春が来た。
この町にも春がやってきた。
この町外れにも春がやってきた。
もちろん、アイラの家にも春はやってきたのだった。

だが、アイラの顔色はあまり優れない。
理由は、秋に準備した苗床にあった。

「……生えてませんね」
「おかしいわね。ポインセチアはちゃんと売り物になったのに」
「珍しいこともあるものじゃの。小娘が売り物を失敗するとは」
「これは売り物じゃないわよ」
「道理での」
「なによ、それじゃまるで私が売り物にならないことには情熱を注がないみたいじゃないの」
「ちごうたかの」
「この種、高かったのよ。無駄にするわけないじゃない」
「そういう理由か」
「あー、せっかく遠くの町から取り寄せたのに〜」
「何の種だったんですか、アイラさん」
「今更秘密にしても仕方ないから教えるけど、桃色タンポポの種だったのよね」
「桃色タンポポ、なんだそれ、食えるのか？」
「食べられるわけないでしょアッシュ」
「けど、刺身にはタンポポがのってるって聞いたぜ」
「あれは菊の花、タンポポじゃないわよ」
「なんだ。タンポポじゃなかったのか、一つ利口になった」
「人間界に疎いっていうより、ろくでもない情報を仕入れてるっていうほうが正しいわね、アッシュの場合……」
「アイラちゃん……残念だったね」
「ま、ね。……初めて育てる植物だから、こういう失敗はあるわよ。ま、くじけてもはじまんないわ」
「そうそう、人間何事もあきらめが肝心ってね」
「フェイにはいわれたくない……」
「あー、またそうやって妖精を差別するー」
「あんたは物事にこだわらなさすぎなのよ」
「アイラはお金にこだわり過ぎだと思うわよ」
「世の中お金がないとやっていけないわよ」
「アイラさん、お金にこまってるんでしたら、僕がなんとか工面しますから……」
「ストップカタン、悪銭身につかず。自分で稼いだお金だけが自分のお金なの。
　人から恵んでもらうほど、まだ落ちぶれてないわよ」
「恵むとかそういうつもりはないんですけど……」
「アイラ、たとえ桃色タンポポは咲かなくても、君の笑顔ほど美しくは……」
「ルシエル、そういう冗談聞きたい気分にもなれないのよね。……本当は落ち込んでるんだから」
「そうですわね。種が不良だったわけではなかったみたいですからね」
「イルミー、わかるの」
「ええ、一応はピア様に確認してもらいましたから」
「そういう用意はしてたんだ」
「はい。アイラ様が用意した種ですもの。間違いがあってはと思いまして」
「せっかくイルミーが心を砕いてくれたのに、結果がこれじゃね。みんなにも悪いことしたわ」
「謝ることはありませんよ、アイラさん」
「そーそー。一番がっかりしてるのは、アイラだもんね」
「またそうやって傷口に塩をすり込むようなことをいうんだから、フェイは」
「え？　そんなに傷ついた？」
「あーあ、みんなに見せてあげたかったな、桃色タンポポ」
「そんなにきれいな花なんですか？」
「どうかしらね。あたしもみたことはないもの。話に聞いたことがあるだけよ。
　ただ、普通のタンポポが桃色になってるだけらしいんだけど
　それだけで珍しいものに間違いはないじゃない。せっかく種をとりよせられるつてが
　あったんだから、やってみたんだけど……」
「やってみた結果がこれだったんですね」
「失敗しながら覚えるのが、園芸かもしれませんわね」
「そうかもね」
「あー、イルミナにはすなおに答える〜」
「そりゃ普段の行いってやつだろ」
「アッシュにはいわれたくない」
「なんだと」
「二人ともけんかはいけませんよ」
「けんかじゃないもん」
「……と、いつまでも生えてこない種のことを嘆いていても仕方ないわ。
　さて、みんなそろってるわね、今日の仕事の割り当ていくわよ。
　もうすぐ母の日なんだから、カーネーションの手入れにいくわよ。
　こっちはちゃんと栽培できてるんだからね。
　フラッシュ、男子をまとめて。力仕事はまかせるから。
　女子は虫退治よ。怖がってちゃいい花はできないんだからね。
　さあ、準備を整えたら出発だからね」

桃色タンポポは、残念な結果に終わったようだった。
それでも妖精達とアイラとカタンにとっては、思い出の一ページ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい。

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