「弁慶、そっちはどう？」
「いや、何も見つからない」
「うーん、山は日が落ちるのが早いから、そろそろ見つけないと
　手ぶらで帰るようになっちゃうね」
「九羅香、そんなにぼやいても仕方ないよ。これで三日目だし」
「うん。そうだね」

 

俺の名前は武蔵坊弁慶。
本当の名前はべつにあったが、もうみんな忘れ去ってしまった。
そういえば、本来は平成生まれの高校生だったはずなんだが
そんなことも、もう誰も覚えてないだろうな。

 

「弁慶、嘘をつくな。厳密に言えば、昭和六十年代でしょ」
「すいません。微妙にさばを読みました」

 

あれ？なんで九羅香がそんなことを知っているんだろう。

 

「気にするな弁慶。それより熊退治だよ」
「ああ、そうだな」

 

普通に空間転移して普通に源平合戦に参加して
普通に生き延びて普通に結婚した俺と九羅香だったが
それで普通の結婚生活が送れるというわけにはいかなかった。

 

結局、九羅香は家の中にじっとしていられない性格だったんだ。

 

そういうわけで、俺たちの仕事は、流しの用心棒っていう
はなはだ怪しげなものになってしまった。

いや、ちゃんと鎌倉から認可状をもらっているから
怪しげな職業というわけでもないな。

 

「弁慶には悪いことをしたかな。
　せっかく中尊寺の僧兵として仕事があったのに
　私が無理矢理辞めさせた形になっちゃって」
「いや、そんなことはないよ。
　 俺は九羅香と一緒にいるためにここにいるんだからさ」
「あはは、真顔で言ったらまるで愛の告白みたい」
「いや、まるでじゃないし」
「・・・」
「・・・」

 

思わずあごを押さえる。
素で言っちゃたけど、言った後で歯が浮いて来た。

 

「あ、弁慶、あれ見て？」
「え？」
「雲行きが怪しい。そろそろ帰ろう」
「え、まだ日は高いよ」
「山は危険なんだ。すぐに神隠しにあう。
　私が言うんだ。信用しろ」
「う、うん・・・わかった九羅香」

 

こういう事で九羅香と言い争う必要は全くない。
九羅香が危険だというなら、絶対に危険だ。
九羅香が安全だと言っても、危険なことはあるけど。

 

「弁慶、なんかいった？」
「いやべつに・・・」
「ほら、早く早く。ぬれる前に帰ろうよ」
「ああ、そうだな」

 

て、そういうことか。風邪を引いたら大変だもんな。

 

マーフィーの法則：物事は常に最悪のタイミングで起きる。

 

「くまーっ！」

 

ある日、山の中、熊さんに出会った。
雨降りそうな道、熊さんに出会った。

 

「歌ってる場合か弁慶！」
「おお、やってやるぜ！」

 

説明しよう。俺たちが熊退治に来たのは
この近くにある村で、くまが畑を荒らすばかりか
先日、熊に襲われて村人が一人死んでしまったからだ。

 

人を襲った熊は、殺しておかないとならない。
人間が怖いと教えておかないと、動物はどんどん
人間を襲うようになるんだ。

 

熊が立ち上がった。
ベアクローで襲いかかってくる。
俺は薙刀を構えて熊との間合いをとった。

 

マンガの熊はかわいいで済むけど、本物の熊は
まるで筋肉のかたまりだ。教経だって、熊とくらべれば
人間らしかった。

 

…あ、教経は人間か。

 

あれ？九羅香は？九羅香が消えた？

 

「うわっ」

 

げっ。気が散ったとたんに熊が突進してきた。
薙刀を顔に突き立てようと構えるが熊の方が体を落としてかわした。
こっちも薙刀を落として肩口に突き刺すが、むこうはなんといっても
勢いが付いている。勝負にならない。

 

「とぅ！」

 

あれ？九羅香の声がする、と思ったとたん。俺は熊に突き飛ばされた。

 

突き飛ばされて頭から立木につっこむ。
うーいたい。こぶが出来た。

 

「弁慶。なまってるぞ。熊相手に吹き飛ばされてるなんて」
「ごめん」
「ま、しかたないか。一本道でかわす場所がなかったね」
「九羅香はどこへ消えてたの？」
「え？木に登っていたんだよ。
　弁慶が引きつけてくれたおかげで、ちょうど首に一撃入れることが出来たんだ」
「あの時間で木に登れたのか」
「そりゃ当然」
「さすが鞍馬天狗に剣術を習っただけはあるな」
「さすがにそれはないよ」
「ぐ・・・」
「あ、この熊、まだ息がある」
「あ、ああ・・・」
「・・・・・弁慶、あっちむいてろ」
「いやいいよ。俺だって・・・」
「いいからあっちむけって。…あんまり、気持ちのいいものじゃないんだから」
「う、うん・・・」

 

俺がこぶの出来た頭を抱えてうつむくと、九羅香は熊にとどめを刺した。

 

「・・・よし、いいよ弁慶。今日は熊鍋だね」
「え」
「ほら、熊の右手と肝臓だよ。これを村に帰って料理してもらおうよ弁慶」
「熊は放置していていいの？」
「弁慶、あれを背負って帰るの？」
「無理です、すいません」
「そういうこと。じゃ急ごう。雨が降る前に帰らなきゃ」
「ああ、そうだね」

 

ふと、熊の死体を見る。
はらわたを裂かれ、腕を切り落とされている。
が、頭の前に、小さな木の板と、石が置いてあるのを見た。
木の板には何か書いてあるみたいだ、何がかいてあるんだろう？

 

「弁慶、急がないと遭難しちゃうよ。ほらほら早く早く」
「あ、まって九羅香」
「私は待っても天気は待ってくれないよ」
「だから置いていかないでってば〜」
「あはは、弁慶、そんなにあわてるとこけるよ。きゃっ」
「おい九羅香大丈夫」
「ちょっと滑っちゃった。大丈夫大丈夫」
「大丈夫って、すりむいてるぞ」
「大丈夫、つばをつけておけば治るよ」
「早く手当しないと、後が残るぞ」
「いーよ。もうちょっとぐらい傷が出来たって」
「いいことはないだろ」
「いーの。それとも、弁慶は、…すべすべの女の子でないといや？」
「い、いや、そういうことはないけどその…」
「そういうこと」
「でも、村に着いたらよく傷口を洗って消毒しておかないと」
「うん。それはしておこうね。湯を沸かしてもらって」
「ああ、そうだな」

 

俺たちは毎日がこんな調子だ。
昨日も、今日も、そしてたぶん明日もその次も…

おしまい