魔法のプリンセス
シルキー＝ピア
【第三話】
〜決戦は日曜日〜
今日は日曜日。フェイのコンサートがある日。
フェイのコンサートは午後からなのだが、勤労学生アイラは
アルバイトのために朝も早くから会場にいた。
「わしらもおるのじゃぞ」
「ちょ、ちょっとメリル」
「なんじゃ？」
「目立つようなことしないでよね」
「案ずるな、わしのすがたは普通の人間には見えぬわ」
「それじゃまるであたしが普通じゃないみたいじゃない」
「その通りじゃ」
「・・・身も蓋もない言い方ね。でも、今はあたしの言うとおりにしてちょうだい」
「そうじゃな。人間界のことはわしよりおぬしの方が詳しいの。
それで、わしはどうしておればよいのじゃ」
「そうね。とりあえずあたしのカバンの中・・じゃ、退屈でしょ」
「とうぜんじゃ、なんであんな暗いところにおらねばならんのじゃ」
「じゃ、・・・魔法で完全に姿を隠すってわけにいかないの？」
「見えなくするのは無理じゃ。じゃが、誰にも気にならぬようにすることはできるわ」
「じゃ、それやっててちょうだい」
「おぬしの関心も引かなくなるぞ」
「姿をみえなくしたって、どうせあたしにも見えないんでしょ。同じ事よ。
それよりピアは？」
「・・・ここにいるの・・・」
「今はまだ歌わなくていいからね。商品をあたし以外の人がどこかへ
持って行こうとしたら教えてちょうだいね」
「・・うん・・」
「店長さんは昼から来るからね。売り場の設営はコンサートのスタッフが
やってくれてるから、商品並べたらもう休んでいいわよ」
「まだだれもおらぬではないか」
「誰もいないってわけじゃないわよ。ただ、スタッフはホールの方に行ってるし、
熱心な連中は会場の外にいるからあたしらの所からは見えないだけ」
「ここは会場の外ではないのかの？」
「ここはホールっていうのよ」
「やあ、アイラ、朝早くからなにやってるんだい」
（メリル、すぐに姿を消して）
（もうやっとるわい）
仕事をやっている最中に現れたのは、ルシエルだった。
制服のないメルデルビア高校だけに、普段と変わらない格好で登場である。
「あ、ルシエルじゃない。そっちこそ朝早くからどうしたのよ」
「いやあ、アイラから誘ってくれるなんて珍しいからね」
「あたしは誘った訳じゃないわよ。ただ見て欲しい子がいるっていっただけ」
「見て欲しい子？」
「そ、説明したでしょ。あたしの目にはダイヤの原石に見えるのよ。
それで、ルシエルの目できちんと判断して欲しいってわけ」
「紹介してくれるのか？」
「あんたが期待しているのとは別の意味でね」
「それで、その子は？」
「まだ来てないわよ。待ち合わせはコンサートが始まった後よ」」
「じゃ、そのときまた来るよ」
ルシエルはコンサート会場の方へと姿を消した。
ルシエルのことである。きっとスタッフの女の子に声でも掛けに行ったのだろう。
「・・・あの人、なんだかかわいそう・・」
「え？あの人ってルシエルのこと？」
「・・・うん・・・」
「なんでそう思うの？」
「あの人、ひとりぼっち・・・」
「そういうものなのかしらね？四六時中ナンパしてるし、女の子に人気もあるわよ。
たまたまさっきは一人で来てただけじゃないかしら？」
「・・・うん・・・そういうのとはちがうの・・・」
「ん・・・」
「良いではないか小娘」
「だれが小娘よっ」
「そうやっていきり立つところが小娘じゃ。
ピアは思ったことが上手く言葉で表現出来てないだけじゃ」
「じゃ、メリルはピアの言うことが理解できるの？」
「無理じゃな。わしはピアのように純真にはみれぬからのぉ」
「あ、そ。そりゃまそうだわね」
