アインハルトさんと、リンネさんとの、チャンピオンへの挑戦権を掛けた試合の第2ラウンドが始まるの。

「アインハルトさん、前と同じように自然体で構えてるの」
「リンネさんも普通の構えですね」

何か、アインハルトさんには決意のような表情が見えるの。
リンネさんの方は、貪欲に勝ちに行こうという表情なの。

アインハルトさんが一瞬間合いを開くように体重移動をしてから、一気にリンネさんへの間合いを詰めるの。
リンネさんはそれを踏み込んで迎撃するけど、アインハルトさんはそれが始めから見えてたかのごとくかわすの。
そして、アインハルトさんの一撃。
リンネさんはそれにはかまわずカウンターを狙うけど、カウンターへの動きもアインハルトさんが読めてたのか
リンネさんの一撃は空を切るの。
アインハルトさんは、第1ラウンドみたいに、間合いを開け直すつもりもなく、連打を加えていくの。

「ラッシュを掛けてますね」
「でも、油断があればアインハルトさんは壊されちゃうかもしれないの」
「ここまで、油断はなさそうですよ」
「それはそうだけど」

私達の心配をよそに、アインハルトさんは一方的にリンネさんを圧倒してるの。
リンネさんもたまらず防御に入るの。
それを見て、アインハルトさんはラッシュを止めて間合いを開くの。

「リンネさん、肩で息をしてるように見えるね」
「でも、アインハルトさんも疲れてるはずだよ」
「あれだけ連打すればね」
「でも、あれだけ打たれてて、ダウン一つしないリンネさんも凄いですよ。
　どんな練習をしたら、あんなに打たれ強くなるんでしょう」
「練習じゃなくて、もうここまで来たら根性の問題だと思うの。
　もうリンネさんは気合いで立ってるだけなの」
「アインハルトさんが動いた」

アインハルトさんは、再びリンネさんにラッシュを掛けるの。
リンネさんは、こんどは下がりながら防御しつつアインハルトさんの攻撃に耐えるの。

「リンネさん、防戦一方ですね」

リング際で、リンネさんがよろめいたと思った瞬間、アインハルトさんは間合いを開くの。
リンネさんのよろめきながら出した足払いは、アインハルトさんが間合いを開いたために、空振りに終わるの。
そして、リンネさんはそのままダウン。
それでも、リンネさんはよろめきながら立ち上がるの。

「完全に勝負は付きましたね」
「アインハルトさんには、リンネさんの動きが見えてるみたいですね」
「それも、完全に、です」
「第1ラウンド、ずっと自重してたのは、動きを見切るためかな」

レフリーのかけ声とともに、前に出て行ったのは、意外にもリンネさんの方。
表情はまだやれそうに見えるの。

アインハルトさんは、表情を変えないの、そして、リンネさんがつかみ技が可能な距離に近づいて、つかもうとした瞬間。

「覇王！　断空拳！」

アインハルトさんの必殺技、断空拳がまともにリンネさんに入るの。
ノーガードで受けたリンネさんは、完全にダウンしてしまうの。

レフリーのカウントが始まるの。

1，2，3、4，5。

ここで、リンネさんは目を開けるの。
気合いで起きようとするけど、体の方が限界を迎えてるのか、腕一つ挙げられないの。

6，7，8，9，10。

勝負ありなの。

「アインハルトさんが勝ったよ！」
「これで、チャンピオンへの挑戦権は、アインハルトさんの物ですね」
「そうなの」
「第2ラウンドは、完全にアインハルトさんの物でしたね」
「そうだね」

会場はどよめくの。
アインハルトさんの、チャンピオンへの勝利は、チャンピオンにも油断があったし、相打ちみたいな物だったの。
だけど、この試合は違うの。完全に、アインハルトさんのペースで戦った、アインハルトさんの完勝なの。

