そういうわけで、ここはナカジマジムの練習場にもなってるホテル・アルピーノ。
廃墟を模して作ってある、ホテル・アルピーノの練習場がワシとリンネの試合会場になる。
配信もするらしい。まあ、それはワシには関係の無いことじゃ。
関係あるのは、リンネと話の出来る対戦をすることでしかない。
「それで、フロンティアジムの人らは来てないんですか？」
「直接は観戦しないが、ちゃんと配信は見てるよ」
「そうですか会長」
「つか、試合に集中しろ。相手は格上のランク1位だぞ」
「分かってます。一回ぼこられましたし」
「ならいいが……」
「リンネさんが来ましたよ」
「よし、アップは終わってるな。
じゃあ、試合開始と行くか」
ちょっとだけ緊張する。
じゃが、ワシも相応に試合は重ねてるつもりじゃ。
リンネほどの試合回数じゃないが、それでも試合慣れしてくる頃には違いない。
師匠や会長に言わせれば、それが危ないことになるんじゃろうな。
「試合形式は、どちらかが完全にダウンするか、セコンドが負けを認めるまでの格闘戦。
では、始めるぞ」
ゴングがなる。
デスマッチとはいえ、ルールがないわけじゃない。
「な、速……」
リンネがいきなり踏み込んでくる。
今までの選手より圧倒的に早い。そして一撃も重い。
これが格闘ランク1位の実力なんか。
あっという間にワシはリンネの一撃で吹き飛ばされる。
確かに、今まで対戦した相手と比べれば圧倒的に強い。
けど……
リンネはもう勝った気でいるようじゃ。
前はこれで終わりだったから仕方ない。
ただ、ワシもあれから練習はしとる。
「思うた通りじゃ、お前……弱いのう」
そう、今まで対戦した相手と比べれば確かに強い。
でも、それだけじゃ。
次はこっちの番じゃ。
一気に踏み込む。
カウンターをリンネは狙ってくるが、それに対応できんわけじゃない。
その速度なら、十分かわせる。
そこから、ワシの一撃、覇王断空拳をたたき込む。
リンネを吹き飛ばすには十分な威力じゃ。
とはいえ、これで決まる訳でもない。
ダウン回数は数えない戦いじゃ。
リンネが立ち上がる。
ここからが本番じゃろう。
「来いリンネ、弱い相手を見下すくせに
自分が負けるとすぐにいじける。
その根性、ワシがぶっ壊してやる」
「フーちゃんは何も分かってない、分かってないのに口出ししないで」
「そりゃ自分の心でも分からんことはある。他人の心ならなおさらじゃ。
しかしの、お前は伝える努力もしとらんじゃろ」
返事は拳で返ってきた。
それを受け止めて殴り返す。
それもブロックされる。
ワシは一旦間合いを開きにかかる。
リンネはそれを見て逆に間合いを詰めてきた。
これは打ち込んでくるな。
ワシは打ち込みをブロックする。
リンネはここから拳での反撃を予測したようにガードに入る。
そこまでがワシの予定通り。
ここから、ワシは足払いをリンネに掛ける。
軸足を狙うのは、リンネがヴィヴィさんに仕掛けたのと同じ戦法じゃ。
軸足を払われたリンネは態勢を崩す。
そこへむけて思い切りのよい一撃、虎砲を打ち込む。
これは、リオさんから学んだ春光拳。
このくらいの応用ならワシにでも出来る。
リンネは吹き飛ばされるが、ダウンするわけじゃない。
リンネは黙って反撃してくる。
こっちは一旦ガードを固めてリンネの攻撃に耐える。
まだリンネにこっちを見下す気持ちがあるなら、チャンスは十分ワシにある。
……よし、思った通り、大ぶりが来た。
短く、鋭く反撃を入れる。
威力はいまいちじゃが、リンネを驚かすには十分じゃ。
リンネが驚く顔する。
士三日相対せざれば刮目して見るべしじゃ。
こっちも成長はしとる。努力してるのは、何もリンネだけじゃない。
リンネの顔つきが変わった。