「どういう意味じゃ」
「そういう意味よ。・・・っと。もうじき会場が開くわよ。
ピア、準備はいい？なにをすればいいかわかってる？」
「うん・・・アイラちゃんが言った通りの物をアイラちゃんに渡すの・・」
「よく覚えていたわね。えらいえらい」
「えへへ・・」
ピアがアイラに誉められて照れる。
こうしてみると、プリンセスといいながら普通の女の子だ。
ただ、１３歳というにはかなり幼いような気もする。
「は〜い、いらっしゃいませ」
「おねえちゃんプログラムちょうだい」
「はい。２００円になります。・・・ありがとうございました」
アイラの商売は順調だ。さすがはフェイだけのことはある。
チケットを手にしていながら朝早くから会場の外に並んでいたファンをホールが飲み込んでいく。
大半はまっすぐ会場の中に入っていくが、それでもすこしは店の方に興味を持つ人もあるし、
一人で店を切り盛りするにはこれでもてんてこ舞いするほどである。
ばたばたと仕事をするうちに、開演１０分前になる。
会場の中にある程度人が入ってそろそろ仕事の山も見えてきた頃だが・・・
「アイラ。がんばってる？」
「！」
アイラが驚くのも無理はない。
お客として現れたのは、コンサートの主役になるはずのフェイだった。
「あは、驚かない驚かない」
「・・驚かない、じゃないわよ。見つかったらどうするの？
パニックよパニック」
「大丈夫よ。この格好じゃ誰も気づかないわ。
それよりＣＤ売ってくれてる？」
「まだコンサートが始まる前でしょ。売れるのは帰りよ。
がんばってよね。そっちのがんばり具合で売れ行きが決まるんだから」
「あたしはいつでも１２０％全開よ。・・・・
でも、残念ね。あたしのステージを見て欲しかったな」
「大きなお世話よ。」
「あは、じゃ、ステージが終わったらね」
「二度と来るなぁ」
フェイは言いたいことを言った後でさっさと会場へ姿を消した。
たぶん、観客席を駆け抜けてステージに向かう演出があるのだろう。
「あの人がスターなの？」
「ん、あ、そうね。あれがフェイよ。今人気赤丸上昇中のアイドル」
「・・・すごい人・・・他の人にも力を分けてるの・・・」
「ん〜、ピアの言うことは時々よくわかんないわ。
でもまあ、ピアの方がすごいわよ」
「うん・・・。」
「・・・さて、と、もうじきコンサートが始まるわね。
コンサートが終わって、お客さんが出てくるようになったら勝負よ。
シルキーピアになって、歌ってちょうだいね」
「うん・・」
そう、みんなコンサートを聞きに来ているのだから一旦コンサートが始まってしまえば、
店は暇な物である。
「やあ、アイラ。調子はどうだい？」
「あ、店長さん。ばっちりですよ。売り上げも順調」
「ありがとう、アイラ。両替のお金を持ってきたよ」
「すいません店長さん。じゃ、売り上げの方は精算してもって帰ってもらえます？」
「ああ、在庫の確認と一緒にやろう」
「・・あの、こんにちは・・・はじめまして」
「あ、ごめんピア、紹介が遅れたわね。
店長さん、この子が言ってた手伝いのピアなの。よろしくね」
「ああ、僕が店長の・・・」
PiPiPi・・・
ちょうど店長さんの携帯に電話が掛かってきたらしい。
「はい、僕です・・・ええ、ええ、、、ええ・・・わかりました。
今フェイのコンサート会場なんですよ。今からそっちに行きます」
「すまないね、アイラ。急な仕事が入ったからすぐに行かないと行けないんだ。
ピア・・だったかな。アイラを手伝って上げてね」
「うん」
「じゃ、あとは頼んだよ」
店長さんは急いで出て行った。
ああ見えて、実は忙しく働いているのかもしれない。