リンネさんは、担架に乗せられてリングから運び出されるの。
アインハルトさんは、何事もなかったかのごとく落ち着いてノーヴェと一緒にリングを後にするの。

「アインハルトさんは、勝つ事が既定路線だったみたいな顔をしてるね」
「そうなの、もうこうなることが分かってた様な表情なの」
「イメージトレーニングの成果でしょうか」
「それとも違うんじゃないかな」
「実力差が圧倒的にあったってことだと思うよ。多分、私達が思ってるよりも、ずっと」
「でも、ノーヴェだって、リンネさんもきっちり練習してるって話してましたよ」
「うーん、でも、アインハルトさんは、もう自分が勝つに決まってるって思ってたんじゃないかな」
「ひとまず、アインハルトさんを出迎えに行きましょう」
「そうだね」

私達は観客席を後にして、アインハルトさんの所へ行ったの。
アインハルトさんの所は、もうマスコミの人とか、一目挑戦者を見ようという人でごった返してたの。

「アインハルトさん、一言お願いします」
「これはまだ通過点に過ぎません、次はチャンピオンとの戦いが待ってます」
「リンネさんについて一言お願いします」
「練習の方向性が私とは違ったように思います。その差が結果の差になったのではないでしょうか」
「方向性とはなんでしょうか」
「それは、私の口からは差し控えます」
「もういいだろう、とりあえず試合が終わった直後なんだ、ひとまずアインハルトも休ませてやってくれ」
「では、ノーヴェコーチ、試合についての感想を」
「リンネも確かに鍛えられてたし、強かった。ただ、アインハルトの方が一枚上手だったってだけだ。
　元からアインハルトは強いんだよ。精神面でも落ち着いたアインハルトに勝てるU-15なんてまずいないだろうさ」
「では、チャンピオンも目じゃないと」
「チャンピオンは十分強いさ。だからこそ、まずいないんって言ったんだ。
　だけど、負けるつもりで挑戦する訳じゃない。
　もういいだろう。アインハルト、行くぞ」
「あ、ノーヴェコーチ」
「続きはちゃんとした記者会見の時にな」

アインハルトさんとノーヴェは、もみくちゃにされながら、人混みをかき分けて選手控え室へ向かうの。

「よう、試合をちゃんと見てたな」
「うん、ノーヴェ。アインハルトさん、次はチャンピオンだね」
「ええ、次はチャンピオン戦ですね」
「同じ調子で戦えれば勝てるよ、間違いない」

ヴィヴィオの呼びかけに、アインハルトさんは苦笑で返すの。

「ヴィヴィオ、とりあえず話はジムでな。
　アインハルト、選手控え室でクールダウンしてから帰るぞ」
「はい、ノーヴェ」
「よし、おまえ達はとりあえずジムへ帰っててくれ。
　ウィンターカップは終わったが、次のインターミッドが待ってるぞ」
「はい」

次のインターミッドか、私達は留学が終わってるから、それには参加出来ないの。
だけど、ヴィヴィオとの対戦に備えて、練習は欠かせないの。

「ん？」

ノーヴェが怪訝な顔をするの。
その理由は、ノーヴェの視線の先を見れば分かったの。
ジルコーチと、リンネさんがこっちへ歩いてきてるの。

「ジル、リンネはもう歩いて大丈夫なのか？」
「ええ、リンネ本人がどうしても話したいことがあるそうだから」
「話なら、選手控え室でも出来るだろう、何も無理して歩いてこなくても」
「いえ、霧子さん達ともお話することがありますから」
「そうか、で、話ってどういうことなんだ」

