アイラの家に、珍しく郵便屋さんが来た。

 

「アイラさん、郵便です」

「ありがと。気をつけてね」

「あの、アイラさん」

「なによ」

「郵便料金、着払いになってます」

「着払いの郵便？　だれからかしら」

 

郵便配達は、差出人の名前を読み上げた。

 

「あ、もう来たんだ、早いわね。じゃ、今お金を持ってくるから待ってて」

「すいません、ありがとうございます」

 

アイラは、鍵のついた小箱を取り出すと、配達料を取り出して、郵便配達に渡した。

 

「はい、確かに。ではこちら領収になります」

「ありがとう、気をつけてね」

「はい、アイラさんも」

 

郵便配達夫は、お金を数えて、ぴったりだということを確かめてから、アイラの家を後にした。

 

「アイラ、郵便が来たの？」

「そうよフェイ、頼んでおいた種が届いたの」

「そうか、で、小娘、それはうまいのかの」

「これだけぽっちじゃ腹の足しにはならないわよ、っていうかなんであたしが種を頼むと

　食べるものっていう話になるのよ、メリルってば」

「違うのかの。食い気が先じゃとおもっておったが」

「ま、春になればわかるわよ」

「アイラちゃん、それ、何の種なの？」

「何の種って、花の種よ」

「わざわざ、遠くから取り寄せたの」

「そうよピア、街で珍しい種の噂を聞いたから、取り寄せたの」

「ほう、小娘がわざわざ金を出してまで取り寄せたのか。よほど豪華な花なのじゃな」

「豪華……ってわけじゃないわね。小さな花よ。ちょっと珍しいってだけで、多分

　たいしたお金にはならないんじゃないかしらね。庭に植えてるバラの方が高く売れるはずよ」

「ほお……金にもならん、食えもせぬ花の種をわざわざ取り寄せたのか、これは雪が降るの」

「降るかっ！　まだ季節は秋よ秋、冬はまだ2ヶ月も先の話だわ」

「あらあらアイラ様、そんなに怒っては花の種にも悪い影響をもたらしますわ」

「イルミー、そんなもんなの？　種に耳があるなんて、始めて知ったわ」

「種に耳はなくても、心がささくれ立っていると、種の扱いも悪くなりますわ」

「んー、言われてみればそうかもね。さてと、さっそく苗床を作らなきゃ。

　男の子たちはどこへ行ったの？」

「どこへ行ったもなにも、小娘が街に買い出しに出したであろうが」

「んー、まあ、フラッシュがいるから大丈夫だとは思うんだけど、ルシエルとアッシュは

　何やってるかわかったものじゃないわね」

「あー、なんだよアイラ、人を鉄砲玉みたいに言って」

「あら、お帰りアッシュ。どう？　ちゃんと頼んだ物は買ってきたの？」

「ええ、冬に備えて野菜を買い込んできましたよ」

「乾燥させなくても、野菜なら俺が冷凍保存するんだけどさ」

「それをどこに置いておくっていうのよ。保存食は場所を小さくするっていう効果もあるのよ」

「えと……置き場が問題になるのなら……」

「カタンストップ。あんたの家を使うぐらいなら、みんなで移り住んでるわよ」

「あ、はい……」

「それで、帰ってきてすぐ働いてもらって悪いんだけど、種が届いたから苗床作るわよ」

「苗床？」

「苗床っていうのは……まあいいわ、あたしが手本を見せるから後の手伝いよろしく」

「はーい」

「わしらは何をすればよいのかの」

「野菜を干せるようにしておいてちょうだい。大根は葉っぱを落として４つ割にしてね。

　にんじんも4つわりで干してくれればいいわ。じゃがいもはそこの木箱に入れておいてちょうだい」

「アイラ、葉っぱはどうするの？」

「はっぱは全部刻んで干すからね」

「皮は剥かなくていいの？」

「それは大丈夫……っと、さっそく苗床をつくらなくっちゃ。フラッシュ、物置に鍬があるから出して。

　アッシュ、とっておいた灰があるでしょ。あれ持ってきて。ルシエルはスコップを持ってきて。

　カタンは物置から空の木箱を持ってきて」

 

