ワシの名前はフーカ・レヴィントン、12歳、一応U-15の格闘選手ということになるらしい。
本業はナカジマジムのアルバイトじゃ。
一応の格闘選手とはいえ、ウィンターカップの決勝進出を決めた。
4ヶ月の鍛錬でこれなら、悪くない成績じゃろう。
決勝で当たる相手は、師匠にしてU-15格闘部門のチャンピオンであるハルさんじゃ。
正直勝てる気はせんが、全力で当たるつもりじゃ。
それはそれとして、リンネとの試合もまっとる。
勝ち目のないウィンターカップの決勝戦より、こっちの方がワシにとっては重要じゃ。
「それで、リンネとの試合はいつになりましたか、会長？」
「フーカはやる気だな。ジルには言ってあるよ、決勝戦より早くくめるんじゃないかな」
「それなら良かったです。あいつには、言うべきことも色々ありますから」
「そうか、けど、試合中は私語厳禁だぞ」
「分かってます。けど、あいつは自分より弱い相手の言うことなんてきかんでしょう。
勝負して、勝って、初めて何か伝わるんじゃないかとおもうてます」
「そうか、まあ、向こうの返答待ちだな」
ところが、翌日、リンネの専属コーチジルさんから返ってきた返事は、意外なものじゃった。
「フーカ、ジルから返事が返ってきたよ。良くない知らせだ」
「良くない知らせって、リンネの奴も怪我しとったんですか？」
「いや、怪我はたいしたことない、ヴィヴィオは完全に足を故障したが
リンネは、肉体だけならすぐ試合が出来る状態になってる」
「それなら、何が良くない知らせなんです？」
「精神の方は試合に耐えられる状態じゃないらしい。
リンネは格闘を止めるって言い出してるそうだ。
今、ジルが説得はしてるようだが、正直難しいとジル自身が言っていた」
「格闘を止めるって、……ヴィヴィさんに負けたのがそんなにショックだったんですか」
「ショックだったんだろうな。気持ちは分かる。
同じ相手に判定からK.Oと負け方がランクアップした。
自分の実力に疑問を抱くには十分だろう」
「けど、やる相手はワシですよ。ハルさんとやるわけでもないし
ヴィヴィさんともう一回ってわけでもないのに、なんでまた」
「そこまでは私にもな。それはおいといて、ウィンターカップの決勝戦が待ってる。
練習に取りかかるぞ」
「はい、会長」
はい、会長と答えてはみたものの、今ひとつ練習に身が入らない。
それは会長にも見透かされて注意される。
そういえば、リンネがなんで格闘を始めたのか、について
ワシは深く考えたことがなかった。
強くなろうというなら、確かに格闘をやるのは早道じゃろう。
けど、それだけのことなら、ランク1位になるほど鍛える必要はないはずじゃ。
それこそ、ミウラさんの出身、八神道場でザフィーラさんが教える程度の
技術を学べば十分じゃったろう。
何がリンネをそこまで突き動かしてるんじゃろうか。
「ん、ああ、ジルから連絡？ 今アタシの部屋に行く。
そこで通信を受けるよ」
「会長、どんな連絡なんでしょう」
「リンネのことには間違いないだろうな。
お前はそこでしばらく休んでろ。
アタシはジルと話をしてくる」
「分かりました」
分かりましたと答えてはみたものの、どんな話をするのかは気にかかる。
「リンネさんのことが気にかかりますか？」
「あ、はい、ハルさん。気にかからんと言えばウソになります」
「リンネさんが格闘を止めると言い出してるそうですね」
「ええ、そうです。リンネの奴、何を考えて格闘を始めたのか分からんですから
なんで格闘を止めると言い出したのかもわからんです」
「私にもそれは分かりません。ただ、ウィンターカップで優勝したら
私とタイトルマッチをやりたい、という申し出はありました」
「そりゃ、優勝となれば、一回ハルさんに勝つわけですから
ランク1位となれば、チャンピオンを狙うのは当然でしょう。
けど、ウィンターカップに優勝出来なかったと言う理由で
すぐ格闘を投げ出すのは、ワシにはわからんです」
「私の方が先にU-15を卒業しますけど、チャンピオンになりたいのなら
私が卒業してから空位になるチャンピオンを狙えば良いはずですものね。
だからといって、私に勝ちたい、というわけでもないようです」
