二日目の朝が来たの。
私達は、簡素ながらおいしい朝食を食べてるの。

「ノーヴェ、今日の練習はなに？」
「今日は午前中は休みって言ったろ、午後からはせっかく用意してくれたんだから
　アスレチックやるぞ」
「はーい」
「わざわざ用意してくれたんですか」
「いや、まあ、常設なんだが、整備はあたしらのためにやってくれてる。
　せっかく整備してくれたんだから、使わないとな」
「そうですね」

私達は昨日の疲れであんまり食欲がないの。

「どうした、食が細いぞ」
「なんか疲れて食べる気力も湧かないの」
「ゆっくり温泉に入って疲れをとったろ、それに、食べないと体のダメージも抜けないぞ」
「わかったの」

私は食事を口に運ぶの。おいしいんだけど、おなかがすいてないの。

「遠慮せずにどんどん食べてね」
「遠慮してるわけじゃないけど、量も多いよね」
「運動するんだからそれなりに食べないと」
「それなりって量じゃない気もするな」

確かに、今朝の食事の用意されてる量は、昨日の夕食より多いぐらいなの。

「ごちそうさま」
「あら、もう終わり？」
「はい、メガーヌさん、もうおなかいっぱいなの」
「そう、まあ、無理して食べるものでもないわね」
「ありがとう、メガーヌさん」

こうして食事が終わると、午前中は練習が休みですることがないの。

「することがなければ宿題の残りをやらないと」
「持ってきてないよ」
「えーなんでー」
「合宿はぶっ通しで練習すると思ってましたから」
「それなりに休みはあるよ、アインハルトさん」
「けど、せっかくの合宿だから、お勉強のことは忘れたいの」
「でも霧子ちゃん、だったら何をするの？」
「なにって、何も考えてないの」
「じゃ出来る宿題をやろうよ」
「やりたくない……」
「とりあえず、本でも読みましょうか」
「そうだね」

そういうわけで、私達は今日も蔵書室へと向かうの。
午前中は蔵書室で過ごすことにするの。

「どんな本を読もうか」
「どんな本でもいいよ」
「格闘に関する本があればいいんだけど、そういう本はないみたい」
「おはよう、えらく今日はだれてたわね」
「あ、ルーテシアさんおはようございます」
「そんなかしこまらなくってもいいって。
　それで、どう？　ここの蔵書は気に入ってくれた？」
「気に入るとか気に入らない以前に、余りに量が多すぎて何があるかも把握出来ないです」
「ドクターの蔵書が大半だからね〜あんま面白い小説とかはないかもね」
「ドクターの蔵書っていうことは、医学書とかがあるんです？」
「ま、そんなのもあるかも。医学に興味があるの？」
「いえ、ただドクターって言うからそうなのかなって」
「普通の医者じゃないからね、あのドクター。
　それより、せっかく蔵書室にいるんだから、何か読んでみたら。
　どんな本がいいか言ってもらえたら、探してあげる」
「ありがとうございます」
「だから、そんな敬語はいいってば」
「でも、年上の方なの」
「ちょろっと先に生まれただけよ。先生でも師匠でもないんだから、敬語はなしでね」
「ルーテシアさん、それでしたら、クラウスの時代の本はありませんか？
　昨日も学術書を読んだんですけど、なんだかしっくりこないんです」
「アインハルトはクラウスの子孫なんだったっけ」
「ええ、そうです」
「クラウスについては、無限書庫でリッドの回想録も読んだんでしょ？
　その上でなにか知りたいことがあるの？」
「私がクラウスから継承してる記憶は、クラウスの遺伝子が伝わった時点、
　私につながるクラウスの子が生まれた時点で途切れてます。
　それから、クラウスの死までに何があったのか、私は知りたいんです。
　生まれたとき、まだクラウスは事実上の覇者ではありましたが
　まだ完全な覇権は握ってなかったはずです」
「んー、いいけど、この本で納得出来なかった？」
「あ、それは昨日私が出した本ですね」
「ええ、クラウスの無念が何か、それを読んでも良くわかりませんでした。
　クラウスが覇王として一時的に覇を唱えたことはわかりましたが
　それなら、私の中で叫ぶクラウスは、覇権を握ること以外に何を無念としてるのでしょう」
「それはアインハルト自身でないとわからないと思うわ。
　だけど、それは自分でもわからないのよね」
「ええ、そうです」
「そのヒントになるような本ねえ……リッドの回想録の写しは私ももらって解析したけど
　それで納得出来ないとなると、ここの蔵書じゃ無理かもね。
　ここの本って、どちらかというと、技術的なことを書いてる本が多くて
　歴史書は少なめだから」
「そうなんですか」

アインハルトさんは心底残念そうな表情を見せるの。

「けど、心の中にクラウスがいるなら、そのクラウス自身に聞いてみるのが一番早いのかもね」
「心の中のクラウスに聞いてみる？」
「そう……まあ、昔は使えたけど、今は心を読むとか出来ないから、自分でやってもらう必要があるけど」
「昔心が読めたってどういうことなの」
「ま、それは昔の話、そのせいで無人世界で暮らしてるんだけど、過ぎた事だからスルーして」

