「橘さん、どこへ行くんですか？」
「恵くん、聞いてなかった？今から梶原先生に行状について聞き込みよ」
「それより橘さん」
「なによ」
「梶原先生って、どんな先生なの」

 

ここで、美亜子はため息をつく。
そのため息に妙な意味が込められていそうだったので
恵は見逃すことができなかった。

 

「橘さん、何か悪いこといいましたか」
「べつに悪いことを言ったって訳じゃないわよ。
　あの風紀の梶原を知らずに過ごせてたなんて
　優等生だって思っただけ」
「風紀の梶原って」
「思い出さない？全体朝礼の時に偉そうに訓辞たれてるおっさん。
　あれが梶原先生よ」
「あの妙に色白で神経質そうな先生のこと」
「そう、それ。あーやだやだ、死んだ人のこと悪く言いたくないけど
　顔を思い出しただけでじんましんが出るわ」
「橘さんはよく知ってるの」
「知りたくないけどよく知ってるわよ。
　新聞部のことについてああだこうだと・・ったく。
　それでいて、家から圧力掛けたら手のひら返すんだから。
　あーもう。あれじゃ恨みをいくら買ってるかわかったものじゃないわね」
「典型的な”上に弱くて下に強い”タイプなんですね」
「そうよ」
「山内先生みたいな？」
「あれとはまた違うんじゃない。山内先生と違って
　部活の担当は持ってなかったはずよ。
　とにかく、・・・あ、ちょっといい、新聞部なんだけど」
「あ、はい？わたしです？」

 

こんどは恵がため息をつく番だ。
こんな調子で聞き込みをしていたら全校生徒一人一人に聞いて回るのと変わらない。
もちろん、それで情報が見つかるかもしれないけれども
こんなやり方では系統だった情報集めなんて不可能だ。

 

「ちょっと恵くん、なによそのため息は」
「い、いえ、べつになんでもないです」
「そっか。うんうん、恵くん、体弱いもんね」
「ま、まあ・・そうかな」
「つかれてきてるんでしょ。ワトソン君、そんなことじゃ名探偵の助手は務まらないぞ」
「すいません橘さん。でも、闇雲にそこらの人を捕まえて話を聞いても仕方ないですよ」
「じゃ、恵くんは誰に話を聞くべきだと思う」

 

ゲームなら、ここで選択肢が出てくるんだろうな。
ふとそんなことを思う。
もちろん、これはゲームではないので選択肢なんて出てこない。
選択肢も自分で見つけ出さないと行けないし、もちろんその中から
正解と思われる物を選び出すのも、自分の力でやらなければならない。

 

 

「不許可っ！」
「わ、た、橘さん？」
「恵くん、いま尚人さんを呼び出そうとしたでしょ」
「そ、そんなことないよ」
「ほんと？」
「ほんとにほんと、ほんとうだってば」
「じゃ、何を考えていたのかいいなさいよ」

 

恵は心で泣いた。
橘さんって、なんで時々妙に勘が鋭いんだろ。

 

「い、いや、梶原先生って、生徒指導の先生だったんでしょ。
　じゃ、先生同士のつきあいってどうなってたのかな・・・って」
「さすがワトソン君、いいところに気づいたね。
　私もそうしようと思ってた所なのよ。
　うん、そうと決まれば職員室にれっつごー」

 

心の中でほっとする恵。
美亜子を追いかけながら、ふと思う。
どうせ橘さんのことだから、僕が言ったから
職員室に行こうって思ったんだろうな。

 

もちろん、恵の想像通りなのである。

 

「失礼します」

 

職員室に残っている先生は少なかった。
それはそうだろう。また殺人事件なのである。

 

「教頭先生、梶原先生のことについてなんですけど、いいですか？」
「橘君かね、また探偵ごっこか」
「学内新聞で何も書かないわけにいかないんです。
　教頭先生、梶原先生についてコメントをお願いしますよ」

 

いいのかなあ。と恵は思う。
そんなことを言ったら通り一遍のお悔やみとか
ほめ言葉しかでてこないんじゃないかなあ。

 

「梶原先生は本当に仕事熱心ないい先生でしたよ。
　各担任の先生からも生徒の情報を集めるのに熱心でしてね。
　もちろん、うちの学校だから風紀に問題のあるような
　生徒はいないわけでして、その腕のふるいどころにも
　困っておられたでしょうけれども」

 

その腕のふるいどころの筆頭みたいな人相手に
言葉を上手く選んでるなぁ、と感心する。

 

「特に３−C組担当の北条先生とはよく話をされてましたな」
「でも、北条先生の方が年下ですよね。相談に乗ってたんじゃありませんか？」
「いや、相談を持ちかける方でしたね」
「そうですか」
「あと他に…」

 

え？相談を持ちかけてた？どうして？…

 

北条先生なら恵もすぐに思い出せた。
恵達の担当もしている数学の若い先生だ。
若い、といっても、すでにバツイチの未亡人。
宿題はあまり出さないが、授業ではきついことで有名だ。
恵自身、あの先生にはピノキオの鼻をへし折られたことがある。
そのときには忍にまでやりこめられたけれども
その次の日には忍も同じようにやられたみたいだ。
確かに、あの先生が相手じゃ、梶原先生も頭が上がらないかも。

 

「はい、ありがとうございました。教頭先生。
　さあ、恵くん、次は…」

 

そういって職員室を見回すと、すでに職員室の中には先生の姿はなかった。
どうやら、先生達は学内の見回りに出かけているらしい。

 

「恵くん、校長先生の指示で学内に不審者がいないかどうか一応見回りに出てるんだって。
　警察の人も一通り全員の先生に話を聞くみたい」
「一人、絶対に見回りに行くはずがない先生がいますよ橘さん」
「誰のこと？」
「保健の先生は保健室でしょ」
「ナイスな推理だワトソン君。保健室に行きましょ」

 

北条先生タイプに弱いなら、保健室の真由美先生にも弱いかもな。

 

その保健室で誰に出会うことになるか、恵が想像できるはずはなかったのだった。