていいからなんとかしてってば〜」
「うわ、静なにやってるのよ」
「なにって…傷の治りが早くなるようにです〜」
「何かそれ方向間違ってない？」
「そうでしょうか〜」
「な、なにやってるって？」
「あんたは知らなくていいの！ほら、とっとと傷直せ」
「な、殴るなよ。俺が何か悪いこと言ったのか？」
「悪いことしてるのは静だけどね」
「なら俺は関係ないだろ」
「全くないとも言い難いわよ。あんたが怪我しなけりゃこういうことになってないのよ」
「怪我したくてしたわけじゃない！」
「はい〜でも〜怪我をしたら一緒ですから〜」
「そ、そりゃそうだけど・・・」

 

また神経が麻痺したのかな？前よりは痛みが少なくなった。

 

「静、あんたまだ昼間だっての忘れないようにね」
「なんのことですか〜」
「俺にもさっぱりわからんぞ」
「わかんなくっていいわよ」
「だから殴るなっての」
「はい〜これでたぶん明日には治ってますよ〜」
「あ、ありがとう静さん。・・・なんとなく、痛みが引いた気がする」
「はい〜ありがとうございます〜」
「いや、お礼を言うのはこっちだよ」
「我慢した弁慶さんにお礼です〜」
「あ、そう・・じゃ、俺は・・・」
「一日じっとしてなさい。明日には何が起きるかわかんないんだから」
「ああ、そうするよ」

 

静さんと楓は部屋から出て行った。
たぶん、これからのことを九羅香と打ち合わせるんだろうな。
俺は、早く怪我を治すために養生第一で眠ることにした。

 

確かに、それなりに痛みは引いてる。
これならなんとか眠れそうだ。
俺は目を閉じて、何も考えないことにした。
いやでも、これからのことを考えてしまうけど。
それでも、これからのことを考えたら
まず怪我を治して、せめて足手まといにはならないようにしなきゃ。

 

そう、思ってるうちに、俺は眠っていた。
目が覚めたらこれが全部夢だったってことになったら…
いや、夢でない方がいいな。

 

夢だったら、平成の世に帰ってるだろうから。