触れられたくないことみたいなんで、スルーしておくの。

「本当に、覇権が握れなかったことが無念なのかな、クラウスって。
　そこからゆっくりと考えてみたら？」
「覇権を一時握ったのは知ってます。それでも、私はなっとくできないんです。
　クラウスは後で覇権を握っても、大切なものは何一つ守れませんでした。
　……もしかしたら、覇権より、守れなかった事実が無念なのかもしれませんね」
「でも、もうそれは全部過ぎた話で、オリヴィエも、リッドも、クロゼルクも全部終わったことだよね」
「ええ、そうです。でも、それでは納得できないんです」
「クラウスはどうすれば良かったのかな？」
「わかりません。オリヴィエを力ずくで止めようとしたのは覚えてます。
　でも、オリヴィエの笑顔を崩すことも出来ず、止めることも出来なかったのも覚えてます」
「リッドが去った理由は回想録にあったんでしょ」
「ええ、リッドはオリヴィエと一緒に帰ったとは書いてありました。
　そして、二度とシュトラには帰らない約束をしたことも。
　それでも、聖王家をクラウスが制圧した後ですら、クラウスに顔を見せなかったのは理解できません」
「それ、なんだよね。リッドの回想録って、途中で切れてるんだよね」
「切れてるって、どういうことなんですか？　欠落があるとか……」
「欠落じゃなくて、未完なんだよね。聖王家からリッド自身が去ったところで終わってるから。
　だから、それ以降のリッドの足取りはもうわからない」
「私の直系のクラウスの子が生まれる前に、リッドが帰ってきたとは思えませんけど
　その後には戻った可能性はありますね、確かに」
「そうだね」
「それは私の記憶の外にあることです。クロと和解できたかどうかも、私にはわからないことですし」
「戻ったかもしれない、じゃ納得出来ないかな、やっぱり」
「……私をさいなむ一番の記憶は、やはり、オリヴィエを止められなかったことなんです。
　こればかりは、後でというのがありません。ゆりかごの王としてゆりかごを起動した以上
　オリヴィエが帰ってきたことはありえませんから」
「クラウスはオリヴィエをどう思ってたのかな」
「……わかりません。もしかしたら、愛してたのかもしれません。
　でも、私の中のクラウスはそれには答えてくれないんです。
　大切な何かだったのは間違いないと思うんですが」
「それで十分。誰より守りたい誰かだった」だと思うよ」
「ええ、それはそうだと思います」
「難しいね。守れなかったっていうのは、今から守りに行く訳にいかないからね」
「ええ、そうです」
「オリヴィエはなぜゆりかごに乗ったのか、一応書いてあったんでしょ」
「リッドの回想としては。でも、それは笑顔でゆりかごにオリヴィエが乗る理由としては納得出来ないんです」
「オリヴィエも、クラウスを守りたかった。それじゃ不十分かな」
「どういうことでしょう」
「オリヴィエが乗らなければ、いずれ聖王家は誰か別な人物をゆりかごに乗せてたと思うわ
　だとすれば、ゆりかごはまずシュトラを攻撃する。それを避けようしたとは考えられないかしら」
「そうかもしれません。クラウスも、それは想定して対策は考えてたようですが、犠牲は大きかったでしょう」
「それが理由じゃ納得出来ない？」
「どうしても、あの笑顔が忘れられないんです。
　あの笑顔の理由がどうしても理解できないんです」
「それはむつかしいね、さすがにオリヴィエの回想録なんてないだろうし」
「そうですね」
「オリヴィエと同じような立場になれば、あるいはわかるのかもしれないけど、そういうことはあり得ないし」
「ええ、そうです」
「答えは歴史の闇に消えてること。でも、それじゃ納得出来ないんでしょ」
「ええ、そうです」
「イタコ芸でオリヴィエを呼び出してもどうしようもないしねぇ、やっかいな宿題をクラウスも残したものだわ」
「そうかもしれません……すいません、重い話になってしまって」
「気にしない気にしない」
「そうは言っても、他の人は退屈しなかったでしょうか」
「興味深かったよ、アインハルトさん」
「そう言ってもらえれば幸いです」
「ところで、アインハルトはまだイクスヴェリアを付け狙ってるの？」
「いえ、それはもう吹っ切れました」
「そうなんだ。じゃ、機会があったらイクスに会いに行くといいと思うよ」
「冥王イクスヴェリアって、会いに行くことができる方なのですか？」
「そうだよ、今は聖王教会本部で保護されてる」
「ま、眠り姫なんだけど」
「どういうことでしょう、ヴィヴィオさん」
「言葉通り、ずっと眠ってる状態だってこと。
　いつ目覚めるかはわからないけど」
「そうなんですか」
「そろそろお昼の時間だね、昼ご飯を食べたら、アスレチックが待ってるわよ」
「はい」
「大丈夫？　食べられる？」
「朝食が進まなかった分、おなかが減ってるの」
「それはよかった」

こうして、二日目の午前は過ぎて行ったの。
アインハルトさんも、ずいぶんと気持ちは整理出来てる気がするの。
だけど、オリヴィエの事については、まだ整理出来てないみたいなの。

　

 

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