「ピア、仕方ないわね。二人でがんばりましょ」
「わしを忘れるでないぞ」
「ああ、メリルもいたわね。・・・気づかない魔法使われてるから本当に気づかなかったわ。
すごい魔法じゃない」
「わしはものすごく不満じゃ。こんな魔法二度とつかいたくないわ」
「ん〜。そうかもね。まあ、なんかまた考えるわよ。
それじゃ３人でがんばりましょ。ピア、メリル。それぞれいくつ売れたか調べて、
売り上げのお金とあってるか見てちょうだいね」
「おうておるぞ」
「なんでわかるのよ」
「おぬしらが働いておるときに、ちゃんと１つずつ調べておったのじゃ」
「黙ってみてたわけね」
「ほかにすることもないからの」
「あ、そ。そりゃまそうか
などと、無駄話をしているうちに時間が過ぎていく。
もうじきコンサートも終わりだ。
「・・・ピア、そろそろ時間よ」
「・・・うん、わかった。・・・メーちゃん、魔法の粉振りかけて」
メリルが魔法の粉を振りかけると、ピアがもっていた鉛筆が魔法のステッキに変わる。
そのステッキの軌跡が光の帯になる。その光の帯がピアを完全に覆い尽くすと、
その中から舞台用衣装に身を固めたシルキーピアの登場だ。
「魔法の国からやってきた歌って踊れるお姫様。シルキーピアただいま登場☆」
「・・・性格がえらく変わってない？」
そんなアイラの感想など無視してふわりっ、とシルキーピアはテーブルに上がる。
「みんな。今日はピアのために集まってくれてありがと〜☆
ピア、みんなのために心を込めて歌います。
曲は、『雨音は幸運の足音』」
♪〜♪〜♪〜・・・
足でピアがリズムを取る。
♪空には雲がやってきた。天気予報はMistake♪
♪帰りにはきっと降っている。みんなは空を恨んでる♪
テーブルの上でピアが踊る。
普通に考えればただ行儀が悪いだけだ。
しかし、シルキーピアの場合は、まるでテーブルの上がステージに見える。
アカペラではきつい歌のはずなのに、アカペラでも聴かせることができる。
我に返ったアイラが素早くサンプルＣＤをＣＤラジカセにカラオケモードで掛ける。
ピアの歌の位置にＣＤを合わせるのはメリルの仕事だ。
素早く早送りして適切な位置で通常の再生に切り替える。
♪途中までは一緒ですね♪何度も練習したこの一言♪
♪神様私に勇気をください♪
気がつくと、売り場の前は人だかりが出来ていた。
みんなじっとピアの方を見ている。誰も何も言わない。
アイラは、その見つめている一団の中にルシエルを見つけた。
それは全然意外ではなかった、ルシエルはああ見えて約束を守る。
しかし、その隣にいる人物をみては、さすがのアイラも驚いた。
「・・・うそ、フェイがいる・・・」
「なんじゃ小娘。べつにおってもおかしくないじゃろうが」
「そりゃそうだけど・・・」
♪〜♪〜♪〜♪
曲が終わる。
しばらく沈黙。
そして、拍手が巻き起こる。
「ありがと。みんな♪
今の曲が気に入ってくれたら、みんなＣＤを買ってちょうだいね☆」
たちまち売り場は修羅場と化した。
「おねえさん、こっちに１枚ちょうだい」
「俺はまとめて５枚買うぞ」
「こっちは十枚〜」
うれしい悲鳴を上げながらてんてこ舞いのアイラ。
アンコールにこたえているピア。
ぽかん。と口を開けてピアを見つめるルシエル。
シルキーピアは、たった一度歌声を聞かせるだけで、観客を虜にした。
そして、その脇で、複雑な表情を見せるフェイの姿があった。
その、フェイの見せる表情の意味がなんなのか。
そして、それがシルキーピアの上にどんな運命となってのしかかってくるか。
まだ、アイラもピアもメリルも、少しも感じてはいなかった。