じめじめじめじめじめ・・・

 

「あ〜もう、うっとうしい。蒸し暑いったらないわね」
「アイラさん、この時期は仕方ないですよ」
「ったく、雨漏りする家で日長一日傘張りなんて、
　時代劇の貧乏浪人そのものだわ」
「・・・まあ、風情がありますわね」
「イルミー、あんたのいう風情ってどういう意味よ」
「まあまあアイラ、悪気はないんだから許してやれよ」
「悪気があっていわれちゃたまんないわ」

「ふえぇ〜ん」
「どうしましたピア様」
「指を切ったぁ」
「どじだなあ」
「ピア様は手作業をされた経験がすくないのですよ」
「フラッシュ、お主あまりにピアに過保護にすぎんか？」
「そんな事言って破傷風にでもなったらどうするんですか」
「あたしらは黒こげにするくせにね」
「いえてる」
「それはあなた達が不真面目だからです」
「ほらほら、口動かさずに手動かす。
　どうせ雨降りなんだから他にする仕事ないわよ」
「あの・・・」
「カタンはそこでできた傘並べてなさい。
　どうせ不器用でしょ」
「え、ええまあ・・・」

 

そう、雨降りの季節、アイラと精霊達は傘張りの内職をやっているのである。
内職は実入りが少ないのでアイラとしては非常に不満なのだが、
天気が悪いときにできる仕事はそんなに無いのだから仕方ない。

 

「あじさいぐらいは植えてるんだけどね。
　さっすがに母の日のカーネーションみたくは売れないわ 」
「それは仕方ないじゃろな」
「わかってるからやってるの」
「あの・・・アイラさん」
「何よ」
「置き場がないんですけど」

 

カタンの言うとおりだった。
狭い家中いつのまにか傘だらけになってしまったのである。
足の踏み場もないとはこのことだ。
いや、立ち上がると傘にぶつかりそうな状態である。

 

「わしは平気じゃがの」
「あんたはちっこいからでしょ」
「空が飛べるというてくれ」
「まあ、上手にお並べになりましたわね」
「イルミー、それなんかちがう・・・」
「どうするアイラ、これじゃ作っても意味ないだろ」

「ま、仕方ないわね。ひとまずのりが乾くまで休憩」

「やったあ」

 

ぐしゃ

 

「アッシュ、つけとくわよ」
「ご、ごめん・・」

 

そう、カタンがあんまり密に並べたから急に動いたアッシュは
傘を踏みつぶしてしまったのである。

 

「でも、これでは休憩と言っても身動きとれないぜ」
「え？そんなことないわよねえ。メリル」
「小娘、わしに何を期待しておるのじゃ」
「戸棚にビスケットがあるから持ってきて。
　あと台所にトマトがあると思うわ」
「トマトかよ・・」
「アッシュ、なんでもありがたくいただく気持ちがなければいけませんよ」
「・・・言ってることは正しいんだけど、なんか引っかかる言い方よね」
「いえ、べつにそういう意味では・・」
「そうそう、ささげものに文句を言うなってね」
「べつにあんたら神様じゃないでしょ」
「ほれ、小娘、ビスケットをもってきてやったぞ」
「ありがと、メリル」
「・・あの、お茶かなにか入れましょうか？」
「カタン、頼むからよけいなことしないで。
　食器壊されたら迷惑なのよね」
「あ、はい・・・」
「その言い方もどうかと思うがの」
「食器だって安くないのよ」
「鉄の食器ならこわれんぞ」
「あんた、そんな食器使って食べてうれしいわけ？」
「・・・ふむ、経済観念ばかりじゃ無いみたいじゃな」
「なによ人を守銭奴みたいに」
「守銭奴じゃなかったのか」
「なによアッシュ」

 

ぐしゃ

 

「・・・・小娘、回りを良くみることじゃな」
「あは、あはは、・・・ま、つけとくわ」

しかし、この雨降りの中、のりが乾くひまなどない。
一同傘に閉じこめられたままである。
しばらくは話が弾んでもだんだん身体が痛くなる。

 

「なあ、まだのりが乾かないのか」
「仕方ありませんよ、この湿気では時間がかかります」
「じゃ俺が素早く乾かしてやるよ」
「却下！燃やされたらかなわないわ」
「それじゃあたしが風を起こしてあげる」
「なおさら却下！風で吹き飛ばされたらたまらないわ」
「・・・さてと、こうやって話をしてるのも飽きたし
　そろそろ俺様の出番かな」
「ルシエル、なんか考えがあるわけ？」
「ん、要するに、一時的にのりがとれないようにすればいいんだろ？」
「まあそうだけど・・・」
「つまり、こういうわけだな」

