夕日が落ちて、日が暮れて。

 

「恵くん。…なんだか、とんでもないことになってきたわね」
「そうですね、橘さん」
「ああー。今日中に終わるかと思ったのに」
「さすがにそれは無理ですよ」
「…恵くんは、脳天気でいいわね」
「なにがです？」
「なにがです、じゃ無いわよ。
　あんたね、すこしは学習ってことがないの。
　事件の核心に近づいたら、犯人の方が狙ってくるってことがあるのよ。
　毎回毎回、異次元の力をどれだけ借りてるかわかってるの？」

 

橘さん、オカルトチックな言い方は辞めてください。

 

「恵くんが転校してきたときの事件があったでしょ。
　あのときにも、犯人に襲われ掛けてたのに、もう忘れちゃったのね」
「い、いや…それはちゃんと覚えてるけど、あれは犯人が学内だったからだし」
「今回も、犯人が学内にいないって、どうして思えるの。
　わたしの勘だけど、犯人はこの学校の生徒よ、間違いないわ」

 

その、斜め上の確信はどこから出てくるんですか。

 

「なんか言いたそうね」
「そんなんじゃないですよ。
　でも、もう日が落ちちゃいましたから、今日の捜査はこれまでですね」
「そうね、……だけど、恵くん、一人きりになっちゃだめよ」
「はい、とりあえず部室に帰りましょうか」
「そうね。もう一回情報整理…って、やだ、明日提出のレポートがぁ」
「さすがに明日は休校だと思いますけど」
「あ、そっか。恵くん賢い」
「ほめてないです橘さん…」
「ほめてないもの。それより恵くん、わたしは今日は
　優子と忍さん呼んで一晩一緒にいることにするけど、恵くんはどうするの？」
「え？どうするって…」
「ああもう、やっぱり頭脳労働はわたしの仕事ね。
　恵くん、この学校で友達いないの？」

 

・・・友達……クラスで仲のいい奴なら何人もいるけど
こういうときに助けてくれなんて言えるほど親しい相手はさすがにいない。
一歩間違えれば命に関わるようなことに巻き込めるか。

 

「………もしもし、橘です。…うん、今からこっちに来てよ。
　そうそう、そういうこと、…楽しいこと、好きでしょ？じゃあ」
「橘さん、誰に電話してたんです？」
「………恵くん、もしかして、全然わたしの話を聞いてなかったわけ？」
「ちょ、ちょっと考え事をしてたから」
「あーもう。教えてあげるのやめ！恵くん、部室に行くわよ」
「ま、まってよ。なんで怒ってるんだよ橘さ〜ん」
「怒ってないっ！」

 

無茶苦茶怒ってるじゃないか。
などと思いつつ、 部室へと帰る。

 

部室に帰ると早速ポテトチップスを取り出して食べ始める橘さん。
あれだけジャンクフードを食べまくってなんで太らないんだろう。

 

「恵くん、…明日は、歴史探求会のことを調べないといけないわね」
「そうですね、橘さん。歴史探求会なんて僕も初めて聞きましたから」
「わたしが知らないぐらいだから、よほど小さな同好会なのよ。
　部員だって２，３人ぐらいの零細な所じゃない」

 

橘さん、新聞部だって部員は二人です。

 

「あと、源さんの話はびっくりしたよね」
「ええ、タイムスリップとか弁慶だとか、よくあれだけのことが言えるわね。
　わたしも見習わなきゃ」
「橘さん。あれ、作り話なんですか？」
「作り話に決まってるでしょ。だけど、スケールが大きいじゃない。
　どうせいうならあれぐらい大きいことを言わなきゃだめよね」

 

一人で納得してしまっている橘さん。
そうか、普通はああいうのが現実にあったとは思わないよな。

 