リンネさんは、少し言いよどんでから、口を開いたの。

「今まで、私は練習すれば強くなれると思ってました。
　練習は今まで以上に重ねた自信はあります。
　でも、私は一方的に負けました。
　私は全然強くありませんでした」
「ええ、昔の私と同じなら、なにをどうやっても強くはなれないでしょう」
「アインハルトさん？」
「昔、私も強くなりたいと思って練習を重ねてましたが、ヴィヴィオさんに負けました。
　それからずっとなぜ自分は強くなれないのか、思い悩みました。
　その答えは、第97管理外世界で、見つけたように思います」
「そこに、何があったのですか？」
「自分がどうして強くなりたいかの理由がありました」
「強くなりたいとは私も思ってます。強くなりたいと思っていたのなら、その理由は分かってたのではありませんか」
「それが違ったことが、あそこで分かったんです。
　人のために強くなる、それだけでは足りません。自分の為に強くなる、それでも足りません。
　本当に強い人は、自分のためだけではなく、人のためでもなく、強くあるべき物があるから、強くなれるのです」
「私には分かりません。自分の為でもなく、人のためでもなければ、なんのために強くなるのでしょう」
「リンネさんにも分かる時が来ます。そうなれば、本当の強さが自分の中に宿るでしょう。
　本当の強さとは、人を傷つける何かではないのです。自分を痛めつけるものでもないのです。
　人を傷つけるのも、自分を痛めつけるのも、正しいことではありません。
　強さは、正しさが宿ってなければ、本物ではないのです」
「正しさ？　私は……私が大切な物を守りたいと思うのは、間違ってるということなのでしょうか」
「間違いではありませんよ。でも、手段が間違っていれば、正しい目的にはたどり着きません。
　木登り魚を捕まえるのもでなければ、木登りをしても魚は捕まりません。
　ただ体を鍛えても、心がそこに宿らなければ、本当の意味では強くはなれません」
「守る為に強くなりたい、強くなって畏怖させたいと願うのは間違いなのでしょうか」
「前者は間違ってませんよ、後者も間違いとはいえません。
　だからこそ、ジルコーチもあなたが強くなれるようにとコーチを続けられたのでしょう。
　ですが、目指す方向が間違っているのです」
「方向とは、なんでしょうか」
「一言で言えることではありません。
　私は、愚か者なので、経験するまで分かりませんでした。
　私の中にいる私の師匠の無念を晴らす、それだけでは本当の意味で強くはなれませんでした。
　私の中の師匠が目指した強さの意味、手に入れようとして、ついに手に入らなかった強さ。
　その強さに気づいた時、私は一段階段を上ることが出来たんです」
「どんな強さなんですか？」
「言葉にするのは難しいんです。
　言葉にすれば、クラウスの目指した強さも、守る力でした。
　大切なもの、守るべきものを守り抜く力。
　だけど、敵を打ち倒せばいいというものではない力。
　ただ強くなるというだけでは決して到達できない領域。
　それがあるんです」
「どんな領域か分かりません。
　強さを極めても到達できない強さとは、なんなのでしょうか」
「今、リンネさんは素直に、そして貪欲に知ろうとしてますね。
　霧子さんと話したときには、耳を傾けようとしなかったのですが」
「そのときには、まだ、私は強いと思ってました。
　今は、違います。
　私は弱い。弱いけど、強くなりたい。
　弱い私が強くなるにはどうすればいいか、それを知りたいんです」
「自分の弱さを見つめることです。
　弱さから逃げず、弱さを受け入れて、その上で本当の強さの意味を知ることです。
　そうすれば、ただ体を鍛えただけではたどり着けない領域へと行けます」
「ただ体を鍛えただけではたどり着けない領域とは、どんな領域でしょう」
「言葉では伝わらないこともあります。
　ただ、もし、一言で言い表す言葉があるとすれば、愛、です。
　自分に対する、守るべきものへの、そして、万物への愛です。
　敵をも愛する心、甘やかすのではなく、本当の意味で大切に思う精神。
　それが宿ったとき、肉体の強さだけでは手に入らない領域へと進めます」
「敵を愛するとはどういうことなのでしょう。敵は打ちのめしてはいけないのですか？」
「誰かが泥棒を働いているところを見たら、あなたならどうしますか？」
「捕まえます」
「私もそうします。相手が多数で力に余るようなら、警邏隊を呼びます。
　そこまでは同じだと思います」
「そうですね」
「ですが、泥棒を憎むのなら、捕まえる必要はないのです。
　悪を重ねて道を踏み外せば踏みはずほど、人は悪に染まり、苦しむのですから。
　泥棒を苦しめたいなら、むしろ多いに盗ませてやるべきなのです。
　もし、捕まりそうになったなら、捕まらないよう取り計らってやるべきなのです。
　そうして、心が悪に染まりきるなら、そのときこそ、憎しみの対象は真の苦しみを味わうのです」
「そこが分かりません」
「そうかもしれません。
　ですが、人を正道に導くなら、その人はその結果、救われるのではありませんか。
　救われてこその正道で、救われない道が正しいはずがないのですから」
「それはそうですね」
「そこまで分かっておられるなら、もう自分で進めるはずですよ」
「……私はどうすればよかったのか、いまでも分かりません。
　私は弱かった。弱さ故に、おじいちゃんの死に目に会うことも出来なかった。
　だからといって、そのとき、私は私を拘束してたいじめっ子達をその場で打ち据えればよかったのでしょうか」
「私にも正解は分かりません。
　ですが、いじめが悪いことなのは分かりますよね」
「もちろんです」
「では、彼らを、いじめるという悪から救い出すのが正しい道だったはずです。
　もし、その力が足りなかったのなら、そのときにこそあなたには力が必要だったはずです」
「救う？　彼らを？　あのいじめっこ達を？　救いようがない連中を？」
「救えないのは力の不足です。私も十分に強いとはいいません。
　でも、本当の強者なら、私の目指す領域に到達した何かなら、救いようのないものも救えるのです。
　それが本当の強さです」
「私は……私は……」
「リンネ？」

