それから一週間後が来るの。
この日は、アインハルトさんがチャンピオンに挑む決戦の日なの。

「あれから一週間、出来ることはやったさ、後は結果が着いてくるのを待つだけだ」
「そうですね。こんどはチャンピオンも〜エーデルガルトさんも、万全の準備をして、油断なく望んでくると思います」
「これに勝てば、U-15じゃ最強だな」
「そうですね。でも、それも一つの通過点です。最終目標はまだ遠い。
　負けたらということは、今は考えないことにします。目の前の一歩に集中します」
「良い返事だ。向こうもできる限りのことはやってるだろう。条件は同じだ」
「はい」
「こんにちは」
「あ、リンネさん」

リンネさんが声を掛けてきたの。

「どうしたんですか？　体はもう大丈夫ですか？」
「ええ、コロナさん。体はもう大丈夫です。
　アインハルトさん、実力を出し切ってください。
　いつか、私もあなたの背中に追いつけるように、努力を重ねていきます」
「まだ、私はチャンピオンじゃありませんよ」
「今日、チャンピオンになるのでしょう？」
「ええ、そのつもりです。そして、向こうもチャンピオンであり続けるつもりでしょう」
「応援に来てくれたの？」
「ええ、一つはそうです。それで、みなさんさえ良ければ、特別席を用意しておりますので、
　そこで観戦していただければと思いまして」
「リングサイド？」
「残念ながらそうは行きませんが、あそこに見えるVIPルームを用意致しました」
「リンネさんは？」
「もし、みなさんのご迷惑にならなければ、ご一緒させていただければ」
「せっかく用意してくれたんだ、おまえ達、世話になったほうがいいだろう。
　人の好意は無にするものじゃない」
「いいんですか、リンネさん」
「もちろんです、そのために用意させていただいたのですから」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい」

そういうわけで、私達はリンネさんの案内でVIPルームへと行くの。
そこには、ジルコーチも待ってたの。

「ありがとう、リンネの希望を聞いてくれて」
「いえ、こちらこそ招待ありがとうございます」
「礼には及びませんよ、皆さんと観戦したいというのは、リンネのわがままですから」
「あ、選手入場だよ」

挑戦者アインハルトさんが青コーナーに登場するの。

「アインハルトさん、頑張って〜」

私達も声をだして応援するの。
アインハルトさんは、手を振って会場に挨拶するの。

チャンピオン、エーデルガルトさんが赤コーナーに入場してくるの。
声援はアインハルトさん以上。そして、落ち着きぶりはアインハルトさん同様なの。

「二人とも、やるべき事は全てやったって顔をしてるよね」
「そう思うの」

二人はリング上で挨拶しあうの。
そして、試合開始のゴング。

「アインハルトさん、早い」

リンネさんとの戦いとは打って変わって、この試合では、アインハルトさんが積極的に間合いを詰めて行くの。
エーデルガルトさんは、ちょっと意外な顔をするの。
でも、体勢は万全みたいなの。

「覇王！　断空拳！」

断空拳、アインハルトさんの必殺技なの。
それを最初から使っていく。アインハルトさんにはどんな勝算があるのかな。

「入った！」
「そうですね、ミウラさん」

万全な体勢のはずのエーデルガルトさんのガードの隙間に断空拳が入るの。
エーデルガルトさんは吹き飛ばされて膝をつくの。

「凄い、初っぱなからポイントですよ」
「まだ、エーデルガルトさんに油断があったのかな」
「違いますね。それだけアインハルトさんの一撃が鋭かったんです」

打ち込まれたエーデルガルトさんは、満足そうな笑顔を見せるの。
まるで、こうでなければ面白くないとでも言うみたいなの。

「効いてないのかな？」
「打撃は行ったと思いますよ、でも、その程度で倒れる練習はしてないということでしょう」

エーデルガルトさんは、まるでケーキでも買いに行くかのような自然体で、アインハルトさんに近づいていくの。
殺気はまるで感じないの
だけど、だけどじゃない、だからこそ、アインハルトさんはガードをしっかり固めるの。

それは一瞬の出来事。
顔面をガードしたアインハルトさん。だけど、エーデルガルトさんが放ったのは右フックなの。
それが側頭部にクリーンヒット。
アインハルトさんもたまらず片膝をつくの。

「今のは？」
「エーデルガルトさんが一瞬で顔面へのジャブから側頭部へのフックへ切り替えたんですね。
　ジャブが来ると思ったアインハルトさんはそれをガードしようとして、フックに対応出来なかった」
「気配を変えたって事？」
「そうですね。見てからでは間に合わないのはどちらも同じですから」
「どんなハイレベルな戦いなの……」

そう、これがU-15の頂点の戦いなの。

「これで、お互いポイントは同じですね」
「そうですね。ここまではお互いの実力を確かめ合ったというところでしょうか」

アインハルトさんも立ち上がって、構え直すの。
エーデルガルトさんも構えるの。
もう同じ手は通用しないと思ってるかのようなの。

「普通に隙を探り合ってますね」
「消極的姿勢を取られないといいけど、両者とも」
「そんなつまらない試合はしないでしょう」

確かに、その通りだったの。
一瞬の隙も無い頂上の二人なの。
その中で相手に隙を作るには、自分にも隙がいる。
だけど、その隙を作ったら打ち込まれる。なら……

「アインハルトさんが間合いを開いた」
「最適な間合いからは開きすぎ」
「ということは？」

アインハルトさんはそこから踏み込んで行くの。
エーデルガルトさんはそれを知ってたかのように冷静にアインハルトさんの突きをいなすの。
だけど、それはアインハルトさんも想定してたようで、エーデルガルトさんのカウンターアタックはアインハルトさんに受けられるの。

「有効打のないたたき合いですね」
「疲れないのかな」
「鍛え方が違うっていうのは、ああいうのを言うんだと思うよ」

そこからお互いが間合いを開くことなくパンチの応酬なの。
お互いのパンチが空を切り、受けられる。
乱打戦だけど、有効打はないの。

「お互いが隙を狙い合って、お互い隙をみせないようにしてますね」
「ここまで完全に互角のたたき合いですね」
「スタミナ勝負をするつもりなのかな、二人とも」
「それをやったら第４ラウンドまでに二人ともへばってるんじゃないでしょうか」

二人とも、楽しそうに殴り合ってるの。
見てる方が精神を削られるの、目を離せば、そこで何かが起こりそうなの。

そのたたき合いが終わったのは、第１ラウンド終了のゴングが鳴ったからなの。

「お互い完全に互角でしたね、このラウンドは」
「ええ、だけど、エーデルガルトさんはまだ切り札を切ってない。
　アインハルトさんは全力を出してます。その差はありますね」
「あれで様子見なんですか？」
「様子見、だと思います。
　一撃きれいに入れられるよう、癖とか、特徴を、実戦の空気で感じようとしてるんです」
「アインハルトさんの方はアレで全力なの？」
「空気を感じるのはアインハルトさんも同様でしょう。
　でも、アインハルトさんは初手で断空拳を打ってますから」
「それだけ強敵とみてるって事なの？」
「ええ、断空拳すら決め技ではなく、技の一つとして使わなければならない程度には」
「断空拳を使うタイミングを計っていられないってことかな」
「そうですね」

ハイレベルな頂上決戦なの。
ここまで試合の内容は互角なの。
だけど、ジルコーチはエーデルガルトさんにはまだ余裕があるようなことを言ってるの。
その上を行かなければならない、アインハルトさんには、どんな勝算があるのかな。



 

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