「ジーク、見事な勝利だったな」
「ハリーかいな。何が見事なもんか。ほんまはきっちりフロントチョークで決めてなあかん。
　あれで落とせへんのやから、うちもまだまだや」
「贅沢言うぜ。贅沢といえば、報道陣をアホのエルスに任せて自分はのんびり風呂で汗を流してるってのが
　まず贅沢だな。ま、そういうオレが風呂に入ってるんだから人のことは言えないか」
「贅沢いうんと違うわ。エレミアの神髄は……格闘の外道や。試合で使うものとは違う」
「試合で使うものと違ういうて、ルールで認められてる技だろ」
「なんぼルールで認められてるいうたかて、あれは殺人技や。スポーツで使うようなもんと違うわ」
「入るぞ」
「あ、ミカさん……」

殺人技、か。ならば天瞳流のこの剣は、なんと呼ぶべきかな。

「真剣っ！」

とっさにジークがエレミアの神髄で受け身を取る。
私が抜いた刀が砕けて風呂場の床に転がる。

「練習刀……」
「そう、練習刀だ。だが、真剣のつもりで振った」
「真剣に見えました、ミカさん」
「そう見えてもらわねば困る。模造刀に見えたのでは修練が足りないことになる」
「……なんのために？」
「私は、試合といえども真剣を用いた戦いのつもりでやっていることを分かってもらうためにな。
　真剣である以上、戦いは命がけだ。エレミアの神髄も同じだろう」
「けど、ミカさん、一昨年うちはミカさんにひどいことしてもうた……」
「気にするな。競技選手に怪我はつきものだ。魔力を使い果たしても医務室送りにはなる。
　怪我をしたのは私が未熟だっただけのことだ。現にアインハルトは怪我をしていない」
「あれはよけるのに専念してくれたからです」
「その見極めが私には出来なかった。そこが未熟ということだ。今年も同じ過ちを繰り返したな」
「ミカさん……」
「邪魔したな」

さて、次はナカジマちゃんのところにでも行くかな。

「すいません。今日の私は……過去の自分にとらわれて、競技選手としての自分も
　チームの一員としての自分も忘れてしまいました……」
「謝るなよ。おまえの責任じゃねぇ。
　相手が強いのは分かってたさ。それに見合う練習はしてたつもりだ。
　いや、してたつもりだった。……ただ、なんていうかさ。
　おまえはコロナやリオの先輩の役もこなさなきゃならなかった。
　自分自身の競技選手としての成長もしなきゃならなかった。
　その上に過去の自分がいた。
　背負わなきゃいけないものがたくさんあったんだ。
　……それをわからなくちゃいけなかったのは、あたしだ。
　おまえが悪いんじゃねえ。謝るのはあたしのほうだよ」
「コーチ……」
「邪魔したら悪いか？」
「……ミカヤさん……」
「変なとこみせちまったな」
「いや、こちらこそ邪魔して済まない。落ち着いたら集合場所で落ち合おう」
「そうだな。エレミアの取材が終わったら、会場に行こうか」
「会場って、なんの会場ですか」
「なんのって、もう忘れたのか？」
「忘れたって、何をですか？」
「お話するんだろ、エレミアと」
「ええ、そうですけど、そのお話と、会場とどんな関係があるんですか？」
「ちょっとばかり、込み入った話になりそうだから、はやて……八神はやて海上指令の手を借りることにしたんだよ。
　で、ホテルのラウンジを借りて、ちょっとばかり大人数で話をすることになった。
　集まる人数も多くなるが、まあ気にするな」
「気にするなって……どうしてそういうことになるんです？」
「一人でうじうじ悩んだって解決しないことは、信頼できる奴らに頼んだ方が早いって事さ」
「そんなに大仰なことなんでしょうか」
「大げさなことかどうか、分からないから調べるんじゃないか。気にせずに世話になっておけよ」
「あ、はい……」
「そろそろ行こう、みんな待っている」
「みんなって？」

みんなとは、つまり、みんなということだ。

「アインハルトさん、大丈夫ですか？」
「大丈夫？　アインハルトさん」
「アインハルトさん、まだちょっと足下がふらついてます」
「アインハルトさん。ティオの回復にはもう少しかかるそうです」
「アインハルトさん、エレミアさんの取材が終わるにはもう少しかかるそうですわ」
「アインハルトさん、もう動いて大丈夫なんですか？」
「大丈夫です？　アインハルトさん」
「アインハルトさん、顔色は戻ってますね」
「大丈夫です。冬美さん、ヴィヴィオさん、月光さん、コロナさん、エミーさん、リオさん、ミウラさん」
「ほらほら、廊下にこんなに集まっちゃ他の人の迷惑だろ。
　送迎バスが呼んであるから、ホテルに行くぞ」
「ホテルに行くんですか？」
「ああ、そこでお話を聞くことになるからさ」
「私も後から行くことにしよう」

その、みんなが集合したホテルのラウンジというのは、なかなか豪華なものだった。
一流ホテルの最上階の広間を貸し切り。豪勢なヴァイキング料理が並べられている。
子供たちは料理に目を輝かせ、大人たちは夜景に心を奪われる。

「ひとまず料理を楽しんでぇな。本題に入るのは、腹ごしらえしてからでええやろ」
「八神指令、一体全体、私とエレミアさんがお話するのに、こんな大がかりな会を開いていただくのに
　一体どんな理由が……」
「それも料理を楽しんでもらった後や……いうても、それが気にかかってたら料理も楽しめへんやろな。
　まあ、食べながら聞いてや」
「はい……」
「食べながらや。あ、これおいしいんよ。私が作ったて味見したんやから間違いなしや」
「八神指令が？」
「そんな肩肘はらんでええよ。気楽に気楽に」
「はい……」
「黒騎士エレミアに覇王インクヴァルド、聖王女オリヴィエに雷帝ダークグリュンに、ここにはおらへんけど
　ほかにも一人古代ベルカの王族がいてる。まあ、私も古代ベルカの歩くロストロギアなんて言われてるけど。
　これだけ古代ベルカ関係の存在が一同に会するのは、はっきり言って異常や。
　何かの因縁か、それとも偶然かわからへんけど、なんかあるんやったら、協力したいと思うてな」
「……はい……」

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