「廊下は走る物ではないわ」
「なによ優等生ぶって」
「だって、優等生だもの」
「言ったな、ちょっと成績がいいからって自慢して」
「橘さん橘さん、変なところで張り合わないでください」

 

誰に話を聞くか悩んでいた恵の悩みは、ちょっとした偶然で

解決してしまった。

 

忍と出会ったのだ。

 

「それで、あんたあたしが地道な捜査をしてるときに何を遊んでたのよ」
「派手に遊んでいたのはあなたたちの方でしょう」
「やかましい！」
「橘さん、押さえて押さえて…桜田さん。それで、何かわかったの？」
「ええ、この学校に伝わる義経伝説についてね」
「へえ、わかったんだ。じゃあ、教えてくれないかな」
「ええ、いいわよ。
　ところで、義経が平泉で死ななかったって話は知ってるかしら」
「それぐらい知ってるわよ。弁慶を身代わりにして落ち延びて
　最後はジンギスカンになるんでしょ」
「まあ、そういう話ね。東北地方にはあちこちに義経伝説が残ってるわ」
「でも、それと東京の此花学園とは、関係ないんじゃない？」
「ええ、でも、それとは違った伝説があるのよ」
「一体どんな伝説？」
「平泉を逃げ延びた義経が鎌倉に向かったという伝説よ」
「桜田さん。それはさすがに無理があるんじゃ。
　ほら、鎌倉に向かったんなら、歴史に残ってるんじゃないかな」
「そうね。ちょうど、このあたりで、鎌倉軍と戦ったって伝えられてるわね」
「それじゃ、結局討ち死にじゃない」
「それがね…ここで頼朝軍を義経軍が撃破したと伝えられてるのよ。
　再び義経は姿をくらまし、北条政子は頼朝の死を隠してつじつまを合わせたと言うわ」
「伝説にしても無茶苦茶だよ。一体だれがそんなことを伝えたんだろう」
「そうね。 それが謎ね。そんな伝説を流すことで誰が得をするかしら」
「偽の特報を流して有名になりたかった人じゃない？」
「それはあなたでしょ」
「失礼ね！私は本物のスクープにしか興味がないの！」
「私が調べてきた伝説も、本物よ」
「だけど、それって、いつの時代から流布されるようになった伝説かな。
　鎌倉時代から本当にあった伝説かどうかが問題だよ」
「そうね。私もそれは問題だと思うわ。
　でも、今度の事件とは、無関係でなくて」
「……？・・・！
　そうか！この伝説を、桜田さんより前に知ってる人でなければ
　犯人ではないってことなんだ！」
「でも、どうやって忍が調べたのよ」
「図書室で義経について調べようと本を探したらすぐに見つかったわよ」
「図書カードを見たら、誰が借りたかわかるわね。いきましょ恵くん」
「そんな簡単に見せてくれるかな」
「見せてもらうのよ」

 

走って図書室へ向かう美亜子と恵。
が、そう簡単には話が進まない。

 

「あの、すいません、新聞部ですけど、さっき桜田さんが読んでいた本の
　貸し出し記録を教えて欲しいんです」
「一応プライバシーがあるんですが・・」
「そんなこと言わないで。困ったときには相身互いなんだから」
「そうですね。こんど、学校新聞に図書室の利用について載せてもらえるなら」
「喜んで！…って、ええ、2年ぐらい前はほとんど毎日貸し出された状態なんですね」
「ええ、ちょうど、義経ブームがあったから」
「これじゃ犯人なんて絞りきれませんよ」
「うーん、…でもまあ、何かの役に立つかもしれないし、一応覚えておきましょ」
「そうですね、橘さん」
「…ええと、最近借りたのは…なんだ梶原先生だけか」
「被害者が知っててもどうしようもないわね」
「そうですね。行きずりの殺人ってわけじゃないんなら、梶原先生の知り合いには
　間違いないでしょうし」
「図書室で本棚から誰が取り出して読んだかなんて記録はないわよね」
「ええ、残念ながら」
「…振り出しに戻るか」
「それでも、ちょっとは収穫があったわよ。
　こういう伝説がこの学校にあることから、このやりかたを思いついたのね」
「でも、どうしてこういう回りくどいやりかたをする必要があったんでしょう」
「面白いことが大好きな犯人だったんじゃない？」
「それだけ…かなあ？」
「なによ恵くん。私を信じられないの」
「いえ、そういう訳でも」
「さてと。義経伝説の方が無理って決まったら他の捜査をしましょ」
「他の捜査はいいですけど、一体何を調べるんですか？」
「決まってるじゃない。動機よ動機。犯人の動機。
　梶原先生が恨まれてるとしても、殺したいほど恨んでる人となるとね。
　それも、こんな手の込んだことをするからには、よっぽどの恨みがあるんだわ」
「そうですね。梶原先生を恨んでる人…」

 

？

 

 

…うわぁ。これは選びにくい。どれも本当のような、どれもうそっぽいような…

 

「どうしたの恵くん？」
「い、いや、その…動機を恨みに限定するのって、どうかなって思って」
「じゃ、恵くんは一体どういう理由で事件が起きたって思うの」
「え、えと、ほら、平さんも言ってたじゃない」
「あ、そうそう、そういえばこれで事件が終わってるわけじゃないようなこと、言ってたわね」
「だとしたら、梶原先生への恨みで探すのはどうかな…って」
「それも一理あるわね。でも、だとしたら捜査の的はどうしぼったらいいのかしら」

 

なんで僕に聞くんですか。
そういってため息をつきたくもあり、そうやって頼られるのがうれしくもあり…

 

「よう、なにやってんだ？」
「にゃー」
「あら、玲奈さん、天井にぶら下がって何をやってるの？」
「ほら、ぶら下がり健康法っていうのがあるんだろ。それを実践してるんだよ」
「いや、天井にぶら下がる健康法じゃないから」
「そうなのか？」
「でも、これじゃ話しにくいから降りてきてよ」
「ああ、いいぜ。それで何をやってたんだ」
「梶原先生殺人事件のしゅざいよ」
「へー。あたしもちょっと調べてきたんだけど、何から聞きたい？」
「そんなにたくさん調べてあるの？」
「ああ、ちょっと警察の捜査状況を盗み見してきたからばっちりだぜ」
「いーのかなー」
「気にしない気にしない。そっちだって似たようなことしてるんだろ」
「まあね。じゃ、さっそく教えて」
「ああ…」

 

とはいえ、玲奈が与えてくれた情報それ自体は
特に恵達と違った物でもなかった。

 

「ふーん。義経伝説ね。妙な伝説もあったもんだな。
　だいたいあたしらは鎌倉なんて行ってないし、平泉にも帰ってないのにな」
「べつに、伊勢さんが平泉に行ったかどうかとは関係ないんじゃないかと」
「そんなことないだろ、九羅香だって・・・あ、そか。関係ないよな」
「ええ、まあ…」
「でも、その伝説は絶対ガセだと思うぜ。
　でも、いいこと教えてくれたよ。さっそく九羅香に教えてやらなきゃ」
「どうして、源さんに？」
「ほら、九羅香って、実は義経……と、あぶないあぶない。
　じゃ、またな！」

 

そういうと、玲奈はこの葉隠れの術を使って逃げた。

 

「三階から、飛び降りましたよね」
「三階から、飛び降りたわね…」

 

さすがは忍者、3階から飛び降りてもなんともなかったようだ。

 

「…橘さん。一旦部室に戻って情報を整理してみましょう」
「そうね、その方が良さそうね」

 

恵は、部室に向かって歩きながら、今まで集めた情報を
一つずつ思い出していた。