ジルコーチがリンネさんに声を掛けた。
そして、リンネさんはボロボロと涙を流してるの。

「ごめんなさい、ごめんなさいおじいちゃん、おとうさん、おかあさん……。
　私は弱かったんだ、体の弱さじゃないんだ、心が弱かったんだ。
　だから私はいじめから逃げてたんだ。今分かった。
　我慢して学校に通っても、逃げてることに代わりはなかったんだ。
　正面からあの子たちに向き合わなかったんだ。
　だから、切羽詰まるまで何も出来ずに、どうしようもなくなってから、人を傷つけたんだ。
　私は弱い、肉体は強くなっても、心は弱いままだったんだ」
「謝るべきなのは私の方ですね、リンネ。　
　強くなろう、上へ行こうという意欲だけ見て、私はあなたの心が見えていなかった。
　強くなりたい理由までちゃんと私は見えてなければならなかったんです」
「謝らないでください、ジルコーチ。
　いじめの事実を親にもおじいしゃんにも悟らせないようにする演技は出来たんですから。
　体が強くなれば、恐怖されるぐらいの力があればいいと思ってた。
　そうじゃないんです。心が強くならなければ、本当の心の強さがやどらなければ、
　大切なものを守ることは出来ないんだ」
「心だけ強くなっても、体がついて行かなければ、やっぱり強くはなれませんよ」
「それはもちろんです、アインハルトさん」

アインハルトさんは笑顔になります。

「そこまで進めれば、もう私が話すべきことはありません。
　自分の道を進めばいいんです。
　私には、私の行くべき道があります。
　リンネさんにも、行くべき道があるのではありませんか」
「ええ、そうですね」
「ジル、どっちがコーチか分からないな、これじゃ」
「そうですね」
「負うた子に教えられ、ってこともあるよ、ノーヴェ」
「そうだな、ヴィヴィオ。
　よし、じゃあ帰るか。
　アインハルトは疲れただろう、今日はこれでお休み。
　他の連中はこれから練習だ。今日のことで感じることもあっただろう？」
「ええ、いろいろと」
「よし、じゃあいこう」
「ありがとうございました。アインハルトさん、そしてみなさん」
「お礼を言われるほどのことはしてませんよ」
「でも、お礼を言わせてください」

こうして、チャンピオンへの挑戦者決定戦は終わったの。
そして、リンネさんも一歩進めたの。
本当にアインハルトさんには、強さが宿ってると思うの。

私も、その領域を目指したいの。


 

---