やっと、本気を出す気になったようじゃ。
そうでなければ、リンネとやる意味がない。
とはいえ、力を込めた一撃がリンネのやり方じゃ。
力任せの一撃に頼るのは、昔ワシがケンカしてた頃の流儀じゃし
それが通用しないのが格闘の世界じゃ。
なるほど、リンネの攻撃はワシがガードしたとしても抜ける一撃かもしれん。
が、当たらないよう、当たっても打撃が伝わらんようする技術はワシも学んどる。
ワシもカウンターを放つ。
じゃが、これがクロスカウンターになってしまう。
まともに入ると、やっぱりリンネの一撃は重い。
重いが、……弱い。
心が濁ってる分、拳も濁るらしい。
カウンターはリンネには効いてないようじゃ。
まあ、仕方ないじゃろう。
ワシは基本カウンターヒッターというわけじゃない。
押して行ってなんぼの選手じゃ。
「ウーラ、行くぞ」
「にゃあ」
次はこっちの番じゃ。
リンネは即カウンターを狙うが、それが決まるほどワシの練習量は少なくない。
カウンターをかわしてリンネに打ち込む。
踏み込みが甘いか、十分にはリンネに効いてない。
じゃが、全く効いてないわけでもない。
リンネが一瞬体勢を崩す。
もう一撃追い打ちを入れる。
こっちはきれいに入った。リンネが吹っ飛ぶ。
言い忘れてたが、リングでの試合ではこうポンポン吹っ飛ぶわけじゃない。
第一観客席まで吹っ飛んでたら観客が危なくて仕方ない。
こう吹っ飛んでるのは、安全のためじゃとルーテシアさんは言うとった。
打撃は吹き飛んだ方が弱まるそうじゃ。
難しい理屈はワシには分からん。
ただ、壁にたたきつけられれば吹き飛ぶのも吹き飛ばんのも同じような打撃かもしれん。
それでも、壁なら打撃を全身で受け止められるだけましなんじゃろうか。
リンネが痛そうな顔をする。
今のは効いたらしい。
それに、ダウンしたままリンネはなかなか立ち上がれてない。
それでも、リンネは立ち上がる。
「行くよ、フーちゃん」
リンネが踏み込んでくる。
こちらは即カウンターというわけにはいかん。
さすがに隙を見つけてから反撃という話じゃ。
じゃが、隙がみあたらん。
だんだんリンネの動きは良くなってるようじゃ。
たぶん、油断が消えてきてるんじゃろう。
リングに比べれば、無限に等しいぐらい下がれるとはいえ、
ガードしてるだけじゃ間違っても勝てん。
思い切って大きく下がる。
間合いを広げて反撃に出るつもりじゃ。
リンネはそれをみて逆に間合いを広げる。
無理攻めしてくれればカウンターのチャンスじゃったが
二度も同じ手にかかってはくれんようじゃ。
少し、お互い息を整える。
それから殴り合いの再開。
リンネは打ち合えば勝てるつもりかもしれんが
打ち合いならワシも経験がないわけじゃない。
ケンカはいつでも殴ったり殴られたりじゃ。
正面からしか拳が飛んでこんだけ、ケンカより試合の方がましなぐらいじゃ。
リンネが間合いを開ける。
こちらは踏み込まない。
正直に言うと、少し打ち合いで疲れた。
息を整える時間が欲しい。
リンネの方は、息を整える間も開けずもういちど殴り合おうとする。
こちらの態勢が整わないうちに決めるつもりのようじゃ。
じゃが、無理は理に勝てん。
ガードしながら息を整え、それから反撃！
息の整ってないリンネに一撃が入る。
リンネが崩れる。
若干こっちが押してるのかもしれんが
たぶん、そう思った時が一番危ないんじゃろう。
リンネは再び立ち上がる。
こっちのダウン回数が少ないのは、クリーンヒットを食らってないということと
リンネの方が殴られ慣れしてないという理由じゃ。
しかし、リンネの一撃は確かに重い。
ダウンはしとらんが、打撃は確実にこっちにも来とる。
長丁場になれば、最後に立ってるのはどっちかわからんな。