「すいません。僕らのわがままにつきあってもらって」
「いえ、私に協力できることでしたら何でもおっしゃってください」
「ありがとね、観月さん」
「こちらです観月様」
「ありがとう廉也」

 

観月を連れて行こうというのは、恵のアイディアだった。
さすがの橘さんも、観月と一緒だとあまり暴走しないようなので
押さえ役としていてもらおうというわけである。

 

もう一つ、自分も北条先生が苦手なので、話のいくばくかでも
観月にしてもらおうということもある。

 

「ここが、北条先生の教室なのですね」
「…ええと、私まだ何も言ってないけど」
「大体気配でわかります」
「…」

 

人間やめてないですか？

 

「失礼します。北条先生はいらっしゃいますか」
「ええ、いますよ」
「失礼します」

 

教室の中には、教壇に立ったまま書き物をしている北条先生がいた。
恵達が中にはいると、手を休めてこちらに視線を向ける。

 

「あの、私新聞部の橘美亜子です。こんどの事件についてインタビューしたいんですが」
「あの殺人事件ですか。わたくしに何の用ですか」
「亡くなられた梶原先生と親しかったとお聞きしたので、コメントをいただければ」
「学校新聞に殺人事件のコメントですか。あまり感心しませんね」
「ですけど、事件ですから、…何も触れないのもかえっておかしいです」
「そういうコメントでしたら、校長先生にお願いしたらよろしいでしょう」

 

橘さんもいつもの調子が出てないようだ。
のらりくらり北条先生にかわされている。
ここで上手く話を誘導するのは恵の仕事なのだが
恵もどう話しかけていいのかアイディアが浮かばない。

 

「北条先生、よろしいでしょうか」
「なんですか」
「梶原先生は、北条先生とは、教師になる前からお知り合いだったのですか」
「その通りですが、それがなにか」

 

え？

 

「観月さん。どうしてわかったの？」
「想像です。…北条財閥の重役の息子さんではないでしょうか」
「…よく調べてありますね。でしたら、わたくしから聞くこともないでしょう」
「……調べたわけではありません。想像です」
「観月様、どうしてそんな予測が」
「もし、先生同士のお知り合いでしたら、普通にお悔やみをお話になったはずです。
　教師同士のおつきあい以外のことがあるから、他の人には言葉にしづらいのですね」
「観月さんも、同じような経験がおありのようですね」
「…」

 

観月が暗い顔をする。
なにか北条先生、言ったらいけないことを言ってしまったのかな。

 

「北条先生。刑事さんはもう来られましたか」
「いえ、まだですよ」
「梶原先生が殺されたことについて、警察の方もお話が聞きたいそうです」
「あなたたちが余計なことをしたのではありませんか」
「べつにそんな…」
「…余計なことかもしれませんけど、でも…興味を持つなっていうほうが無理ですよ」
「そうかもしれませんね」

 

妙にあっさりと北条先生が答える。

 

「何が聞きたいのです」
「梶原先生との関係です」
「さきほど、観月さんが言ったとおりですよ。
　梶原先生は北条財閥のグループ企業の一つの社長の息子です。
　特になにか優れた能力があるわけでもありませんが、父は目を掛けておりました」
「そんな人がどうして高校の教師なんかしてるんです」
「人生経験の一種ということで、この学校の教師として赴任させたのです」
「北条先生は、どうして教師になられたんですか」
「わたくしは、……そんなことはどうでもいいでしょう。
　梶原先生とは関係ないではありませんか」
「ま、まあ…そうですけど」
「でしたら、梶原先生の人となりについてもう少しお話くだされば」
「人となりなら、あなた方の方がよくご存じでしょう」
「あの、それじゃ告げ口屋とか、強気を助け弱きをくじくとか、そんなことばかりになっちゃいます」
「その通りです」

 

北条先生までそんなことを言うんだ…。

 

「ですが、あの男は、じつにまめに情報を集めてきました。
　あの情報を集める能力は非常に役に立つのです」
「でしたら、学校のうわさ話とかそういうこともよく調べていたんでしょうね」
「ええ、もちろん。最近は義経伝説について調べていたようですね」
「義経伝説？またどうして」
「この学校も最近は少子化の影響で入学希望者が減りつつあります。
　義経伝説を売りにすれば入学志望者が増えるのではないかと考えたのでしょう」
「それが逆に仇になってしまったんですね」
「そういうことかもしれませんね。梶原先生が何を見つけたのかはわたくしにもわかりません」
「そうですか…ありがとうございます」
「…北条先生も、身辺にはお気をつけください」
「？？？」

 

観月さん？いま一体何を？

 

 

「なんだ最後の選択肢は」
「どうしたの恵くん」
「いえ、なんでもないです橘さん」

 

…北条先生の身辺に気をつけるべきだって、一体どういう意味なんだろう？
もしかして、観月さん、何か核心に近づいてるんだろうか。

 

「あの、観月さん、いいですか？」
「なんでしょう？」
「北条先生にも、何か身に危険が迫るかも、って思うの」
「いえ、なんとなくですが、胸騒ぎがするのです」
「観月様。気分は大丈夫ですか」
「ええ、気分が悪いわけではありません、廉也」
「それならよろしいのですが」
「あ、警察が来たみたい。じゃ、後は警察に任せましょ。
　さ、恵くん、行くわよ。観月さん、廉也君、ありがとね」
「いえ、おきになさらずに、橘様」
「お手を、観月様」

 

・・・・何か、やっぱり引っかかるな。
梶原先生と北条先生と、何が…。

 

こういうとき、誰に相談すればいいのか。
地道な捜査しかないと腹をくくるしかないのかな。

 

廊下を走ってる橘さんを追いかけつつ、恵は次の行動を考えていた。