「うーん、歴史探求会に義経伝説に財閥の娘にタイムスリップ。
　恵くん、これだけ並べたら一体どんなストーリーになるかな」
「ストーリーですか…あんまり捜査は予断を入れない方がいいですよ」
「そうね。…事実が自ずから語るまで、何も考えない方がいいかも。
　だけど、歴史探求会を調べるとしても、何から調べるか考えておいた方がいいでしょ」
「そうですね。ですけど、情報が少なすぎますよ」
「…義経伝説について、歴史探求会は何かしらべてたんじゃない？」
「それはありそうですね。一体義経伝説について何を知ってるんでしょう」
「それがわからないから調べるんじゃない。恵くん、歴史探求会の部室がどこにあるか知ってる？」
「い、いえ、全然…」
「だめか。明日教頭先生にでも聞いてみよ」
「そうですね。明日…明日、教頭先生、出勤されますかね」
「そりゃ来るでしょ。授業が休みになっても、職員会議ぐらい…あっ！」
「どうしたんですか橘さん」
「職員会議があったら、先生達に話を聞くことも出来ないし
　学校が休みだったら生徒も出てこないじゃない…がーん」
「寮にいる人だったら話を聞くことも出来るんじゃないでしょうか」
「そうか、その手があった！」
「え？どうしたんです？」
「今から全部の部屋を回ってくるわよ恵くん」
「今からって、橘さん、今から夕食の時間で、それが終わったら
　もう各自自分の部屋に帰らないといけないですよ。
　特に、今日みたいな日は用務員さんが巡回するんですから」
「だから、それよ、用務員さん！」
「あ、そっか。学校内の事なら誰よりよく知ってる人だ」
「さあ話を聞きに行くわよ・・・」
「あ、だめだよ橘さん。大事なことを思い出した」
「え？何が？」
「新聞部の部室は知らなかったよ」
「えーっ！どうしてよ、なんでよ」
「ぼ、ぼくに詰め寄られても困ります。
　転校してきたとき、そのせいで大変な目に遭ったんだから」
「ふーん。のぞきをそうやってごまかすか」
「古い話を蒸し返さないでください」
「やかましい」

 

どんどんどん。

 

「はーい、開いてます」
「相変わらず賑やかだな」
「亘くん、いらっしゃい」
「！亘、一体なんでここに来たんだ」
「なんで、とはご挨拶だな。部長さんがおまえを守ってくれって言うから
　わざわざ来てやったんだぞ」
「そうそう。わたしはみんなと行動出来るけど、恵くんは一人だもんね」
「なんだか引っかかる言い方なんですけど、橘さん」
「気にするな恵。また殺人事件に巻き込まれたって」
「そうなんだよ。それも一日に二人も…」
「同一犯か？」
「たぶん。」
「愉快犯の可能性は？」
「…まだ検討してない」
「全然だめじゃないか」
「そのあたりは警察が何とかしてくれるわよ」
「情報を教えてくれるとは限らないぞ」
「う」
「恵、パソコンを買ったのか？」
「買ったんじゃなくて、もらい物だよ。
　今義経伝説について情報を集めてる最中」
「ふむ…自動情報収集ソフトを入れたのか。そのわりにセキュリティチェックは入ってないな。
　これじゃハッキングしてくれって言ってるようなものだぞ。
　………セキュリティレベルは高く設定してあるな、まあ、恵ならこんな程度か」
「悪かったな」
「自分でセキュリティソフトを作るほどじゃない」
「自分で作れたらおかしいだろ」
「まあな。俺も簡易版しか作ってないからな。偉そうなことはいえん」
「簡易でも作れるだけすごいよ」
「なに、普通さ。……さて、せっかく来たんだからおごれよ」
「なんでそうなるんだよ」
「さ、食堂に行きましょう恵くん」
「ああ、そうだな…と、亘、おまえ何をやってるんだよ」
「いや、情報収集ソフトを見たが、こんな検索じゃ、何をやってるかわからないぞ。
　俺がちょっと検索条件をきちんと組み直してやるよ。何を拾ってくればいい？」
「何って…」

 

 

…う゛ーん、こまった。
ネットの情報で拾えるようなものがあるのかこれ？
少なくともあれは絶対に拾えないだろう。
常識で考えればあれかな…。
だけど、どうしても、ひっかかるんだよな、あれが…

 

「どうした、恵」
「亘、すまないが、義経伝説の検索を頼むよ」
「義経伝説？義経がジンギスカンになったって奴か？おまえも面白いことに興味を持ってるんだな」
「いや、違うよ。義経が平泉から関東を目指したって伝説があるんだ」
「…初耳だな」
「そういう本が図書館にあったんだ。うちの学校では、少なくとも何人かが知ってる」
「その話には俺も興味が出てきた。よし、情報をあつめて抽出できるようにしておく」
「ありがとう亘」
「おごれよ」
「はいはい、わかったよ」
「さ、行くわよ恵くん。亘くん、話は食堂でするから。
　ええと、あ、優子、今から食堂。忍は？いっしょなの。
　じゃあ食堂で待ち合わせね」
「おい、恵、置いていくぞ」
「待ってよみんな…」

 

あまりに犯人像が漠然としすぎていて、何もわからないや。
一体犯人は何を目的にしているんだろう。
義経伝説にわざわざ結びつけようとするなんて、一体どうして？…