 

ぱたん

 

ルシエルは自分が作った傘をひょいと閉じてみせる。
回りがあっけにとられているうちにもう一度開く。

 

「べつにどこも壊れてないだろ」
「・・・なるほどのお。のりを凍らせたか」
「そういうこと、んじゃ傘をたたんで街にでも出かけようぜ」
「さんせ〜」
「まだ作業は残ってるわよ」
「アイラさん、どのみちこれじゃ今日は仕事になりませんよ」
「・・・フラッシュの言葉にも一理あるわね。
　じゃ、今日はこれまでにしましょ。じゃ解散ね」

 

こうして、一同はてんでバラバラに街へと繰り出していく。
カタンだけは自分の家へと帰っていった。
カタン曰く、家の掃除だけでも大仕事なのだそうな。
それならいちいちうちにこなくてもいいのに、とはアイラの言いぐさ。

 

「フラッシュ、雨の中なにやってんの」
「え、アイラさん、アイラさんはどうしてここへ」
「あんたが傘も差さずに川縁につったってたのをみたからよ」
「こうしていると気持ちがいいんです」
「は？」
「・・・友達が来る気配があるんです」
「友達？」

 

フラッシュが見つめる方向には、真っ黒な雨雲以外なんにも見えない

 

ピカッ

：

：

ドーン・・・ゴロゴロゴロ・・

 

「・・来ましたよ」
「あ、そっか、そういえばあんた雷の精霊だったわね」
「ええ、ですから、こうしていると落ち着くんです」

ピカッ

 

「・・・ふ〜ん・・ま、風邪引かないようにね」

 

ドーン・・・・ゴロゴロゴロ・・・・

 

「ええ、それは気をつけます」

「・・・・・・・」

 

ピカッ

 

「・・・そういえば、ピアはどうしたの」
「ピア様でしたら、カタンさんやイルミナと一緒に公園に出かけてますよ」
「あ、そ。あんたが一緒じゃないって珍しいわね」
「ええ、まあ、たまには」

 

ドーン・・・ゴロゴロ・・・・

 

「ふ〜ん・・あたしはまたずっとピアと一緒にいたいんだと思ってたわ」
「べつにそういうわけでは・・・仕事ですから」
「仕事、ね。まあ、フラッシュにとっては
　ここにいること自体仕事っていえば仕事よね」

 

ピカッ

「ええ、まあ・・・そうなりますね」

 

ドーン・・・ゴロゴロゴロ・・・
「でも、無理してうちにいなくてもいいのに。
　泊まるんだったらカタンの家の方が楽でしょ。
　いつも言ってるけど、なんであたしの家に泊まってるの」
「ええまあ・・・落ち着きますから」
「落ち着く、か。フラッシュの考える事は時々わかんないわ。
　現に今だって雨の中突っ立ってるし」

「・・・そうかもしれませんね」

 

ピカッ、ドーン・・・バリバリバリバリ・・・

 

「きゃっ、落ちたっ」
「大丈夫ですよアイラさん、ここには落ちてきませんから」

 

ふと見ると、アイラは傘を落として耳をふさいでいる。
なるほどフラッシュの落とす雷とは威力が違う。
対岸の離れた場所に落ちたのだが、それでも生身の人間に
恐怖を与えるには十分な威力だ。

 

「・・・アイラさん、風邪引きますよ」

 

フラッシュは落ちた傘を拾い上げてアイラにさしかけてやる。

 

「・・・ん、あ、ありがと・・・もう大丈夫」
「・・・どうしましょうか？友達にはすこし静かにしていてもらいましょうか？」
「・・・・・ま、いいわ、久しぶりに会ったんでしょ。ゆっくりしてればいいわよ」

 

ピかピカッ

 

雲の中で稲光がする。
フラッシュはそれに向かって苦笑いしてみせる。

 

「ん、どうしたの？」
「いえ、べつに・・・あれは人をからかうのが好きなんですよ」
「そうなの。それで、さっきなんて言ったの？」
「いえ、べつに・・・」

 

『彼女と相合い傘かい、フラッシュ』

 

稲光はそう言っていたのだが、フラッシュはそれを
アイラにはいえなかった、らしい。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい

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