「ますますわからん。何を考えてるんじゃろう」
「えと、私には、少し分かる気がします」
「コロナさん、それは一体なんですか？」
「フーカさんが前に話しましたよね。リンネさんは弱者を見下す目をするって。
自分が強者のうちは、それを他人に向けることになるでしょうけど
自分が弱いと思ったら、その目を自分自身に向けることになりませんか？」
「自分で自分にあの目を向けるんか……そりゃ自分が嫌になる」
「分からないですけどね」
「あ、ノーヴェさんだ」
会長が戻ってくる。
「よし、全員集合……ジルから話があった。リンネの意志は固いそうだ。
もう格闘はやりたくないって言って聞かないらしい」
「その、格闘をやりたくないというのは、目標がないからでしょうか」
「どうだろうな」
「それなら、私に考えがあります」
「考え？ なんだそれは」
「まずは、リンネさんと話がしたいんですけど」
「ジルに頼んでみよう、お前らも来い、フーカは特に話したいこともあるだろう」
「はい、会長」
そういうわけで、ジルコーチに頼んで、リンネと会話出来るように通信をつないでもらう。
とはいえ、リンネの部屋に通信をつなぐと言っても、リンネ自身は画面に出てこない。
ただ、こっちの声が聞こえる、というだけじゃ。
「リンネ、アインハルトさんがあなたに話があるって」
「話すことなんてない」
「聞こえてますね、リンネさん。アインハルトです。
リンネさん、あなたは約束しましたよね。ウィンターカップでフーカさんと当たらなかったら
別に試合を組んでフーカさんと戦うと。
私も一つあなたと約束しましょう。あなたが約束を守るなら、私も約束を守ります。
あなたが約束を守らないなら、約束はご破算です。
もし、あなたが約束を守って、フーカさんと試合して、もしそれに勝てたなら
私はチャンピオンの座を賭けて、あなたと試合をすることを約束します。
どうですか？」
「……」
「返事は急ぎません。けど、約束は約束です。お互い約束は守りましょう。
考えてみて下さい」
通信はそのまま切れた。
「……ちょっとまてアインハルト、お前、勝手にチャンピオンシップの約束するんじゃない！
少しはチャンピオンの重みを考えろ」
「すいません、会長。ですが、格闘を止めるというリンネさんに、フーカさんとの試合を
やってもらうには、それなりに目標があった方がいいと思いまして」
「ですがもへちまもない、……けど、約束は約束だ。
向こうが受けたらやらないわけにもいかんだろうな」
「すいません、ワシのためにそこまでしてもらって」
「あー、フーカはそんなかしこまることない。お互い好きでやってることだ。
けど、アインハルトは反省な」
「はい」
「で、フーカはリンネ戦に備えて練習だ。
いつ試合になるか分からんが、負けて良い試合じゃないだろう」
「はい、分かりました」
それで本当に試合が起きるかどうかはわからん。
それでも、可能性が出てきたことには間違いないんじゃろう。
そのまた翌日、ジルコーチから連絡があった。
リンネは約束を守るそうじゃ。
目標が出来た、ちゅうことなんじゃろう。
「それで、試合会場はどこになるんです？」
「ああ、うちの合宿場でやることになった」
「合宿場ってどこですか」
「ホテル・アルピーノだよ、温泉も練習場も施設が整ってる良いところだ」
「わかりました、それで、ワシからも頼みがあるんですが」
「どんな頼みだ、言ってみろ」
「この勝負、お互いが納得行く決着がつくまで戦いを続ける、という事にして欲しいんですが」
「……リンネは相手を壊して勝ち上がってる。この前勝ったヴィヴィオも負傷してる。
それが分かってて言ってるのか」
「分かってます。けど、この試合、納得いくまでやらんと、ワシは落ち着かんのです」
「そうか、分かって言ってるんならいい。そういうふうにジルには伝えておく」
会長は会長で、何か考えがあるんじゃろうが、この試合自体がワシのわがままみたいなもんじゃ。
乗りかかった船なら、最後までつきあって欲しい、というのはある。
試合はあと2日後と決まった。
それまで、ワシは、気持ちの整理をつけて、リンネに勝てる状態をつくらないといかん。