精霊達もよく訓練されたもので、てきぱきとアイラの言いつけ通りに用事をこなしていく。

一方のアイラは庭に出ると、今は何も植わってない畑を示した。

 

「アッシュ、灰は持ってきた？」

「持ってきたぜ。ほい」

「じゃ、それをここに振りかけて。フラッシュ、鍬で土と灰をよく混ぜてね。

　ルシエル、」

「わかりましたアイラさん。……けど、これは何の役に立つんです？」

「灰は肥料になるのよ。っと、ルシエル、生ゴミで作った堆肥があるでしょ、あれ

　こっち持ってきて畑に一緒に混ぜてね」

「O.K」

「あの、アイラさん……」

「何カタン」

「この木箱に、これだけの大きさの畑の土は入りきらないと思うんですけど……」

「そりゃそうよ。あれは畑に豆を植えるための準備よ。

　そのあまりを木箱に詰めようっていうの」

「木箱にですか」

「寒さに弱いわけじゃないらしいから、地植えでもいいんだけど、うちの花壇は

　今売り物でめいっぱいになってるのよね」

「クリスマス用にポインセチアとか並べてますね」

「そうよ、ケーキと一緒に鉢植えを売ろうと思ってるの……って、ほら

　フラッシュ、休んでないでちゃんと手を動かす」

「はいはい」

「疲れたんならちゃんと言ってね、ルシエルに交代してもらうといいわ」

「俺が疲れたら？」

「あーもう、ちゃんと順番に交代させるわよ。いいから働けーっ！」

 

そうこうするうちに、フラッシュとルシエルとアッシュの働きで、畑ができあがった。

 

「カタン、畑から出てきた石を箱に詰めたわよね」

「ええ、下に半分ほど」

「んじゃ、畑の土を入れて、種を蒔いて……っと、できあがり。

　じゃ、日当たりの良い軒下においておきましょ。秋だから日が低くなってて

　軒下でもよく日は当たるわ」

「そうですね、回りに家もないですし」

「ま、ね」

「あら、アイラ様、種まきまで終わったのですか」

「そうよイルミー、春になったらきっと可愛い花が咲くわ」

「可愛い花って、どんな花が咲くのかな」

「それは咲いてからのお楽しみ」

「えー、けち、教えてくれたっていいじゃない」

「楽しみに待ってる方がいいでしょ、フェイ」

「……ふむふむ、なるほどのぉ。こういう花が咲くのかの」

「ちょ、メリル、なんで人の手紙を勝手に読んでるのよ」

「机の上に出しっぱなしにしておったのはアイラじゃぞ。わしはただ机の上を見ただけじゃ」

「え？　なになに？　どんな花が咲くの？」

「絵が描いてあるの。うまく出来れば、こういう花が咲くはずじゃ」

「へえ……タンポポの種なんだ」

「けど、タンポポなんて、春になればどこにでも咲くだろ。なにも珍しいものじゃないんじゃないか」

「じゃが、小娘が金を出してまで手に入れようとしたのじゃぞ。よほど珍しいものに違いないわ」

「まあ……珍しいっていえば、珍しいかもね」

「なー、アイラ、だからどんな花なんだよ〜」

「それは咲いてのお楽しみ。今から答えをいっちゃ面白くないでしょ。

　花が見たければ、ちゃんと丁寧に育てることね」

「うん、毎日水をやるよ」

「冬時分に毎日水をやったら腐っちゃうわよ。水は乾いてからでいいわ」

「はーい」

「作り方も、手紙に書いてあるんじゃないのか、アイラ」

「ま、そうなんだけどね。ちゃんと作り方まで書いてあったわ」

「そうなのか、楽しみだな〜」

「クレピス、ですか、一体どんな花が咲くんでしょうね」

「……きっと、こんな可愛い花が咲くと思うの」

 

そういうと、ピアは、服の袖を手でつかんで、丸くして見せた。

 

「？」

「……えへへ……あんまりうまく出来なかったかな」

「そうね、けど、努力は認めてあげる」

「うん、ありがとう……」

 

フラッシュもメリルも、気を遣って、もう一つの名前の方は読み上げずにいた。

 

机の上に広げられた手紙の冒頭には、『桃色タンポポ』と書いてあったのだが。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい。

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